2.創地帝妃
夕食は売れ残りになってしまったパンと、スープとサラダ、デザートにこれまた売れ残りのケーキ。
とりあえず、お腹はいっぱい、疑問もいっぱい。
『明朝、参ります。』と聞かなければ、仮装変質者達のお芝居と流してもよかったんだけど。
「粋晶、星晶。ここに座りなさい。」
普段は正式な名前を呼ばない両親が真面目腐った顔すれば、それなりに緊張する。
「先程の方々、私達の事を話そう。すぐに理解するのは無理だと思うが、嘘偽りない事実だ。覚えていて欲しい。特に粋晶。お前には明日から必要になる。」
これ、本当に私達のお父さん?
いつもお母さんといちゃいちゃして、店番を私一人にさせようとしているお父さん?実は偽者?だったら、全て夢オチに出来るのに。
「私達はここで云う異世界人だ。ここ地球から見た正確な場所はよくわからないが、私は創帝国、汐美は地帝国の出身だ。両国は遥か昔は同じ国で人口増加のため、地帝国が建国された。二国は姉妹国だ。」
「異世界人って事は、何か特別な力があるんでしょう?それがファンタジーの基本でしょう?」
「スイ、バカだな。自分の事を考えてみろよ。」
「いや、あるよ。地球人と違う事が。」
「はい?」
セイと私は耳を疑いながら、父を見た。
何でもない事の様に涼しい顔しているけど、かなりの衝撃よ。
「まぁ、それはもう少し後だ。黙って聞きなさい。」
はい、はい。わかりました。
「私は元々創帝国の王宮に仕えていた。そこで同じく王宮に仕えていた汐美と出会い、恋に落ち、結婚した。十年程新婚生活を楽しんでいたが、汐美が身籠った。それが粋晶と星晶だ。私達は、創地帝妃の両親として、地球で暮らす事になった。」
また出たよ。ソーチテイヒって何?
「どうして、その創帝国とかって所で暮し続けなかったんだ?」
「創地帝妃を身籠ったからだ。」
「何なの?そのソーチテイヒって?私の事、そう言ったよね?」
父と母が顔を合わせ、大きく頷き合う。
何だ?そんなに重要な事なのか?
「創地帝妃とはお前、粋晶のことだ。創地両帝国の妃になる権利を有している。」
「もっとわかりやすく言ってくれ。」
「つまり、先程いらしたスカイ創帝子アレクサンドル様とアース地帝子ウィリバルト様、どちらかと結婚しなければならない。」
「スイは、異世界に婚約者が二人もいるって事だ。」
「じょ、冗談じゃないわよ。何で私があんな変質者と結婚しなきゃいけないのよ。確かに顔はいいけど、片方は薔薇背負っていて、片方は黒マントよ。」
「あっ、いや、多分、その格好には訳があるんだと。」
そんなに気弱に言い訳をするのなら、流していいよ、お父さん。
「あぁ、薔薇背負っているのと黒マントか。確かにあの格好は変質者だな。まぁ、隣にいた軍服みたいなのもどうかと思うけど。」
「ここではそうかもしれないけど、あの服は憧れの的なのよ。姓と名の間に重臣が入る優秀な方しか着られないの。小さな頃から男女ともあの服に憧れ、年頃になった女性はあの服を着た方に好意を抱くものよ。そう、胡晶があれを着た姿は、他のどんな方より素敵だったわ。」
「汐美。でも、君の姿に比べれば、どうって事はない。君が世界一素敵だよ。」
「胡晶…。」
母が暑苦しく熱弁を奮ったかと思えば、あっと云う間に二人の世界へ。
「スイ、お父さんのあの格好、どう思う?」
「微妙、と言うか、想像したくない。」
「こほん。」
わざとらしく咳払いをして、父が姿勢を正す。
はい、はい。話の続きね。
「王子お二人は粋晶がどちらかを選ぶために、一ヶ月ここで一緒に生活してもらう。」
「えぇ、一ヶ月一緒に生活?」
みごとにセイと私の声がハーモニーを作り出す。先程の両親や軍服さん達より息が合ったハーモニーのはずだ。
「じゃあ、私はどっちも選ばないし、結婚もしない。だから、帰ってもらって。」
「ムリだ。」
「どうして?」
「創地帝妃だからだ。」
「どうして、私が創地帝妃なんて代物なのよ?」
「あぁ、そうだな。それから話すべきだったな。私達、一色家は代々力が強く、色を生み出す家系なんだ。創地両帝国にあるが両方そうだ。」
うん?ちょっとファンタジーらしくなってきたのかな?
「力は帝力と呼ばれ、地球で云う魔法みたいな力だ。これは血で受け継がれるものだ。色とは、帝力が持つ色。赤系なら炎、青系なら水と、そんな具合に帝力には色がある。その色は、産まれた時に持っている帝石と同じ色だ。」
「産まれた時に石?胆石みたいな?そんな物を持って産まれるのか?」
「あぁ、もちろん、お前達も持っていた。その帝石の色に濁りがない程、力が強い証拠だ。その石の色を生み出したのは、一色家が始まりだと云われている。近年では新色は一色しかないが、ね。」
新色って云うのもどうかと思うけど。その前にセイが言っていた胆石への突っ込みは?
