第7話:予期せぬ評価(聖者の芽生え)
聖泉の修理から数日後。
恐れていたことが起きた。
聖教会の調査団がやってきたのだ。
「――この村か。異常な魔力反応があったのは」
村の入り口に、物々しい馬車の列が止まった。
降りてきたのは、白銀の鎧を着た騎士たちと、高そうな法衣を纏った司祭だ。
鎧の表面には、微細な魔力回路が刻まれているのが見える。
かなりの高級品だ。王都のエリート部隊だろう。
(……来たか。監査だ)
僕は自宅の窓から、その様子を観察していた。
聖泉から溢れ出した高純度の魔力は、数キロ離れた観測所でも検知できるレベルだったらしい。
あれだけの「異常値」を出せば、運営(教会)が飛んでくるのは当然だ。
「おい、村長を出せ!」
騎士の一人が怒鳴る。
村長がペコペコと頭を下げながら出てくる。
僕はため息をついた。
放っておけば、村長が何を尋問されるか分からない。
それに、聖泉にはまだ僕の「作業ログ」が残っている。
(……やばい。聖泉の『ログ』を見られたら、僕が書き換えた形跡(署名)がバレる)
(管理者権限で削除しておけばよかった……!)
後悔先に立たず。
僕は観念して、家を飛び出した。
リナも心配そうに後ろをついてくる。
現場である聖泉に到着すると、既に司祭による「現場検証」が始まっていた。
「……信じられん」
司祭が水晶玉をかざし、泉の水面を睨んでいる。
初老の男だ。目つきが鋭く、神経質そうな顔をしている。
「この魔力の純度……。不純物が一切ない。まるで蒸留されたばかりの聖水のようだ」
「司祭様、これは一体?」
「自然現象ではない! 何者かが、この泉の魔力構造を書き換えたのだ!」
司祭が叫び、水晶玉を操作する。
空中に、ホログラムのような魔力紋様が浮かび上がった。
泉の深層部にある魔力回路の図面だ。
僕が先日、「最適化」してしまった部分が、赤く光っている。
「見ろ、この美しい構造を! 無駄なループが一つもない! 魔力の伝達効率が理論値に達している!」
「こ、これは……まるで神代の魔法ですな」
騎士たちがざわめく。
司祭は興奮した様子で、鼻息を荒くしている。
「誰だ! 誰がこれをやった!」
「こ、この村には、そんな高度な魔法使いなどおりませぬ!」
村長が必死に弁解する。
だが、司祭は聞く耳を持たない。
「嘘をつくな! この術式は、つい数日前に書き換えられたばかりだ! 犯人はまだ村にいるはずだ!」
騎士たちが剣の柄に手をかける。
村長が震え上がり、視線が泳ぐ。
そして、茂みの陰に隠れていた僕と目が合った。
「あ……」
「ん? そこに誰かいるのか!」
騎士に見つかった。
もう隠れてはいられない。
僕は覚悟を決めて、茂みから歩み出た。
「……はぁ」
「子供……?」
五歳の子供が登場したことで、司祭たちはポカンとしている。
僕は精一杯、無邪気な子供のフリをした。
「ぼく、ただ泉をお掃除しただけだよ」
「お掃除……だと?」
「うん。なんか詰まってたから、リナと一緒にポンッてしたの」
「バカな。子供の遊びで、こんな高度な術式改変ができるわけがない!」
司祭は鼻で笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
彼は疑いの眼差しで、僕の手元――魔力回路の出口である指先を見つめている。
「……坊や。ちょっとこっちへ来なさい」
司祭が手招きする。
リナが僕の背中に隠れる。
僕は「大丈夫」と小声で言い、司祭の前へ進み出た。
「これを触ってみろ」
司祭が差し出したのは、透明度の高い水晶玉だった。
測定用の魔道具だ。
「魔力を測るだけだ。もしお前が犯人なら、それ相応の反応が出るはずだ」
(……断れば怪しまれるか。最小出力で誤魔化そう)
これはテスト(面接)だ。
ここで高すぎるスペックを見せれば、即座に連行される。
かといって、全く反応が出なければ「嘘つき」として処罰されるかもしれない。
狙うは「一般人レベル」の平均値。
(出力調整……目標値 `10`。蛇口をほんの少し開けるイメージで……)
僕は指先を水晶に触れる。
魔力バルブを極限まで絞る。
チョロチョロと水を出すイメージだ。
だが。
ピシッ。
「……あ」
水晶玉の中で、小さな亀裂が生まれた。
(えっ?)
