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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

歌うたいの化け物と吸血鬼

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/05/16

「ヴァルテンブルグにある森の奥には行ってはいけないよ」

「どうして?」

「『歌うたいの化け物』がいるからさ」

「歌うたい?」

「ああ。そいつの歌声は人間を殺す。昔々から語られている事だ」


 歌うたいの化け物カルミナは夜、いつもの様に動物達を共に美しい歌声を奏でていた。カルミナは夜型なのだ。だからいつも歌うのは夜。

 そこに、『いつも』とは違う者が拍手と一緒に現れた。

「素晴らしい歌声だ」

 黒を基調とした服を着ている整った顔立ちの男性。

「あら、貴方死なないのね。人間ではない?」

 カルミナは歌い終わると彼に話しかけた。

「ああ、僕は吸血鬼さ。銀の弾丸と日光以外では死なない」

「吸血鬼。にんにくと十字架も苦手ではなかった?」

「恥ずかしい事を言わないでくれ」

 吸血鬼は決まり悪そうに言い、カルミナは笑った。

「その吸血鬼さんがどうしてここに?」

 吸血鬼はこほんと拳を口に当て咳払いをする。そして軽やかに話し始める。

「いやなに、噂の『歌うたいの化け物』の歌声を聴きたくなってね」

「そう。それでご感想は?」

 吸血鬼は歓喜の様子で告げる。

「とても美しかったよ」

「まあ、光栄ね」

「まだ聴いていて良いかい?」

「どうぞ」

 カルミナは新たな客人の為に歌った。


 次の日の夜も吸血鬼は来た。

「あら吸血鬼さん。今日も来たの?」

「ウィリアムだ。君の歌声が聴きたくて」

「ふふ、嬉しいわ。私はカルミナ。今日はどんな歌を歌おうかしら」

「君が歌うならなんでも」

 カルミナは少し悩む。

「『なんでも』が一番困るの」

「おや失礼。なら季節の歌を歌ってくれないかい?」

 カルミナは微笑む。

「良いわよ」

 カルミナは新緑の芽吹きを喜ぶ歌を歌った。ウィリアムは心地よさそうに聴いていた。


 ウィリアムはその後も何度もカルミナの元へ足しげく通った。カルミナはそれに応え、たくさんの歌を歌った。

 二人は必然と仲を深めた。

「化け物より人間の方が怖いと思わないかい?」

「ええ。知恵と数の暴力ね」

 そんな世間話だってする程に。

「私の歌を聴いてくれるのは動物達だけよ」

 カルミナの言葉にウィリアムはわざとらしく言う。

「おや、今は僕もいるだろう?」

 カルミナは目を丸くした後、笑みを溢した。

「そうね」


 ある日、ウィリアムはカルミナに尋ねた。

「君は歌う事が好きなのかい?」

 カルミナは毅然と答える。

「好きでなかったら毎日歌わないわ」

 ウィリアムは笑った。

「それもそうか」

 しかし、カルミナは少しうつむき呟く。

「それは自分の意思で好きなのではなく、化け物としての本能なのかもしれないわ」

 けれど、カルミナは凛として前を向いた。

「それでも私は歌う事が好きよ」

 ウィリアムはカルミナのそんな様子を見て微笑んだ。

「やっぱり君はとても素敵だ」

 カルミナはほんのり頬を染める。


 いつもの様にウィリアムはカルミナに会いに来た。

「こんばんは、ウィリアム。本日はなんの歌を歌いましょう」

「カルミナ、今日は森を散歩しないかい?」

「あら、それってデートのお誘い?」

 ウィリアムは肩をすくめる。

「そうとってもらって構わない」

 カルミナは、ふふと笑う。

「ではエスコートしてもらいましょうか」

 そう言って差し出した手をウィリアムは優しく取った。

「ご随意に」


 二人は森を歩く。月が輝き星が煌めく。

「良い夜だね。そこに君の歌があれば最高だ」

「なんの歌を歌いましょう」

「散歩の歌なんてどうだい?」

「良いわね」

 カルミナはそう口にすると、二人の男女が星月夜の森を歩く歌を歌った。今の二人の様に。

