10.薄情な友人
翌日、両親は宣言通り、旅行に出掛けた。とても二泊三日とは思えない量の荷物を持ち、ルンルン気分を隠そうにもしない挨拶を残し、消えていった。
静かになると思いきや、店内は賑やかだ。
ウィルとキヨちゃんが少女マンガ談義を始め、途中から恋愛とは何か?に題目は移った。アルと私は耳に入るその会話を半分流し半分聞き、接客したりしている。
「いらっしゃいませ。」
午前十時を回ったばかりに女性ばかり三人さんが入ってくる。
「アイ、キョウ、アリ。」
そう、私の学生時代の友人。キッチン部に所属し、たまの活動時に騒ぎながら、お菓子やお惣菜を作った仲間。
「うん?スイ。」
「何?こっち座りなよ。何にする?」
「そんな事はどうでもいい。」
「そんな事って言い草はないでしょう。一体、何?」
「キヨちゃんは見た事ある。でも、そちらの超格好良い男性は誰?」
「えぇっ、もしかして、スイの彼氏?長過ぎる孤独時間を噛み締めていたと思ったら、その反動?こんな美形の彼氏が出来るの?」
「じゃあ、私もあんなので我慢しなければよかった。」
「あんなのって、それ、旦那さんの事?」
「そうよっ。」
そんな噛み付くように返事しなくてもよかろうに。
「ねぇ、スイちゃん。」
この三人が『ちゃん』付けで甘い声を発する時ほど、怖い事はない。聞きたくないが、そうもいかないだろう。
「何?」
「彼等を紹介して。そして、私達を彼等に紹介して。」
……。一応、父の友人の息子が遊びに来ているという設定にしてあるけど。この二人、特にウィルは大丈夫だろうか?
「ウィルとアレクよ。父の友人の息子で…。」
名前を告げた時点で、餌に群がる動物のように、アルとウィルは三人に囲まれてしまう。
骨は拾ってあげるからね。
「スイ、放っておいていいのか?」
どうせ三人は、アイスティーだろうと用意を始めると、あまりの勢いに唖然と見ていたキヨちゃんが自我を取り戻した。
「大丈夫でしょう。捕って喰われる事はないから。」
「そうじゃなくて、二人はスイの婚約者で、近い将来、どっちかと結婚するんだろう。それなのに。」
急いで、キヨちゃんの口を押さえたが、三人には聞こえてないよね?こんな事を知れたら、私、恐ろしい目に遭ってしまう。
ギギギと油の切れた機械のように動きの悪い首を動かした。
が、後悔した。一目散に逃げるべきだったんだ。
「スイ、どういう事?」
「今までまったくモテないちゃんだったスイが、こんな超美形二人からプロポーズ?」
「何かの間違いでしょう?」
えぇ、間違いです。
そう返事が出来たら、どんなに良いか。
全てを話すわけにはいかないし、どうやって誤魔化そう。
絶対、ウィルとアルが、私にベタ惚れとか誤解しているだろうし…。
政略結婚なんて、そんな理由ないとか叫びそうだし…。どうしたらいい?
もう、キヨちゃんってば、余分な事を口走るんだから。
「スイが大好きだから、求婚している。それだけだよ。」
ウィル?
「君達もスイの友達なら、スイの魅力、知っているでしょう?僕もそんなスイを愛してしまった。簡単で騒ぐ必要のない理由だ。」
あのぉ、ウィルさん。完全に、あの子達、誤解しましたよ。私を庇うためとはいえ、言い過ぎじゃないでしょうか?
でも、ありがとう。
「あちらで、スイの昔話を聞かせてくれないかな?えぇっと、アイちゃん、キョウちゃん、アリちゃん、だったよね?」
「私、アリじゃなく、ユウコなんです。」
「じゃあ、ユウコちゃん。」
さすが、ウィリバルト王子様。伊達に薔薇背負ってなかった。その甘い綺麗な笑みに、三人の目がハートになっています。
ウィルに連れられ、三人は大人しく奥のテーブルへ。
「ふぅ。」
アルが溜息まじりに、カウンターに戻ってきた。
「ごめんね、アル。」
「いや、ウィルのお陰で助かった。」
「さすが、ウィルとしか言いようがないわね。でも、あんな嘘を付かせる事になって、申し訳ないよ。後でしっかり謝罪とお礼しなくちゃ。あっ、アル。ちょっと待っていてね。冷たい物を用意するから。」
「あ、あぁ。」
唖然とした顔で歯切れの悪い返事をするほど、疲れたのね。本当にごめんね。
「お昼は気合いを入れて作るから、期待していて。」
四人分のアイスティーを持ち、ハートマークを放出させている席へ。
一瞬でも長くウィルを見つめていたいって理由だろうか?友人の私に目もくれない。私に会いに来てくれたんじゃないの?
「ありがとう、スイ。」
ウィルだけが私を見て、お礼を言ってくれる。
やっぱり、私の友人三人組は薄情だ。前からそんな気はしていたけど。
「キヨちゃんもお昼食べる?」
「俺、三色昼寝付きだって、聞いたけど。」
「アル、アイスティーにミルク入れる?」
「あぁ、頼む。」
「了解。」
「最近、スイ、冷たいよな。前は『キヨちゃん、大好き』って言ってくれたのに。」
言いましたっけ?そんな事。
確かに若気の至り、いや、今も充分に若いけど、幼さの間違いでキヨちゃんに淡い恋心を抱いたこともあった。一時間で忘れ去ったけど。
「記憶にございません。」
「実際、言われた事ないから、記憶にあったらビックリだ。」
一度、グーで殴ってもいいですか?
「お昼抜きにするよ。」
「そんなに怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ。」
「はいはい。あっ、いらっしゃいませ。」
「スイちゃん、いつもの。」
「はぁい。」
いつも十一時頃になると、日替わり定食を食べに来てくれる常連さん。パンとケーキ中心の喫茶店なのに定食ってどうなの?って、思わなくもないが、少しでも客足を伸ばすため。ランチの時間だけの限定メニュー。
「美味しそうだな。」
「じゃあ、お昼、これにしようか?」
「あぁ。」
今日のお昼は、豚のしょうが焼き定食に決まりました。
あぁ、それにしてもウィルはいつになったら、あの三人から解放されるんでしょう?