らすとちゃぷたー 『そして――』
――数日が経ち、俺は、久しぶりにこの家で独りになった。
どうやらあいつは、婆さんの家へと飛び込んだらしい。その噂を持ってきたのは少女で、俺は大した返事もせず、その言葉を聞き流した。
「……独りか」
なんてことは無い。半年前に戻っただけだ。
あいつが居た時間よりも……あいつが居なかった時間のほうが、俺にとっては多い。
俺は、元から独りだったんだから……。単に、全てが元通りになっただけ……の、筈なのに。
どうして、こんなに、一日の過ごし方が、分からないのか。
「あぁ、もう……」
俺は何をして、これまで生きてきたんだっけ。いくら、記憶を混ぜ返しても、半年よりも前のことが、どうしても、思い出せない。
「……なんだそれ」
渇いた笑いを漏らす。……人生の殆どを失って、何もかもを、記憶すらも失って……それでも、
「……あいつのことは覚えてるなんて、俺は……どれだけ……」
どれだけ、あいつのことが、好きなんだよ……。
「なんでこの家……こんなに広いんだよ」
小さなコテージ。俺にとっては、広すぎる。
♪
またしばらくして、少女がやってきた。
「……師匠さん、酷い顔してますよ」
「……そうか?」
言われて、自分の頬に、手を当てる。……しばらく鏡も見てなかったしな。誰も見ないなら、気にする必要も、ないだろうし。
「だめですよ師匠さん。ちゃんと、食べてますか……?」
「何言ってる……。料理は、得意なんだぞ……俺は……」
……まあ、得意だからといって、作っているとは、限らないんだけど……。
「……はあ。そんなことだろうと思って、サンドイッチを作ってきました。食べてくださいね?」
「…………」
「それと、師匠さん、寝てないんじゃないですか? ほら、ベッドに行きましょうよ、寝ないと元気も戻りませんよ」
「……いや、いい」
頗る不調なのは、寝てないからとか、食べてないからとかでなくて……。単純に、死期が近いからなんだろうな、なんて、思ったり。
「……仕方ないですね、師匠さん。そんなに独りが嫌なら、私が添い寝してあげますよ?」
「……君がもう少し大人だったら喜んで受けるんだけどな」
俺の言葉に、少女は笑った。
「あはっ。それだけ言い返せるなら、未だ大丈夫ですね」
「さあ、どうだろうな……」
適当に返しながらも、少しだけ、身体に活力が戻ってきているのが分かる。少女との会話には普通に癒される。
この明るさは、あいつにも、見習って欲しいもんだな……。
……って。結局、俺は、あいつのことを気にするのか……。
多分、俺が何を考えているのか、分かったのだろう、少女は少しだけ寂しそうに笑うと、顔を引き締め、本題へと入る。
「師匠さん……貴方の弟子が、待ってます」
「…………」
……まあ、大体用件は分かっていたさ。
それ以外に、用なんて無いだろうしな。
「師匠さん……迎えに行ってあげてください」
「…………」
少女の必死の言葉にも、無言。それは、否定を表すことに、他ならない。
「……どうして」
「わかってるんだよ。俺は」
「わかってるって――何がですかっ!?」
声を荒げる少女。……本当。あいつにもこれくらい、度胸とかがあれば、心配は無いんだけどな……。
「答えてください、師匠さん。いったい何を、わかってるなんて言うんですか!?」
「あいつはさ……」
俺なんかと、一緒に居るよりも。
「向こうで暮らしたほうが、幸せなんだよ」
「――――っ!」
少女が腕を振り上げる。
「…………っ」
だが、途中で冷静さを取り戻したのか、その腕は俺に向けられることなく、下ろされた。
「師匠さん……わかってるんですか……?」
少女は、一度息を吐いて冷静さを取り戻すと、再び言葉を続ける。
「あの子……ずっと、泣いてるんですよ……っ!?」
少女は心から、俺にそれを伝えようとしている。それが、分かった。
この娘が、本気であいつのことを、心配してくれているんだってことを。だから、俺は――
「……すぐに慣れるだろ。あいつが自分で飛び出したんだ。後のことは勝手にやるだろうさ」
「っ!!」
顔面に衝撃。さすがに今度は耐え切れなかったらしく、少女は肩で息をしながら、手を下ろして俺を睨み付ける。
「あんた……あんた……最悪だっ!」
「……まったくだ」