 カルミナが歌い終わると、ウィリアムは話しかける。

「やはり君の歌は素晴らしい」

「ありがとう」

「歌は君が作っているのかい? どれも聴いたことのない歌だ」

「ええ、即興で作っているわ」

「すごいね」

 そう話した後ウィリアムはやや黙ると、カルミナを見つめ、真剣な声で言った。

「カルミナ」

「なあに?」

「言ったよね、これはデートだって」

「言ったわ」

 ウィリアムはカルミナのもう片方の手を取る。

「カルミナ、僕は君が好きだ」

「歌声ではなくて?」

「歌声も、君自身も全て」

 カルミナはウィリアムの瞳を見つめ、そして告げる。

「明日、また会いに来て。その時に返事を伝えるわ」

「わかった。じゃあ、もう少し歩こうか」

「ええ」

 お互いの、握った手が温かかった気がした。


 ウィリアムと別れてカルミナは家に戻ると、彼への愛の歌を綴り始めた。

 彼への返事は、彼が好きだと言ってくれた歌で返したい。だから、精一杯の想いを込めて作った。

「できたわ」

 カルミナは満足げに眠りについた。


 翌日、カルミナはいつもの場所でウィリアムを待った。

 けれど、待てども待てども彼は来ない。

「(どうしたのかしら……)」

「カルミナ」

 その時、一羽の梟が木の枝に止まった。

「あら、梟さん」

 彼は物知りなカルミナの友達だ。

「私は君に残酷な事を告げなければいけない」

「? 残酷な……?」

「ウィリアムは死んだよ」

 カルミナは、彼の言葉の意味を理解できなかった。

「ヴァルテンブルグの街で人間に銀の弾丸を撃ち込まれて死んだ。その上磔刑台で見せ物にされ、日光に晒されて灰へとなった」

 カルミナは……彼の言葉の意味が……。

「気をしっかり持ちなさい」

 カルミナは……。

「今日は一人にしておいた方がいいね」

 梟は羽ばたいていった。


 カルミナはずっと現実味を持てないでいた。だから……確かめにいく事にした。


 カルミナは一晩考え、眠りにつかず朝に森を出た。

 ヴァルテンブルグの街に着いた彼女は人々にウィリアム……吸血鬼が晒されている場所を聞いた。

 その場所に向かうと人だかりができていた。カルミナは人だかりを押し退け前に出る。

 そこには……磔刑台とその下にウィリアムが着ていた服といくばくかの灰があった。

 カルミナは、力無く膝をついた。そして服と灰をかき抱き泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いた。人だかりはなんだなんだとカルミナを見る。

 散々泣いた後、カルミナはすっと息を吸い込んだ。

 カルミナは歌った。鎮魂歌ではなく彼への愛の歌を力の限り歌った。

 それを聴いた周りの人々は倒れていく。否、死んでいく。

 カルミナの歌声は街中に響き渡る。街の人々も同じ様に死んでいく。

 人間への復讐ではない。ただ、ウィリアムに愛を伝えたいだけであった。

 そうして街にはカルミナ一人が残った。


 何日も何日も歌い続けてカルミナは限界を迎え、ウィリアムの服を抱き抱えながら地面に横たわった。

 このまま、緩やかに死んでいくのも良いかもしれない。

 そう思い、瞳を閉じかけた瞬間。

 バァン!

「かっ……!」

 カルミナの心臓を弾丸が貫いた。その後もカルミナの体を弾丸が貫く。カルミナの服が深紅に染まり、血溜まりができる。

 人間が遠くからカルミナを銃で狙っているのだろう。

 ああ、静かに死んでいく事も叶わない。化け物にはふさわしい最期かもしれない。

 カルミナはウィリアムの服を強く抱き締めた。

「(死んだら貴方に会えるかしら……。そうしたらもう一度貴方の前で歌を歌うわ……。きっととても幸……せ……)」

 カルミナの意識はそこで途切れた。


 これで化け物達の物語は終わり。

 語られるのは化け物退治の英雄譚。

 けれど、確かにそこにあった。化け物達の儚く、切ない、美しき物語が。

 梟が一羽、飛び立った。彼から、伝えられるかもしれない。もしかしたら、あなたに。

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