1.迎えに来た王子様
パン屋とケーキ屋と喫茶店が合わさったクリスタルと云う名のお店。住宅街の中ほどにあり、客足のほとんどが常連。お店の入り口近くにガラスケースが二つ。一つはパン、もう一つはケーキが並べてある。その奥に喫茶コーナー。カウンター六席とテーブル席三つ。
唯今午後五時十五分。夕食には早く、おやつには遅い中途半端な時刻にはお客様の姿はなく、このお店の看板娘こと、私、一色粋晶は店番をしながら、レース編みで時間を潰している。とてつもなく暇だ。
「いらっしゃいませ。」
ドアが開く音が聞こえ、レース編みの手を止め、顔を上げた。
「げっ。」
客商売にはあるまじき声を零し、お客様いや客でいい、の全身を見つめた。
透ける様な白い肌、さらさらの金髪と綺麗の形容詞がピッタリの整った顔立ち。ここまではいい。背後にあるモノは何ですか?生花の深紅の薔薇を針金?で留めて、背負い込んでいます。
そう、これは少女マンガの憧れの先輩もしくは白馬の王子様登場シーンで、薔薇が咲いていますって状態をリアルに表現したモノ。
あれは、あくまでイメージでしょう?現実にやってはいけないよね?
「迎えに来たよ、マイハニー。」
「はい?」
薔薇背負い人は、何を言い出した?やっぱり変質者?
こんなに綺麗な男の人なのにもったいない事だ。
「そうか。やっぱり、僕と一緒に来てくれるんだね。」
キラキラ光る笑みを零し、私を真っ直ぐに見つめていらっしゃいます。
これはやっぱりヤバイよね?逃げなきゃ。とりあえず、声を上げて両親を呼ぶか、お店の外へ?
「何をしているんだ?」
再び、お店のドアが開き、男性が入ってきた。助けてくれるのかと振り返ると同時に絶望的な気分に襲われる。
声が物凄く渋くて、腰砕けになりそうな位好みなのに、黒マントを羽織っていらっしゃいます。マントから見えるのは首から上だけ。健康そうな小麦色の肌、癖のある黒髪、目付きは鋭いが格好良いと評される顔立ち。
ねぇ、何で?たった一箇所、薔薇背負っている事と黒マントを除けば、素敵なのよ。それなのに、何で変質者なの?この二人は。
「約束の時間まで、未だあるはずだ。」
「そんなの関係ないよ。僕の手を取るのは、決定しているんだからね。」
この二人は待ち合わせでしょうか?
とりあえず、奥に座ってもらおう。その間に両親を呼べばどうにかしてくれるだろう。
「あの、お客様。」
二人が同時にこちらを向く。
うぅ、何か負けそう。いや、ダメだ。ここで負けては。
「奥のお席へどうぞ。」
「あぁ。」
「そうだね。」
納得してくれたらしく、私の案内に着いて来てくれる。逃げる時間を稼ぐためにも一番奥のテーブル席に通した。
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい。」
メニューを広げ、立ち去ろうと、背を向けた。
これで、とりあえず安心だ。
「おい。」
「何処へ行くんだい?」
未だ一歩さえ踏み出していないのに、何故呼び止める?
でも、客商売たるもの、笑顔が大切だよね。
「ご注文、お決まりですか?」
笑顔は引き攣ってないぞ。さすが、私。
「僕は君を迎えに来たのに、何処へ行ってしまうんだい?」
「だから、それが違うと言っている。」
「黙って。僕達に割り込まないで欲しいな。」
「あのぉ、何のお話をしてらっしゃるがわかりませんが、ご注文がお決まりでしたら、伺いたいのですが。」
放っておいたらいつまで続くかわからないので、口を挟ませてもらいましたが、二人揃って唖然と私を見るのは止めてください。
「任せる。」
黒マントマンが低い声で答えてくれたので、私は営業スマイルで応えよう。
「お勧めでよろしいのですね。少々、お待ち下さい。」
今度こそ歩き出せたぞ。さっさと喫茶用カウンターの内側に入り、店員としての役割を果たそう。
やっぱり、シンプルに苺ショートかな?あっ、でも、ミニシュータワーも捨てがたい。うん、飲み物はアールグレーでいいかな。二人とも珈琲を頼みそうだから、ここは紅茶を出して、どんな顔をするか見てみたいよね。
「お待たせいたしました。」
アールグレーとミニシュータワーを二人の前に出す。
ミニシュータワーとは、一口大の生クリームが入ったシュークリームをタワー状に積み重ねてミルクチョコをかけた、見るからに甘ったるい代物。
「あぁ、頂く。」
黒マントマンは見るからに甘いものが苦手なのに、平気な顔して、ミニシュータワーに挑みだす。
薔薇背負い人は無言のまま、砂糖を入れる事なく、紅茶に手を伸ばした。
「美味いな。」
黒マントマンが私を見上げ、極上の笑み。
うっ、打ち抜かれたかも。反則でしょう?その笑顔。
でも、でも、黒マントの変質者だ。間違ってもときめいたんじゃないぞ。
「僕は君が食べたいな。」
薔薇背負い人、寒いです、その台詞。
でも笑顔は綺麗なんだよね。
「御用が御座いましたら、お呼び下さい。ごゆっくり。」
テーブルの上に伝票を置き、さり気なく立ち去るつもりだったのに、背後で足音。
「王子、いらしていたのですか。」
私の両親の驚きの声。
王子?誰が?って言うか、ここはまぎれもなく日本。自称王子なんて生き物はたまにいるが、本物の王子なんて、こんな所でお会い出来るはずもないでしょう?あぁ、名前なのかな?
