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ちゃぷたーじゅうろく 『carry over』

「眠……」

 やけに涼しくなった襟足とは裏腹に、世界はどんどん、春の陽気を運んでくる。それは、この魔術師の住まう山も、例外でなく……。

「春か……」

 そんな、身も心も軽くなるような季節も、世捨て人たる俺に取っては、過ぎ去る時間の一ページでしかない……筈なのだが。

「なんかこう、ワクワクするよな」

 どうにも俺は、ガキっぽさが抜けないらしい。

 ……良いよな。別に。

 最近はご機嫌なんだ。

 ……ほら、相変わらず、半人前ではあるけれど。

 それでもアイツが、ちゃんと成長してるって、知ってるから。

 だから、このワクワクも、きっとアイツのせいだろう。

 ……に、しても。

「気持ちは軽いんだけどな……何か、随分……ふぁっ」

 ……身体が、ダルい。

「…………」

 ……本当に。俺はそろそろ、ヤバいのかもしれない。

「……さて」

 ……どうしたもんかね。




 ……と、言うわけで。

「今から山菜取りを始める」

 普段のローブを脱ぎ捨て、動きやすい軽装に身を包んだ俺と弟子は、リュックサックを背負いコテージの前に立っていた。

「はいそこ、何か質問は」

「はいっ、師匠!」

「なんだ弟子」

「唐突過ぎて訳がわかりませんっ!」

「春だからだ」

「余計に訳が分かりませんっ!」

「ワクワクが止まらないんだ」

「意味不明ですっ!」

「いつか分かる時が来る。というか分かれ」

 弟子の質問に、自分でも理解出来ない理屈で返答する。

 ……いや、だって本当にそんな理由だし。

「時間は日没まで。山からは出ないこと。なるべく茂みの方には向かわない。危ないからな。あと、西の方には行かない。常に羅針盤と地図から目は放すな。オーケー?」

「あ、はい」

 リュックサックを背負いなおし、こくりと頷く弟子。その頭に手を置いて一度撫でる。

「……よしっ。じゃあお前はあっち。俺はこっちな」

「はいっ……って、えぇっ。一緒に行くんじゃないんですか!?」

「なんで俺があんなにしっかり説明したか、分かってねぇなお前。二手に別れた方が、効率が良いだろうが」

「それはそうですけど……」

 顔を伏せる弟子。……いや、そりゃあ俺だって、着いて行ってやりたいよ。でも、それだと、お前の為にならないんだよな……。

「……いつかお前、一人でお使いにも行っただろ」

 あの時は、俺が逆に心配しまくりで止める側だったけど。……というか、今も心配だけど。

 出来るなら、ずっと、俺が守ってやりたい。こいつの行く手に、悲しいものが、もう、立ち塞がらないように。

 ……でも。な。

「お前がここに来てから色々あって、その度にお前、少しずつ成長しただろ」

 春になって、こいつは、身体も、中身も、成長した。俺はそれを知っているから。

「だから、大丈夫だよ。お前一人でもさ」

 そろそろ、手を離さないといけないんだよな……。


「本当に、着いてこないんですね……」

「おう。行ってこい」

 不安そうに俺を見つめる弟子に、握り拳を作ってみせる。弟子は、何回かこちらを振り替えりながらも、森の中へと入っていった。

 ……なんつうか、成長したもんだ。昔のアイツだったら、絶対に一人では行けなかった。

「……さて」

 弟子を見送ったところで、俺は部屋の中へと戻る。

 俺は椅子に腰掛けると、猫を呼び寄せた。

「さて……じゃあ、久々にあれでもやるか」

「にゃあ」

 答える猫の額に、額を付ける。

「GemeinramerBesitz=『Stromkreis』」

 ……自分の顔を自分で見るって言う不思議な感覚。久々の魔術行使ではあったが、割とすんなりと共有できた。

「よし……んじゃ、尾行と行きますか」

 流石に、完全に手放しで行かせるのは怖い。一応この山には、少ないとはいえ魔物もでるし。

 ……やっぱり過保護なんだろうか。俺。




 猫の視線で、弟子を尾行。……っていうか、考えてみれば、今回はわざわざ隠れる必要も、無いわけで。

「……あれ。君、こんな所についてきたの?」

 弟子が猫を見つけて、その前にしゃがみ込んだ。

 にゃあ。と、答えるようにひとつ鳴く猫。

「うん。じゃあ、いっしょにいこっか」

 弟子は笑顔で、猫の顎の下を掻く。……うわ。いや、駄目だってそこ。

「本当は、すっごく怖いんだけど……。でも、君が着いてきてくれてるなら、わたし、ちょっとだけ、頑張ってみる」

 両拳を握り、一人気合を入れる弟子。よし、その意気だ。

「きっと師匠も、頑張ってるだろうし」

 …………。

「うん。師匠にばかにされないように、わたしも師匠と同じくらい、頑張らなきゃ」

 ……すいません。今俺、ソファです。

 ……っていうかどうしよう。このまま弟子を見守るなら俺動けないし、かといって完全に見放すのも不安だし……っ!

