第6話:枯れた聖泉のデバッグ
リナの一件から数日。
僕は自宅で大人しく療養生活を送っていた。
幸い、僕が「禁忌」に触れたことは誰にもバレていない。
リナの腕は完治し、傷跡一つ残っていなかった。
彼女の両親は「奇跡だ」と泣いて喜んでいたが、当のリナは僕と視線を合わせると、少し顔を赤くして小さく頷くだけだった。
ふたりだけの秘密。
悪くない響きだ。
そんなある日。
夕食の席で、父さんが重い溜息をついた。
「……はぁ。困ったことになったぞ」
「あなた、どうしたの? 村長さんとのお話、景気の悪い顔だったけど」
母さんがスープをよそいながら尋ねる。
父さんは眉間のシワを深くし、ボソリと言った。
「聖泉の水が止まった」
「えっ……!?」
聖泉。
この村の北にある湧き水であり、村の唯一の水源だ。
ただの水ではない。
地下深くの魔力脈から染み出した「魔素を含んだ水」であり、これが畑の作物を豊かに育てている。
つまり、この村の生命維持装置そのものだ。
それが枯れたということは、村全体のシステムダウン(断水)を意味する。
作物は枯れ、家畜は弱り、いずれ人間も住めなくなる。
「村長が頭を抱えてる。どうやら、泉の奥にある魔力回路が詰まっちまったらしい。昔からたまにあることなんだが……今回は酷い。完全に止まってる」
「そんな……。教会の方にお願いできないの?」
「司祭様も試したさ。だが、お手上げだそうだ。『構造が古すぎて手に負えない』ってな。王都から専門の技師を呼ぶにも、往復で二週間はかかる。それまで畑が持つかどうか……」
食卓に沈黙が落ちた。
二週間。
この炎天下で水がなければ、三日でアウトだ。
サーバーの冷却装置が止まったデータセンターと同じ末路を辿る。
(……まずいな)
僕はスプーンを置き、思考を巡らせた。
この村が壊滅すれば、僕の「衣食住」と「安全」が脅かされる。
せっかく手に入れた「楽な生活」と「研究環境」が失われるのは困る。
これは、インフラエンジニアとしての血が……いや、社畜の生存本能が騒ぐ案件だ。
「レイン? どうした、寝てなさい」
僕が立ち上がると、父さんが心配そうに声をかけた。
僕はニッコリと笑う。
「ううん。ちょっと散歩してくる。リナと遊ぶ約束してるから」
「おいおい、日が暮れるぞ。あまり遠くへ行くなよ?」
「分かってる」
僕は父の制止を振り切り、家を出た。
玄関先で、心配して見に来てくれていたリナと鉢合わせる。
彼女もまた、不安そうな顔をしていた。
「レイン、もう動いて平気なの? 倒れたばっかりなのに」
「リナ。……これから肝だめしに行くけど、来る?」
「えっ、き、きもだめし?」
「うん。聖泉の方角へ」
僕の言葉に、リナは一瞬怯んだが、すぐに真剣な顔つきになった。
彼女も村の危機を察しているのだろう。
それに、僕一人で行かせるのが心配なのかもしれない。
「……行く。私がレインを守るから」
「頼もしいね」
僕たちは村を出て、北の森へと歩き出した。
異変はすぐに分かった。
森の木々が、変色している。
いつもは青々としている葉が茶色く枯れ、地面には干からびた草が広がっている。
魔力の供給断絶(リンク切れ)。
影響がここまで及んでいるのか。
「……怖いね」
リナが僕の袖を掴む。
空気も澱んでいる。
循環しない水溜まりが腐るように、循環しない魔力は大気に滞留し、環境を「汚染」し始めている。
現場に到着すると、村人たちが不安そうに枯れた泉を取り囲んでいた。
村長がオロオロとしている隙に、僕は茂みに隠れて、こっそりと泉の様子を観察する。
「……ひどいな」
石造りの水盆は完全に乾ききっていた。
その奥にある洞窟から、本来ならコンコンと水が湧き出ているはずなのだが、今は一滴も落ちてこない。
僕は目を凝らす。
『低レイヤー・ビジョン』、起動。
視界がワイヤーフレームの世界に切り替わる。
泉の奥、地下深くを走る魔力のパイプラインをスキャンする。
【Scanning...】
【Error: Pipeline Blocked. Garbage Data Accumulation 98%.】
【Warning: Pressure Critical. Rupture imminent.】
(……うわあ。詰まってるなんてもんじゃないぞ、これ)
魔力のパイプが、黒いヘドロのようなものでパンパンに膨れ上がっていた。
「魔力のカス(ガベージデータ)」だ。
長年、村人たちが祈りを捧げたり、適当な魔法を使ったりした結果、処理しきれなかった微小な魔力が塵のように積もり、ついに通路を塞いでしまったのだ。
いわゆる「メモリの断片化」による詰まりだ。
ガベージコレクション(ゴミ掃除)が必要だ。
