表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/25

ちゃぷたーじゅうに 『そして……』

 ……さて。危うく忘れてしまいそうになるが、俺と弟子の関係は、『魔術の師弟』である。

 遊んでいるような、何もしていないような日常が続いてはいるが、一応修行は毎日行っているわけで。


「……いる、筈なんだが」

「むー……」

 弟子が、手に持った大きな杖で、小さく唸り声を上げながら庭に陣を書く。

 陣の真ん中には鉄鉱石。鉄鉱石を還元して純鉄を取り出す、変換系の陣の中では一番簡単で初歩的な魔術なんだが……。

「……むー?」

 陣は完成しているというのに、魔術が発動する形跡が一切無い。

「……何でさ」

 陣の真ん中で立ち往生する弟子を見ながら、俺は頭を押さえる。

 魔力不足ってことはあり得ない。人と魔物の混血児であるこいつのキャパシティは、実は師である俺を超えている。

 そして陣の方も間違ってはいない。これだけ簡単な陣を二十分も掛けて、俺の監督付きで書いたのだから、間違えようがない。

 ……だとすると。

「……不器用」

「あ、あれ……?」

 コイツが未だに、自分の魔力の制御に慣れてないっていう。ただそれだけのことで。

「ここ数ヵ月の修行はなんだったんだ……」

 年の始めからこんなんじゃ、今年も前途多難……か。

 ため息を付きながら、俺は眼鏡を押さえた。




「なんで上手くいかんかねぇ……」

「なんでですかね……」

 リビングで二人、お茶を飲みながら首を傾げる。

「魔術要素、変換系第一章。暗唱」

「えっと……魔術による形質転換における基礎。魔力分解と魔力結合。時間軸上における物体の変換を、加速と逆転を持って転換する有形変換。また、物体の存在理由と概念系を、意味上より変質して転換する無形変換。より単純な機巧は有形であり、特に簡単なものとして貴金属類が上げられる」

