表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識
1章 Legacy Magic World

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/52

第49話:不変の定数(const)

僕の指先がリナの額に触れた瞬間——


`[ERROR: Delete Failed]`

`[Permission Level: CONST — Cannot be modified, even by Administrator]`


——強烈な反発力で、僕の右手が弾かれた。


「……なんだと?」


僕が実行したグローバルパージが、一人の少女の記憶領域の前で完全にフリーズした。

背後では、ミオの手からあの小さな手帳が滑り落ちていた。

「……あれ? 私は、どうしてここに……?」

彼女の瞳から、僕の記憶が完全に消え去っている。完璧な『記憶アーカイブ』を誇っていた彼女のデータベースからすら、僕のログは削除されたのだ。

遠くで待機していたエララも、激戦の末に倒れ込んでいたヴァイスも、もう僕のことを覚えていないだろう。


だが、目の前のリナだけは違った。


もう一度、強制削除のコマンドを叩く。


`[Retry: Force Delete — Rein_Refact related logs]`

`[ERROR: Access Denied]`

`[Reason: Target data has been declared as CONST]`

`[CONST declarations cannot be overwritten by any privilege level]`


「const属性……? どういうことだ。システムの根幹権限(Root)すら弾くなんて——」


「わたしだよ」


リナが、額を抑えながら笑った。

涙で顔をくしゃくしゃにしながら。


「わたしが、自分でやったの。……レインに教わったでしょ。const属性は、宣言するだけでいいって。……だからわたし、宣言したの。ずっと前から」


「宣言した……?」


「毎晩、寝る前に祈ってたんだ。『レインのことは絶対に忘れない。誰にも上書きさせない。……わたしの想いは、絶対に変わらない定数(const)だから』って。……ずっと、五歳の頃から。だから、管理者になんか消させない!」


何を言っているんだ。

そんなことで、盟約の法則に刻まれたconst属性が付与されるわけがない。

(プログラミングの世界では、constは正規の構文に従って宣言しなければ——)


`[Analysis: CONST declaration origin]`

`[Source: Self-declaration by Lina.Memory]`

`[Method: Repetitive affirmation over 10+ years]`

`[Binding strength: EXCEEDS Administrator override threshold]`


10年以上にわたる、毎日の「宣言」が、彼女の記憶にconst属性を刻み込んだ。

プログラミングの構文ではない。

人間の意志だ。

意志の反復が、十年かけて神のシステムの壁を超えたのだ。


「……愚かだな」


声が出た。

感情は消去したはずなのに、その声は微かに震えていた。


「みんな忘れた方が、幸せに生きられる。……一人だけ僕を覚えていたって、絶望しか残らないぞ」


「絶望なんかじゃない! レインが世界を救ってくれたって、わたしがずっと証明する!」


リナが僕の胸にすがりつく。

僕の存在を、この世界に繋ぎ止めるように。


`[Alert: Structural Anomaly in Lina.Physical_Body]`

`[Note: CONST declaration has extended to Physical Hardware]`

`[Status: Aging process halted. Subject has become an Unchanging Constant]`


視界に流れたログを見て、僕は絶句した。

(馬鹿な……。精神データだけでなく、肉体の更新プロセスすらもconst(不変)に書き換えられているだと? いつの間に——)


「……気づいた?」

リナが、イタズラが成功した子供のように笑った。

「さっき、レインが『聖女の刻印』のアンインストールをしてくれた時。一瞬だけ、わたしの根深くまでアクセスが開いたでしょ? だからそこに、自分のコードを割り込ませたの」

「割り込ませた、だと……? 狂ってる! 自分の生命維持プロセスだぞ!?」

「だって、五百年でも千年でもかかるかもしれない。いつか、あなたをシステムから連れ戻す方法を見つけるために。……時間が足りないかもしれないから、自分の時間を止めたの」


永遠に生きる、不老不死。

彼女は、僕を救い出す準備のために自ら時間という法則から外れたのだ。


「……負けたよ」


白い髪が風に揺れた。

僕というシステムは、不合理なエラーログを永遠に抱え続けることを受け入れた。


「お前の勝ちだ」


リナが泣き笑いをしている。

足元では、記憶を失ったミオが不思議そうに僕たちを見上げていた。


「……あの、あなたは……?」

ミオが問う。その目に、かつての親愛の色はない。


「通りすがりの、ただのシステム管理者さ」

僕はミオに背を向け、リナを見つめた。


「リナ」


「……なに?」


「元気で」


一言。

たった一言に、残り12%の人格を全て注ぎ込んだ。


リナが唇を噛んだ。

涙を堪えようとして、失敗した。


「……うん。レインも」


僕の体が、再び宙に浮き始めた。

上空へ。

この世界を支える盟約の根幹——楔の領域へ。


ミオが、ヴァイスが、遠くのエララが、空へ昇っていく謎の存在を呆然と見上げている。誰一人として、僕の名前を呼ぶ者はいない。

だが。


「レインっ!!」


リナの叫び声だけが、空に響いた。


「私、待ってるから!! ずっと待ってるから!!」


「わたしは定数だから!! 絶対に変わらないから!! いつか——いつか、そのシステムからあなたを連れ戻すから!!」


僕は振り返らなかった。

振り返ったら、完全に初期化されたはずの精神が、修復不能なエラーを起こしそうだったからだ。


だが。


「……待ってる、か」


白い光に包まれながら、僕は呟いた。


「const属性の女は、面倒くさいな」


その声は、少しだけ——ほんの少しだけ——震えていた。


僕は、光の中に消えた。

【今節の専門用語解説】


・グローバルパージ(Global Purge)

システム全体の記録を一斉に消去すること。レインはこの権限を行使し、自分に関わる全ての記憶をミオたちから消し去ったが、リナのconstによる完全防御の前には無力だった。


・Access Denied

アクセス拒否。管理者の権能すら跳ね返すconst属性は、「最高の権限を持つ者でも変えられない法則」の存在を意味する。人間が神のシステムに打ち勝った瞬間である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