「どうして!? あの子は、師匠さんと一緒に居たがってるのに……どうしてよっ!?」
そんなの……言ったところで、どうしようも無いんだよ。
だから……言えない。
「答えてください……。私たちだって……貴方たちを受け入れたのに……一体何が、問題なんですか……」
……そう。みんなは、受け入れてくれたんだよ。俺を……そして、あいつを。
だから、思ったんだ。
「……だからさ、俺なんて居なくても、問題はないだろ?」
「――っ。貴方は……貴方はどうして……っ!!」
どうして。なんて言われてもな。結局、俺はその程度の人間なんだから。
自覚があるくらい……自分が、ダメな奴だって、分かってるんだから。
「それにな、確かにあんた等は俺らを受け入れてくれたかもしれないさ。でも、俺があんたらを受け入れるなんて、一言も、言ってないだろうが」
「…………」
……泣かないでくれよ。頼むから。
「……もういいです」
少女は目を擦ると、踵を返した。
「……さよなら。師匠さん。――貴方なんて、大っ嫌いです」
「ありがとよ。俺が言うことじゃないけど、あいつの事、よろしくな」
「…………」
少女は無言で、この山小屋から去っていった。
「……待ってる。か」
昔……と言っても、半年程度の話だが、あいつはことある毎に、倉庫に逃げ込んで泣いてやがったな。
拾ってきたときなんて、ずっとあの倉庫に居たっけ。
その度に、迎えに行ってやったんだよな……。
「あー……。懐古趣味なんて、爺さんかよ……」
まあ、実質変わらないか……。
「…………」
今もあいつは、独りで泣いている。
状況は、あの時と変わらない。
……だけど俺は、迎えに行かない。
自分でも、馬鹿だとは思う。結局、あいつを傷つけてるのは、俺だから。
それでも、俺は――あいつの為なら、馬鹿にだって。
道化にだって、なってやるさ。
♪
――もう、何日経ったのか。
日付の感覚が無い。気を抜くと、あっという間に意識が飛び、記憶が断絶していく。
朝だったのが……夜になり。昼になり。
……なんで、俺は、こんなところに居るんだっけ。
気が付いたら、リビングの床に倒れていた。
「…………」
本当に……俺は、なにしてるんだろう。
……多分。俺の役目を、終えたから。生涯を賭けるべき目的を成し遂げたから。
俺の身体は、終わろうとしているんだろう。
……成し遂げたんだよな?
俺は……もう、終わっていいんだよな……?
そう、納得しても……良いん、だよな……。
「――師匠さんは」
「――――」
顔を上げる。そこに、いつかの少女が、立っていた。
「師匠さんは……大切な何かを、ずっと隠してるんじゃ、無いですか?」
「…………」
「師匠さん、もしかして一度も、本心を見せてくれたことなんて、無いんじゃないですか?」
「…………」
俺はただ、黙って少女を見上げる。少女の言葉よりも、彼女がまた、こうしてここに来ていることが、意外だった。
「師匠さん、本当のことを言ってください……師匠さんは……」
「本当のこと、だって……?」
馬鹿言うな。
「俺は……ひねくれ者の意地っ張りだぞ。本心なんて、言えるわけ無いじゃねぇか……」
「……師匠さん。あの子に会ってあげてください」
「断る……」
会ったら……謝りたくなるだろ。
また、一緒に暮らしたくなるだろ。
思いっきり抱きしめて……二度と離したくなくなるだろ。
「よく分からないんですけど……急がないと、ずっと後悔することになると、思うんです」
「…………」
……どうしてこんなに勘が鋭いんだ、この娘。
「師匠さん……明日、あの子を連れてきますから」
「……待…………」
待て……と言おうとして、声が出ない。
踵を返す少女。
でも、それは……困る。困るのに……身体が動かないせいで、少女が去っていくのを、見守ることしか出来なかった。
♪
――また記憶が飛んで、次の日の朝。
「…………」
俺の身体は、どうにか立ち上がれる程度にまで、回復していた。
「……あいつが、来るからってか」
だとしたら、なんとも現金な身体だ。
中庭に出る。春の陽光が、ボロボロの俺の身体を、優しく包み込んだ。
壁にもたれながら、息を吐く。
「…………」
あいつに会って、どうすんだよ。
本当のことを、教えるのか?
……俺は、大切な人を失う悲しみを、知っている。だからそれは、あいつを、傷つけるだけじゃないのか……?
