表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

ちゃぷたーじゅうご 『新鮮とか』

 そういえば。

 こいつを拾ってからもう半年は経ったわけで。さすがに成長期と言うかなんというか……。

「もしかして背、伸びたか?」

「はい? そうですか?」

 首を傾げて見上げてくる顔が、以前より近い。流石にそこまで顕著では無いが、注意して見ると、最初に出会った時から二センチ位は伸びてそうだった。

「このまま師匠を追い抜きますよ」

「いや、それは無い」

 まだ三十センチは差があるし。

「まだ分かんないじゃないですか」

「いや、分かる。というかならないで欲しい」

 女性で175越えとか、並々でないし。

「男を見つけにくくなるから、やめとけ」

 半数以上の男子を抜いてるから、それは。背が高い方が良いという人も居るだろうし、見つけれないことは無いだろうが。

「あの、師匠はどうなんでしょうか……」

「あん、俺? 俺は……」

 思考を巡らす。……どうだろう。俺より背の高い女性……確かに見てみたい気もするが。

「……低い方が、良いかもしれない」

 どちらかと言えばだけど。

 余談だが、俺の好みは年上である。本当に余談だ。

「――じゃあ、このままで良いです」

 弟子は俯くと、小さな声で呟いた。

「……いや、さすがに今のままは低すぎるだろ」

 師匠としては、もうちょい弟子の成長を見たいのですが……。

「ま、伸びたって言ったら、こっちも伸びたよな」

 言いながら、弟子の頭に手を置く。

「はい……?」

「髪だよ、髪。最近、全然切ってなかったもんな」

 一度、数ヵ月前にばあちゃんに切ってもらって以来か。

「結構、伸びたよなぁ」

 前はショートだったのが、肩口に掛かるくらいになっている。元がくせ毛なだけあって、結構ボリュームが出ていると言うか……。

「……切るか」

「え、街に降りるんですか?」

「いや、ここで切る」

 時間無いし。

「え、えー……」

 うむ、あからさまに嫌そうな顔をするなマイ弟子。

「なんだよ。俺が器用だってのは知ってるだろ?それぐらい余裕だっての」

 さて、そうなるとハサミはどこだったっけか。

「すくくらいにして欲しいんですが……」

「そんな器用な真似は出来ん」

「さっきと言ってること変わってませんかっ!?」

 だってまぁ、仕方無いし。

 さて、散髪用具は、あっただろうか。


「ほ、本当にやるんですか……」

「当たり前だ。やると決めたらやる」

 取り敢えず庭で、不安げな顔をする弟子を座らせて、身体をすっぽり覆う前掛けを掛ける。

「き、切りすぎないで下さいね?」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

 無駄に爽やかに親指とか立ててみると、弟子はますます顔を曇らせた。

「……凄く心配になってきました」

 失礼な。

「ていうか、俺まで心配になってきただろ」

「えぇえ……!?」

「うわ、見てみろ。指が震えてやがる」

 不安って伝染するんだね。

「え、わっ……って駄目じゃないですかっ!?」

「武者震いだ」

「絶対違いますっ」

 うん。嘘だけどさ。

「さあほら。いい加減アホトークもやめようぜ。危ないから、ほら」

 嫌がる弟子の顔を掴んで、無理やり前を向かせた。

「うぅ……何でこんな……まるで罰ゲームですよぅ」

 失礼なこと言うな……。

 ハサミを構える。弟子も覚悟を決めたのかそれとも諦めたのか、とりあえずは黙って動かなくなった。

 ……さて。後は、このハサミを入れるだけなのだが……。

「…………」

 ……なんだこの緊張感。

 怖っ。これ、怖っ。

「えーっと?」

 まず、何処にハサミを入れれば良いのかサッパリだ。

 うわ、意識すると指が震える。

「……師匠?」

「ああ……」

 弟子から俺の顔は見えない。とはいえ、このまま躊躇っていたら流石に不審がられるだろう。

「…………」

 ……えぇい!ままよっ!!

