3.改めて、よろしく
色々疑問も残っているが、『美しい兄妹愛』でお開きになった。お風呂を済ませ、ベッドに潜り込む。あの電撃発表のせいで三十分程、考え込んだが、結論、なるようにしかならない。と、あっさり眠りに落ちてしまった。
気付けば、朝五時。やっと太陽の光が山からちょっとはみ出る位の薄暗い中、仕込みのため、お店のキッチンへ。
「おはよう。」
「おはよう。」
昨日の事なんて嘘だと思える、何も変わらない日常。
パンを焼くお父さん。ケーキを作る私。その両方の手伝いをするお母さん。
私はこう見えてもパティシエだ。フランスとかに留学して、三ツ星レストランの何処其処で修行とか、そんな立派な経歴はないが、専門学校でそれなりの力をつけてきた。常連さんには評判のケーキ職人だと思う。
「おはよう。」
「あっ、セイ。おはよう。どうしたの?」
外に働きに出ているセイには、仕込みはないので、七時起きが常。
それなのに、今の時刻は六時。時計を見間違えた?
「手伝うよ、スイ。有給が余っているから、今日は休み。退職届の準備もあるし。」
「ありがとう。」
セイはシスコン、私はブラコン。だから、セイは私のために休んでくれたみたい。
「セイ、大好き。」
「俺もスイが大好きだよ。」
ぎゅっと抱き合い、愛情確認。
多分、こういうところ、両親にそっくりなんだろうな。
「あっ、そう言えば、お父さん。」
「ん?」
「あの王子様達と私達、普通に話していたよね?まさか、あっちも日本語なの?」
「良い所に気付いたな。」
普通、冷静になれば気付くでしょう?
「私達、帝人類は地球の言語なら全て理解出来るんだ。宇宙人とは会った事がないから、わからないが。」
…異世界人は宇宙人ではないらしい。
「じゃあ、私達もわかるの?でも、英語の成績、そんなに良くなかったよ。」
「わかろうとすれば、わかるはずだ。」
「あぁ、そうですか。」
どうでもよくなってきた。曖昧なんだもん。
「朝御飯よ。」
お母さんの掛け声で、皆が作業の手を止め、空腹を満たす。
あぁ、見事な日本の朝食だ。ご飯に味噌汁、納豆、焼鮭。
異世界人も同じような物を食べるのかな?
あぁ、そっか。私達もそうなんだよね?やっぱり、いまいち、受け入れられないな。
「おはようございます。」
午前九時、お店のシャッターを開けると、昨日の四人が立っている。
さすがに今日は変質者の格好ではなく、スーツを着ている。うん、こうして見るとやっぱり格好良い。
何で昨日はあんな格好だったんだろう?
「おはようございます。朝食、食べました?」
もう正体がわかれば、怖くないぞ。
「いえ、まだですが。」
「すぐに用意しますね。奥に座っていて下さい。あっ、好き嫌いはありまあせんか?って言っても食材の違いがあるかな?適当に作っちゃいますね。」
何が起こっているのか、まったくわからない様子だけど、私の勢いに負け、四人は昨日会議をした一番奥の席に座った。
「来たのか?」
「うん。」
「何をしているんだ?」
「朝御飯、まだなんだって。だから、作っているの。ねぇ、手が空いているなら、トーストして。」
「スイ、お前、本当、人が好いって云うか。まぁ、俺はそんなスイが大好きだけど。」
「ねぇ、それって、褒めているの?それとも貶しているの?」
「どっちかって言うと呆れている。」
「セイ、手伝ってくれないなら、向こうへ行って。」
「手伝うって。」
私の冷たい口調に焦りの表情をするセイ。
うん?開店したのに両親は、何処へ?
「セイ、お父さんとお母さんは?」
「奥でいちゃついている。忙しくなったら、呼んでって。」
「ごめん、わかっていたみたい。」
「だろう?」
いつもそうだ。お店を開ける時間は、ほとんど私一人で仕事している。
どう考えても私、働き過ぎよね?労働基準法に引っ掛かるよね?
賃金いやお小遣い位の金額しか貰っていないのは、可哀想過ぎるよね?
