29.アレクの告白
「アレク様、お久しぶりでございます。」
紫色の身体にフィットしたドレスを着た方が、妖艶な笑みを零しながら、こちらにいらっしゃいました。
美人だけど、ちょっと気が強そうな雰囲気を醸し出しています。。アルの知り合いかしら?
「誰?」
はい?アルの知り合いじゃないの?それにしてももう少し聞き方があるでしょ。
と、心の中でアルに突っ込んでいると、アルに腕を掴まれ、立たされた。
「嫌ですわ。ご冗談がお上手ですのね。わたくしです。茶畑エリザベートですわ。」
よく冗談と笑い流せるわね。私ならショックだし、こんな妖艶美人を忘れなさそうな気がするけど…。
今度こそ、この人物がわかったのかと顔を見上げる。
「アル?大丈夫?顔色悪いよ。」
「あ、あぁ。」
返事がぼんやりしている。さっきまで元気に食事をしていたのに。
あっ、もしかして、何かにあたったのかな?
「フランツ、呼んで来ようか?」
「いや、いい。それよりここにいてくれ。」
「アル?」
ぎゅっと私の左腕を握り締めるアル。
本当に大丈夫なのかな?
「アレク様、わたくしと踊ってください。」
おい、茶畑。アルが気分悪そうなのがわからないのか?それに、今の会話を聞いていなかったの?
「アレク様ぁ。」
甘い声を出すな。馴れ馴れしくアルの手に触れるな。
えっ?嘘。
「アル、アル。」
私の腕を握るアルの手が弱くなったと思ったら、アルの身体が重力に負け、倒れ出した。支える事は無理でも、せめて頭を打たないように、身体を滑らせアルの身体の下に。寸前の処で、頭を抱え込んだ。
「セイ、ウィル、フランツ、カスパー。」
もう無我夢中で名前を呼び、助けを求める。
「王子。」
一番に駆けつけてくれたのは、フランツとカスパーとタッキー。その後にセイとウィルも来てくれる。
「カツキ、手を貸してください。」
二人がかりでやっとアルを抱え込む。私も立ち上がり、アルに駆け寄った。まだ真っ青な顔色のまま、瞳を閉じている。
「アル…。」
「タツキ、スイを連れ、王子の部屋にお願いします。皆様は、引き続き、お楽しみください。アレク王子は平気ですので。では、失礼します。」
アルを抱えたフランツとカツキと呼ばれた方が消える。
「あの、タッキー。」
「セイ、姫をお願いします。すぐに戻りますので。スイ、参りましょう。」
タッキーが軽々と私を抱き上げ、瞬間移動。アル以外の人に、こんな風に抱き上げられるのは初めてだけど、そんな事を気にする余裕はなく、ただ、アルの事が心配で仕方ない。
「スイ、着いたよ。」
「アル。」
タッキーから飛び降りて、アルが横になるベッドに駆け寄った。
「フランツ、アルは?」
「大丈夫です。すぐに目を覚まされます。いつもの事ですから、心配ありません。」
いつもの事?アルって、病気持ちだったの?貧血とか?
「目を覚まされるまで、こちらに付いていてくださいますか?私達は、また、あちらに戻らないといけないので。」
「それはいいけど、本当にアルは平気なの?」
「えぇ、五分ほどで、いつも通りに戻られます。」
そんな確信を持てるほどいつもの事なの?
「廊下には見張りの兵がいます。御用がありましたら、声を掛けてください。すぐに私が参りますから。」
「わかった。あの、手当てとか、何かやる事はないの?」
「そうですね。手を握っていてください。目が覚めた時、歓ばれますよ。」
「はい?」
「では、失礼します。」
フランツは言いたい事だけ残すと消えてしまう。他の二人も同様。
一体、どうなっているのよ?
「アル、大丈夫だよね?」
ベッドの横に置かれた椅子に座り、アルの顔を覗き込む。
確かにさっきより顔色が良くなっているから、少し安心。
でも、どうして?パーティー前まで普通だった。いつも通り、私を抱えてくれたし、笑ってくれた。料理を食べている時も調子悪そうな感じはなかったし、もしかして、食べた中にアレルギー物質でも?
うぅん。それなら、治療とかするだろうし、放置ってのは解せない。わからないけど、とにかくフランツの言う通り、手を握ってみよう。
「う…ん。」
小さなうめき声が耳に届いた。もしかして、苦しいの?
