28.パーティーとは何をすればいいの?
「う、苦しい。」
「スイ様、よくお似合いですよ。」
唯今、パーティーの準備中です。
シェリルさんにドレスを着せてもらい、化粧や髪型までセットしていただきました。地帝国から来ている淡いグリーンのドレスよりもレースはふんだんに使われ、スカートの広がりは倍じゃないかと思われます。何よりこの胸の強調は不自然だし、ウエストは締め過ぎじゃないでしょうか?それに普段ロクロク化粧しないから、色々塗られた顔が重いし、皮膚呼吸が出来ていない気がする。
「トントン。」
ノックの音がして、シェリルさんが返事をすると、ドアが開いた。
「おっ、スイ。馬子にも衣装だな。」
「何ですか?セイ。」
「いえ、可愛いよ。スイ。」
「お世辞、ありがとう。」
「スイ様、本当にお綺麗なので照れてらっしゃるのですよ、セイ様は。」
シェリルさんは、クスクスと笑っていらっしゃいますが、違うと思います。
私にこのような素敵なドレスは、本当に似合ってないと、私でもわかりますから。着ているではなく、着られていると。
「スイ、客広間までエスコートさせてくれるかな?」
「セイ…。」
何なんだ?急に。でも、ちょっと嬉しい。
「お手をどうぞ。」
「あ、ありがとう。」
とてつもなく照れ臭い。セイってば、本物の紳士みたいに手を差し出すんだよ。
まぁ、私もちょっとノリで淑女のような振る舞いを真似してみるけど。
「いってらっしゃいませ。」
シェリルさんが深々とお辞儀をして、見送ってくれる。
いやぁ、まるでお姫様みたいじゃない?やっぱり、ファンタジーの世界に来ているだけあるのかな。
「おお。」
客広間に入ると、驚きの声で迎えられた。
「スイ、とてもお綺麗ですよ。」
「えぇ、とてもお綺麗です。」
「見違えたよ。」
フランツ、カスパー、手放しの賛辞、ありがとう。
でも、ウィル、見違えたって、引っ掛かる言葉なんですが…。
「アレク、エスコート頼むな。」
セイの手からアルの手に、私の手が渡される。
「あぁ。」
うんうん、冷静な見方をしているのね。
「アレク王子、どうされました?」
「あ、あぁ。」
フランツの声でぼんやりしていたアルが、私を抱えてくれる。
「どうしたの?」
「粋晶、とても綺麗だ。」
「ふへぇ?」
消えそうな声が耳に届くと同時に、瞬間移動のぐにゃり感。もう、いつもの倍はパニック。
今、アル、何って言った?綺麗って褒めてくれたよね?
確認のため、アルの顔を見上げると、赤く染まっているよね?
あっ、ヤバイ。こんな近くで目が合ってしまった。高鳴る鼓動が自分の耳に届くけど、目が逸らせない。アルには聞こえてないよね?
「スイ、アレク、どうした?」
横からセイの声が聞こえると、金縛りから解放される。急いで顔を逸らした。
「二人揃って、赤い顔して熱でもあるのか?」
「気のせいだ。」
冷静なアルの声。
そっか、気のせいか。そうだよね。アルが本気でそれも照れながら、綺麗って褒めてくれて、想い合った者同士みたいに見つめ合うなんて、気のせい以外ないよね。
嫌だな、私。妄想癖あったかしら?
「ありがとう、アル。」
アルに抱っこされたままは、ちょっと辛い。胸がぎゅっと締め付けられているみたい。
「あぁ。」
「うぎゃ。」
いつもと同じようにゆっくり地面に下ろしてもらうけど、慣れないハイヒールを履いているため、着地に失敗。転がると、きつく目を閉じるけど、アルの腕が私を受け止めてくれた。
「あ、ありがとう。ごめん。」
「まだ、ふら付くんだろう?」
「ううん、大丈夫。ちょっと着地失敗しただけ。慣れない靴を履いているから。」
「そうか。じゃあ、転がらないように掴まれ。」
「えっ?」
「ほら。」
アルの左腕に私の右腕が絡まり、これって、完全なエスコートの図。
あぁ、再び、心臓が踊り出しちゃうよぉ。
「お待たせいたしました。こちらからお願いします。」
ステージ裏らしき場所から、会場入りを指図される。
うん?パーティーって、もっと煌びやかな扉から入場するんじゃないの?
「アレク王子とお友達の皆様です。」
「はぁ。」
深々と呆れ果てた溜息を、セイと私以外が零す。
うん?何で?
「行くぞ。」
「あっ、うん。」
アルに引き摺られないように歩き出した途端、眩しい光で目が見えなくなる。
もしかして、敵の来襲?なんて、冗談に思いながら、目が慣れてくるのを待つ。
「はい?」
一段下にドレスやタキシードを着た方が数十人、百人近くいるんじゃないんでしょうか?皆様方が私達を見上げて、大注目されています。
「紹介させていただきます。こちらから、地帝国王子、ウィリバルト様。」
あの、ノリノリで司会をしている人は誰ですか?
