ちゃぷたーじゅう 『大捕り物』
「……十回目だ」
「はあ……」
「気の無い返事をするな。大問題だぞこれは」
やる気のなさそうな弟子に指を刺しながら、俺は声を荒げた。
何が十回目かというと、困ったことに、近ごろ食料庫がさりげなく荒らされていて、それに気づいた回数が今日で十回目となったのだ。
食料庫の状況や、一度に食い荒らされる量から鑑みると犯人は小動物なのだが、このままやられると壊滅的被害を被りそうな予感。
弟子は、ちょっとだけ首を傾げると、ふとリビングの方に目を向けて、
「猫じゃないんですか?」
「ああ、その可能性は俺も考えた」
何時からか結界の外に住み着き、一度中に入れてからちょくちょく進入してくるようになった黒い猫の魔物。
気がつくと勝手にソファでくつろいでいたりと、もはや飼い猫と化している猫だが……。
「でもアイツ、意外と行儀が良いからな……ちょい連れてきてくれ」
「あ、ハイ」
返事をすると、ぱたぱたと食料庫から出ていく弟子。
しばらくして、またぱたぱたと猫を抱えて帰ってきた。
「はい」
「うい」
弟子に抱えられた猫の首根っこを掴んでぶら下げ、そのまま食料庫の中を徘徊してみる。
「…………」
「……何してるんですか?」
「ダウジング」
名付けて猫ダウジング。
「異常無いな……」
しばらく猫をぶら下げたまま食料庫を隅から隅まで歩き回ったが、反応は無かった。どうやらコイツは犯人じゃないらしい。
「……あの、意味が分かりませんけど」
リビングに戻ると、弟子が意味が分からないといった様子で首を傾げた。
「ん?ああ。猫ってさ、しらばっくれるけど何だかんだで分かりやすいんだ。こうやってぶら下げると普通は大人しくなるんだが、悪事の現場に連れてこられるとこう……」
バタバタと、暴れだすんだけども……なんでコイツは今暴れてるのか。
「……弟子よ、そこの下の棚を開けてみてくれ」
「あ、はい」
弟子が棚を空けると……。
「俺が楽しみにしていた茶菓子が……」
甘味が、俺の大事な甘味が奪われていた……。
「…………」
「……にゃあぁぁあっ!!」
……とりあえず、首を持ったまま大きく振り回した。
「…………」
「師匠ー……。食料庫、どうにかしないんですか……?」
「……少し放っといてくれ……」
人の唯一とも言える楽しみが消えたんだから……別にしても良いだろ、部屋の隅で体育座りくらい……。
「あ、あの、師匠っ。でも食料庫の問題も解決しないと……」
弟子が必死で俺を励ます。
「わかってる。今考えてるんだ」
体育座りで。カッコ悪いとか思われても気にしない。
「……さて」
とりあえず頭に浮かぶ方法として、罠を張るというのがあるが、張ったところで、引っ掛からなければ意味がない。獲物がいまいち分からない為、どんな罠を張れば良いかも分からないし。
……となれば、侵入経路を塞ぐ手もある。しかし、どこから侵入してるかも分からないし、そもそも根本的な解決にはならない。
……手詰まりか?
「……よし、とりあえず食料庫に行くか」
実際に行って見てみなければどうにも出来ない。体育座りなんてしていても意味がないのだ。よし、前向きになった。
俺は立ち上がる。うん、前向きになった所で。
「……ししょう、駄目ですから」
「な、何がだ?」
「いま、この猫の食い掛けのお菓子を食べようとしてたでしょう」
…………。
ジト目で睨んでくる弟子に、俺は視線を逸らす。
「そんなことしちゃ駄目ですっ」
「……はい」
……くそう、また心が折れそうだ。
♪
「よいしょ……っと」
食料庫に溜め込んだ、計一ヶ月分の食料を全て外に出す。
見張りは猫にやらせてある。小動物相手なら十分だし、さすがに奴も懲りただろう。……今のところは。
「ほい、最後の」
「はい」
何かと使われる塩袋を、弟子に渡して、ようやく食料庫は空となった。
「意外に広くなったな」
「埃っぽいですね……」
二人で食料庫の前に立ち、思い思いの感想を述べる。