 これは、どうにかして対抗策を考えないと……。

「……ふにふにふに」

 ……あ、いや、だから駄目だって肉球も……。


 ……結局、何も浮かばないままで、猫の視点で弟子を追う俺。つうか見えてるよかぼちゃパンツ。

「結構深くまで来たね……」

 呟くかぼちゃ。でなくて弟子。

「このまま抜けたら何処に出るのかな……?」

 おいおい、好奇心は猫も殺すぞ。今の身体を考えると、遠慮したいところだ。

「行かないけどね。怖いし」

 ……なんだか、駄目なところばかり俺に似てきてる気がする。

「じゃあ取り敢えず、この辺を探そうか。こういうの、探してね。……よし、頑張ろ」

 猫に山菜を見せた弟子は、うんと意気込んで、しゃがみ込む。猫も探し始める。……何だ。意外にやる気じゃんか。

「……これは。うん。食べれないことはない」

 ……少し不安だけど。

「これは……」

 またひとつ、草を毟って見る。因みにそれは食べられない。

「……頑張れば、何とか」

 頑張っても無理だから。

「これは……うん」

 うんって何だ。うんって。

「山菜も雑草も変わらない気がする」

 ちょいまて。そこで適当になるな。マジで。

「師匠がびっくりするようなの、持って帰らなきゃ」

 意気込んで居るところ悪いが、既に十分びっくりだ。……考えてみたら、山菜の種類なんてサバイバルな知識、教えて無かった気がする。

 仕方無く、猫を使って食べれる草を教えてやる。

「ん、なに?」

 これだよ。これ。と、前足でちょいちょい。と、弟子は首を傾げながら言った。

「猫さん、それはきっと食べれないよ?」

 食べれるんだよ!

「あ、これとか」

 猫を無視して他の雑草を毟る。それ食べられないから。

 ……弟子に、課題が増えた。


 ……まあ、四苦八苦しながらも、山菜を集める弟子と猫。

 この猫が案外で賢いので、どうにかなりそうだった。

 ……うん。まあ、結局こいつは俺よりも長生きするのだろうし。

 俺が死んだ後、こいつは、弟子の使い魔になるのだろうことを思うと、少しは不安の種が、減る。

 ……弟子よりも動物のほうが安心ってのも、問題だが。

 弟子は、ほら。俺にとっては、案外で大切な奴だから、有事のときに、こいつを守る、騎士には居て欲しかった。

 にゃあ。と、猫が鳴く。

 それは了承……なのだろうか。

 ……まあ、よろしく頼むぜ。

「にゃあ」

「……これは、師匠に食べてもらお」

 ……とりあえず、そのバカを止めてくれ。

「師匠、喜んでくれるかな」

 ……やめてくれ。なんか、不味くてもおいしいって食わなきゃいけない雰囲気になるだろ。

 俺の心の叫びもむなしく、弟子は雑草を両手に抱えて言った。

「師匠は、わたしにとって、すっごく、大切な人だから……。頑張って、喜んでもらお」

 ……あああぁぁああ!! 何言ってるんだバカ弟子っ! そんなの聞いたら、食うしかないだろうがっ!!

