32.五歳のスイ(クォーツ視点)
五歳のスイでは、お話が進めるにはムリがありそうなので、代わりに私クォーツが突っ込みを入れたいと思います。よろしく。
と、言う事で、もうすぐ五歳のスイが目覚めるはずなんだけど。
「う…ん。」
さて、アルくんはどんな反応するんだろう?楽しみ。
「粋晶、粋晶。」
「アルくん?」
やっと目を開けたスイだけど、目の前には大きくなったアルくん。五歳までの記憶しかないスイには、別人なのかしら?
「粋晶、よかった。気が付いて。」
「アルくんだぁ。」
行き成り、抱き付くスイ。さすが、五歳のスイだね。
「粋晶?」
あぁ、アルくんが戸惑っていらっしゃいます。
そうだよねぇ。私、未だ何も説明していないもの。
「あれ?アルくんじゃないの?」
スイが泣きそうな声で、いや、目尻に涙を浮かべ、アルくんを見上げています。
アルくん、理性を保ってね。
「スイ、アルくんだよ。でも、理由があって、大きくなっているのよ。スイも大きくなっているでしょう。」
「クォーツ。」
私の事は、わかるのね。偉いぞ、スイ。さすが、私のスイ。
「どういう事だ?」
アルくん、その質問、正解です。
「今のスイの記憶は、アルくんと初めて出会った頃なのよ。」
「は?」
「帝力に記憶を植え付けるのに、手間取っているのよ。セイから聞いているでしょ?アルくんの記憶を消したって。」
「あぁ。」
「その記憶は甦ったんだけど、その後が処理中なの。でも、身体の奥で意識は戻っているから、スイと会話したら、五歳でもいいからって。何でだと思う?」
私はにやりと笑ってみせた。
アルくんにわかるかしら?考える時間なんて与えてあげない。何となく、ムッとするのよね。やっぱり、スイが惚れ込んだ相手だからなのかしら?完全にこれは嫉妬ね。
「アルくんが寝ないで、スイの傍にいるって、言ったのよ。そうしたら、今度はアルくんが倒れちゃうって。」
「あ、あぁ、そうか。」
アルくんが赤くなり、照れ臭そう。ちょっと可愛いかも。
「アルくん、クォーツ。何の話をしてるの?」
スイが二人で話している私達を見て、首を傾げる。
可愛いぃ。自分と同じ顔なんだけど、スイって表情に最大限の魅力が溢れ出しているのよね。
「もう少し待っていてね、スイ。」
「うん。」
本当に子供のように大きく頷き、ベッドに足を下ろし、腰掛けた。足をブラブラさせながらも、真っ直ぐにこちらを見つめ、大人しくしているスイ。
「それで、こんな事、公には出来ないでしょう。だから、アルくん、まぁ、フランツは仕方ないわよね。二人でスイの面倒を見て欲しいのよ。もちろん、私も出来るだけの事はするけど。」
「あ、あぁ、そうだな。」
「でも、安心して。五歳のスイは、一応、身の回りの事は一通り出来るから。お風呂とかも一人で大丈夫だし、もちろん、着替えも出来るわ。」
「それは、よかった。」
アルくんが安堵の溜息を零す。
まぁ、何を考えての事かはわかるけど。
「フランツ。」
アルくんが呼び掛けると、隣の部屋からフランツが現れる。アルくんがフランツに説明している間に、スイの元に。
「お話、終わったの?」
「終わったよ。」
「ねぇ、ここは何処?セイやお母さん達は?」
「ここはアルくんのお家。セイがお熱出しちゃったから、スイはここにいて欲しいんだって。うつったら大変でしょ?」
「セイ、大丈夫?」
「大丈夫よ。二、三日、大人しくしていれば、良くなるって。」
「そっか。じゃあ、私はここで良い子にしていればいいのね?」
「その通り。でも、淋しくないでしょ?大好きなアルくんもいるし。」
「ちょっとは淋しいよ。だって、セイが元気ないんだもん。でも、アルくんがいるから、私は大丈夫だよ。クォーツもいるし。」
「スイは良い子ね。」
髪を撫で撫ですると、スイはくすぐったそうに笑う。
「粋晶。」
「はぁい。何、アルくん。」
私を肩に乗せ、スイはテコテコとアルくんの元に。私を落とさないようにしてくれるのが、歩き方でわかる。
「フランツだ。」
「始めまして、フランツさん。スイです。よろしくお願いします。」
「フランツで良いですよ、スイ。」
「はぁい。フランツ。」
フランツ、気のせいか、頬が緩んで、目尻が下がっていますよ。
「何かお願いしたい事とかあったら、私か王子、アルくんに言ってね。」
「ありがとう。」
いやぁ、五歳のスイは、今のスイにも増して、表情豊かだ。これじゃ、アルくんがメロメロになるはずだよね。
「そろそろ、夕食ですね。こちらで食べますよね。すぐお持ちします。」
フランツが時計を見て、完全独り言の口調を残し、部屋を出て行ってしまう。
「アルくん、窓の外を見ても良い?」
「あぁ。」
スイはアルくんの手を取って、窓際に行く。もちろん、私も肩に乗ったままだ。どうして、アルくんも連れて行くの?