「そして、その一色家から女子が産まれると創地帝妃になる。一色家に女子が産まれるのは、稀だ。残されている家系図からも六人しかいない。粋晶は七人目だ。それも強大な力を有し、新色の持ち主だ。どちらも選ばない事は出来ない。」
「どうして、その創地帝妃様が地球へ?」
「公平に選ばせるため。私達が元々住んでいた創帝国に住み続ければ、それなりに情が湧く。だから、第三国で暮らす事になっている。」
「時期が今なのは?」
「三十歳から成人になる。成人を迎えると同時に婚約。ここから旅立たなければならない。封印が解けてしまうからね。」
「封印って?」
「王子様以外の男と結ばれないために、色々と、ね。」
ピッキーン。そんな音がしそうな程、血が熱くなる。込み上げてくるのは怒り。
「だからなのね?私が全然モテなくて、失恋回数ばかりが積み重なり、この歳になるまで、彼氏の一人も出来ないのは。セイにも相談したよね?一回デートしたとしても、それも凄く良い感じだったのよ。セイも見たでしょう?それなのに、それなのに、急に引っ越して遠くに行っちゃったり。『君だけが好きだったんだ』とか言っときながらフラフラ浮気しまくったり。グループ交際とか言って、数人で泊まりに行ったのはいいけど、部屋を間違って、私の友達に手を出して、デキ婚とか言って、結婚式の招待状を送ってきたり。あぁ、もちろん、出席して、作り笑いで祝ってやったわよ。」
ぜぇぜぇ、息が切れる。
「こんな哀しい恋愛しか出来なかったのは、全部、そのせいなのね?」
「封印のせいとは言い切れるかどうか。」
余分な口答えをする父を睨み付けると、亀みたいに首を竦め、母に助けを求めている。
「封印のせい以外に考えられないじゃない。胡晶と私の子よ。良い恋愛をして、幸せになれるはずだわ。でも、これからは違う。だって、あんなに素敵な王子様が二人もスイを幸せにしたいというのよ。どちらかと良い恋愛をするための試練だったのよ。」
「薔薇背負い人と黒マントマンだけど、な。」
母の言葉に縋り付き始めていた私を一気に現実に引き戻すセイの声。
「で、俺は?」
「セイは特に何もない。成人の三十歳の時に帝石を飲まなければ、こちらに住み続けても問題ない。ただ家族がバラバラに住み続けるのが嫌だったから、一緒に来ただけだから。」
軽い、いつもと同じ口調で父に言われたセイは脱力している。私もその立場になりたい。
「ちょっと待って。そういうファンタジーのお迎えとかあるのは、高校生か二十代までが基本でしょう。何でもうすぐ三十歳なのよ。」
「それは説明しただろう。成人が三十歳って。それにその突っ込みはもっと早くするべきだろう。で、話を戻すが、成人する当日、従獣と共に帝石が戻ってくる。」
正確な突っ込みをありがとう、お父さん。
「何、ジュージューって?焼肉?」
「違う。従う獣で従獣。自分の力で生み出された精霊だ。これが俺の従獣、ワサビだ。」
「これが私の従獣、ショーユよ。もちろん、自分で名付けたのよ。」
名前を付けるセンスないなぁ。
ワサビもショーユもミニチュア両親だ。隣に並んだ肩の上でラブラブオーラを放出している。
私も成人したら、ミニチュア私が肩に乗るの?
ふと隣を見ると、セイが脱力から抜け出し、何やら考え込んでいる。
「帝石を飲むと子供の頃には暴走しないよう、帝石に封じた力が戻って、成人となる。」
「石なんて飲めるの?」
「自分の石を口に含めば、自然と液体になり、身体に染み込んでいく。力を欲し、他人の石を飲もうとしても力も手に入らないし、石の拒否反応で死んでしまう事もある。」
「従獣が間違ったりとか、そういう事は?」
「今まで一度として、そういう記録はない。」
「ふぅん。」
「俺、決めたよ。」
私の腑抜けた返事とセイの力が籠もった声が重なる。
「何を?」
「スイと一緒に異世界に行く。だってさぁ、相手はあの変質者のどっちかだろう。慣れない土地へ連れて行かれる上、妃なんてそんな堅苦しい身分になったら、スイがおかしくなる。だから、スイを守るために一緒に行く。」
「セイ。」
セイの優しさが嬉し過ぎて、再び抱きつく。やっぱり頼りになる。
「美しい兄妹愛だ。」
両親は涙も出ていないのに、目尻を拭い、満足そうな顔をしている。
うん?まだ、何かありそうな予感がする。この親、何を企んでいるんだ?