 ……結局、アイツには弱い俺が居る。


「……でも、師匠って、どうしてこんな所に居るんだろう」

 ふと思い立ったように、弟子が呟いた。

「猫さん。どうしてだと思う?」

 ……それは、まあ。色々あって。そう思っても、猫ボディじゃ伝えられない。……もし生身だとしても、『人間嫌いなんだ』くらいではぐらかすだろうが。

「師匠って、本当は、すっっっっっごい人なんだよ?」

 ……それは言い過ぎだけどな。

「色々なこと知ってるし、魔術もうまいし、カッコいいし……。本当に、すっごい人なんだよ?」

 弟子は猫を見つめながら、まるで自分のことのように誇らしげに言葉を続ける。……いや、普通に照れるんだけど。

「それに、わたしのこと、助けてくれた」

 ……それは、まあ、正直、アレは、成り行きというか、何と言うか……。

「あの時から、何があっても、わたしのヒーローは、師匠だもん。わたしの……な人は、ししょう……だもん」

 最後のほうは、声が小さくて聞き取れなかった。

「……とにかくっ。そんな、凄い人が、どうしてこんな所に居るんだろうって」

 ……それは。

 それはお前が知ることじゃないよ。

「師匠、本当は不器用で、優しい人だもん。だけど、きっと、師匠、聞いても話してくれない。から、わたし……。わたしが、がんばらないと。ね」

 …………。

「ししょうの……大好きな師匠の為に、わたし、頑張る」

 うん。と、意気込む弟子。

 ……あー。

 ……いや、泣いてねぇけど。アイツの思いが、嬉しすぎて。

 どうにかしてやりたくて。

 ずっと、一緒に居てやりたくて。

 続けていたいさ……当たり前だろ。んなもん、一緒に居たいに、決まってるだろ。

 ……俺のほうが、お前のこと、大切に思ってんだよ。馬鹿弟子。

 ……でも、駄目だって、知ってるんだから。どうにか、しなきゃいけないんだから。このまま続けられないから……。

 お前が、独りで歩けるように。

 そんな強さを、手に入れられるように。

 我慢、しなきゃいけないんだよ……。

 口になんか出してやらねぇけど……。俺は、お前のこと、大好きだよ。こんちくしょう……。

 ……ああ。くっそ。

 何でだよ……。

 どうしろってんだよ。くそ……。

 ……泣いてなんか、居ないけど……。


「きゃああああっ!!」

 ――――っ!!?

 悲鳴を聞いて、我に返る。マズった……考え事をしていたら、あいつを見失った――っ!!

 多分、山菜を取るために、奥へ奥へと向かったんだろう。

 ――あのバカ……! だから言ったろうが――っ!!

「にゃあっ!」

 捜索に走る猫。弟子の匂いを追っているらしい。少し焦っているように見えるのは、やはりこいつも、弟子のことを大切に思っているからか。

 どちらにせよ、俺ではこいつほどの捜索は出来ない。

 頼む……!


 ……森を抜けて、いきなり開けたその先には、切り立った崖。断崖絶壁の途中の木に、アイツは引っ掛かっていた。

「…………っ!」

 猫との回線をぶった切る。あれを助けるには、小動物一匹にはとてもじゃないが無理だ。

 俺が行くしかない。視点が違うので厄介だが、道のりはどうにか覚えている。

 ……後は、速度。俺が、間に合うかどうか、アイツが耐えれるかどうか。

「――へばるなよっ! バカ弟子……っ!」

 掛けてあったコートを引っ掴むと、袖を通しながら走った。


「…………っ!!」

 身体が……重い。

 これ、運動不足のせいだけじゃないぞ……。

 命なんて気にしないで使い続けた魔術で、体内の魔力が減ったせいか、身体の先端に、上手く力が入らない。

「…………っ」

 ……関係。あるか。

 力を込める。

 走る。とにかく、走る。

 木の枝なんて、気にしてる場合じゃない。

 ……今度こそ、間に合わせる。

 この身体は、――動くんだからっ!!


 森を抜けた。

 切り立った崖、おろおろと歩き回る猫。

 辿り、着いた……っ!!

「このっ……」

 俺は、急いで下を覗き込む。

「バッカ弟子っ!! 何やってんだお前っ!!!」

「ししょう……っ!!?」

 弟子が、驚いた顔で俺を見上げた。

「師匠、何で此処に……っ?」

「いいから、もうちょっと耐えろっ! 良いな!?」

「……っ。はいっ!」

 力強く返事をする弟子。……そうは言っても、もう十数分もあの体勢だ。速く助けてやらないと……。

 ……でも、どうやって?

 手を伸ばして、届くような距離じゃない。途中に捕まる場所もない。

「……くそっ」

 ロープでも、持ってくれば良かったんだ……。考え無しに突っ走って、どうするんだよ。

「…………っ」

「……もうちょい耐えろ」

 弟子の顔が苦痛に歪む。それに声を掛けながら、俺は必死で思考を巡らせた。

 とにかく他の方法を考えるしかない。

 ……いや、方法はある。俺は――魔術師だ。

 ……だけど、感覚を共有する魔術だけで、俺の身体はこれだ。

 今の俺が、それだけの魔術を使って、果たして、どうなるのだろうか……?