「アルくん、クォーツ。見て。お月様もお星様も綺麗だよ。ほら、あっちにはお陽様も見えるね。
アルくんの手をぎゅっと握ったまま、にっこりと笑顔を向けた。アルくんの頬が赤いのは、気のせいではないですよね?
「お待たせしました。あっ。」
フランツがドアを開けたまま、固まった。確かに、その気持ち、わかるよ。だって、五歳のスイとアルくんの間には、ラブラブオーラ大放出中だもん。
「粋晶、食事にしよう。」
「うん。」
アルくんは、スイをいすに座らせてから、スイの前に腰掛ける。紳士だね。
それにしても、フランツはいつまで呆然とアホ面下げ続けるつもりかしら?いい加減、現実に立ち戻って欲しいわ。
「フランツ、どうした?」
「あっ、いえ。何でもありません。」
急いで表面だけ取り繕ったフランツ。さすが、ね。
「失礼します。」
一礼して、フランツはアルくんの横に座る。
「いただきます。」
声がきれいに揃い、食事開始の合図。
「クォーツ、何、食べる?」
「ごめんね、スイ。私は食べられないの。」
「調子悪いの?」
「元気だけど、食べる事は出来ないの。代わりにスイがたくさん食べてね。」
「うん…。」
私達、従獣は、主の帝力を生命元にしている。だから、大半の従獣は、必要とされる時に呼び出される。それ以外は、主の身体の中で休息し、帝力の余分な消耗を防いでいる。
が、私の主、スイは別格。有り余る程の帝力が無限に湧き出ていて、従獣に帝力を使わせないと、帝力過多になってしまう。暴走の恐れがあるのだ。お陰で、私は従獣としてはよく動き、スイの役に立てるわけだ。
「アレク王子の部屋にお風呂が用意してありますので、スイもそちらで済ませてください。そちらにスイの着替えもございます。」
「あぁ。」
「ありがとう、フランツ。」
私が他の事を考えている間に、食事は終わったらしい。食器を乗せたワゴンを押し、フランツが出て行ってしまう。
「美味かったか?粋晶。」
「とっても美味しかったよ。」
「そうか。じゃあ、お風呂に入って、早く寝た方が良い。」
「うん。アルくんのお部屋って、何処?」
「そこのドアを開けた所だ。おいで。」
「うん。」
スイはちゃんと私を胸に抱き上げ、アルくんの後を歩き出す。
「アルくんのお家って、凄いね。一つ一つのお部屋が大きいだけじゃなくて、お部屋にお風呂まで付いているんだ。でも、こんな大きなお部屋に一人で淋しくないの?」
「粋晶が一緒にいてくれるんだろ?」
「そっか。二人一緒なら淋しくないよね。」
粋晶がアルくんを見上げ、にっこりと笑う。
「風呂に入って来い。」
「うん。あっ、クォーツ、お風呂は平気?」
「大丈夫よ。」
「じゃあ、一緒に入ろう。」
スイは私を抱えたまま、浴室と言われたドアを開けた。スイは無言のまま、服を脱ぐので、私も無言で洋服を脱ぎ捨てる。
「ねぇ、クォーツ。」
「ん?」
「アルくんと一緒にいると、ここがドキドキするの。」
ふっくら盛り上がった胸を人差し指で指しながら、真っ赤になるスイ。
「一緒にいると楽しいし、ずっと一緒にいたいのに。」
「アルくんと一緒にいて、楽しい?どっちかと言うと、無口でしょう。」
「楽しいよ。そりゃ、セイと違って、そんなに話もしないけど、凄く嬉しい。」
「本当にアルくんの事、大好きなのね。」