 すらすらと、魔術書の内容を見ずに語る弟子。

「……暗記はしてるのになぁ」

 魔術を行使するために必要な式は覚えている。体力づくりも続けていたので、身体も出来ているはずだ。

 ここ数ヵ月、体力づくりと基礎知識の習得にだけ力を尽くしたが、それが仇になったか。理解と式さえあれば、後は計算なんだけどな……。

「わたし、暗記は得意なんですけど、計算は苦手なんです……」

 申し訳なさそうに頭を垂れながら、お茶を啜る弟子。

「……まあ、感覚でもある程度はどうにかなるけどな。その場合はより、実践的というか……」

 足りないものは計算で補えみたいな。実際どれくらいか分からなくても、何回も失敗を繰り返せば『これくらいかな』くらいは分かるが……。

「それなら、先にそっち方面で進めるべきだったなぁ……」

「……すいません」

 再び頭を垂れる弟子。いや、お前は悪くないんだけどさ。というか、俺の思い込みのせいもあるというか。

 莫大な魔力量を誇るこいつは、当然魔術の才能があると思っていた。

 でも、違った。力を持っていても、それを使いこなす技量の無い人が居るように、魔力を持っていても、こいつの性根は不器用で、要領の悪いやつだったんだ。

 ……要するに、俺と同じなわけだ。

「よし。明日から、少しアプローチを変えてみよう」

「はあ……」

 落ち込むなよ。今までのは、お前に合ってなかったってだけで……お前が俺と同じなら、俺と同じ方法が通用する筈で。

 だったらそれで、俺以上の成果を上げれる筈だから。

 だから、頑張れ。

 絶対に口に出してはやらないが、これでもお前のこと、結構期待してるんだから。

 頑張れ。弟子。




 ……次の日。

「……何ですか? これ」

 庭に並べられた、沢山の石を前に、弟子は眉を潜めた。

「あの……今日は陣の勉強は……」

「あれはパスだ。まず、魔力の扱い方について覚えないとな」

 俺は石の一つを手に取ると、それを上に投げた。

「こいつは、北国のとある鉱山から取れる特殊な鉱石でな。こうやって何もしてない限りはただの石だが……魔力を込めると……」

 落ちてきた石を掴んで魔力を込めると、その表面が淡い翠色の光を放ち始めた。

「……あっ」

 弟子が小さく声を上げる。

「凄いだろ? コイツを加工したものが、魔力灯なんかに使われるんだ。……ほいっ」

「わわ……っ」

 手にした石を、弟子に投げ渡す。

「やってみ。結構加減が必要だから、そうそう上手くは行かないだろうけどな」

 そんな訳で、これ。そもそも魔力の使用に慣れていない弟子の為の修行。

 何の魔術行使も必要としない、ただ魔力を込めるだけのもの。

 ……だが。だからこそ。

「それくらいは出来ないと、何も出来ないからな」

「……分かりましたっ」

 弟子は顔を引き締めると、石を握りしめた。

「むむむ……」

「…………」

「むぅー……」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「……あの。魔力を込めるって、どうやって……」

 ……コケた。

「お前っ……そこから分かって無かったのか……!?」

「す、すいません……っ」

 頭を下げる弟子に、俺は大きく肩を落とす。……それじゃあ、昨日の事も出来るわけないじゃないか。

「……何で言わなかった」

「だって、師匠が出来るものとして話を進めるから……それに、勉強すれば分かるかなって」

「いや、それは……」

 それは無い。魔力を込めるってのは、感覚的なモノであって、どれだけ勉強をして理解しても、実際にそれを行うことは違う。

「……すいません」

「いや、俺も悪かったよ……」

 盲点だ……考えてみたら、俺はそこで悩んだことは無かったからな……。

 ともかく、

「まだまだ、道のりは遠いな……」

 顔を伏せる弟子に、俺は何度目かも分からないため息を吐いた。




 そうして、結局。

「…………」

「暗くなってきたな……今日はこれで終わりか」

 結局一度も、石がマトモに光ることはなかった。

「何となく……もう少しだと思うんです」

「そうだなあ……」

 一応、魔力を込めるという行為自体は出来るようになった。しかし加減が出来ずに上手く光ることは一度も無かった。

「…………」

「そう気を落とすな。一朝一夕で出来るものでも無いんだ」

「……はあ」

 ため息を吐いて落ち込む弟子の頭に手を置く。また明日頑張れば良い。明日が駄目なら、明後日も。

 ……とはいえ。この調子だと、何時になることやら。

「あ、一応言っておくが、俺が見てない所ではやるなよ?」

「何でですか?」

「この石、過剰に魔力を込めすぎると破裂するんだ。目に入ったりとかしたら、危険だからさ」

「……はい」

 コクリと頷く弟子の瞳は、何故か力が込もって見えた。




 次の日の朝。

「師匠、おはようございます」

「おー…。おは……よ……?」

 言葉に詰まる。俺の前に立つ弟子の姿は、昨日とは様変わりしていた。

「おまえっ、その傷……っ」

 弟子の肩を掴み、もう片腕で前髪をかき揚げる。

「うわ……っ」

 顔中に裂傷。そこまで深くは無いから傷は残らないだろうが、もし目に入っていたらと思うとゾッとする。

「……っ! 手を見せてみろっ」

 言いながら弟子の小さな手を掴む。手も……特に手のひらが、顔と同じか、或いはそれ以上に傷だらけだった。

「……おまえ、これ――」

「転んだんです」

 俺が何かを言う前に、弟子は軽くそう言った。

「嘘つけ。お前、勝手に石を使って練習しただろ。で、破裂させただろ」

「…………」

 俯いて黙る弟子。

「だからやめろって言ったのに……良いか、これに懲りたら、これからは――」

「転んだんです」

「…………」

 強い口調に、今度は俺が黙らされる。

「ふぅ……よしっ」

 もう一度俯き、小さく息を吐いた弟子は、ぱんっと両手で頬を叩いて、笑顔で顔を上げた。

「師匠、今日も一日、頑張りましょうっ」

「あ……ああ」

 その顔に押され、思わず頷いてしまう。弟子は笑顔のままで踵を返すと、リビングへと向かった。

 ……いやいやっ!

