ちゃぷたーじゅうに 『そして……』
……さて。危うく忘れてしまいそうになるが、俺と弟子の関係は、『魔術の師弟』である。
遊んでいるような、何もしていないような日常が続いてはいるが、一応修行は毎日行っているわけで。
「……いる、筈なんだが」
「むー……」
弟子が、手に持った大きな杖で、小さく唸り声を上げながら庭に陣を書く。
陣の真ん中には鉄鉱石。鉄鉱石を還元して純鉄を取り出す、変換系の陣の中では一番簡単で初歩的な魔術なんだが……。
「……むー?」
陣は完成しているというのに、魔術が発動する形跡が一切無い。
「……何でさ」
陣の真ん中で立ち往生する弟子を見ながら、俺は頭を押さえる。
魔力不足ってことはあり得ない。人と魔物の混血児であるこいつのキャパシティは、実は師である俺を超えている。
そして陣の方も間違ってはいない。これだけ簡単な陣を二十分も掛けて、俺の監督付きで書いたのだから、間違えようがない。
……だとすると。
「……不器用」
「あ、あれ……?」
コイツが未だに、自分の魔力の制御に慣れてないっていう。ただそれだけのことで。
「ここ数ヵ月の修行はなんだったんだ……」
年の始めからこんなんじゃ、今年も前途多難……か。
ため息を付きながら、俺は眼鏡を押さえた。
♪
「なんで上手くいかんかねぇ……」
「なんでですかね……」
リビングで二人、お茶を飲みながら首を傾げる。
「魔術要素、変換系第一章。暗唱」
「えっと……魔術による形質転換における基礎。魔力分解と魔力結合。時間軸上における物体の変換を、加速と逆転を持って転換する有形変換。また、物体の存在理由と概念系を、意味上より変質して転換する無形変換。より単純な機巧は有形であり、特に簡単なものとして貴金属類が上げられる」
すらすらと、魔術書の内容を見ずに語る弟子。
「……暗記はしてるのになぁ」
魔術を行使するために必要な式は覚えている。体力づくりも続けていたので、身体も出来ているはずだ。
ここ数ヵ月、体力づくりと基礎知識の習得にだけ力を尽くしたが、それが仇になったか。理解と式さえあれば、後は計算なんだけどな……。
「わたし、暗記は得意なんですけど、計算は苦手なんです……」
申し訳なさそうに頭を垂れながら、お茶を啜る弟子。
「……まあ、感覚でもある程度はどうにかなるけどな。その場合はより、実践的というか……」
足りないものは計算で補えみたいな。実際どれくらいか分からなくても、何回も失敗を繰り返せば『これくらいかな』くらいは分かるが……。
「それなら、先にそっち方面で進めるべきだったなぁ……」
「……すいません」
再び頭を垂れる弟子。いや、お前は悪くないんだけどさ。というか、俺の思い込みのせいもあるというか。
莫大な魔力量を誇るこいつは、当然魔術の才能があると思っていた。
でも、違った。力を持っていても、それを使いこなす技量の無い人が居るように、魔力を持っていても、こいつの性根は不器用で、要領の悪いやつだったんだ。
……要するに、俺と同じなわけだ。
「よし。明日から、少しアプローチを変えてみよう」
「はあ……」
落ち込むなよ。今までのは、お前に合ってなかったってだけで……お前が俺と同じなら、俺と同じ方法が通用する筈で。
だったらそれで、俺以上の成果を上げれる筈だから。
だから、頑張れ。
絶対に口に出してはやらないが、これでもお前のこと、結構期待してるんだから。
頑張れ。弟子。
♪
……次の日。
「……何ですか? これ」
庭に並べられた、沢山の石を前に、弟子は眉を潜めた。
「あの……今日は陣の勉強は……」
「あれはパスだ。まず、魔力の扱い方について覚えないとな」
俺は石の一つを手に取ると、それを上に投げた。
「こいつは、北国のとある鉱山から取れる特殊な鉱石でな。こうやって何もしてない限りはただの石だが……魔力を込めると……」