「王子、置いていかないで下さい。」
今度はお店のドアから、男性二人の声。
あぁ、また、ヘンなのが来た。
今度の二人は、壮年の薄茶と濃いグレーの髪の人だが、ファンタジーに出てくる軍人さんの格好だ。派手な詰襟の学生服?みたいなヤツね。
今日はどんな日だ?一体、何が起こっているんだ?もしかして、何処かの催し物で仮装大会をやっているの?それなら納得。でも、どうして、うちの店に?
「とにかく店を閉めよう。」
「へ?」
「そうね。シャッター下ろしましょう。」
「ちょ、ちょっと。」
私が止める暇もなく、両親が慌しくシャッターを下ろし閉店してしまった。未だ二時間は営業時間が残っているし、売れていないパンやケーキがあるのよ。何より、どうして、この変質者達が来たからって、お店を閉めるのよ。
「粋晶、ここに座りなさい。」
私は何が起こっているのか、まったく理解出来ず呆然としている間に、喫茶コーナーのテーブルが二つ合わさった即席会議場が出来上がり、七つの珈琲が並べられている。この二人に出したアールグレーとミニシュータワーは、何処へ?もう、そんな事はどうでもいいの。
薔薇背負い人と薄茶髪軍人が並び、テーブルを挟み前には黒マントマンと濃いグレー髪軍人が座っている。で、コの字会議場の進行役が座る場所に、両親に挟まれ空席が。
私にそこへ座れと言うのですか?一体、何の会議?もしかして、仮装大会の優勝者を決めるとか?でも、この四人じゃ、イマイチよ。
「もう、ご存知かと思いますが、紹介します。一色粋晶、私達の娘で、創地帝妃です。今年三十歳で成人になります。」
ソーチテイヒ?三十歳で成人?
「あの、お父さん。」
「後でゆっくり説明する。」
私の問い掛けに短い返事。
いつになく真面目な表情のお父さん。一体、何なの?
「創帝子様、どうぞ。」
ソーテイシ様?よくわからないが、黒マントマンが立ち上がり、私の元に歩いて来る。
「スイ、立って。」
お母さんの声に、何もわからないけど、従うしかない。
うっ、黒マントマン、こうして見ると大きいな。一九〇センチ位ある?全体的にガッチリしているなぁ。
なんて暢気に思っていると、私の前に跪き、右手を握り締められる。
「スカイ創帝子アレクサンドルと申します。私を選んでくださると信じております。」
低くて渋い声に感動していると、握り締められた右手の甲に口付けが落とされる。
うへぇ、な、何なんだ、一体。
「地帝子様、どうぞ。」
黒マントマンの手が離れていくと同時に薔薇背負い人がこちらに来る。
もう驚かないぞ。
「アース地帝子ウィリバルトと申します。愛しの君は必ず私の元へ来てくれますね。」
いやぁ、驚かなかったけど、照れるのは仕方がないよね?
「私は創帝子にお仕えする鉄重臣フランツと申します。フランツと呼んでいただければ、幸いです。」
「私は地帝子にお仕えする銅重臣カスパーと申します。カスパーとお呼びください。」
軍人さんは、その場で立ち上がり、丁寧にお辞儀をしてくれた。
王子って云うのは、黒マントマンと薔薇背負い人の事なのね。
「あのぉ。」
私はどうすればいい?お父さんが紹介してくれたけど、こんなに丁寧に自己紹介されたんだ。私もするべきだよね?
「粋晶、座りなさい。」
あぁ、そうですか。私は何もしなくてもいいのね。
うん?足音が聞こえない?
「ただいま。一体、どうしたんだ?店閉めちゃって…。って、何?」
「セイ。」
私の双子の兄が帰ってきてくれた。
お父さんもお母さんも別人みたいに真面目腐っているし、変質者が現れ、全然わからない事を言い出すし、すっごくパニックなのよ。そこへいつもと変わらない双子の兄、星晶の姿。
これが安心出来なくて、何に安心しろと云うの?嬉し過ぎて飛びついてしまおう。
「スイ?」
驚きつつも私を抱えてくれる。持っていたバッグが宙を飛んだけど。
「彼は?」
「誰なんだ?」
黒マントマンと薔薇背負い人の声が綺麗に重なる。
でも、私には関係ないもん。もう強い味方のセイがいてくれる。
「申し訳御座いません。彼は粋晶の双子の兄、星晶です。」
「あぁ、兄上か。」
えっ?それだけ?何?セイにはあの挨拶はなし?
「じゃあ、明朝、参ります。」
「マイハニー、また後で、ね。」
「失礼致します。」
「後はお願い致します。」
四人四様の挨拶を残し、お店のドアから出て行った。
あれ?いつの間にシャッター開けたの?まぁ、いい。さっさと帰れ。もう来るな。変質者めぇ。
「一体、何があったの?」
一番訳のわからないセイが一言零すが、疲れ果てた様な両親の溜息が返って来た。
私も説明してもらいたいんだけど。