だが、全盛期の大人ならともかく、今の病み上がりの僕が「一括消去」なんて派手なことをやれば、間違いなく再入院コースだ。
僕の少ないMPでは、この大量のゴミを処理しきれない。
(……力技は無理だ。頭を使おう)
僕は泉の構造をさらに深く解析する。
ゴミを全部消す必要はない。
流れを塞いでいる「一点」――いわゆる「要石」になっている巨大なゴミの塊さえ崩せば、あとは水圧(魔力圧)で勝手に流れていくはずだ。
ドミノ倒しの要領だ。
問題は、その「一点」を突くための出力だ。
今の僕の指先ビーム(レーザー)では、威力が足りないかもしれない。
もっと太く、重い一撃が必要だ。
「リナ、手を貸して」
「えっ、私?」
「僕の魔力じゃ足りない。リナの魔力を『借りる』から、僕の指示通りに動かして」
「魔力を……借りる? どうやって?」
「僕たちが手を繋げばいい。いわゆる『同期』だ」
「ど、どうき……?」
リナは首を傾げたが、拒否はしなかった。
「……うん、わかった。レインの言うことなら、信じる」
僕はリナの小さな手を握った。
柔らかくて温かい手だ。
だが、その奥には、奔流のような膨大な魔力が渦巻いているのが感じ取れた。
やはり彼女は凄い。
制御系(CPU)はポンコツだが、バッテリーとエンジンの性能はずば抜けている。
才能の無駄遣いだ。僕が有効活用してやる。
「……いくよ。リナは何も考えなくていい。ただ、僕の手を通して、イメージを流し込んで」
「う、うん!」
僕はリナの魔力回路に、仮設のバイパスを繋いだ。
彼女の豊富な魔力を、僕の制御回路で動かす。
いわゆる「外部電源接続」であり、「プロキシ(代理)実行」だ。
(うおっ、重い……!)
リナの魔力が流れ込んできた瞬間、背筋がゾクリとした。
彼女の魔力は、荒削りで熱い。
だが、それを僕の「冷却回路」で整流し、鋭い針のような形に圧縮する。
「そこだ……! 行けッ!」
「えいっ!」
リナが声を上げる。
二人の手が同調し、目に見えない衝撃波が放たれた。
ターゲットは、パイプの奥深く。黒いヘドロの中心核。
そこにある「最初のエラー箇所」を、ピンポイントで破壊する。
デバッグ・完了。
ゴゴゴ……ポンッ!
軽い音がして、栓が抜けたように空気が震えた。
次の瞬間。
ドッパァァァァァァン!!
「きゃあぁっ!?」
ものすごい勢いで、水が吹き出した。
ただの水ではない。
溜まりに溜まっていた高純度の魔力水が、堰を切ったように溢れ出したのだ。
一度流れ出せばこっちのものだ。
勢いよく溢れる水が、残りのゴミを巻き込んで洗い流していく。
「つ、冷たっ!?」
僕たちは頭から水を被った。
一瞬でズブ濡れだ。
だが、その水は驚くほど澄んでいた。
キラキラと光の粒子を含み、ほんのり甘い匂いがする。
「……で、出たあぁぁ!」
「聖泉が蘇ったぞ!」
「いや、蘇ったどころか……なんだこの水量は!?」
村人たちが驚きの声を上げる。
枯れ果てていた水盆があっという間に満たされ、溢れ出し、川となって森へと流れ込んでいく。
枯れていた木々が、水に触れた端から緑色を取り戻していく。
圧倒的な「生命力」の奔流。
「……ふふ、やったねレイン!」
「……やりすぎたかも」
リナが無邪気に笑う横で、僕は苦笑いした。
出力調整が難しすぎる。
栓を抜くだけでよかったのに、パイプごと拡張してしまったかもしれない。
まあ、結果オーライだ。
他人のリソースを使って問題を解決する。
これもまた、優秀な管理者の資質だ。
僕の体への負担はゼロ。
これなら、倒れずに済む。
(……ハードウェアが弱けりゃ、ソフトウェアと運用でカバーするしかない)
少しずつ、この世界での「生き抜き方」が分かってきた気がした。
まあ、その様子を教会の司祭に見られていたことに気づくのは、もう少し後の話なのだが。
僕たちがビショ濡れで笑い合っている姿は、傍から見れば「幼き聖者たちの奇跡」に見えたのかもしれない。
……やめてくれ。そんなフラグは立てていない。
【今節の専門用語解説】
・ガベージコレクション(Garbage Collection)
プログラムの実行中に発生した「不要なゴミデータ」を自動的に掃除する機能。これがないと、ゴミが溜まってシステムの動作がおかしくなる。レインは泉に詰まった「魔力のり」を掃除した。
・プロキシ(Proxy / 代理)
自分の代わりに、別のコンピュータに処理を行わせること。レインはリナの体を中継して、自分の代わりに魔力を放出させた。
・フラグメンテーション(Fragmentation)
データがバラバラに散らばって保存され、読み書きが遅くなる現象。ハードディスクの「最適化」が必要な状態。




