ちゃぷたーじゅうご 『新鮮とか』
そういえば。
こいつを拾ってからもう半年は経ったわけで。さすがに成長期と言うかなんというか……。
「もしかして背、伸びたか?」
「はい? そうですか?」
首を傾げて見上げてくる顔が、以前より近い。流石にそこまで顕著では無いが、注意して見ると、最初に出会った時から二センチ位は伸びてそうだった。
「このまま師匠を追い抜きますよ」
「いや、それは無い」
まだ三十センチは差があるし。
「まだ分かんないじゃないですか」
「いや、分かる。というかならないで欲しい」
女性で175越えとか、並々でないし。
「男を見つけにくくなるから、やめとけ」
半数以上の男子を抜いてるから、それは。背が高い方が良いという人も居るだろうし、見つけれないことは無いだろうが。
「あの、師匠はどうなんでしょうか……」
「あん、俺? 俺は……」
思考を巡らす。……どうだろう。俺より背の高い女性……確かに見てみたい気もするが。
「……低い方が、良いかもしれない」
どちらかと言えばだけど。
余談だが、俺の好みは年上である。本当に余談だ。
「――じゃあ、このままで良いです」
弟子は俯くと、小さな声で呟いた。
「……いや、さすがに今のままは低すぎるだろ」
師匠としては、もうちょい弟子の成長を見たいのですが……。
「ま、伸びたって言ったら、こっちも伸びたよな」
言いながら、弟子の頭に手を置く。
「はい……?」
「髪だよ、髪。最近、全然切ってなかったもんな」
一度、数ヵ月前にばあちゃんに切ってもらって以来か。
「結構、伸びたよなぁ」
前はショートだったのが、肩口に掛かるくらいになっている。元がくせ毛なだけあって、結構ボリュームが出ていると言うか……。
「……切るか」
「え、街に降りるんですか?」
「いや、ここで切る」
時間無いし。
「え、えー……」
うむ、あからさまに嫌そうな顔をするなマイ弟子。
「なんだよ。俺が器用だってのは知ってるだろ?それぐらい余裕だっての」
さて、そうなるとハサミはどこだったっけか。
「すくくらいにして欲しいんですが……」
「そんな器用な真似は出来ん」
「さっきと言ってること変わってませんかっ!?」
だってまぁ、仕方無いし。
さて、散髪用具は、あっただろうか。
「ほ、本当にやるんですか……」
「当たり前だ。やると決めたらやる」
取り敢えず庭で、不安げな顔をする弟子を座らせて、身体をすっぽり覆う前掛けを掛ける。
「き、切りすぎないで下さいね?」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
無駄に爽やかに親指とか立ててみると、弟子はますます顔を曇らせた。
「……凄く心配になってきました」
失礼な。
「ていうか、俺まで心配になってきただろ」
「えぇえ……!?」
「うわ、見てみろ。指が震えてやがる」
不安って伝染するんだね。
「え、わっ……って駄目じゃないですかっ!?」
「武者震いだ」
「絶対違いますっ」
うん。嘘だけどさ。
「さあほら。いい加減アホトークもやめようぜ。危ないから、ほら」
嫌がる弟子の顔を掴んで、無理やり前を向かせた。
「うぅ……何でこんな……まるで罰ゲームですよぅ」
失礼なこと言うな……。
ハサミを構える。弟子も覚悟を決めたのかそれとも諦めたのか、とりあえずは黙って動かなくなった。
……さて。後は、このハサミを入れるだけなのだが……。
「…………」
……なんだこの緊張感。
怖っ。これ、怖っ。
「えーっと?」
まず、何処にハサミを入れれば良いのかサッパリだ。
うわ、意識すると指が震える。
「……師匠?」
「ああ……」
弟子から俺の顔は見えない。とはいえ、このまま躊躇っていたら流石に不審がられるだろう。
「…………」
……えぇい!ままよっ!!