「……っう……っ」

「――――」

 考えてる暇は無い。

 というか、そもそも俺には、魔術しか無いだろうが。

 自分の心を奮い立たせて、崖の縁に立つ。

「Reduzierung。Reduzierung。Reduzierung」

 減量魔術を三段重ね。

「……っもう」

 限界を迎えた弟子の手が木から離れる。

 落ちていく身体。

 時間が止まったかのような錯覚。

 同時に――俺は、崖から足を踏み出した。

「――師匠っ!?」

「ちょい、黙れ……」

 空中で弟子を抱えて、下を見せないようにその顔を俺の胸に埋めさせた。

 物凄い速さで、地面が近づいてくる。

 ああ――成るほど。死ぬってこういう感覚か。

 落ちながら、ふと納得した。なるほど。これは、確かに怖い。

 圧倒的な、危機を感じる感覚が麻痺してしまいそうなほどの恐怖。

 こんな感覚――絶対、こいつに味あわせてやるもんか。

 高速で迫る地面。

 魔術展開。詠唱。

「ししょうっこれじゃ、もう……!!」

「だから、黙ってろって。俺はこれでも――」

 身体を蝕む、魔力の欠乏。

 空中で、意識の混濁。

 その中で展開する、最高難度の魔術式――そんなもん、気にするわけが無いだろう。

「――『凄い人』なんだぜ?」

 だから、こんなところで死んでたまるかっ……っ!!


「……はあ」

 息をひとつ。弟子の顔を塞いでいた手を除ける。

「……ほら」

「……え」

 ――いや、中々壮観だよな、空から見る景色ってのは。

「師匠……?」

 呆けた顔で俺を見上げる弟子に、俺は眼鏡を押さえながら、

「……まあ、あれだ。俺くらいの凄い魔術師は、空だって、飛べるんだぜ?」

 ……なんてね。


「ほい、着陸、と……」

 森の中に着地しながら、抱えた弟子を下ろす。

「――――っ」

 貧血、に近い目眩。

「く……ぐっ」

 胸を押さえて、魔力の流れを調節する。

「師匠、大丈夫ですか……?」

「……お前に心配されるようなもんじゃない」

 心配してくる弟子に、一応強がりつつも、自分の身体の状況を冷静に判断する。……これは、暫く魔術は使えない。というか、無茶な運動も思考も控えた方が良いだろう。

「師匠……」

 顔を俯ける弟子の頭に手を置いて、俺は苦笑した。

「……ったく。心配掛けさせやがって。バカ弟子」

「……すいません」

 やれやれ。……まあ、今回は色々と知ってるから、取り敢えず、許してやるか。

「……でも、やっぱり師匠は凄いですね」

「あ?何がだよ」

「だって、わたしが危なくなったら、また、助けてくれた」

「…………」

 ……まぁ、ずっと見てたなんて言えないしな。

「……たまたまだよ」

「でも、凄いです。やっぱり師匠は、何時でもわたしを、助けてくれる……」

 あー。いや……。

「…………」

 ……ミスった。

 つっても、他にやりようは無かったんだけど……。

「師匠は、わたしにとっての、ヒーローです」

 そう、微笑む弟子。

 もう、俺はヒーローで居られないから、こいつに一人で頑張らせるつもりだったのに

 ……いや。それを言うなら、そもそも俺は、はじめからこいつに、一人で生きる術を教えるつもりだったんじゃなかったか。

 ……いつからだろう。こんなにこいつが、大切になったのは。

「……ほら。帰るぞ」

 胸に浮かんだ疑問を打ち消すように、俺は話を逸らした。

 随分と山を降りちまった。日が暮れるまでに戻らないとな。

「はいっ」

 返事をする弟子。

 ……こいつを、俺は、守りたい。

 だけど、こいつを俺は、本当は突き放さなきゃいけない。

 何時かのために。そう遠くない日の為に。

 でも、俺は未だ、こいつの為にならないことを、続けてしまっている。

 ……たく。ヘタレるのは良いが、他人に害するヘタレなんて、最低だ。

 ……はぁ。どうしたもんかね。

「師匠、わたし、沢山山菜採りましたよっ」

「――あ」

 誇らしげにリュックを見せ付けて来る弟子に、俺は間抜けた声を上げる。

 そういや、忘れてた。……何、俺にアレを食えと?

 ……食わなきゃいけないよなぁ。頑張ってたし。

 魔力が尽きる前に、死ぬかもしれない……。

 俺の心の内なんて知らない弟子は、満面の笑みで俺の顔を覗き込み、

「師匠はどれだけ採ったんですか?」

「あ、俺? 俺は……」

 苦笑を見せる。

「お前を抱えるだけで、手一杯だったよ」



『carry over』

おわり。


次回更新は10月19日、20時予定。

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