「…………」
……でも。もう、時間はそこまで迫っている。
「……はあ」
ああ……もう、いい加減悩むのはやめだ。
「似合ねぇんだけどな……」
ヘタれるのはやめて……腹を括って、あいつと正面から、向き合ってみよう。
……ああ。どうせだから、最後くらいは、本心ってやつをだしてやるさ。
そう、覚悟を決めた、時だった。
「――――っ!?」
結界が……反応した。
「……なんだ? 今のは……」
こんな山の中に立てた小屋とはいえ、仮にも魔術師の工房である。当然結界程度は用意してあり、俺の結界は、敵意のある者に対して反応する……。
つまり……。
「……お前が、元学院魔術師だな?」
「――――っ!!」
森から現れたのは、黄土色の軍服に白銀の鎧。……そして、刻印の入れられた剣。
「騎士か……っ! ぐぁっ!?」
身構えた瞬間、後頭部に衝撃と、鈍痛が響いた。うつ伏せに倒れこんだところに、誰かが圧し掛かり、俺は身動きが取れなくなる。
「……っ!!」
「動くな」
剣が、俺の首筋に当てられる。
「……はあ」
……二人。か。
まあ、こうなった以上、どうしようもないんだけど。な。
「二年間。お前を探し続けたぞ、大犯罪者」
「……そりゃ、どーも」
そういえば、あの娘が言ってたっけ、最近俺を探し回ってる奴が居る……って。
成るほど。こういう事ね。
街の奴らが俺を売ったのだろうか。……いや、どうだろう。皆、馬鹿みたいに良い奴だったしな……。
だとしたら……最近のいざこざで、この場所を突き止めたか。ご苦労なこった……。
「選べ、処刑場で打ち首となるか、今この場で首を刎ねられるか」
「どっちでも……いや、やっぱり処刑場にしてくれ」
こんな所で首を刎ねられて……それをあいつに見られたら、一生もんのトラウマに成りかねないからな。
できたら、あいつには、俺と同じトラウマは、背負って欲しくない。
「……はあ」
あーあ……。どっちにしろ、これで終わり……か。
罪は償えって事で……。
あいつには何も言えないまま、俺はあいつの元から去るわけだ。
……結局、こんなんか。
「立て」
「はいよ……」
これで、この物語は、おしまいおしまい――
「――ししょおおおおおおおおおおお!!!!」
「――なっ!?」
彼方から……矢みたいにぶっ飛んでくるのは、紛れもなく……。
「あいつ……!? 何で……!!」
何で……このタイミングでくるんだよ……馬鹿野郎!!
「師匠に……何するぅっ!!」
「は……?」
俺に向けて突っ込んできた馬鹿弟子は、俺の前に居る呆気に取られた騎士を、タックルを喰らわせた。
「ぶはぁっ!?」
唯のタックルでなく、魔力を込めた突撃に、騎士はぶっ飛ばされる。
「おま……お前は……」
「ししょう……っ! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですかじゃねぇ! 何してんだお前は!!」
「……くそっ。何だよこいつはっ! おい、早く体勢を立て直せ!」
俺の上に乗る騎士が怒鳴る。
「……分かっている」
弟子にタックルを喰らわせられた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「師匠……と呼ぶからにはこいつの弟子か。……かまわん。一緒に処理してしまおう。たかが混ざりモノだ」
男は立ち上がり、一度剣を構えるが、何故かそれを投げ捨てた。
「……だが、混ざりモノが俺に泥を塗った罰は、受けてもらわねばなるまい」
「……やめろアホっ! お前の目的は俺だろうが!! こいつは関係ねぇだろっ!!?」
男は止まらない。弟子は……何故か、逃げない。
「おいっ! 何で止まってんだ!! 逃げろ馬鹿弟子!!」
「逃げません!!」
「……っ!」
俺の必死の願いにも関わらず、弟子はそれを拒み、
「わたしは……わたしはっ! もう逃げないって決めたんですっ!!」
そして、叫ぶ。
小さな身体を、震わせながら。
涙目になりながら。
震えた声で、叫ぶ。
……なんで。
なんでこいつは、こんなときに、成長を見せてくれるんだよ。馬鹿……。
「…………」
男は弟子に近寄ると、その手を無造作に掴み上げる。
「あうっ!」
「おいっ!?」
くそ……っ!
上に乗られているせいで、身体が動かない……!
こいつ……退けよっ!!
早くしないと、あいつが……あいつが……っ!!