「アル、アル。苦しいの?アル。」
「すい…しょう?」
「アル。」
「あぁ、粋晶。」
ゆっくり瞼が開き、意識がしっかりしたみたいだ。
「大丈夫?痛い所とか苦しい所とかない?」
「あぁ、大丈夫だ。悪い、心配掛けた。」
「悪くないよ。心配するのは、当たり前でしょう。」
アルがベッドから上半身を起こした。
「まだ、横になっていた方がいいよ。」
「もう大丈夫だ。いつもの事なんだ。」
「いつもなの?」
さっさと起き上がり、ベッドに足を下ろし、腰掛ける。
ふらつく事もなさそうだし、平気そうだけど。
「話し辛いから、隣に座れ。」
「あっ、うん。」
素直に、言う事に従ってみる。
「俺、女性アレルギーなんだ。」
「はい?」
今、何と言った?女性アレルギー?って事は、フランツのあの話はアルの事?
「女に触れられると、一時的に蕁麻疹や意識を失う事がある。」
それはフランツに聞いたけど…あれ?
「あのぉ、私は?多分、一応、女。」
「粋晶だけは特別だ。」
「ファーちゃんは?」
「クリスは妹だからな。」
私もファーちゃんと同じ妹って事なのかな?
うっ、わかっていた事とはいえ、直に言われると、胸が痛む。
「どうして、私は?ファーちゃんと同じ…。」
それ以上、言葉が続けられない。
痛い、苦しい…。あっ、ヤバイ。涙が出そうだよ。バカだ、こんな質問するなんて、本当にバカ。
「粋晶。」
今、顔を向ける事なんて出来ないよ。返事もせず、涙が零れないように、きつく唇を噛み締め、床を睨み付けた。
「粋晶。」
だから、もう一度、呼ばれても…。
「ふへぇ?」
な、何?今、頬に何か柔らかいモノが触れたよ。反射でアルの顔を見上げてしまった。その瞬間、アルの顔が目の前。
「ア…。っ。」
呼び掛ける声が、アルの唇に呑まれる。
って、こ、これって、キ、キス?天麩羅に揚げて、美味しい白身魚、それは鱚。違う、そうじゃない。何?この感覚。ヘンだよ…、私…。
いや、飲まれるな。酒は呑んでも飲まれるな。あぁ、ダメだ。思考が狂っているよぉ。
「粋晶。」
アルの声で、自我を取り戻し、遅ばずながら、唇を押さえた。
「ファ、ファーストキスだったのに。」
自分で言うのはあれだけど、違うだろう。叫ぶ言葉が。
「違うだろう。」
アルにしっかり突っ込まれました。そうじゃなく…。
「ど、どうして?」
「したかった。」
「したかったら、誰とでもするの?」
「だから、女性アレルギー。」
私一人が動揺して、バカみたい。
「粋晶だから、キスしたい。」
「ア…アル?」
アルの両手が伸ばされ、私は筋肉の中に抱え込まれてしまった。
「愛している。ずっと、粋晶だけだ。」
こ、これは夢ですか?私に都合の良い言葉が聞こえます。夢なら一生このままでいたい。
よし、夢なら、背中に腕を回しても許されるよね?
「聞こえているか?」
「えっ、あっ。」
おい、夢なら、このままロマンチックに腕に抱かれたままでしょう?こんな確認しないでください。まったく、私の夢、ヘンだよ。
「まぁ、粋晶だからな。」
そうです、私の夢ですから。でも、やけに感覚がリアル。その前に、私、いつ寝た?
「アレク王子、気付かれましたか?」
行き成り、ドアが開き、フランツ登場。
「あっ。」
ゆ、夢じゃないらしい。フランツの驚く顔。本物だよね?一気に熱くなる、私の頬も。現実感があり過ぎる。
「うわぁ。」
は、恥ずかし過ぎる。こ、こんな一目で抱き合っている様を見られるなんてぇ。信じられないぃ。ここにはいられない。私の精一杯で逃げるぞ。
ハイヒールを脱ぎ捨て、一目散に走り出した。
「粋晶。」
「スイ。」
二人の制止する声が聞こえるが、無理です。今は、顔を見られませぇんんん。