よく見ると、埃っぽいどころか結構汚れが目立った。……それも当たり前か。ここだけは建ててから今まで、一度も掃除して居ないし。
……うん。食料を置くところが汚れているってのは、嫌だな。
「ついでに掃除もするか……」
決定。どうせ、進入経路を探すために隅から隅まで調べるんだ。一緒に掃除もした方が後々楽だろう。
「よし、弟子。箒とちり取りを持て」
「あ、はい。分かりました」
折角だ。新年には少し早いが、このまま大掃除と行こう。
……そんなこんなで、食料庫の掃除を始めて五分が経った。
「……あー、この黒い粒は」
床の隅とかに点々と落ちている粒を観察する。うん、鼠の糞だね。これは。
「鼠かぁ……」
はて、この山には、鼠の魔物は居ただろうか。脳内資料を漁るが、該当するものは居なかった。
「じゃあ普通の鼠か」
そうなると、見て分かるサイズの穴がある筈……。
「あー……」
しゃがみ込んで、壁に添え付けられた棚の下を見渡すと、普通に見たら死角になっている所にあるある。沢山ある。
「……っていうか、ありすぎだろ」
見渡す限りあるのですが。この分だと、今あるところを塞いでも、未だ他にあるかもしれない。というか、その可能性が高いだろう。……どうしたものか。
「やっぱり、根絶やしにした方が早い……よな」
鼠を根絶やし。そんな愉しい魔術を、俺が覚えていないのが悔やまれる。
そういや学生時代に居たな。鼠駆除で小遣い稼ぎしてる奴。……なんで俺、アイツと友達にならなかったんだ……。今思えば愉快な奴だったのに。
「……過ぎたことを悔やんでも仕方ないか」
顔を覚えても居ない同級生のことはすっかり忘れて、今は俺に出来ることをしよう。
「……師匠? 何やってるんですか?」
他のところを掃除していた弟子が、床に顔をへばりつけて穴を覗く俺のところに来る。白――で、なくて。
「おう、我が弟子よ。鼠駆除をするぞ」
とりあえず俺は立ち上がると、踵を返して食料庫を出た。
「……わたし、ここ初めて入ります」
「ああ、半人前立ち入り禁止区域だからな。混ぜるな危険でいっぱいだから」
そんなわけで、俺達が向かったのは、俺の『魔術師として』の仕事場。
窓はなく、趣的には食料庫に近いが、木造建築のコテージの中でここだけは石造りとなっており、更には厳重に結界も張ってあるので、入るのにも苦労する。
「ちょっと待ってろ、今解錠するから――」
扉に手を当てて、精神集中。頭の中に系図を浮かべて、一つ一つ開いていく。面倒臭いが、仕方がないのである。
「……そう言えばわたし、師匠の仕事知りません。……というか、仕事していたんですね」
……何気なく、辛辣な一言を口にする弟子。
「酷いなお前……。そりゃ金は必要だし、俺だって真面目に仕事してるよ……」
……そうだな、丁度良い機会か。俺は精神を集中させながら、弟子に振り返った。
「俺が売ってるのは、薬だよ。……まあこれは、俺って言うか、魔術師のものなんだが」
「薬?」
首を傾げる弟子に、俺は眼鏡を押さえながら説明する。
「そう。魔術師ってのは、必然的に医者、化学者の側面を持つからな。もっとも、魔術ってのは科学と両極をなすものだから、この場合は単に化学だ。特に文明が呪術系統に片寄っている国の場合、魔術師がそれらの役割を担うことが多い」
もっとも、俺の専門は変換と還元、それと印だ。知識的に薬品の調合くらいなら可能だが、医学の真似事なんか出来やしない。
「じゃあ、師匠って……」
「ああ。時々売りに行ってるよ。こんな辺境だと魔術師や薬ってのは貴重だからさ、みんなやっかみながらも買っていくってわけさ。……つっても、婆ちゃんの店に一緒に置いて貰って、後で売上だけ貰ってるだけだけど」
本当に、婆ちゃんに感謝である。ありがとう女神様。決して美の女神ではないけれど。
「……はぁ」
生返事をする弟子。分かってるんだか分かって無いんだか……良いけどさ、いつかお前もそれをするんだぜ?