「な、なんだ!?」
司祭が驚く。
僕も驚いた。
出力は `10` に設定したはずだ。計算は合っている。
だが、僕の体が、その微細な制御についてこれていない。
(……しまった。この体、微調整が一番苦手なんだった……!)
大人の精神操作に対し、子供の神経伝達速度が追いついていない。
僕が「`10` 出せ」と命令を送っても、指先の神経が「ん? なんか命令来たけどよくわかんないから、とりあえず全部出しとくか!」と勝手に解釈してしまったのだ。
いわゆる「チャタリング」現象。
一度のクリックが、ダブルクリックとして誤認識されるあれだ。
「止めろ! 手を離せ!」
「できない! 指が……動かない!」
魔力の暴走が止まらない。
水晶玉の中で、光が渦を巻く。
許容量を超えたエネルギーが、ガラスの檻を内側から食い破ろうとしている。
パリンッ!!
甲高い音がして、水晶玉が爆発四散した。
破片が飛び散り、司祭の頬を掠める。
白い法衣に、赤い血が一筋流れた。
「……ごめんなさい。壊しちゃった」
僕は呆然と呟いた。
周囲は静まり返っていた。
高位の測定水晶を、一瞬で破壊した。
それは、測定不能を意味する。
「な、なにぃぃぃ!?」
数秒の沈黙の後、司祭が絶叫した。
恐怖ではない。
その顔に浮かんでいたのは、狂信的な歓喜だった。
「こ、高位の測定水晶を……一瞬で……!? しかも、魔力の色が『白』だと!?」
司祭は震える手で僕の肩を掴んだ。
、目が血走っている。
「間違いない……! 聖典にある記述と同じだ! 無限の魔力、純白の輝き……!」
「こ、この子は、伝説の『聖者』の再来だ!」
「……は?」
「聖者……!?」
騎士たちがざわめき、一斉に僕の前で膝をついた。
村長も腰を抜かしている。
リナだけが、わけが分からない顔で僕を見ている。
(……終わった)
僕は天を仰いだ。
平穏なスローライフ計画、これにて終了。
バグ(魔力暴走)をごまかそうとして、さらにデカいバグ(聖者認定)を踏んでしまった。
「今すぐ保護しろ! 王都へ連絡だ! 『聖者』様が見つかったぞ!」
「はッ!」
騎士たちが僕を取り囲む。
それは護衛というより、もはや包囲網だった。
「待って! 僕はただの……」
「ああ、なんと尊い……! その小さき御身に、これほどの奇跡を宿すとは!」
司祭は僕の言葉など聞いていない。
完全に自分の世界に入っている。
僕はため息をついた。
自分のスペック不足の体が、心底恨めしかった。
どうやら僕は、とんでもない「本番環境」に放り込まれてしまったらしい。
【今節の専門用語解説】
・ログ(Log)
システム内で「いつ、誰が、何をしたか」を記録した履歴のこと。足跡のようなもの。レインはこの消去を忘れていたため、犯人特定に繋がった。
・チャタリング(Chattering)
スイッチの接触不良などで、一回の操作が複数回の信号として誤認識されてしまう現象。レインの意図しない「魔力連打」が発生してしまった。
・理論値(Theoretical Value)
計算上で導き出される、最高の性能のこと。現実には摩擦や抵抗があるため到達できないはずの数値だが、レインのコードはこれを叩き出した。