 ジョキリと、結構な手応えが手に掛かった。

「――――あ」

「あって何ですかっ!?」


 ……まあ、そんなハプニングも、有りましたが。

「……何か、意外に淀み無く切って行きますね」

「ああ。こういうのは勢いだってことが分かった」

 要するに迷いがあると危ないんだろう。こういう時はやっぱり、ノリに任せた方が上手くいきそうだ。

「お、恐ろしく不穏な発言ですね……」

「大丈夫だ。俺を信じろ」

 ちょっとだけ自信が付いたので、さっきより、今度はもう少しだけ力を込めて。

「……はぁ」

 俺の言葉に、弟子は落ち着いたのか、或いは呆れたように、ため息をもらした。

「まあ……そう悪くはならないだろ」

「本当ですかぁ?」

「マジだって」

 自分でもビックリだが、俺ってば案外で才能があるんじゃないだろうか。

「……うあ」

「だからっ、その何回か入る『あっ』て何なんですかっ……いたぁっ!?」

 あーあ。ハサミに髪が引っ掛かったじゃないか。

「動くなよ」

「う……。やっぱり罰ゲームです」

 だから、失礼なことを言うなと。

「……手元が狂うぞ?」

「もう、良いから終わらせてくださいよ……っ」

 あー……。さすがに懇願が切実になってるっていうか、やや涙目になってるし。

「……分かったよ」

 ……悪かったよ。

 ちょっと、悪ノリしすぎた。


 ……と、言うわけで。

「ほら、終わったぞ」

「……あ……ようやく終わりましたか」

 声を掛けると、弟子は肩を落として息を吐いた。全く動いていないのに、どうしてか妙に疲れた様子。

「さて、鏡でも持ってくるか。自分でも見たいだろ?」

「その、見たいというか見たくないというか……正直怖いです」

「だからさ、そんなに悪くは無いって……」

 どんだけ信用無いんだ俺は。頭を抱えつつも、一度部屋に戻って手鏡を持ってくる。

「ほら」

「――――」

 鏡で自分の頭を見た弟子の動きが止まる。

「こ、これ、師匠がやったんですよね?」

「ああ、だから言ったろ。俺、案外で才能あるんじゃないかって」

 基本としては軽く。襟足は残しつつ、全体的にはショートに。

 いや、自分でもよくこれだけ器用なことが出来たなと思う。

「師匠……この技術があれば、街でも生きていけるんじゃないでしょうか」

「まさか。俺は魔術師だよ」

 呆けたように呟く弟子に、肩を竦める。そこばかりは、流石に譲れない。……というか、こんな無愛想な男が客商売なんて、まず無理に決まってるだろ。

「ふう……」

 弟子が掛かった髪の毛を落として前掛けを取る間に、俺は自分の後ろ髪を結んでいたゴムを取った。

「…………」

 何故か弟子が無言でこちらを見ている。

「……? どうした?」

「いやぁ……というか、師匠も髪、伸びましたよね?」

「……え」


 ……で、

「……どうしてこんなことになっているのでしょうかお嬢さん」

 何故俺が、さっきまでこいつが座っていた椅子に座っているのか。

「あはは。やだなぁ師匠。わかってるんでしょう」

「ははは。分かりたくねぇんだよマジに」

 その手には明らかに大きすぎるハサミを持って、俺の前に立つ弟子。

 ……何故だろう。髪の毛どころか、命の危険さえ感じるこの状況。

「勘弁してくれ……」

「どうですか。わたしの気持ちが分かりましたか!」

 ため息を吐くと、弟子が何故か勝ち誇ったように声を上げる。

「……因みに、お前より危ないからな」

 耳が落ちたらどうしよう……。それぐらいはしでかしそうだ。

 ……そして。

「大丈夫ですよぅ。わたし結構上手いんですから」

 何でコイツはこんなにノリノリ何でしょう。

「根拠がねぇよ何も……!」

「師匠だってそうだったじゃ無いですか」

「俺は未だ自信があったわっ!」

「わたしだって自信ありますよ?」

「だから根拠が……!」

 何だこのループ。……と言うか、ヤバイ。

「もう、諦め悪いのはカッコ悪いですよっ!」

「何時ものことだろっ!」

「そうですね。でわっ」

「やーめーろーっ!!」

 何こいつ。何だこのノリ。ちょっとマズイくらいにノリノリですね。

「お前、最近俺の影響受けまくりだな」

「弟子ですから」

「そっか」

 納得してしまう。まあ、それはともかく、やめろ。

「とりあえずこの長ったらしい後ろ髪から行っちゃいましょうか」

「だからやーめーろーぉーっ」

 ……駄目だ。止まらないわ、コイツ。


「……結局切られた」

「結構、上手く出来たと思うのですよ」

「……そうだな」

 鏡を見ると、襟足が随分と涼しくなった自分の顔が映る。何度かハサミに髪を引っ張られたが、それなりに手際良かったんではなかろうか。

 ……何度か耳、怖かったけどな。

「耳がすーすーする……」

 立ち上がり、切った髪の毛を払いながら言うと、弟子は笑った。

「耳に掛かってた髪、切りましたからね」

 うん。そのせいだけじゃ無いけど。

「二人とも、スッキリしましたよね」

「そうな……」

 ……まあ良いか。どうせその内、切らなきゃいけなかったんだし。

 そろそろ冬も明けるのに、あの髪では暑苦しいもんな。

「雪掻きの必要はもう無いわけだ」

「いい加減、雪も降りませんよね」

「衣替えしないとな」

「冬場の貯蓄も切れかけてますし、そろそろ街にも降りないと行けません」

「しっかりしてきたな、お前も……」

 苦笑しながら弟子の、少し近くなった頭に手を置く。くせっ毛を鋤くように手を滑らすと、弟子は心地よさそうに微笑んだ。

「成長したんですよ、わたしも」

「……そうだな」

 たかだか半年程度で、良くもまあこんなに成長しやがって。

 見た目も。中身も。

「魔術もそれくらい成長してくれたら良かったんだが」

「うぐ……」

 口を閉じる弟子。そんな姿に、改めて苦笑する。

「ま、頑張れ」

「……やるなら、もっとガッツリ応援して欲しいです」

「よし、お前なら出来る。だから頑張れ。……多分」

「たぶん付けないで下さい」

 ……ああ。だから。

 こうやって、コイツが成長する姿を、ずっと見ていたいと思ってしまう。

 たった、それだけのことで、しあわせなら。

 それを、ずっと望んでしまいそうで。

 ……続くわけないのに。

 停滞の冬は終わって、時間はまた動き出す。

 ……だから、続かない。

 分かってるさ。どうせ、溶けていく雪みたいな時間だってことは。だから、


「……ししょう?」

「……あぁ、何でもない。……取り敢えず」

 頭に置いた手を上げると、俺の手に、弟子の髪がビッシリと付いていた。

「……髪、洗うか」

「ですね……」

 二人で笑いあう。


 ……だから、そろそろ色々と、決めなければいけない時だ。



『新鮮とか』

おわり。



次回更新は10月14日、20時予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