蛍光ピンクのタキシード、赤の蝶ネクタイ、淡いピンクのシャツ。何処で買い揃えたのでしょう?
なんて、今の状況を把握出来ない間に、紹介が終わり、パーティーは開会したらしい。
「粋晶、何か食べるか?」
「うん。」
アルの呼び掛けで我に返り、ハイヒールに苦労しながら歩き出す。
「階段あるから、気を付けろ。」
「ありがとう。」
ヨタヨタとアルの手に掴まりながら、やっとステージから降りる。
「あれ?皆は?」
トロトロしている間に、アル以外の姿は遥か遠く。
セイとウィルは、着飾った女性に囲まれているのが、人の隙間から見えた。
フランツとカスパーは、偉そうな人に挨拶回りしているみたい。
「お姉様。」
遠くから近くに視線を戻すと、それはそれは可愛らしいお姿が飛び込んでくる。
「ファーちゃん、可愛いぃ。」
「お姉様こそ、とても綺麗ですわ。」
もうお世辞はいいです。
「王子、姫、スイ。どうぞ。」
タッキーが小さなトレーに四つのドリンクを持ってきてくれる。気が利く。
「ありがとう。」
「これは?」
「もちろん、ジュースです。」
「よかった。」
淡いピンクの透き通った中に、炭酸が弾け、綺麗な色合いで甘酸っぱい。
「美味しい。」
「お姉様から頂いたクッキーもとても美味しかったわ。」
「俺も頂いた。甘さ控え目で美味しかった。」
嬉しくて、アルの顔を見上げると、微笑んで頷いてくれる。
「ありがとう。あれは、アルと一緒に作ったのよ。」
「お兄様とお姉様が。」
「ウィルも一緒に作ろうと思ったんだけど、手を出さずに物珍しそうに見ているだけだったの。今まで調理場なんて入った事なかったんでしょうね。」
「お姉様、素晴らしいわ。」
はい?あぁ、また、ファーちゃんが先輩憧れモードに入っちゃった。
「あんなに品があり、美味しい物をお作りになるなんて。」
「そんなに立派な物じゃないわよ。それに、これで食べているからね。」
「はい?」
「私、パティシエ。ケーキ職人なの。」
「凄いですわ。是非、私にも食べさせてください。お姉様が作ったケーキを。」
「もちろん。一緒に作らない?」
「私にお手伝いなんて出来るでしょうか?」
「大丈夫よ。大切なのは心だから。」
「心?」
「そう。食べてくれる人の事を思って、作っていく。そりゃ、最初は不恰好でも、一生懸命作っていくうちに、形が整うものよ。」
「お姉様、素敵。」
ファーちゃんの瞳がキラキラしています。違う世界を見つめていませんか?
「いやぁ、参ったよ。」
セイが苦笑を零しながら、やってきた。
「おモテになる方はいいですわね。」
「いや、違うと思うぞ。あれは、希少動物扱いだな。本当にモテるというのは、ウィルだろう。」
セイの視線を追いかけると、女性に囲まれながらも、優雅に椅子に腰掛、グラス片手に談笑するウィルの姿。さすが、王子様なのかしら?
「やぁ、クリス。とても可愛いね。」
「ありがとう、セイ様。」
視線を戻すと、セイの姿は同じ場所になく、ちゃっかりファーちゃんとの会話を始めている。リリアンナには声を掛けなかったのに、もしかして、ファーちゃんは好みのタイプなのかも。
「粋晶。」
「うん、何か食べよう。じゃあ、セイ、ファーちゃん、タッキー。またね。」
三人と別れ、食べ物の並ぶ方へ。痛いほどの視線と耳障りな小声の会話が突き刺さる。
「ねぇ、アル。」
捕まらせてもらっているアルの左腕を引っ張ってみる。
「私、アルの隣にいても平気なの?」
「いてもらわないと困る。」
「まぁ、アルがいいのなら、いいけど。あっ、凄い料理ね。」
目の前に現れたのは、パーティー会場の片隅のビュッフェコーナー。煌びやかな料理が並んでおります。
どうしよう、迷っちゃうな。
「アル、お勧め、ある?」
「そこに座っていろ。適当に持ってきてやる。好き嫌いはないよな。」
「うん、ありがとう。」
窓際の椅子を指定され、よろよろと向かい、やっと着席。
一息付く暇もなく、アルが戻ってきてくれる。
「ありがとう。」
お皿を受け取り、並んで食す。
「美味しいぃ、幸せ。」
「粋晶らしい感想だ。」
「いいのよ。こういう小さな幸せを噛み締めなきゃ、大きな幸せなんて何時来るかわからないもの。」
「そうだな。」
本当に、今の私、幸せだよ。隣にアルがいてくれて…。あと少しだけ噛み締めていてもいいよね?
「食べ終わりましたなら、お皿をお下げしますが。」
「あぁ。」
「ありがとう。」
執事服を着た方が、お皿を持っていってくれると、手持ち無沙汰。
さて、どうしよう?ちなみに私にダンスを求められても無理ですからね。