「……よし、開いた」
「うわー……」
薬の臭いが鼻孔を抜ける。石室となっているこの部屋は、日中でも暗い。
「待ってろ、明かりつけるから」
魔力灯に手を伸ばす。薄暗い光が石畳を照らした。
「な……なんか怖いですね」
俺の裾を掴みながら着いてくる弟子が、不安げに呟く。
「そうか?」
「何か出そうじゃないですか」
「…………」
……出ねぇよ。
「別にホムンクルス造ってたわけでも無いし、外からは厳重な結界があるしな。入る隙間は無いよ」
理論的には。
「う……うー……。そう説明されてもですね、理屈と感情は違うんですっ」
「……違うんですか」
ため息を吐く。そう言われたらお手上げだ。
「っていうか、慣れろよ。お前もいつかこういった工房を持つことになるんだぜ?」
「わたしはもっと開放的にします」
「やめろ。危ないから……」
人が何のために、こうも厳重管理していると思っているのか。
魔術師の工房ってのは漏洩するとそれだけヤバイものなんだよ。化学兵器なんですよ。
「むー……。何か解決策を……」
手だけはしっかり。俺の裾を掴みながら、弟子は口元に手をやった。
「……まぁ、好きにしてくれ」
出来たら危なくない程度にな。お前が一人前になる頃には、俺は居ないだろうし。……いや、でもやっぱり心配だが。
「はい、よいしょ」
フラスコに入った、緑色の薬品に、青色の薬品を注ぐ。
「……っ!? し、ししょお、臭いです……っ!」
「あー……慣れとけ」
混ぜるな危険だから。
「無理ですよぅ……」
ううっと涙目で鼻を塞ぐ弟子。……そんなに臭いなら離れればいいのに、手はやっぱり俺の裾を掴んでいて、離れるに離れられない様子。
「あー、はいはい。取り敢えずこれしとけ」
片手で弟子にマスクと、腕にかかると危ないから手袋を渡す。
「……師匠は要らないんですか?」
「慣れてるし。そんなヘマはせん」
……魔術でガードしてるってのは秘密だ。
言いながらも、もう片腕はフラスコを振り続ける。……なにやら、ボコボコいってきたぜオイ。
「Veranderung――と」
緑と青を混ぜたのに、何故か紫色に仕上がった薬品を、二つのビーカーに分ける。
で、片方を弟子に渡した。
「素手で触れるな、肌に付けるな、舐めるな」
「舐めませんっ」
……オーケー。
「お前は……そうだな、食料庫の床、特に隅の穴付近に撒いてくれ。俺は屋根裏にやってくる」
「はあ……でも、これって何なんですか?」
手元の液体を揺らしながら――危ねぇなおい――弟子は首を傾げた。それに俺は、
「毒」
弟子の動きが止まった。
「……まぁ、そこまで毒性は強く無いから、人間だったらよっぽどで無い限りは大丈夫だ。舐めるとか」
「舐めませんっ」
「だから大丈夫だって。せいぜい吐き気とか目眩とか、そんくらいだ。……ああ、猫が危ないか。一応、拘束しとこう」
こくこくと首を振る弟子。うん。素直で宜しい。……が、
「あ、あのっ。エプロン着てきても良いですか?」
「……良いけど」
返事と共に、俺にビーカーを持たせて工房を出る弟子。……若干ビビり過ぎじゃあ無いでしょうか。
「衣類の上からなら、少しくらい掛かっても平気なんだが……」
それとも服を汚したくないのか。
……まぁ、良いけど。
「……にしても、結構簡単に作れたな、これ」
これなら要らないじゃないか、某ネズミ駆除の天才君。
友達にならなくて良かった。
「せいやー」
気合の入っていない掛け声と共に、屋根裏に薬を撒くと、甘い匂いが立ち込めた。
「こんなもんか」
周囲に放った紫色の液体を見ながら、頷く。取り敢えず後は、鼠が引っ掛かるのを待つだけである。
「……さて」
梯子を片して食料庫のほうに目をやった。
弟子の方はどうだろうか。エプロンというか割烹着を着てやってきたが、そんなにも嫌だったか。
「……それでなくても危なっかしいしなアイツ」
なんにせよ、長く目を離すのは危ない気がする。そんなわけで、食料庫の前まで来ると……扉が完全に閉まっていた。
「――まさか」
浮かんだ不安に突き動かされ、俺は扉を開く。そして――
「――これは」
そこに広がる惨状に、思わず頭を押さえた。
「らーっ。ししょおどうしたんれすかぁー?」
覚束無い足取りで、空になったビーカーを手に持つ弟子。……あらやだ、この子ラリってらっしゃる。
「……すまん。換気するようにって言い忘れてた」
「はいー? なんれすかぁー?」
呂律も回らないらしい。弟子はふらふらと俺の下までやってくると、そのまま倒れ込むように俺の胸元に飛び付いた。
「ふへへー……」
「……酔ってらっしゃいますね」
「しつれいなぁっ。酔ってないれすよぉうぉう」
……この子、大丈夫だろうか。ちょっと真剣に心配になる。
「ししょおぅ。言われた通り、やりました~」
「あぁ、はいはい」
仕方なく頭を撫でると、弟子はえへへ~と顔を緩めながら俺に抱き付く。
……というか、こんなことをしている場合ではないのです。未だ薬の香りは周囲に広がってるので、このままだと俺もヤバい。
「……まぁ、取り敢えずここを出るぞ。歩けるか?」
「いや。だっこ」
…………。
……この子、本当に大丈夫でしょうか。
「だっこー……」
抱き付いてくる弟子。
「お前、歩けるんだろ?」
「いやでふ」
……いやって。
「じゃあ、おんぶ」
じゃあって……仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「……分かった。乗れ」
俺は弟子を引き剥がすと、背中を向けてしゃがみこんだ。
「わはぁーいっ!」
「ぐぼっ」
背中――むしろ腰に衝撃……こいつ、飛び付いて来やがった……っ!
