15.ウィルの謝罪
私は、そのまま、アルの部屋の布団で朝を迎えた。アルがずっと手を握ってくれ、座ったまま、眠っている。
「アル、ごめんね。」
「起きたか?」
アルの顔を覗き込み、小さな声で謝罪すると、アルの目が開き、至近距離で目が合ってしまう。
い、息が掛かったよぉ。
「眠れたか?」
「アルのお陰で私は眠れたけど、アルは眠れなかったでしょ?」
「いや、大丈夫だ。昔は木に寄りかかったまま、眠った事も多かった。」
「えっ、どうして?」
「フランツと旅に出た時は、野宿が基本だったからな。」
「旅?何処へ?」
「創帝国を大体一周。民の生活とか国を知るためと心身を鍛えるためと両方の意味で、人工的な乗り物を使わず足の力だけで回った。」
「凄い。どの位、掛かった?」
「一年程だ。それほど、広大ではないからな。」
「ねぇねぇ、その時の話、聞かせて。」
「それはいいが。時間は平気なのか?」
「えっ?時間?」
柱時計を見ると、五時五分。
「慌てて、そのまま起きるな。これを羽織って、前を隠せ。」
「へ?」
あぁ、昨夜の破れた服のまま、寝ちゃったのね、私。
「ありがとう。じゃあ、簡単にシャワーを浴びてから、仕込みにいくね。」
「あぁ、俺も手伝いに行く。」
「ありがとう、またね。」
バタバタと走り、でも、前を押さえる事を忘れず、自分の部屋に。ぐしゃぐしゃだった布団はきちんと整えられ、いつも通り。昨夜の事が夢ならいいのにと思える。
「あっ、早くしないと、キヨちゃんに怒鳴られる。」
昨日と同じはずなのに、胸に重く垂れ込める苦さ。早くウィルと顔を合わせて、仲直りしたい。昨夜の事、蟠りとして残したくない。でも、少しウィルが怖い。大丈夫、大丈夫だよね。アルがいてくれるもん。
「おはよう。」
「遅刻だ、スイ。寝坊…か。」
キヨちゃんの動きが途中で止まる。まるで電池切れのロボットみたい。
「スイ。」
キヨちゃんが私の首根っこを捕まえ、キッチンの片隅へ。犬や猫じゃないぞ。
「シオコショーやセイが帰ってくる前に、それ、どうにかしろ。そうだ、ハイネックの服に着替えて来い。って、どっちだよ。そんな目立つ場所に。注意しておけ。」
「はい?」
「惚けるな。」
「惚けてないってば。」
「まさか、寝ている間に?いやいや、いくらコイツが鈍いからって、それはない。」
「キヨちゃん?」
「キスマークだよ。」
「へ?」
「いいから、早く着替えて来い。」
「はいぃ。」
キヨちゃんに怒鳴られ、意味をよく理解出来ないまま、小走りでお店を出る。
「一体、何なの?」
自分の部屋の鏡を見て、叫びそうになる声を無理矢理飲み込んだ。鎖骨の辺りに転々と赤い痣。左右合わせ六個はある。
「足にもケリを入れておけばよかったかな?」
驚いたけど、昨夜のような恐怖は湧いてこない。さすが割り切りの早い私。
「あっ、そっか。」
アルからもらったペンダントがない事に気付くと、胸の奥がチクリと痛む。淋しいような物足りないような、そんな痛み。
やっぱり、普段からアクセサリーをつけない私が、毎日、身に着けていたから、こんな気持ちになるのかな?大切にしていたのに…。
朝食の時間になるとウィルがダイニングに来る。ぐっと堪えるように視線を落としたままで、薔薇背負い笑顔の姿形ない。
「おはよう、ウィル。」
「おはよう、あの、スイ。」
「食事が終わってから話そう。」
キヨちゃんがいるからの意味を込め、キヨちゃんをチラっと見てから、ウィルに笑いかける。
「あぁ、そうだね。」
力ない返事。
これって、反省してくれているって事?
「キヨちゃん、何、一人でそんなに頷いているの?首でも痛いの?」
「いや、何でもない。食べよう。」
「いただきます。」
ウィルの口も重いし、私も何を話していいかわからないし、キヨちゃんは食べる事に忙しく、アルは元々言葉数が多くない。我が家の食卓には珍しく沈黙が光臨しのさばっている。それが堪らなく居心地悪い。
「ご馳走様。じゃあ、俺、先に店に行っているから。」
私が半分も食べていないのに、キヨちゃんはさっさと出て行ってしまった。まぁ、この空気なら朝の事もあるし、さっさと席を立ちたいでしょうね。
「あの、スイ、ごめん。僕…。」
キヨちゃんの姿が完全に消え去ると、苦しそうに口を開いたウィル。同時にアルから貰ったペンダントを差し出してきた。
「もう、私の意志を完全に無視した事をしないって、約束して。」
「スイ?」
顔を上げ、呆然と私の顔を見つめている。
すみません、そんなに見ても私の顔は観賞に耐え得る美しさとかないし、その前に穴が開いてしまいそうです。
「約束出来ない?」
「もちろん、約束する。絶対に破ったりしない。もしかして、許してくれるのか?」
「許すも許さないもないよ。だって、私も…、ハッキリさせないのもいけないんだもん。わかっているけど、もう少し時間ちょうだい。だって、まだ、一週間だよ。あと、三週間位猶予くれてもいいんじゃない?確かに色んな事があって、とても一週間とは思えないけど、時間的余裕って必要でしょう?それじゃなくても、私、一週間前までこんな事、何一つ知らずにいたんだよ。この制度、もう少し考え直した方がいい。絶対、誰でも躊躇うよ。そりゃ、片方が昨日ふんどし一枚で現れた、あの人のように生理的に無理な人なら、悩まずに決められるけど、アルとウィルみたいに、タイプが違って、性格的にも大きな欠点がなくて…。ごめん、暴走した。」
うわぁ、恥ずかしい。余分な事を口走ってしまった感、半端ないぞ。誰か、穴を掘ってくれ。もしくは、穴を掘るだけの場所と道具をくれ。自分で掘ってでも穴に埋まってしまいたい…。
「で、俺とウィルが何?」
普通、そういうのはウィルが言う台詞でしょう。
「何でもない。ほら、さっさと食べて、お店に行こう。あっ、ウィル。私、変わらないから、ウィルも変わらないでいて欲しい。」
「ありがとう、スイ。」
「あっ、それと、これと同じ様なペンダントが欲しいのなら、明日にでも買い物に行こうか?両親が帰ってくるから、店番抜けられるし、ねっ。」
「…。」
何で沈黙?
「アル、その時、ジャンボパフェに再チャレンジしよう。今度はチョコバナナね。」
「あぁ。ウィル、どうするんだ?行くのか?」
「行く。行くに決まっている。」
「そうか。」
うん?今、火花が散った?気のせいかな?まぁ、いい。
ウィルにも表情が戻ってきたし、これでいいよね?