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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第4話:最初のビルド

五歳になった。

「強制シャットダウン」から二年。

僕は慎重に、かつ大胆に、実家の「デバッグ」を進めてきた。


魔導コンロの燃焼効率改善(パッチv1.2)。

水汲みポンプの魔力消費削減(スリープモード実装)。

屋根の防風結界の再定義(フィルタリングルールの見直し)。


すべて、僕が倒れないギリギリの範囲(一日数行のコード修正)で行った成果だ。

おかげで我が家は、村で一番「住みやすい家」になっていた。

隙間風は来ないし、お湯はすぐ沸くし、夜も魔法のランプで明るい。

両親は「レインは魔法の才能がある」と大喜びだが、甘い。

これは魔法じゃない。ただの「運用改善オペレーション・インプルーブメント」だ。


だが、問題は僕自身だ。

ハードウェア(肉体)の成長が、ソフトウェア(精神・魔力)に追いついていない。

身長は伸びたし、走り回れるようにはなった。

だが、魔力回路の耐久性は相変わらず「貧弱なアルミ線」レベルだ。

少し大きな魔法を使おうとすると、すぐに「ハードウェアエラー(発熱・鼻血)」が出る。


「……強い武器が必要だ」


納屋の隅で、僕は埃を被った父さんの古い杖を見下ろしていた。

父さんが昔、冒険者になり損ねた時に使っていたという、安物の杖だ。

先端の魔石はひび割れ、木部も腐りかけている。

村の鍛冶屋が「寿命だ」と言ってサジを投げたジャンク品。


「レイン? 何してるんだ、そんな汚いところで」


背後から父さんに声をかけられた。

手には鍬を持っている。畑仕事の途中らしい。


「父さん、これちょうだい」


僕は杖を指差した。

父さんは眉をひそめて首を振る。


「やめとけ。それはもうコアが死んでる。魔力を通しても暴発するだけだ」


「ううん、直せるもん」


「直す? お前が?」


父さんは呆れたように笑った。

無理もない。

魔導具の修理には「錬金術師」の資格が必要だ。五歳の子供にできるわけがない。

だが、僕の『低レイヤー・ビジョン』には、まだ使えるパーツが見えていた。


(コアの水晶は確かに死んでる。だが、導体(回路)としての木の繊維は生きてる)

(これをハックして、構造を書き換えれば……僕専用の『外部演算装置(GPU)』に改造できる)


自分の体で処理しきれない演算を、杖に外部委託オフロードするのだ。

そうすれば、僕の体がオーバーヒートすることはない。


「お願い。実験したいの」


「……はぁ。まあ、怪我だけはするなよ? どうせゴミ同然なんだから」


父さんは渋々許可をくれた。

僕は「ありがとう!」と子供らしく抱きつき、早速そのジャンク品を自室へと持ち込んだ。


***


それから三日間、僕は部屋に引きこもって「開発」に没頭した。


まずは分解ティアダウンだ。

錆びた金具を外し、腐った部分をナイフで削り取る。

問題の「ひび割れた魔石」は、マイナスドライバー(代わりの薄い鉄板)で慎重に取り外す。


(魔石の代わりはどうする? 新品を買う金はない)


僕は河原で拾ってきた「石英」らしき石を取り出した。

魔導伝導率は低いが、構造が単純で加工しやすい。

これを紙やすりで磨き上げ、杖の先端に埋め込む。


次に、回路の焼き付けだ。

これが一番重要だ。

本来、杖というものは「魔力を増幅する」だけの筒だ。

だが僕は、その内部に「論理回路ロジック」を刻み込むことにした。

微量の魔力を針先に集中させ、杖の芯材に微細な溝を掘っていく。


`If`(もし魔力が入力されたら)、

`Then`(増幅して)、

`Else`(余剰分は放熱しろ)。


そんな基本的な命令セットを、物理的に刻み込む。

これはプログラミングではない。ハードウェア設計だ。

FPGA(書き換え可能な集積回路)を自作しているような感覚。


**Target:** Wooden Wand (Junk)

**Firmware:** Custom Logic v1.0

**Mode:** External Processing Unit

**Status:** Installing...


「……よし」


三日目の夜。

ついに「レイン専用カスタム杖 v1.0」が完成した。

見た目はただの古びた木の棒だが、中身は別物だ。

僕の魔力特性に合わせて最適化された、世界に一つの専用デバイス。


「父さん! 見て!」


翌朝。

僕は寝ぼけ眼の父さんを庭に引っ張り出した。


「なんだ朝から……。お、その杖か? 随分きれいになったな」


「うん。直ったから、試射テストプレイする」


「直ったって……ただ磨いただけだろ?」


父さんは半信半疑だ。

僕は庭の隅にある、薪割り用の太い丸太を指差した。距離は約十メートル。

ターゲットとしては十分だ。


僕は杖を構える。

意識を集中する。

いつものように、脳内で魔法式を構築する。


(術式、起動。クラス『サンダーボルト』)