ジョキリと、結構な手応えが手に掛かった。
「――――あ」
「あって何ですかっ!?」
……まあ、そんなハプニングも、有りましたが。
「……何か、意外に淀み無く切って行きますね」
「ああ。こういうのは勢いだってことが分かった」
要するに迷いがあると危ないんだろう。こういう時はやっぱり、ノリに任せた方が上手くいきそうだ。
「お、恐ろしく不穏な発言ですね……」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
ちょっとだけ自信が付いたので、さっきより、今度はもう少しだけ力を込めて。
「……はぁ」
俺の言葉に、弟子は落ち着いたのか、或いは呆れたように、ため息をもらした。
「まあ……そう悪くはならないだろ」
「本当ですかぁ?」
「マジだって」
自分でもビックリだが、俺ってば案外で才能があるんじゃないだろうか。
「……うあ」
「だからっ、その何回か入る『あっ』て何なんですかっ……いたぁっ!?」
あーあ。ハサミに髪が引っ掛かったじゃないか。
「動くなよ」
「う……。やっぱり罰ゲームです」
だから、失礼なことを言うなと。
「……手元が狂うぞ?」
「もう、良いから終わらせてくださいよ……っ」
あー……。さすがに懇願が切実になってるっていうか、やや涙目になってるし。
「……分かったよ」
……悪かったよ。
ちょっと、悪ノリしすぎた。
……と、言うわけで。
「ほら、終わったぞ」
「……あ……ようやく終わりましたか」
声を掛けると、弟子は肩を落として息を吐いた。全く動いていないのに、どうしてか妙に疲れた様子。
「さて、鏡でも持ってくるか。自分でも見たいだろ?」
「その、見たいというか見たくないというか……正直怖いです」
「だからさ、そんなに悪くは無いって……」
どんだけ信用無いんだ俺は。頭を抱えつつも、一度部屋に戻って手鏡を持ってくる。
「ほら」
「――――」
鏡で自分の頭を見た弟子の動きが止まる。
「こ、これ、師匠がやったんですよね?」
「ああ、だから言ったろ。俺、案外で才能あるんじゃないかって」
基本としては軽く。襟足は残しつつ、全体的にはショートに。
いや、自分でもよくこれだけ器用なことが出来たなと思う。
「師匠……この技術があれば、街でも生きていけるんじゃないでしょうか」
「まさか。俺は魔術師だよ」
呆けたように呟く弟子に、肩を竦める。そこばかりは、流石に譲れない。……というか、こんな無愛想な男が客商売なんて、まず無理に決まってるだろ。
「ふう……」
弟子が掛かった髪の毛を落として前掛けを取る間に、俺は自分の後ろ髪を結んでいたゴムを取った。
「…………」
何故か弟子が無言でこちらを見ている。
「……? どうした?」
「いやぁ……というか、師匠も髪、伸びましたよね?」
「……え」
……で、
「……どうしてこんなことになっているのでしょうかお嬢さん」
何故俺が、さっきまでこいつが座っていた椅子に座っているのか。
「あはは。やだなぁ師匠。わかってるんでしょう」
「ははは。分かりたくねぇんだよマジに」
その手には明らかに大きすぎるハサミを持って、俺の前に立つ弟子。
……何故だろう。髪の毛どころか、命の危険さえ感じるこの状況。
「勘弁してくれ……」
「どうですか。わたしの気持ちが分かりましたか!」
ため息を吐くと、弟子が何故か勝ち誇ったように声を上げる。
「……因みに、お前より危ないからな」
耳が落ちたらどうしよう……。それぐらいはしでかしそうだ。
……そして。
「大丈夫ですよぅ。わたし結構上手いんですから」
何でコイツはこんなにノリノリ何でしょう。
「根拠がねぇよ何も……!」
「師匠だってそうだったじゃ無いですか」
「俺は未だ自信があったわっ!」
「わたしだって自信ありますよ?」
「だから根拠が……!」
何だこのループ。……と言うか、ヤバイ。
「もう、諦め悪いのはカッコ悪いですよっ!」
「何時ものことだろっ!」
「そうですね。でわっ」
「やーめーろーっ!!」
何こいつ。何だこのノリ。ちょっとマズイくらいにノリノリですね。
「お前、最近俺の影響受けまくりだな」
「弟子ですから」
「そっか」
納得してしまう。まあ、それはともかく、やめろ。
「とりあえずこの長ったらしい後ろ髪から行っちゃいましょうか」
「だからやーめーろーぉーっ」
……駄目だ。止まらないわ、コイツ。
「……結局切られた」
「結構、上手く出来たと思うのですよ」
「……そうだな」
鏡を見ると、襟足が随分と涼しくなった自分の顔が映る。何度かハサミに髪を引っ張られたが、それなりに手際良かったんではなかろうか。
……何度か耳、怖かったけどな。
「耳がすーすーする……」
立ち上がり、切った髪の毛を払いながら言うと、弟子は笑った。
「耳に掛かってた髪、切りましたからね」
うん。そのせいだけじゃ無いけど。
「二人とも、スッキリしましたよね」
「そうな……」
……まあ良いか。どうせその内、切らなきゃいけなかったんだし。
そろそろ冬も明けるのに、あの髪では暑苦しいもんな。
「雪掻きの必要はもう無いわけだ」
「いい加減、雪も降りませんよね」
「衣替えしないとな」
「冬場の貯蓄も切れかけてますし、そろそろ街にも降りないと行けません」
「しっかりしてきたな、お前も……」
苦笑しながら弟子の、少し近くなった頭に手を置く。くせっ毛を鋤くように手を滑らすと、弟子は心地よさそうに微笑んだ。
「成長したんですよ、わたしも」
「……そうだな」
たかだか半年程度で、良くもまあこんなに成長しやがって。
見た目も。中身も。
「魔術もそれくらい成長してくれたら良かったんだが」
「うぐ……」
口を閉じる弟子。そんな姿に、改めて苦笑する。
「ま、頑張れ」
「……やるなら、もっとガッツリ応援して欲しいです」
「よし、お前なら出来る。だから頑張れ。……多分」
「たぶん付けないで下さい」
……ああ。だから。
こうやって、コイツが成長する姿を、ずっと見ていたいと思ってしまう。
たった、それだけのことで、しあわせなら。
それを、ずっと望んでしまいそうで。
……続くわけないのに。
停滞の冬は終わって、時間はまた動き出す。
……だから、続かない。
分かってるさ。どうせ、溶けていく雪みたいな時間だってことは。だから、
「……ししょう?」
「……あぁ、何でもない。……取り敢えず」
頭に置いた手を上げると、俺の手に、弟子の髪がビッシリと付いていた。
「……髪、洗うか」
「ですね……」
二人で笑いあう。
……だから、そろそろ色々と、決めなければいけない時だ。
『新鮮とか』
おわり。
次回更新は10月14日、20時予定。