「お待たせしました。」
トーストセット。トーストとプレーンオムレツ、小さなサラダ、珈琲が付いた一般的な朝食セットを四人の前に差し出す。
「どうぞ、召し上がってください。」
「そっちとは違うかもしれないけど、食べ方、わかるか?」
「ご心配、ありがとうございます。わかりますよ。」
「食物等はほとんど同じですから。」
軍服を着ていた二人、重臣のフランツさんとカスパーさんだったよね。
この二人とは、すぐにでも仲良くなれそう。
常識的で、今のところ、大きな性格的問題はなさそう。
「いただきます。」
渋くて低い声で挨拶するのは、黒マントマン。
えぇっと、アレクサンドル王子様だよね。
「さすが、マイハニーだね。可愛いじだけじゃなく、こんなに美味しい料理が出来るなんて、素晴らしい。」
薔薇背負い人、お願い、マイハニーは止めて。
それにこれ位、大多数の人が出来ると思うよ。まぁ、王子様なんて料理をした事なんてないんだろうけどね。ウィリバルト王子様。
「あの、食事が済みましたら、少しお話をさせてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。」
「セイ、兄も一緒でいいですか?」
「あぁ。」
この王子様二人、正反対だよね。
ウィリバルト王子様はムダに愛想たっぷりで軽い。
アレクサンドル王子様は愛想なさ過ぎて重い。
足して割れば丁度良いのに。
「私達は別の場所でお待ちしましょうか?」
「いいえ、同席してください。」
フランツさんとカスパーさんが、この癖のあり過ぎる王子様二人の緩和剤でしょ?いてくれないと困る。お願いだから、いなくならないで。
「じゃあ食事が終わったら呼んでください。」
その間に両親と店番を交代。
こっちは将来が係った重要な話し合いなの。いつもみたいにいちゃついていては困るのよね。
「キッチンにアイスティーとクッキーを用意しておいたわ。リビングでゆっくり話して。」
あぁ、ただいちゃついていただけじゃないのね。ごめんね、ヘンな事を思って。
「それとも店閉めて、俺達も付き合おうか?」
「あら、それ、いいわね。」
「お父さん、お母さん、いつも通り商品はあるのよ。真面目に仕事してください。こっちはセイがいてくれるから安心してください。」
「スイってば、セイセイって、セイばっかり。」
「汐美、それは仕方ないよ。俺が汐美を独占したいんだから。」
「もう、いやだぁ、胡晶ってば。子供にヤキモチを妬かないで。大丈夫、私も胡晶だけよ。」
やっぱり、ただいちゃついているだけだ。
「さっさと店番に行って。」
「はいぃ。」
セイと私の声に両親の声が返ってくる。なんて息の合った親子なんでしょう。
その両親と入れ違いに四人が姿を見せる。アイスティーとクッキーを用意して、話合の開始だ。
「あの、一色粋晶です。改めて、よろしくお願いします。皆様には自己紹介してもらいましたが、私はしていなかったので。あっ、こちらは私の双子の兄。」
「一色星晶です。」
よし、これで始められる。
「両親から話を聞いたばかりで、本当の意味で理解出来ていません。わからない事ばかりです。それをわかってもらえた上で質問等を聞いてもらえますか?」
「もちろんだよ。」
ウィリバルト王子様がキラキラ笑顔付きで返事をしてくれる。他の三人は無言で頷く。
「王子様方は恋愛感情を抱えている人やお付き合いされている方、想い合っている方はいらっしゃいますか?」
「スイ?」
セイは声を上げ、他の四人はただ驚きで目を見開いた。
まぁ、そうだよね。結婚を申し込みに来ているのに、こんな質問だもん。
「それでしたら、その方の元にお帰りください。多分、こういうのは政略結婚と云うんですよね。それで、王子様方のお気持ちを誤魔化し、相手の方を泣かせるなんて、私には耐えられません。大丈夫です。私なんてそこまでしていただく必要ないです。普通の女の子ですから。」
私がにっこり笑い、王子様方に視線を向けると、アレクサンドル王子様がちょっと目元を上げ、口元に微笑。そう本当に微笑と云うべき、ささやかな笑みを零した。
格好良いぃ。やぁん、あんまり笑わない人が笑うのって、犯罪級の威力あるよ。
「私、スカイ創帝子アレクサンドルは、一色粋晶との結婚を望みます。」
低い渋い声でそんな事を言われたら、腰砕けちゃうよ。
ぼぉっとアホ面下げて、彼を見上げていると、彼が私の横まで来る。
うん?もしかして、また、手の甲にキス?
「…!」
声にならない悲鳴。
お、おでこにキスされたぁ。あっ、や、やばい。頭に血が上り過ぎて、くらくらする。
あっ、ありがとう。倒れないように支えてくれているのね、セイ。
ん?何か、いつものセイと違うよね?腕、こんなに硬かった?胸があるよ?でも、硬い。
「へ?」
セイじゃない。じゃあ、誰?
ゆっくり、顔を上げていくと、アレクサンドル王子様。目
が合うと、にやりと口元を歪める。何?
「き…。」
悲鳴は彼の胸に吸収された。背中に回された太い腕によって、抱きすくめられる。
「離せ。マイハニーは僕のモノだ。」
おもちゃを盗られた子供のような響きの声が聞こえると、腕の力は弱まり、筋肉の中から解放される。
あぁ、ウィリバルト王子様だったのね。
「マイハニー、安心して。僕には君だけだよ。」
極上の綺麗な笑み。
あぁ、この人、わざわざ薔薇を背負わなくても、背後に薔薇が見えます。
「本当に可愛いなぁ。」
いえ、可愛いのは貴方です。私じゃあり…。
えっ?今度は頬に、キ、キスですか?こ、この王子様方、スキンシップの仕方、間違っていますよ。
「スイ、大丈夫か?」
もう、これだけで私、フラフラのクラクラです。
でも、ここで挫けるわけにはいかない。
だって、私の将来が係っている。始めが肝心なの。
「大丈夫、ありがとう、セイ。」
「スイは今までまともに男と付き合った事がないんだ。だから、免疫がない。もう少し、お手柔らかに頼む。」
セイ、あり難いんだけど、もう少し言い方を考えて。
ちょっと、フランツさん、カスパーさん、笑っているのをそれで隠しているつもりですか?
「フランツさん、カスパーさん。」
笑いを無理矢理引っ込め、真面目を装った返事をありがとう。
「私達、敬語とか尊敬語とか、そんな堅苦しい言葉使いしないと不敬罪とかで掴まったりとかしますか?普通に王子様達と仲良くなりたいのですが。」
「それは大丈夫ですよ。」
「気にする必要は全くありません。」
カスパーさん、ムダに力が入っていますけど、何か深い意味が?
「私の事をフランツと呼んでください。『さん』など敬称は必要ありません。いえ、フランツと呼んで欲しいのです。」
フランツさん、いえ、フランツ。一体、何?何処を見て話しているの?
「じゃあ、私の事は、スイと呼んで。」
「僕の事は、ウィルと呼んで。マイハニー。」
「だから、マイハニーは止めて。スイよ。」
「スイ、だね。」
ウィリバルト王子様じゃなく、ウィルが、やっとマイハニーを止めてくれるときがきた。マイハニーと呼ばれるのって、鳥肌モノだったのよね。
あぁ、これで第一段階は乗り越えたかな?