本来なら、この魔法は「詠唱30秒」「消費魔力50」を要する中級魔法だ。

五歳児が撃てば即死(魔力枯渇)するレベル。

だが、今の僕にはこの「外部GPU」がある。


(演算プロセスを杖に転送オフロード。僕の体は魔力を送るだけ(パススルー))


ドゥン……。


杖が低く唸った。

埋め込んだ石英が青白く発光する。

父さんの目が点になる。


「お、おいレイン? なんだその光……」


「いくよ」


トリガーを引く。

演算終了。出力開始。


――カッ!!


轟音はなかった。

ただ、鋭い「破裂音」だけが響いた。

杖の先から放たれたのは、雷というよりは「青い閃光」だった。

プラズマ化された電子の束が、一直線に丸太へと吸い込まれる。


バヂヂヂヂッ!!


「うわっ!?」


父さんが腰を抜かす。

凄まじい熱風が巻き起こり、庭の草木が揺れる。

光が収まったあと、そこには何もなかった。

丸太は跡形もなく消滅し、地面には直径一メートルほどのクレーターができていた。


「……え?」


父さんが口をパクパクさせている。

僕も呆然としていた。

威力が、想定の倍以上だ。コンパイラの最適化が効きすぎている。


だが、代償はすぐに来た。


ミシッ。


手元の杖から、嫌な音がした。


「あ」


見ると、杖全体から煙が上がっている。

埋め込んだ石英は粉々に砕け、木部は炭化して崩れていく。


【Warning: Device Overheated.】

【Error: Circuit Melted at Main Bus.】


ボロボロと、杖が僕の手の中で崩れ落ちた。

灰になって風に舞う。


(……だめか。杖の方が耐えきれなかった)


僕の演算速度と出力に、安物のハードウェアがついてこれなかったのだ。

高性能なグラボを積んだのに、マザーボードが熱で溶けたようなものだ。

一回撃っただけで寿命ライフサイクルが終わってしまった。


「し、失敗だ……」


僕はガックリと肩を落とした。

使い捨ての武器なんて、コストパフォーマンスが悪すぎる。


「し、失敗……?」


父さんが震える声で呟く。

クレーターと、僕の手の中の灰を交互に見ている。


「レイン……お前、今なにを……。あれは、宮廷魔導師様でも詠唱が必要なレベルの……」


父さんの顔色が悪い。

恐怖と、畏敬と、理解不能なものを見る目。

やってしまった。

「子供の火遊び」のレベルを超えてしまった。


(……誤魔化すか?)


いや、無理だ。証拠クレーターが大きすぎる。

僕は素直に謝ることにした。


「ごめん、父さん。やっぱり壊れちゃった」


「いや、壊れたっていうか……お前が壊したというか……」


父さんは頭を抱えた。

そして、僕の顔をじっと見つめ、重々しく言った。


「レイン。……その力、人前では隠しておけ。いいな? 絶対だぞ」


「……うん、わかった」


父さんの深刻な表情に、僕はただ頷くしかなかった。

やはり、この力は異常なのだ。

「バグ技」を使っているような後ろめたさが、胸にチクリと刺さった。


(もっと頑丈な素材……アダマンタイトとか、オリハルコンとかが必要だ)

(辺境の村になんてあるわけないけど)


灰になった杖を見つめ、僕は自分の無力さを噛み締めた。

知識はあるのに、道具がない。

これは、エンジニアにとって一番歯がゆい状況だ。


「……とりあえず、畑の穴、埋めとくね」


「……ああ、頼む」


世界を救う前に、まずは自分の装備スペックをどうにかしないと、何も始まらない。

それが、五歳の僕が直面した現実だった。

【今節の専門用語解説】


・ビルド(Build)

ソースコード(設計図)から、実際に動くプログラム(道具)を生成すること。レインは杖を「ビルド」したが、設計が良すぎて物理的に耐えられなかった。


・GPU(Graphics Processing Unit)

本来は画像処理を行うためのパーツだが、単純な計算処理が得意なため、プログラムの高速化にも使われる。レインは杖を「外付けの計算機」として使い、脳の負担を減らそうとした。


・オフロード(Offload)

自分で行うべき処理を、他の機器に肩代わりさせること。重い荷物ロードを降ろす(オフ)という意味。

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