「……良いか?」
「はいっ」
痛む腰を押さえながら、俺は弟子を担いで食料庫を出た。
「寝るなよ、寝るなよ頼むから」
「寝ま……せんよぅ……」
「寝かけてるね。寝かけてるよね」
背負いながら揺らしてみる。
「寝るなっつうの」
「ふふぁい……」
忘れかけていたが、未だ大掃除の途中だ。一人でこの家中を大掃除なんて、億劫にも程がある。
頼むから寝ーるーなーっ。
「ふぇ…………」
……ダメだ。完全に眠りに付きやがった。
「……仕方無いな」
どちらにせよ、食料庫は薬まみれで、明日にならないと無理だし。鼠の死骸とか出たら、それも駆除しなきゃいけないからな。
「どっこいしょと」
とっくに幸せそうな寝顔を浮かべる弟子を、部屋のベッドに寝かせて、毛布と布団をかける。
「明日には、元に戻ってますように」
というか、脳に弊害とか残りませんように。
……たまにはこういうのも良いかもしれないけど。
「……つくづく、甘いよなぁ」
あまり笑えない話だ。
♪
「――さて」
「……あたまいたいです」
俺の隣には、頭を押さえながら顔を顰める弟子。
「……あの。わたし、昨日途中から記憶が無いんですけど、何があったんでしょう……あとこの頭痛は……?」
どうやら弟子は、酔うと記憶が飛ぶ性質らしい。
「……うん。まぁ、忘れてるなら無理に思い出さなくても、良いんじゃないか」
……余談だが、俺は酔うと記憶が残りまくる性質で、なまじ記憶力が良いせいか、後で後悔することも多々あった。
……うん。思い出さない方が良かった。
「まあ、忘れたいことはきっぱり忘れて、今は掃除の続き――いや、鼠駆除の結果を見に行くか」
「はい……」
頭痛が酷いらしく、頭を押さえる弟子を急かして、俺は食料庫へと向かった。
「さて、どうなってるか……」
淡い期待を込めて食料庫の扉を開ける。ほとんどはもう効力を失っているが、一部残っているのか、少し甘い香りがした。
「……うう」
食料庫に入った途端、弟子が小さく唸り声を上げる。
「どした」
「なんだか……この匂いを嗅ぐと嫌な感じというか、嬉しい思い出というかが……いや、思い出せないんですけど……」
「……忘れとけ」
普段からあんなに甘えられていたら、俺がもたん。眉を顰めながら思考する弟子を尻目に、俺は棚の下を見る。
「……おおぅ」
本当に鼠が捕れていた。
「うわぁ……」
同じく覗き込んだ弟子が声を上げる。気持ちは分かる。まさか、両手で掴めるサイズとは思わなかった。
「…………」
取り敢えず手袋をして引き摺り出す。
全長は、猫と同じくらい。横幅を見れば、猫を越えています。……ええい、あの猫、役に立たないじゃないか。
理不尽なことを考えながら、死骸を弟子が持つ袋に入れた。
「……ししょう、重いです」
「……だろうな」
それで一杯だもんな。その袋。
「取り敢えず外に置いとけ」
弟子に指示を出しながら、食料庫を見渡す。見た限りでは、他にはいない。というか、一匹であのサイズなら、他の個体は居ないのかもしれない。
「むしろ他に数匹居たら、うちの食料庫が全滅するぜハハハ」
そんなことを考えていたら、屋根裏からもう一匹見付かった。つがいだったらしい。笑えなかった。
……で。
鼠夫婦の死骸は、俺と弟子で庭に埋めといた。そのうち土に還って、新たな命となるのだろう。
「……大変でしたね」
「ああ、大変だったな」
色々……昨日の夜とか、特に。
「思い出せそうなのに思い出せないのが、歯痒いです……」
未だに首を傾げている弟子の頭に、俺は手を置いて苦笑する。
「思い出さなくて良いから。あと、お前は酒は飲まない方が良いなー」
酔った時の失敗は、とんでもないことになるからな。なんて、師匠からのどうでもいいアドバイス。
「お酒なんて、飲んだことありませんけど」
「そうだな……でも、とりあえず覚えとけ」
そうか……そうなると、やはりひとり酒か。愛弟子と飲むというのも、割とおつなものだと思うが……まぁ、仕方が無い。
「……師匠がどうしてもって言うなら、飲みますけど」
「そうかい」
その言葉に苦笑しながら、いつかそんな日が来ればいいと、思った。
「ま、とりあえず……」
俺は肩を竦めて、弟子に向き直ると、
「大掃除、終わらせてしまうか」
「はいっ」
少し早い、今年最後のイベント終わらせて。
来年にまた、宜しくを言おう。
『大捕物』
おわり。
次回更新は9月28日、20時予定。