「引いちゃ駄目だろ、俺」

 とにかく、こんな危険なことは止めさせないと……。




「……今日はここまでな」

「ありがとうございました」

 何時も通りに頭を下げて、ニコリと微笑む弟子。

 俺が監督している時は安全に気を配ることが出来るのだが、夜に隠れてやられると、どうしようもない。

「……夜にはやるなよ」

「さあ師匠。晩ごはんにしましょう」

 一応忠告しておくが、聞く耳を持たず去っていく弟子。問い詰めても、しらばっくれるつもりだろう。

「だったら現行犯か……」

 今日の夜に張り込んで、止める。そうでもしないと、あいつの身に何かあったら……俺は……。




「…………」

 深夜を過ぎた頃、両手に石を抱えた弟子が庭に姿を現した。

 弟子は石を地面に置くと、その一つを持って自分に気合いを入れる。

「――うん」

 瞳を閉じて、両手に魔力を込める。本来なら視覚出来ない筈の『流れ』が、弟子の両手と石の間を流れ始める。

「って、おい、そんなに魔力込めたら……っ! あぶね――っ」

 強い光を発した石が、音を立てて破裂した。

「わっ……!?」

 弟子が小さく声を上げてその場に踞る。

「おい、大丈夫か……っ!?」

 影から身を乗り出して弟子の下に走り寄る。

 弟子が、涙目で俺を見上げた。

「し……しょう……?」

「平気か!? 怪我は? 目に入ったりとかしてないだろうな――っ!」

 しゃがみ込んで両手を掴む。目立った傷は無い。顔を見る。少し切り傷があるが、深い傷ではない。すぐに手当てをすれば大丈夫だろう。……既に説教しようという当初の思惑は、頭から飛んでいた。