落ちてきた石を掴んで魔力を込めると、その表面が淡い翠色の光を放ち始めた。
「……あっ」
弟子が小さく声を上げる。
「凄いだろ? コイツを加工したものが、魔力灯なんかに使われるんだ。……ほいっ」
「わわ……っ」
手にした石を、弟子に投げ渡す。
「やってみ。結構加減が必要だから、そうそう上手くは行かないだろうけどな」
そんな訳で、これ。そもそも魔力の使用に慣れていない弟子の為の修行。
何の魔術行使も必要としない、ただ魔力を込めるだけのもの。
……だが。だからこそ。
「それくらいは出来ないと、何も出来ないからな」
「……分かりましたっ」
弟子は顔を引き締めると、石を握りしめた。
「むむむ……」
「…………」
「むぅー……」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……あの。魔力を込めるって、どうやって……」
……コケた。
「お前っ……そこから分かって無かったのか……!?」
「す、すいません……っ」
頭を下げる弟子に、俺は大きく肩を落とす。……それじゃあ、昨日の事も出来るわけないじゃないか。
「……何で言わなかった」
「だって、師匠が出来るものとして話を進めるから……それに、勉強すれば分かるかなって」
「いや、それは……」
それは無い。魔力を込めるってのは、感覚的なモノであって、どれだけ勉強をして理解しても、実際にそれを行うことは違う。
「……すいません」
「いや、俺も悪かったよ……」
盲点だ……考えてみたら、俺はそこで悩んだことは無かったからな……。
ともかく、
「まだまだ、道のりは遠いな……」
顔を伏せる弟子に、俺は何度目かも分からないため息を吐いた。
♪
そうして、結局。
「…………」
「暗くなってきたな……今日はこれで終わりか」
結局一度も、石がマトモに光ることはなかった。
「何となく……もう少しだと思うんです」
「そうだなあ……」
一応、魔力を込めるという行為自体は出来るようになった。しかし加減が出来ずに上手く光ることは一度も無かった。
「…………」
「そう気を落とすな。一朝一夕で出来るものでも無いんだ」
「……はあ」
ため息を吐いて落ち込む弟子の頭に手を置く。また明日頑張れば良い。明日が駄目なら、明後日も。
……とはいえ。この調子だと、何時になることやら。
「あ、一応言っておくが、俺が見てない所ではやるなよ?」
「何でですか?」
「この石、過剰に魔力を込めすぎると破裂するんだ。目に入ったりとかしたら、危険だからさ」
「……はい」
コクリと頷く弟子の瞳は、何故か力が込もって見えた。
♪
次の日の朝。
「師匠、おはようございます」
「おー…。おは……よ……?」
言葉に詰まる。俺の前に立つ弟子の姿は、昨日とは様変わりしていた。
「おまえっ、その傷……っ」
弟子の肩を掴み、もう片腕で前髪をかき揚げる。
「うわ……っ」
顔中に裂傷。そこまで深くは無いから傷は残らないだろうが、もし目に入っていたらと思うとゾッとする。
「……っ! 手を見せてみろっ」
言いながら弟子の小さな手を掴む。手も……特に手のひらが、顔と同じか、或いはそれ以上に傷だらけだった。
「……おまえ、これ――」
「転んだんです」
俺が何かを言う前に、弟子は軽くそう言った。
「嘘つけ。お前、勝手に石を使って練習しただろ。で、破裂させただろ」
「…………」
俯いて黙る弟子。
「だからやめろって言ったのに……良いか、これに懲りたら、これからは――」
「転んだんです」
「…………」
強い口調に、今度は俺が黙らされる。
「ふぅ……よしっ」
もう一度俯き、小さく息を吐いた弟子は、ぱんっと両手で頬を叩いて、笑顔で顔を上げた。
「師匠、今日も一日、頑張りましょうっ」
「あ……ああ」
その顔に押され、思わず頷いてしまう。弟子は笑顔のままで踵を返すと、リビングへと向かった。
……いやいやっ!
