26.熱烈な歓迎
朝食を終え、簡単な身支度を整えると、創帝国に移動するため、来た時と同じように森の中に。森の外で大半の護衛の方々とお別れして、移動石まで来たのは旅立つ私達とリリアンナのみ。
「リリアンナ。」
両手で私より背の高いリリアンナに抱きつく。
もしかして、これって、丸々太ったコアラが細い木にしがみ付いているようにも見えるかも、なんて自分を茶化さないと泣けてきそう。一緒に過ごしたのは、短い時間なのに、本当にリリアンナの事を好きになっちゃったみたい。
「元気でね。幸せになってね。」
「スイ、どうして、そんな一生の別れみたいに言うの?」
「多分、きっと、もう会えないから。あっ、リリアンナが遊びに来てくれるなら別よ。」
「スイ?」
「リリアンナ、大好き。頑張ってね。」
「スイこそ、頑張って。」
「ありがとう。」
ゆっくりリリアンナのぬくもりから離れる。
「アル、お願いします。」
「あぁ。」
アルに抱き上げてもらい、リリアンナに小さく手を振る。リリアンナも手を振り返してくれる。たったそれだけなのに、切ない。
「リリアンナ、もう戻って。アルと私が最後だし、女の子一人でこんな所にいたら、危ないよ。ねっ。」
「でも…。」
「心配だから。」
「わかった。アレクサンドル王子、スイ。お気を付けて。」
「ありがとう。」
リリアンナの背中を見送り、一つ溜息。
「どうしたんだ?泣きそうな顔して。」
アルの優しい声で、堪えていた涙が零れてしまいそう。こんな顔を見せたくないから、そっとアルの胸に頬を寄せ、髪で顔を隠す。
「ちょっとセンチメンタルになっただけ。リリアンナとせっかく仲良くなれたのに、離れちゃうのが淋しいなって。」
「また、すぐに会える。」
地球に戻り、創地帝妃でなくなったら、無理なんだよ。
「行こう。皆が待っているよ。」
「粋晶、泣きたいのなら泣いておけ。」
「アル…。」
私の背中を支えてくれるアルの右手が私の頭を優しく撫ぜる。
こういう優しさ、ズルイ。
「ありがとう。でも、大丈夫。行こう。」
「あ、あぁ。」
これからもっと辛い別れがあるのに、今、メソメソしていられないよね。笑って、さようならを言わなくちゃいけないもん。泣いてなんていられない。
「アル、ありがとう。」
「あぁ。」
アルの胸に頬をくっつけ、そっと瞳を閉じた。聞こえてくるのは規則正しい心音。
でも、少し早いかな?身体が大きいからかな?
「やっと来たな。」
「待たせて、ごめんね。」
もう移動酔いから立ち直ったと思われるセイの声で出迎えられた。
「さっそくですが行きましょうか。スイはしばらくアレク王子の腕の中にいてください。」
「フランツ、その言い方、何か引っ掛かるんだけど。」
「気にしないでください。」
「スイ、僕の背中に負ぶさるほうがいいの?」
「遠慮する。だって、ウィル、重いって文句ばかり言いそう。」
「本当の事だから仕方ないんじゃないか。」
「そうそう。人間一人分の重さは、どんなに軽い人でも重いって。」
ウィル、セイ。本当に酷いヤツだ。純情な乙女の心を傷付けているんだぞ。
「アル。」
アルもやっぱり本当は重くて辛いんだろうか?と、顔を見上げてみる。
「大丈夫だ。」
アルが目を細め、微笑を向けてくれる。
今一瞬、胸がキュンとしたよ。
「ありがとう。」
アルにぎゅっと身体を押し付け、感謝のスキンシップ。
うん?何かビクってなった?
「アル?」
頬が赤い?いや、耳までかな?太陽の当たり具合なのかな?
「掴まっていてくれ。」
「うん。」
ちょっと声が上擦った気がする。
まぁ、気のせいだろう。
五分位歩いたかな?木々の数が少なくなってきて、もうすぐお城が見えるのかな?