「……平気、です」

 弟子は痛みを堪えながら、次の石に目をやった。

「おい待て、危険なのは分かっただろう……?もう良いから、部屋に戻れっ」

「…………」

 俺の言葉も聞かず、弟子は再び立ち上がる……コイツ、何でここまで強情なんだよ。

「これは……わたしの修行だから。師匠には関係無いです……」

「関係あるだろ。師匠なんだから……っ」

 だから、俺は……。

「……師匠」

 弟子は涙を拭い、決意を秘めた顔で俺を見上げて、

「師匠だから……今は、放っておいてください」

「…………っ」

 その台詞を聞いて、俺は言葉に詰まった。

「……勝手にしろ」

 踵を返す。

 認めたわけじゃない。認めたわけじゃないけれど……。

 今の俺には、コイツを止める言葉が、分からない。

 月光の下、決意の篭った弟子の顔から逃げるように、俺は部屋に戻った。




「おはようございます」

「……おはよう」

 雲一つ無い爽やかな朝なのに、何故か俺達の間は気まずい。……というか、俺の方が一方的に引いているだけだが。

「……なあ、今日の修行なんだが……」

「師匠。今日も頑張りましょうっ」

 俺の言葉を遮る様に、弟子が笑った。言い直そうかとも思ったが、昨日のことがあって、どうしても躊躇してしまう。……そして一度躊躇うと、もうどうしようもない。

「師匠?」

「……いや。何でもない」

 視線を逸らして呟く。……本当は何でもなくなんて無いんだが、今の俺には何も言うことが出来ない。

 昨日の弟子の台詞が脳裏を過ぎる。

『師匠だから……今は、放っておいてください』……か。

 分かってない訳じゃ無いんだ。

 ずっと手取り足取りやっていっても、何にもならない。

 何かを教えるというのは……特に、こういった経験がものを言う類は、時には心を鬼にして突き放すことが必要だってことは、理解している。

 ……でも。

「心配、なんだよ……」

 ……つくづく甘い。

 いや、甘いというより、これはただの過保護だ。

 何にも益にならない。……寧ろ、成長を阻害する最悪の行為。

 ……分かってる。

 そもそも俺は、あいつが俺の下から離れていくのを望んでいたんじゃないか。

 これもあいつが、一人前に近づいた証拠なんだ。俺の修行も無駄じゃなかったってことじゃないか。

 ……分かって、いるのに。

「なんだろうな……」

 ――それとも、俺は怖いのだろうか。……あいつに必要とされなくなるのを。




「……ぼろぼろじゃねぇか」

 一週間も経つと、弟子の両手は傷だらけになっていた。

「だいじょうぶ……ですっ」

 拳を握る弟子。……全然大丈夫じゃねぇじゃねえか。

 こいつは本当に……俺が思った以上に、強情で……泣き虫な癖に、引きもしない。

 そんなところも俺に似ているから、俺は何も言えなくて。

 ……くそっ。

「それに……」

 弟子が口を開く。

「そろそろ、分かるような気がするんです……もうちょっとで、その感覚が……」

「……わかったよ。やれば良いだろ」

 今さら、止めたりなんかしない。俺は黙って、弟子が目を瞑り、石に魔力を込めるのを見守った。

「――――」

 魔力の流れが分かる。未だ少ない、もう少し……行き過ぎるなよ。そこで――

「……はあ」

 ……もう終わったというのに、弟子は目を瞑ったまま微動だにしない。

 やれやれ……。

「……いつまで目を閉じてんだ」

「……え――?」

 ――弟子の握る、鉱石は、淡く碧に――その、左目の色のように、輝いていた。

「し……っ。ししょうっ!!」

「ああ」

 弟子が嬉しそうに笑いながら俺に顔を向ける。俺は、弟子の顔を見ながら、小さく頷いた。

 ……もちろん。こんなことは、実は凄くもなんとも無い、魔術を志すものとしては、当たり前の初めの一歩。

 ……でも。それは何よりも大切な、始めの一歩。

 ……やっぱ、すげぇよお前。

 俺なんか絶対敵わない。

 偉いし……凄い。

 俺で、良いのだろうか。

 こいつはもっと、良い師の下に行った方が、良いんじゃないだろうか。

 そうでなくとも、いつかこいつは離れていく。

 この時間にも終わりがあることくらいは、知っているから。

 それが少し早まった所で……。

「師匠っ! これで……っ」

 少しだけ立派になった弟子が、俺の下に歩み寄る。弟子は、今までに見せたことが無いくらいの笑顔を俺に向けて、

「これで――師匠のお手伝いが出来ますっ」

「……はい?」

 思考が停止する。……いやいや、何だって?

「……お前、そんなことのために頑張ったのか……?」

「もちろん、わたしの為もあります。頑張って魔術を習って、早く立派な魔術師に、成りたいです。でも、それは……」

 弟子は、一度言葉を切ると、俺に向けて微笑んだ。

「……早く、師匠に相応しい。師匠の自慢の弟子になりたいんです」

「…………」

 えっと……。

 どうしよう。

「……おまえ、俺なんかが師匠で、良いのか?」

 こんな奴が師匠で、そんなに誇れるものだろうか。

「師匠こそ。わたしなんかが弟子で、良いんですか? わたしみたいな、不器用なのが……

 そんなの……当たり前だ。

 俺はお前だからこそ、弟子にしようと思ったし、何よりお前が思っている以上に、お前は凄い。

「じゃあ、問題ありません」

 再び微笑む弟子に、俺はどんな顔をすれば良いのか分からなくなり、顔を伏せた。

「……バカ弟子」

 ため息を吐く。……まったく。そんな笑顔で言われたら、何も言えないじゃないか。

「……それに。これだったら、師匠に褒めてもらえるかもって、思ったんです」

 言いながら、少し恥ずかしそうに顔を俯ける弟子。

「……ああ、そうか」

 そういや俺、こいつを褒めたこと、無かったっけ。

「口に出してまでか。何てやつ」

 俺が肩を竦めると、弟子は上目遣いで俺を見上げながら、拗ねるように唇を尖らせた。

「だって師匠、鈍感ですもん」

「む……」

 ……自覚あるから言い返せない。

「……まあ、良いか」

 仕方ないと、ため息を吐く。確かに、今回のこいつの頑張りは、俺の予想を超えて凄かった。

 認めるには十分か。

「ったく……、俺も照れ臭いんだけどな」

 言いながら、弟子の頭に手を置く。

「…………」

 ゆっくりと撫でる。弟子が目を細める。髪はふわふわして、柔らかった。

「――――」

 口を開く。久しく呼んでいない、弟子の名を呼ぼうとして――


 視界が――斜 に?

「……? 師 ?」

 地 が横に。振動 身体に伝 って、弟子が叫んでいるようだ ど、聞こ なく 。

 身 を揺 ら  も感 が…… 覚    俺  。


 ……この時、俺は、終わりは未だ先だと安堵していた。

 そんな筈が……無いのに。

 いつまでも続く筈が、無いのに。

 ……あれから。

 俺がこの生活を初めてから、もう二年半以上は、経ったっけ……。

 緩やかな時間の中で。

 ゼンマイが、回るように。

 ゆっくりと。

 ゼンマイが、切れるように。

 終わりは、静かに侵食していく――



『そして……』

おわり。

次回更新は10月5日、21時予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