『こいばな』と羊達
『哭士、あの……マキさんにお買い物に誘われて……。一緒に来てくれますか?』
色把が顔を覗かせる。護衛の役を持つ哭士は色把の言葉に立ち上がった。
マキの運転する軽自動車に揺られて十数分、近くの大型ショッピングモールへと到着した。
色把を誘ったはずのマキは、哭士が同伴すると聞くや、妙にうれしそうな顔をして「タイムセールがありますもので!」と食品コーナーへと足早に消えていった。
このような大きな施設には初めて来たと楽しげに歩く色把の横を歩く。
ふと、自分の袖が強く引かれる感覚にそちらの方向を見た。やや遠くを見つめて色把が自分の袖を引いていた。
『こここ哭士……! あ、あっち!』
何事かと色把の指差す方向へ目をやると、そこには苑司が歩いていた。
今日は休日だ。学校が休みの苑司がそこにいたとしても不思議ではない。
「なんだ、苑司か。それがどうした」
『隣……! 隣!』
苑司と並んで少女が歩いている。苑司より背が高いが、楽しそうに会話をしている。
ちょうど向こう側からは死角になっていることと、少女との会話が続いておりこちらには気づいていない。
「……それで」
色把が口を開いたまま、信じられないといった顔をする。
『それでじゃないですよ! お友達でしょうか……! ももももしかしてそれ以上の……!』
色把の頬が赤くなる。哭士は内心首をかしげた。
「関係を知ってどうする」
『ええ!?』
色把の反応に逆に困惑したのは哭士だった。眉間にしわを寄せて、そのまま色把の次の言葉を待った『気になるじゃないですか!』
「だから何故」
そこまで来て、色把はもどかしげに身を縮こまらせた。
『だ、だって、苑司さんに交際相手が出来たかもしれないんですよ! 応援したいじゃないですか!』
「……そういうものなのか」
哭士の言葉に色把は急に真面目な顔になる。
『そういうものです!』
翌日、色把は何度も『それとなく! それとなくですよ!』と繰り返し、哭士に昨日の少女の事を尋ねるように言ってきた。
自分で聞けばよいだろう、といいたいのは山々だったが、苑司は色把の唇を読むことは出来ないのだった。
朝食が用意された居間には、哭士、色把、友禅、苑司、ユーリが揃っていた。
ユーリが苑司の卵焼きを奪ったり、いつものように騒々しい。
全員が食事の半ばに差し掛かった頃、哭士が苑司を見た。
「苑司」
「ん?」
「昨日一緒に歩いていた女は」
苑司とユーリが同時にお茶と米をそれぞれ噴き出した。
「なっ、えっ、ちょっ……!」
あわあわと首をふる苑司。
「何何何何何何!! 聞き捨てならないんですけど!!!」
口の周りに米粒をつけたままユーリは苑司の首に腕を回す。
色把は頭を抱えた。友禅は卓にぶちまけられたお茶とお米をゆっくりとふき取っている。
「早池峰、何だって? もう一回言ってくんない? 出来れば詳しく」
「昨日の午後14時28分頃目撃した。市内のショッピングモール内で苑司と同年代ほどの女が共に歩いていた。身長は苑司より高い、服装は……」
「わーッ! わーッ! 哭士くんもういいから!」
苑司が両手を突き出して手を振る。
「……苑司くん、チミはいつの間にコレを作っていたのかね? 俺に相談も無しかい? ん?」
苑司の前で小指を立てた手をちらつかせるユーリ。
「いやあ、若いって良いですね」
「いや、まだアンタも十分若いでしょうが」
安穏とした友禅の言葉に一言 切り返して、ユーリは苑司へと向き直った。
「彼女とかじゃないんだってば! バイト先の子だよ!」
「バイト先の子が苑司に何の用なんだよ。しかも休日に、二人で! 二人でだぞ! チューくらいしたんだろうな!」
「だから違うんだってば!」
「用事とは一体なんなのか、と色把が言っているが」
真剣な色把の表情に、苑司がたじろぐ。
「相談があるって……呼び出されて」
「何の!」
ユーリの怒声にも似た大声に体をびくつかせる苑司。
「お……」
「お?」
食い入るように苑司のつぎの言葉を待つユーリ。
「……甥っ子さんの服選びたいから付き合ってって……。あの子の甥っ子さん、僕と同じくらいの体型なんだって……。しかもあの子、彼氏居るよ」
居間が一瞬静まりかえった。 神妙な面持ちとなったユーリ。
「……まあ、あの……悪かったよ。あの……ごめんな? ほら、俺の卵焼き一個やるよ」
「……その優しさが逆に辛いんですけど。しかもそれ、元はといえば僕のじゃないか」
苑司の春はまだまだ遠そうである。