「引いちゃ駄目だろ、俺」
とにかく、こんな危険なことは止めさせないと……。
♪
「……今日はここまでな」
「ありがとうございました」
何時も通りに頭を下げて、ニコリと微笑む弟子。
俺が監督している時は安全に気を配ることが出来るのだが、夜に隠れてやられると、どうしようもない。
「……夜にはやるなよ」
「さあ師匠。晩ごはんにしましょう」
一応忠告しておくが、聞く耳を持たず去っていく弟子。問い詰めても、しらばっくれるつもりだろう。
「だったら現行犯か……」
今日の夜に張り込んで、止める。そうでもしないと、あいつの身に何かあったら……俺は……。
♪
「…………」
深夜を過ぎた頃、両手に石を抱えた弟子が庭に姿を現した。
弟子は石を地面に置くと、その一つを持って自分に気合いを入れる。
「――うん」
瞳を閉じて、両手に魔力を込める。本来なら視覚出来ない筈の『流れ』が、弟子の両手と石の間を流れ始める。
「って、おい、そんなに魔力込めたら……っ! あぶね――っ」
強い光を発した石が、音を立てて破裂した。
「わっ……!?」
弟子が小さく声を上げてその場に踞る。
「おい、大丈夫か……っ!?」
影から身を乗り出して弟子の下に走り寄る。
弟子が、涙目で俺を見上げた。
「し……しょう……?」
「平気か!? 怪我は? 目に入ったりとかしてないだろうな――っ!」
しゃがみ込んで両手を掴む。目立った傷は無い。顔を見る。少し切り傷があるが、深い傷ではない。すぐに手当てをすれば大丈夫だろう。……既に説教しようという当初の思惑は、頭から飛んでいた。
「……平気、です」
弟子は痛みを堪えながら、次の石に目をやった。
「おい待て、危険なのは分かっただろう……?もう良いから、部屋に戻れっ」
「…………」
俺の言葉も聞かず、弟子は再び立ち上がる……コイツ、何でここまで強情なんだよ。
「これは……わたしの修行だから。師匠には関係無いです……」
「関係あるだろ。師匠なんだから……っ」
だから、俺は……。
「……師匠」
弟子は涙を拭い、決意を秘めた顔で俺を見上げて、
「師匠だから……今は、放っておいてください」
「…………っ」
その台詞を聞いて、俺は言葉に詰まった。
「……勝手にしろ」
踵を返す。
認めたわけじゃない。認めたわけじゃないけれど……。
今の俺には、コイツを止める言葉が、分からない。
月光の下、決意の篭った弟子の顔から逃げるように、俺は部屋に戻った。
♪
「おはようございます」
「……おはよう」
雲一つ無い爽やかな朝なのに、何故か俺達の間は気まずい。……というか、俺の方が一方的に引いているだけだが。
「……なあ、今日の修行なんだが……」
「師匠。今日も頑張りましょうっ」
俺の言葉を遮る様に、弟子が笑った。言い直そうかとも思ったが、昨日のことがあって、どうしても躊躇してしまう。……そして一度躊躇うと、もうどうしようもない。
「師匠?」
「……いや。何でもない」
視線を逸らして呟く。……本当は何でもなくなんて無いんだが、今の俺には何も言うことが出来ない。
昨日の弟子の台詞が脳裏を過ぎる。
『師匠だから……今は、放っておいてください』……か。
分かってない訳じゃ無いんだ。
ずっと手取り足取りやっていっても、何にもならない。
何かを教えるというのは……特に、こういった経験がものを言う類は、時には心を鬼にして突き放すことが必要だってことは、理解している。
……でも。
「心配、なんだよ……」
……つくづく甘い。
いや、甘いというより、これはただの過保護だ。
何にも益にならない。……寧ろ、成長を阻害する最悪の行為。
……分かってる。
そもそも俺は、あいつが俺の下から離れていくのを望んでいたんじゃないか。
これもあいつが、一人前に近づいた証拠なんだ。俺の修行も無駄じゃなかったってことじゃないか。
……分かって、いるのに。
「なんだろうな……」
――それとも、俺は怖いのだろうか。……あいつに必要とされなくなるのを。
♪
「……ぼろぼろじゃねぇか」
一週間も経つと、弟子の両手は傷だらけになっていた。
「だいじょうぶ……ですっ」
拳を握る弟子。……全然大丈夫じゃねぇじゃねえか。
こいつは本当に……俺が思った以上に、強情で……泣き虫な癖に、引きもしない。
