【2】誕生日当日の悪あがき
結局、仕事が終わって家に帰れたのは夜中の3時を回った頃だった。
真っ暗闇の玄関を通り抜け、部屋の電気をつける。
「・・・・あー、つかれた・・・・」
溜息をつきながら、冷蔵庫の扉を開けた。
中に入っているのは、2袋298円で買ったソーセージと卵。パックに入った梅干し。
しばらくそれを見つめながら、とりあえずお湯を沸かすことにした。
ソーセージを炒めて卵を焼く、そんな簡単なことですら今はもうする気がおきない。
ふと手を見ると、陳列中についた埃汚れで爪の中まで真っ黒だった。
(・・・・ヤバい。私、女子として終わってる・・・・)
営業車で帰って来ているし、真夜中にすれ違う人間などいない。
なのに、この汚れた手で家まで帰って来てしまったことに、女性としての羞恥心をどこかに置いてきたように感じる。
そういえば、今日(もはや昨日だが)は朝から時間が無くて眉毛を描いただけで家を出てきていた。
その眉毛でさえも、描き直す時間すら無くて今は無い。
藍は、また溜息をつきながら自分の女子力の低さに情けなくなった。
(ヤバい。ヤバい、ヤバい・・・・何が、化粧品会社の総合職だよ・・・!)
自社の商品どころか、化粧品を使うことすら忘れている。
こんなことで、30歳までのあと1年を過ごしていいのか?
(いや!いいわけない!!)
最早、発作のように、藍は携帯電話を手にとった。
幸い明日は新店舗のオープン当日なので、午後から半休だ。
久々の休みで、しかも予定も無い!
「爪・・・キレイに・・・!そうだ!ネイルだ!」
販売職の同期が読んでいたファッション雑誌。
その表紙に特集されていたジェルネイルを思い出し、携帯電話で検索しはじめる。
ほどなく、家の近所にいくつかのネイルサロンを発見した。
「う~ん・・・・。どれがいいんだ?」
ホームページを見ていても、どこがどう違うのか、藍の女子力では分からない。
しかし、あまり派手で煌びやかな店舗は、今の精神衛生状態では気おくれするような気がした。
『ネイルサロン イズミ』
ふと、その地味な名前が目に入った。
見ると、ネイリストがたった1人で営業している個人のお店らしい。
完全予約制で、1対1での接客。しかも狭い。
(うん・・・。こんなぐらいがちょうどいいな)
ポチっと、予約ボタンを押す。
5分もしないうちに、予約完了のメールが届いた。
今日から29歳。
あと1年を、女子力を上げて過ごす為に、まずはネイルから初めてみようと藍はジタバタしはじめた。




