【5】付き合うキッカケ
付き合うキッカケは、彼の方からだった。
元々、部署は違えど同じ会社。仕事をする中で知り合い、年が離れていることや相手が既に課長であることもあって、藍にとって一之宮は最初は恋愛対象では無かった。
そもそも、知り合った当時は藍は会社に入社したばかりの頃で、目上の相手に若干の気遣いもしながら、ほどほどの距離感で接しているのが精一杯。それが長年続いて、だんだん気さくで話しやすい先輩の1人になり、経験値も立場も上の彼は、仕事で悩む藍の相談相手になったのがここ1年。
一之宮が独身なのも、長年仕事に打ち込むあまりに恋人がいないことも知っていたが、それは藍には関係ない世界のことだと思っていたし、彼と付き合うなんて考えたことも無かった。
正直、1人の男性として見たのは彼から明確なアプローチがあってからだ。
「小早川は、俺のことどう思ってんの?」
その日も仕事の悩みを相談する為、2人で居酒屋で飲んでいる時、突然言われた。
「え?どう・・・とは?」
投げられた質問の意味が分からず、一之宮に何の気無しに問いかける。
この時点ではまだ、単なるフツーの会話だと思っていた。
「だから、どう思ってるって聞いてんの。俺は少しでも可能性あるって思ってもいいのかなーと」
「はい?可能性、ですか?」
「お前、全然分かってないだろ。つまり、俺と少しは付き合おうとか思ってくれてる気持ちはあるかって聞いてんの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
言われた言葉の意味を、理解するのに5秒ほどかかった。
理解して、思わず座った椅子から立ち上がる。
「一之宮さん・・・・どうしたんですか?」
「どうしたって・・・、俺はずっと考えてたんだけど」
藍の驚いた顔に、バツの悪そうな顔をして一之宮が目を伏せた。
あんなに仕事のできる人が、後輩である藍の前でなんて歯切れの悪い・・・・。
彼にとっても、年の離れた後輩に告白するなんてことは今までの人生で考えられなかったことなのだろう。藍にとっても天変地異だ。
その時、一之宮のことをちゃんと好きだったかは分からない。
ただ正直、恋人のいない期間が3年以上過ぎていたこともあり、自分の人生をこれでいいのか自問自答している時期だった。
本能とか、恋愛感情とか抜きにして、一之宮を尊敬してる事実もあったし、それもアリなのかな?と思った。
とにかく打算とか冷静な判断とか、そんなものが色々ゴチャゴチャになって、とりあえず付き合うことを選んでみた。
実際、付き合ってみて好きかどうか判断すればいいと思ったのもある。
それぐらい、異性としての一之宮を考えたことも無かったし、今のこの関係を無くしてしまうのも惜しいと思った。
「・・・・分かりました。じゃあ、宜しくお願いします」
思えば、この時にもっと悩むべきだったんだと、藍は後悔している。