「ファンファンファーン。ファンファンファンファンファンファーファファー。」
「はい?」
行き成り、大きな音楽が流れ出す。
「はあ。」
アルとフランツの大きな溜息とウィルとカスパーの苦笑。セイと私の状況が全くわからない呆けた顔を、出迎えてくれたのは、ステレオらしき物を持った重臣服の男性と白マントを着けた男性。漆黒の髪の可愛らしい女性の三人。
一体、何のための音楽?誰なのでしょう?
「おぉ、お似合いだ。」
白マントを着けた方が、本当に嬉しそうに笑いながら、こちらに歩いて来る。
「あの、アル。」
「あぁ。」
アルから下ろしてもらおうと顔を見上げると、呆れているような視線とぶつかる。
「いや、そのままで結構。いえ、そのままでいて欲しい。」
へ?何で?挨拶するのにこのままってヘンでしょ?
「初めまして、スイさん、セイさん。私、アレクサンドルの父、スカイ創帝王ジークフリードです。よろしく。」
「初めまして。一色星晶です。」
「粋晶です。」
「いやぁ、本当に可愛らしい方だ。アレクが余分と思えるほど筋肉を付けた事を、今日ほど嬉しいと思える事はなかった。」
「はぁ。」
「帝王様。」
後ろからアルの父を諌める声。
「あぁ。失礼致した。ウィリバルト王子、カスパー帝子仕。よくいらしてくれた。」
「こちらこそご無沙汰しております。」
「お元気そうで何よりでございます。」
「いや、ウィリバルト王子、美しくお育ちになったものですなぁ。この間、お会いした時は、まだ小さく可愛いお子様だったのに。」
アル父、話し出すと止まらない人なのね?
「初めまして。」
ぼうとアホ面して、アル父を目で追っていた私達の元に、ステレオらしき物を持った重臣さんと可愛らしい女性。まぁ、女性は半分彼の背中に隠れているけど。
「こちらはアレク王子の妹君、スカイ=クリスタルファー様です。そして、私はクリスタルファー様の側近をさせていただいています、鉄重臣達基と申します。」
「初めまして、粋晶です。スイと呼んでください。」
「星晶です。セイと呼んでもらって構いません。よろしく。」
「あの、タツキさんは、フランツの息子さんですか?」
「そうですよ。あぁ、タツキで構いません。」
「じゃあ、タッキーでも?」
「タッキー?」
唖然としたと思ったけど、笑い出した。うん、真面目そうだけど、さすがフランツの息子さん。
「もちろん、よろしいように。」
「ほら、粋晶。」
私がアルの顔を見上げると、何をしたいのかわかっているらしく、地面に下ろしてくれる。本当に優しく理解のある人だ。
テトテトとタッキーの後ろに隠れるクリスタルファーさんの所へ。
「初めまして。私の事はスイって呼んでね。それで、私はファーちゃんと呼んでもいいかな?ごめんね、馴れ馴れしくて。」
「あ、あの。」
恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染めていらっしゃる。
もう抱き締めたいくらい可愛い。深窓のお姫様って、彼女の事かも。
「スイ様のお好きなように。」
「様なんていらないよ。私、そんなに偉い人でも何でもないよ。私、ファーちゃんと仲良くなりたいの。ダメ?」
「わたくしとですか?」
「もちろん、ファーちゃんと。私みたいなヤツとは仲良くなりたくない?こう見えても友達だけは多いから、そんな最悪な性格していないと思うんだけど。」
パアとファーちゃんの顔に笑みが広がる。
うわぁ、ウィルとタイプが違うけど、花背負っている笑顔だよ。うぅん、そうね。ウィルは薔薇だけど、クーちゃんは可憐な花が咲き誇ってるって感じかな?