「大好きだよ。でも、アルくんはどうなんだろう?よくわかんないけど、セイや他の友達には、こんな感じしないの。アルくんだけなの。どうしてかな?」
スイは自分の身体を洗いながら、憂いを含む表情を零した。
「アルくんも同じ気持ちだと思うよ。」
「そうかな?…はい、次はクォーツの番。」
手をモコモコの泡だらけにして、私の身体を洗ってくれる。
「くすぐったいよ。」
「こら、逃げるな。綺麗綺麗にしないと。」
二人で騒ぎながら、お風呂を済ませる。あの後、スイは笑ってくれる。この笑顔を守りたい。それが、私、従獣の役目だもん。
「アルくん、お先にごめんね。」
お風呂から出ると、アルくんがわざとらしく、本を開いている。
「あぁ、湯冷めする前に寝ろ。」
「うん、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
アルくんとスイの部屋を繋いでいるドアをスイがパタンと閉じた。
「寝よう。」
スイが一人で眠るベッドに潜り込む。私はベッド横におかれていた椅子に、ちょこんと座り込んだ。
「おやすみ、スイ。」
「おやすみ、クォーツ。」
しばらくじっと仰向けで目を閉じていたが、ゴソゴソと動き、何度も寝返りを打っている。広いベッドを隅から隅まで移動しただろう。
「クォーツ、眠れない。一緒に寝よう。」
「嫌よ。だって、スイと寝たら、寝返りを打った時に潰される。」
「だって、こんな大きなベッドに一人なんて落ち着かない。」
てへ、良い事、思いついちゃった。
「じゃあ、アルくんと一緒に寝ればいいんじゃない?」
「あっ、そっか。でも…。」
「嫌なら、フランツでもいいんじゃない?」
「アルくんが良い。」
「決まり。アルくんの部屋に行っておいで。」
「クォーツは?」
「私、ちょっと用があるの。」
「こんな遅くに?」
「大丈夫。声掛けてくれれば、すぐスイの所に行くよ。」
「うん。」
スイはもそりと起き上がり、枕を抱え、アルくんの部屋のドアをノックしている。
さて、私は姿を消して、覗き見していよう。ヘンな事したら、止めなきゃね。
「アルくん。一緒に寝てもいい?広過ぎて、眠れないの。」
うわぁ、スイ、上目遣いは反則でしょう。
「クォーツは、どうした?」
「嫌だって。潰されるから。」
アルくん、困っていますねぇ。それはそうよね。中身は五歳でも身体は大人だもん。
「ダメ?」
考え込んでいるアルくんに止めの一撃。
「仕方ないな。」
スイをアルくんのベッドに横にさせると、アルくんはベッド横に椅子を引っ張っていく。
「アルくんも一緒に寝ようよ。ダメだよ。アルくん、疲れた顔しているんだもん。一緒に寝るの。それに、一緒にいようって、約束したばかりでしょ。」
スイが、掛け布団を持ち上げ、アルくんに入るように視線を向けている。アルくんは、仕方ないなとばかりに肩を竦め、ベッドに入り込んだ。
「えへへ、アルくんだぁ。」
スイは嬉しそうに笑いながら、アルくんに抱きつく。男の人の事はよくわからないが、アルくん、辛そうだね。まぁ、今回は諦めてください。
「おやすみなさい、アルくん。」
「おやすみ、粋晶。」
挨拶を交わした一分後、スイはアルくんにくっついたまま、寝息を立て始めた。アルくんは困り顔で苦笑した後、スイを抱き締めなおし、瞳を閉じた。
よし、大丈夫だろう。さて、私はもう一仕事。では、また。