「…………」
「あぅっ……」
男は無言で、弟子の顔を、殴りつけた。
「――――」
小さく声を上げて、その場に倒れこむ弟子。男は無言で、その身体に蹴りを入れる。
「――お……前は」
――音が消えた。今まであれだけ混乱していた頭が、急激に冷える。
オーケー。理解した。
俺がやるべきことはひとつ。
とってもシンプルで、分かりやすいこと。
要するに――
「……お前は、俺の弟子に、何やってんだ馬鹿やろぉおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫ぶと同時に、呪文を詠唱する。肉体強化。反射神経強化。四倍。肉体硬化。全力。範囲は全て。
身体限界?知るか。
魔力欠乏?知るか。
今この場で枯れ果てようが、目の前のこいつだけはゆるさねぇ……!
「う……ぉおおお!?」
首筋に当てられた剣を掴み、そのまま立ち上がる。俺の上に乗っていた男は振り落とされ、尻餅を付いた。
「お、お前……!?」
「黙れ、邪魔だ」
蹴り飛ばす。さすがに全力での肉体強化。一撃で男はボロ布のように宙を舞い、壁に叩きつけられると、動かなくなった。代わりに身体が耐え切れないで、毛細血管とかぶち切れまくりだけど、関係ない。
「し……しょお……」
「お前は……」
「いいからそいつから離れろクズ。そうすれば殺すのだけは勘弁してやる」
「…………」
男は弟子の元から離れると、地面に突き刺した剣を抜いて俺に構えた。
「…………」
「……うぉおおおおおおおお!!!」
大きく振りかぶり、地を蹴っての跳躍。
それは、必殺の速度を持って振り下ろされる一撃――なんてものがさ。
「今の俺に、通用すると思ってんのか、このやろぉおお!!」
剣を、人差し指と中指の間で挟み込み、捻るように砕く。
「――は?」
間の抜けた声を上げる男。その腹に、大きく振りかぶった右腕を喰らわせる。
「がっ……!?」
男は息を吐き出しながら宙を舞い、しばらくして地面に落ちた。
「……はあ」
「……ししょう」
下を見ると、弟子が、俺を見上げている。
「……大丈夫、かよ」
「はい……」
手を貸して、立ち上げる。騎士どもは……どうやら気絶しているらしい。まあ、あの様子なら、一日は目を覚まさないだろう。
「……師匠」
「…………」
何日ぶり、なんだろうか。数日程度のはずなのに……本当に久しぶりに、こいつの顔を、見た気がした。
「……酷い顔だな」
「師匠こそ……」
……おかしいな、笑いどころの筈なのに、笑えない。
弟子は、俯いたままでいる。
「大丈夫か? 腹、痛いのか……?」
「いえ……大丈夫です」
首を振る弟子。
「……お前、どうして……」
何で……逃げなかったんだよ。
「……わたしは、もう。逃げないって決めたんです」
「…………」
「師匠……わたしは……ね」
弟子が顔を上げる。
くしゃくしゃの泣き顔で、本当に、酷い顔しているのに。目だけは、真っ直ぐに、俺を向いたまま――
「わたしは、嫌われていても良いから……師匠の傍に、居たいんです……」
――なんて事を、言いやがった。
「……お前、」
「だから、お願いします……わたしを……」
俺の胸にしがみ付く弟子。俺の服を、強く握り締めて、
「わたしを……貴方の傍に、居させて……ください……」
どうにかその言葉を吐き出した弟子は、涙を溢れさせながら、俯いた。
「…………」
「…………」
再び、沈黙。
……分かってるさ。いい加減、覚悟を決めろって事だろ?
「……なあ、弟子」
「……はい」
「その……俺はな……」
俺はな……本当は――
「……――?」
――あれ。
おかしいな……声、出ないんだが。
あ……視界が、傾 て……。
「ししょう……っ!?」
あー……そっか。
そりゃ、そうか……。
アレだけ無茶したんだもんな。
……そりゃ、死ぬよな。
「ししょう!? どうしたんですか!? ししょう……ししょうってばぁ……っ!!」
「――――」
……泣くなよ。馬鹿。
あー……伝えないと。
これじゃ……嫌だ。
最後がこいつの泣き顔なんて、嫌だ。
ああ……もう。
声、出ろよ。
「ししょう! ししょう!! ……ししょうぅ……っ」
「――――ぁ」
あのな。俺、あの時あんなこと言ったけどさ……。
俺、本当は――お前のこと……。
「…………ししょう?」
『そして──』
おわり。
次回は11月4日、21時予定。