「ありがとうございます。」
「と言う訳で、今から友達よ。なので、堅苦しい言葉使いは止めてね。」
「はい。」
いやぁ、本当に可愛い。アルの妹って云うから、格好良い女性を想像していたんだけど、こんなに可憐な子だったとは。嬉しい誤算。
「城に参りましょう。」
フランツの声で、九人の大人数がぞろぞろと歩き出す。
「あの、スイ。」
「何?ファーちゃん。」
「お兄様と私は、地球人とのハーフなんですけど。」
「うん、それで?」
「お友達にしてくれるといってくださったのですけど、宜しいのですか?」
「どうして?」
横を歩くファーちゃんの顔を見ると、眉間に皺を寄せ、困り顔。
「つまり、俺達は大多数の重臣達に、見下げられ、嫌われている。」
私の右横を歩くアルが、ファーちゃんの代わりの返答。
「王子様と王女様なのに?」
「それがあるから表立っては、攻撃してこないが、快くは思われていない。地球人は帝力のような力がないから、非力で弱い生き物だと見下げられているからな。」
「ふぅん。」
早い話が差別ね。本当、こういう話って、嫌い。
「私はファーちゃんだから友達になりたいし、アルだから仲良くしている。それに、地球で育ったから、まぁ、未だに地球人だと思っているけど、そんな風に地球人を非力だと思わない。全体から見れば、同じ人間同士を傷付けるために戦争したり、自分達の住む場所を汚染したり、愚かな部分も多々あるけど、見下げられる理由にはならないと思うよ。まぁ、私、そんなに頭が良くないから、地球規模の事はよくわからないけど、少なくても私の周りには、優しくて良い人ばかりだったよ。だから、地球人が好き。それに差別って嫌い。色々な理由で差別ってあるけど、それはその人を傷付けるだけだし、その人が悪いとは限らない。私は平和な場所で、そんな大きな差別に触れた事もないから、勝手な意見かもしれないけど。」
「スイの言う通り。」
ちゃっかりと言うべきだろうな。セイがファーちゃんの横を歩き、同意の声を上げる。
「お姉様と呼んでも宜しいですか?」
「はい?」
ファーちゃんが瞳を輝かせ、私の顔を見つめていらっしゃいます。
あのぉ、もしもし?
「クリスの方が一歳年上だろう。」
アルがボソっと突っ込みを入れるが、クーちゃんの耳には届いていないのか?
私に同意を求める視線を向け続けている。
「別に、いいけど。」
それ以外、どう答えればいいのよ?わかる人がいたら、教えて欲しい。
「お姉様。」
嬉しそうに私の左腕にしがみ付いてくる。
あのぉ、歩き辛いのですが。
「よかったですね、姫。」
後ろから声が降ってきたと思ったら、タッキー。
あっ、そっか。クーちゃんの側近だもん。近くにいないといけないよね。
「はい。」
「姫はずっと姉という存在に憧れていらしたので、スイ様のような頼りになるお方とお知り合え、仲良くさせていただくのを待っていらしたのですよ。」
「あの、もしもし、タッキーさん。」
「はい、何ですか?」
「様付けは嫌いです。これからファーちゃんと仲良くなって、タッキーとも仲良くなりたいのに、様付けで呼ばれると、とんでもなく距離を感じるんです。それと堅っ苦しい敬語も止めてもらえます?」
「しかし…。」
「そうですよねぇ。」
ファーちゃんの向こう側に、また始まったと呆れ顔のセイが見える。
「タツキ様は、私のような女とは言えない中途半端な人間と馴れ合いたくなんてないですよね。確かに、素敵な女性に囲まれるようなルックスをしていらっしゃいますし、ご身分もお金もお持ちでしょうから、ね。羨ましい限りですわ。」
何故か、私は世間一般でいう良い男が仲良くなるのを拒否すると、このように性質の悪い酔っ払いのような事を言い出すクセがある。多分、過去に痛い失恋を重ねてきた影響だと思うが…。
原因不明、治療法未発見。そのせいか、そのお陰か、異性の友達も多い。
「いえ、そのような事はございません。」
「じゃあ、私と友達になってくれるの?それなら、様付けも敬語も止めて。出来ないなら、ただの知人ね。挨拶程度しか言葉を交わせないわね。」
「わ、わかりました。そんな事を言わないでください。」
ギロっと睨み付けたいが、後ろにいるので無理。
なので、空気を邪悪にしてみようと試みているが、伝わっているでしょうか?
「俺が悪かった。スイ、ごめん。」
「わかってもらえばいいの。これからもよろしくね、タッキー。」
「お姉様、素敵。」
ファーちゃんは感動してくれているが、多分、周りから見たら、傍迷惑な酔っ払いと同じ。きっとファーちゃんは女子高とかにいる先輩に憧れる後輩の気分なんだろうな。




