30.帝力全開
「はぁ、はぁ、はぁ。」
何処をどう走ったのかわからないけど、外に出てしまった。
うぅん、ここ何処?まぁ、歩いている内に誰かに会うだろう。それでパーティー会場までの道を聞くか、タッキーを呼び出してもらおう。
「あぁ、足が痛い。そりゃそうか。裸足同然だもんね。」
トボトボと足を進めていると、少し頭が冷えてくる。
先の私、自己最速と思える速度で走っていたよね。うん、これが火事場の馬鹿力ってヤツかしら?
「やっと見つけたわよ。」
「はい?」
ちょっとずれた現実逃避の思考をしていると、高飛車な物言いの女性の声で呼び止められた。振り返るとさっきの紫ドレスの茶畑さん。
「貴女、アレク様の何?どんな関係?」
高飛車ではなく、高圧的でした。謹んで間違いを訂正させていただきます。
じゃなく、アルと私の関係?王子と創地帝妃?いや、これはダメだ。
…あんな風にアルは言ってくれたけど、夢か現実か、自分でもよくわかっていないし、友達、とは言えない。言いたくない。
「何でしょうね?」
「誤魔化すつもりなの?」
いえ、誤魔化すつもりは全くございません。私もわかっていませんから。
「じゃあ、私から言わせてもらうわね。私、アレク様の婚約者なの。」
婚約者さんですか?
ずきんと胸に走る痛みは無視して、目の前の茶畑さんに視線を向け続ける。目を逸らしたら負けな気がするから。
「フランツは、他の婚約者はいないと言っていたけど…。」
「フランツ様を呼び捨て?」
いや、フランツがそう呼んでって。
「私のパパ、重臣中の重臣だし、我が家は代々王に仕える家系なの。」
「そうですか。」
「だから、パパの力でアンタなんか、どうにでも出来るのよ。」
「親の力でしか、何も出来ない方なのね。」
あぁ、この茶畑、綺麗な顔が台無しだよ。深紅の口紅に負けないくらい、顔が赤くなっているわよ。
って、私の化粧はどうなっている?もしかして、アルに口紅が付いていたり、する?いや、私まで赤くなってしまった。バカだ。今、このタイミングで思い出すなんて。
「煩い。どうして、アンタなんかがアレク様の横にいるのよっ。どうして、アレク様が触れられる女性がアンタなのよっ。」
私もそれを知りたい。いや、待てよ。確か、フランツが言っていたな。
女性アレルギーの人、まぁ、アルだったんだけど、身内以外で触れられる女性は一人で、その女性を、あ、愛しているって。
えっ?あっ、本当?
「あっ、ちゃ、茶畑さん?」
暑さを感じて、顔を上げると、茶畑が手の中で何か赤いモノをブツブツと言いながら大きくしている。
あの、もしかして、それって、帝力で炎を生み出しているのかしら?そして、私に投げようとしている?いや、形が細長い。もしかして、それって、炎の短剣?
じょ、冗談じゃないわよ。逃げなきゃ。
そう思うのに、足が動かない。バカ、バカ。足動け。
「うわぁ。」
ギャー。こっちに駆け寄ってくる。止めて、本当に止めて。
「粋晶!」
アルの声が聞こえると同時に、目の前が暗くなる。
「えっ?アル?」
「ケガ、してないか?」
「アル、嘘。アル、まさか?」
「大丈夫、そうだな。よかった。粋晶に、ケガなくて。」
「アル、アル、アル。」
私の肩にアルの頭が力なく圧し掛かる。
「アル、アル。」
背中に手を回すと、ベチャと嫌な感触。
あっ、ダメだ。アルを支えていられない。足に力が入らない。
ペタンとアルを抱えたまま、崩れ落ちた。
「誰かぁ。セイ、ウィル、フランツ、カスパー、タッキー、クーちゃん。いやぁ、アル、アル。目を覚ましてよ。アル。」
ぎゅっと抱き締めても、大きな声を出しても、何の反応も返ってこない。
いや、ダメだ。落ち着け、私。取り乱している暇はない。このままじゃ、まずい。アルが死ぬなんて、絶対に嫌。今、私に出来る事を考えろ。あっ。
「クォーツ、クォーツ。そこにいるんでしょ。お願い出てきて。」
私の従獣、いつも私を見守ってくれているのは気付いていた。
「クォーツ。」
「スイ…。」
おどおどと小さな私が姿を現してくれる。
「お願い、クォーツ。アルを助けたいの。力を貸して。」
「本当にいいの?」
「お願いよ。」
「成人の儀の前に、私、従獣の姿は確認出来ないはずだよ。それに、助ける事は出来るけど、それをしたら、スイの命が危ないかもしれないよ。」
「アルがいなくなるのは、絶対に嫌。私は、絶対に死なない。だから、お願い。」
「仕方ないな。」
クォーツが小さく溜息を零してから、私の元に駆け寄ってくる。
「これ、飲んで。」
「これって?」
「スイの帝石だよ。」
躊躇っている時間はない。クォーツの言う通り、石を口に含むと液体に変わり、溶け込むように消えて行く。身体が熱い。
「そうしたら、アルくんを強く抱えて、治癒する事を強く願って。」
「うん。」
ぎゅっと力ない重いアルの身体を抱え、治って、いつも通り笑ってくれる事を願う。
「アル、治って。アル、お願い、アル。」
十分?五分?もしかしたら、一分位なのかな?そうしていると、アルの背中にドクドクと流れていた血が止まった気がする。もう少しだよね?
「アル、アル。」
「うっ。」
アルから小さな呻き声が零れる。
「アル。」
「粋晶、大丈夫か?ケガしてないか?」
「アルこそ平気なの?」
「俺?俺は、あれ?痛くない。何でもないのか?」
「よかったぁ。」
あっ、ダメだ。身体から力が抜けていく。もう、アルは大丈夫だよね?
「粋晶、粋晶。」
私は大丈夫だよ、アル。だから、少し眠らせて。