31.アルくん
あっ、ここは昔よく遊んだ公園、だよね?。どうして、私、こんな所に?
あっ、そうか、夢なんだ。それなら納得。
「セイのお熱、早く下がって、元気になってくれないかな?」
あら、そこにいるのは五歳位の私かな。まぁ、状況説明のような独り言ね。
あぁ、そうね。昔一度だけセイが一人だけ風邪を引いちゃった事があったな。いつもは二人同時だったのに。
「ん?」
あ、あれ?ベンチに座っているのは、アルそっくりの男の子。十歳位かな?可愛いな。背は今の私と変わらないくらいかな?まだ筋肉隆々じゃないけど、ちょっと目付きが鋭いのと、きゅっと結ばれた口元なんてそっくり。
「おにいちゃん、遊ぼう。」
小さな私が、その男の子ににっこり笑顔で話し掛ける。
うわぁ、さすが、あまり人見知りしない私。この頃からなのね。
「私は一色粋晶。忙しくないのなら、私と遊んで。」
「僕?」
「うん、おにいちゃん。お名前、教えて。」
「僕の事、嫌じゃないのか?気持ち悪くないのか?」
うわぁ、小さな私、満面の笑みだよ。
それにしても少年は何を言っている?こんなに格好良いのに、嫌なはずないだろう。気持ち悪い理由なんてあるのか?
「どうして?おにいちゃん、とっても綺麗だよ。あのね、私、優しくて良い人、わかるの。おにいちゃんの心、とっても綺麗だよ。」
「アレクだ。」
へ?少年、今、何て言った?アレクって言ったよね?って事は、アルの少年時代?
あっ、いや、落ち着け。これは夢だ。そうだろう?
「アレクくん。うぅん、言い辛い。アルくんでいいかな?」
どうやって、アルくんと導き出した?幼い、私。成長ないかも。
「あ、あぁ。」
いやぁ、幼いアル、可愛いぃ。
「じゃあ、アルくんは、粋晶って呼んでね。他の皆はスイって呼ぶけど、アルくんは特別に粋晶って呼んで欲しい。」
「どうして?」
「うぅん。よくわからない。でも、アルくんには粋晶って呼んで欲しい。」
「わかった、粋晶。」
…やっぱり、私、成長ない。
「ブランコ、乗ろう。どっちが遠くまで靴を飛ばせるか、競争ね。」
無邪気だな、幼い私。しっかりアルの手を握り締めているよ。楽しそうだな。
「次は、鬼ごっこ。私を捕まえてね。」
靴飛ばしを五回位すると、てんとう虫の形を模した滑り台とその中で遊ぶ遊戯の所で鬼ごっこを始めた。二人で笑いながら遊んでいる。私も混ぜて欲しいくらい楽しそう。
「捕まえた。」
何度か鬼を交代して、今回はてんとう虫の中でアルに背後から抱きしめられるように捕まってしまった。
「そろそろ帰らないと。」
「また、会えるよね?」
あまりにアルの声が淋しそうで、幼い私は不安そうにアルを見上げている。
「粋晶、僕の事、好き?」
「うん、アルくんの事、大好き。ずっとずっと一緒にいたいよ。」
「僕も粋晶の事、好きだよ。」
「じゃあ、一緒にいて?」
何でこんなに胸が痛い?夢のはず、なのに。
「粋晶。」
チュと一瞬だけ唇が重なった。ア、アル。な、何をしている?うわぁ、ヘンな気分。幼い自分と幼いアルのキスシーンを見るなんて。夢なのに…。
「僕、必ず迎えに来るから、待っていて。そうしたら、結婚してね。僕のファーストキスが約束の印。」
「うん、絶対、約束だよ。私のファ、ファーストキスを奪ったんだから、絶対に迎えに来てね。絶対だよ。」
うわぁ、幼い私、凄い発言ですね。マセガキ?
「またね、粋晶。」
「うん、またね。アルくん。」
幼いアルがてんとう虫から出て、走り去っていく。幼い私もその背中を見送ってから、公園を出て行った。
「スイ、帰ろう。」
あれ?いつの間にか、幼いセイが登場。
「あと少しだけ。」
「今日で五日目だよ。そのアルくんって子は、きっと引越ししちゃったんだよ。」
五日の月日が流れたらしい。さすが夢。
「違うもん。アルくん、またねって約束したもん。約束、破らないもん。」
「でも、そろそろ帰らないと、お母さんに怒られるよ。」
「うん、わかったぁ。」
幼い私、そんな泣きそうな顔しないでよ。こっちまで胸が痛くなるでしょう。
「スイ、僕がいるから。」
「ありがとう、セイ。」
幼いセイの手を握り、幼い私が笑う。でも少し痛々しいよ。
あれ?いつの間に、私、移動したんだろう?うわぁ、ここも懐かしい。小学校入学までのセイと私の部屋だ。あぁ、幼い私、眠っている。うん?どうして、幼いセイは起き出したんだ?トイレ?