そんなところも俺に似ているから、俺は何も言えなくて。
……くそっ。
「それに……」
弟子が口を開く。
「そろそろ、分かるような気がするんです……もうちょっとで、その感覚が……」
「……わかったよ。やれば良いだろ」
今さら、止めたりなんかしない。俺は黙って、弟子が目を瞑り、石に魔力を込めるのを見守った。
「――――」
魔力の流れが分かる。未だ少ない、もう少し……行き過ぎるなよ。そこで――
「……はあ」
……もう終わったというのに、弟子は目を瞑ったまま微動だにしない。
やれやれ……。
「……いつまで目を閉じてんだ」
「……え――?」
――弟子の握る、鉱石は、淡く碧に――その、左目の色のように、輝いていた。
「し……っ。ししょうっ!!」
「ああ」
弟子が嬉しそうに笑いながら俺に顔を向ける。俺は、弟子の顔を見ながら、小さく頷いた。
……もちろん。こんなことは、実は凄くもなんとも無い、魔術を志すものとしては、当たり前の初めの一歩。
……でも。それは何よりも大切な、始めの一歩。
……やっぱ、すげぇよお前。
俺なんか絶対敵わない。
偉いし……凄い。
俺で、良いのだろうか。
こいつはもっと、良い師の下に行った方が、良いんじゃないだろうか。
そうでなくとも、いつかこいつは離れていく。
この時間にも終わりがあることくらいは、知っているから。
それが少し早まった所で……。
「師匠っ! これで……っ」
少しだけ立派になった弟子が、俺の下に歩み寄る。弟子は、今までに見せたことが無いくらいの笑顔を俺に向けて、
「これで――師匠のお手伝いが出来ますっ」
「……はい?」
思考が停止する。……いやいや、何だって?
「……お前、そんなことのために頑張ったのか……?」
「もちろん、わたしの為もあります。頑張って魔術を習って、早く立派な魔術師に、成りたいです。でも、それは……」
弟子は、一度言葉を切ると、俺に向けて微笑んだ。
「……早く、師匠に相応しい。師匠の自慢の弟子になりたいんです」
「…………」
えっと……。
どうしよう。
「……おまえ、俺なんかが師匠で、良いのか?」
こんな奴が師匠で、そんなに誇れるものだろうか。
「師匠こそ。わたしなんかが弟子で、良いんですか? わたしみたいな、不器用なのが……
そんなの……当たり前だ。
俺はお前だからこそ、弟子にしようと思ったし、何よりお前が思っている以上に、お前は凄い。
「じゃあ、問題ありません」
再び微笑む弟子に、俺はどんな顔をすれば良いのか分からなくなり、顔を伏せた。
「……バカ弟子」
ため息を吐く。……まったく。そんな笑顔で言われたら、何も言えないじゃないか。
「……それに。これだったら、師匠に褒めてもらえるかもって、思ったんです」
言いながら、少し恥ずかしそうに顔を俯ける弟子。
「……ああ、そうか」
そういや俺、こいつを褒めたこと、無かったっけ。
「口に出してまでか。何てやつ」
俺が肩を竦めると、弟子は上目遣いで俺を見上げながら、拗ねるように唇を尖らせた。
「だって師匠、鈍感ですもん」
「む……」
……自覚あるから言い返せない。
「……まあ、良いか」
仕方ないと、ため息を吐く。確かに、今回のこいつの頑張りは、俺の予想を超えて凄かった。
認めるには十分か。
「ったく……、俺も照れ臭いんだけどな」
言いながら、弟子の頭に手を置く。
「…………」
ゆっくりと撫でる。弟子が目を細める。髪はふわふわして、柔らかった。
「――――」
口を開く。久しく呼んでいない、弟子の名を呼ぼうとして――
視界が――斜 に?
「……? 師 ?」
地 が横に。振動 身体に伝 って、弟子が叫んでいるようだ ど、聞こ なく 。
身 を揺 ら も感 が…… 覚 俺 。
……この時、俺は、終わりは未だ先だと安堵していた。
そんな筈が……無いのに。
いつまでも続く筈が、無いのに。
……あれから。
俺がこの生活を初めてから、もう二年半以上は、経ったっけ……。
緩やかな時間の中で。
ゼンマイが、回るように。
ゆっくりと。
ゼンマイが、切れるように。
終わりは、静かに侵食していく――
『そして……』
おわり。
次回更新は10月5日、21時予定。