「スイ…。」
幼いセイが眠っている幼い私の顔を覗き込んでいる。
「アル…くん。」
寝言と共に涙が頬に落ちて行く。幼いセイは、そんな幼い私を見つめ、掌をきつく握り締めた。
「ごめんね、スイ。でも、僕、このままでいて欲しくない。スイには、笑っていて欲しいんだ。こんな哀しい思いして欲しくない。」
幼いセイ、何、言っているの?
「スイの記憶から、アルくんの思い出を消して。お願い。」
幼いセイが寝ている幼い私のおでこに触れると、一瞬だけ緑色に光る。
「スイ、ごめんね。おやすみ。明日にはいつものスイに戻ってね。」
な、何だったの?今、光ったよね?幼いセイ、何をしたの?
「セイは、スイからアルくんの記憶を忘れさせたのよ。」
「はい?」
真横から声がして、振り返ると、苦笑を零すクォーツの姿。
「クォーツ。」
「帝力って帝石に閉じ込めても少しだけ残っちゃう事があるの。セイは、それを本能でわかっていて、ここで使った。」
「あの、これって、夢じゃないの?」
「違う。スイの記憶。セイが忘れさせた、ううん、正確には頭の奥底に沈めて閉じ込めた記憶。」
「そっか。私、小さな頃、アルに会っていたんだね。」
「スイ…。」
胸が少しだけ痛い。でも、哀しいわけじゃない。そう、ほんの少し、その記憶を忘れてしまった私が淋しいだけ。
「あっ、クォーツ。初めましてはおかしいかな?これからもよろしくね。」
「スイ。」
「ずっと傍で私を見守ってくれていたでしょ。長い間気付かなくて、ごめん。従獣って存在を知った時、あの視線の意味がわかったの。」
「ううん。私こそ、クォーツって名前を付けてくれて、ありがとう。」
「気に入ってくれた?」
「もちろん。」
クォーツと笑い合う。長年の友達に会ったような、少しの気恥ずかしさと穏やかさを感じさせてくれる。
「あの、アルは大丈夫だよね?」
「かすり傷一つ残ってないくらい、元通り。」
「よかったぁ。」
「スイも生きているわ。ただ、帝石を飲み込んで、吸収が完全に終わる前に、許容量の半分位の帝力を使っちゃったから、身体と帝力が復活するのが遅くって。この一週間、眠ったままよ。」
「一週間も?」
「えぇ、アルくんがずっと傍にいてくれている。一応、私が色々説明して、セイやウィル達には自国に帰ってもらったんだけど、アルくんは心配で仕方がないみたいね。寝ないで付きっ切りよ。」
「そう、アルが…。」
思わず、笑みが零れてしまう。不謹慎な事はわかっているけど、嬉しい。
「本当に愛されているのよ。」
「もう、クォーツってば。本当にそう想う?」
「大丈夫。私は、ずっとスイを見て来たのよ。スイに寄せられる視線や想いには、誰よりもわかっている。それに、私、スイの分身よ。」
「ありがとう、クォーツ。」
小さな私の分身、クォーツをぎゅっと抱き締める。クォーツもくすぐったそうに笑って、小さな手で、私の頬を撫ぜてくれる。
「あの、私、すぐに目が覚めるよね?」
「あと、二、三日、掛かるかな?」
「どうして?」
「さっきの記憶、忘れさせられた記憶の復元にちょっと手間取って、帝力に記憶を植え付けるのが遅れているの。」
「アル、一週間も寝てないんでしょ?倒れちゃうよ。」
クォーツは私が言い出す事をわかっているみたいに余裕の笑み。
「意識を取り戻し、アルくんを寝かせる方法はあるのよ。」
「何?」
「五歳の記憶のまま、目覚めるの。」
「はい?」
やっぱり、クォーツ、私の分身。そんな確信を持ってしまった。
「大丈夫よ。二、三日で、今の三十歳まで残り数日のスイに戻るから、心配しないで。アルくん達には、私から説明してあげる。」
面白がっていないか?いや、絶対面白がっている。でも、このまま、アルが寝ないでいるのは、身体に悪過ぎる。
「お願い、クォーツ。」
「もちろん。スイを必ず幸せにするわ。だって、それが私の幸せにも繋がるもの。安心して。大船に乗ったつもりでいてね。」
一抹の不安を感じるが、クォーツは悪いようにはしないだろう。ずっと、私を見守ってくれる大切なクォーツだもんね。