第46話:独裁的な最適化
王都の上空数千メートル。
研究所の地下深くから、空間座標を書き換えて王都の上空へと直接転移してきた僕は、肉体を持ったまま空に浮かび上がり、眼下の全てを「法則」として認識していた。
(データとして認識している。全ての事物が、構造化されたデータツリーとして見える)
根源に接続した視界は、人間のそれとは根本的に異なる。
「見る」のではなく、「知る」。
大気中の魔力の流れ、建物の構造強度、地下水脈の流速、人間一人ひとりの魔力量と心拍数。
それら全てが、リアルタイムで感知される。
(ストリーミングされてくる。帯域幅が無限大だ)
(……処理量が膨大だ。だが、十分に処理可能。脳の98%をシステム制御に回した甲斐がある)
残り2%の「僕」が、淡々と状況を分析する。
まず、やるべきことは三つ。
一つ。王都の制御権を掌握する。
二つ。聖女の生贄の仕組みを書き換える。
三つ。リナの聖女の刻印を解除する。
順番に処理する。
「王都防衛結界、アクセス」
右手を広げる。
王都全域を覆う巨大な防御結界——千年以上の歴史を持つ、この国の最終防御魔法。
その構造が、僕の掌の上に流れ込んでくる。
(ログリス・ファイアウォールのコードだ。管理者権限を持つ今の僕には、ただのテキストファイルに過ぎない)
`[Accessing: Logris_Firewall_v12.4]`
`[Admin Override: GRANTED]`
`[Rewriting: Control_Authority → Rein_Refact]`
制御権の書き換え。
所要時間、0.3秒。
王都の防衛結界が、僕の盟約の下に入った。
同時に、魔法省が管理している全ての魔導システムにもアクセスできるようになる。
通信網、交通制御、上下水道、照明。
(全てが僕の「コンソール」に接続された)
「次に、魔法省の結界術師ネットワークを遮断する」
`[Process: Magic_Ministry_Network]`
`[Kill Signal: Sent]`
`[Status: All processes terminated]`
魔法省の術式が一斉に停止する。
これで教会も国も、僕に対抗する手段を失った。
……のはずだった。
「楔とやら。王都の結界を奪ったつもりかね」
声が響いた。
地上から、巨大な魔力の柱が天へ向かって立ち上がる。
大導師ゼノだ。
彼は学園の屋上に立ち、杖を天に掲げていた。
その背後には、学園の教師陣とSクラスの精鋭生徒たちが結界を展開している。
杖の先には、千年分の知識が凝縮された、手書きの魔法陣が輝いていた。
「お前が世界をどう変えるつもりか知らんが、狂った世界とはいえ、ここは教え子たちの生きる場所だ。容易く壊させてやるわけにはいかん! 私は千年の知識を持つ老人だ。……盟約に頼らない『原理魔法』で、お前を止めてやろう」
ゼノの魔法は、盟約の体系を経由しない原初の魔法だ。
(アナログ回路だ。コードの書き換えでは無効化できない)
(……面白い。古いハードウェアほど、ハッキングに強い。レガシーシステムが最新のサイバー攻撃に耐えるのと同じ原理だ。直接物理で潰すしかないか)
ゼノの杖から、極太の光線が放たれる。
純粋な魔力の凝縮体。
盟約の法則を経由しないぶん、制御は荒いが一撃は重い。
だが。
「……遅い」
僕は光線の軌道を「読んだ」。
大気中の魔力粒子の運動を230万個同時に解析し、着弾点を予測する。
そして、着弾点の空間そのものの座標を「ずらした」。
光線は僕のすぐ横を通過し、虚空に消えた。
「な……空間の座標を書き換えた……!?」
ゼノの目が見開かれる。
「盟約の楔である僕には、この世界の物理法則そのものが書き換え対象だ。……重力、光、距離。全てが僕の管理下にある」
(パラメータとして見えてる。重力定数、光速、プランク定数。全部ただの変数だ)
ゼノが歯を食いしばる。
だが、彼は諦めなかった。
「ナメるなよ、小僧」
ゼノの瞳に、闘志が燃えた。
千年の時を生きた魔術師としての矜持。
「確かにお前はこの世界の盟約を支配した。だが、私が操るのは盟約の『外側』だ。……お前がこの世界を超えたというなら、私は世界の外側から攻める!」
ゼノの魔法陣が変形した。
通常の魔法陣ではない。
盟約が成立する以前——「原初の魔力」そのものを操る、古代の禁術。
杖の先から放たれた光は、盟約の体系にも、僕の法則にも属さない。
世界の「枠組み」の外側から襲来する、純粋なエネルギー。
`[Alert: Unrecognized Attack Pattern]`
`[Warning: Unable to analyze — Attack origin: OUTSIDE SYSTEM SCOPE]`
(……マジか。こんな手があったのか)
盟約の楔である僕は、盟約の内部については全能だ。
だが、盟約の「外側」については権能が及ばない。
ゼノの一撃は、僕の権能の隙間を突いていた。
白い光が僕の左肩を掠め、袖が蒸発した。
「くっ……!」
(……やるな、じいさん。千年は伊達じゃないか)
だが、対処法はある。
盟約の外側から来る攻撃でも、この世界に「着弾」する瞬間には、世界のルールに従わざるを得ない。
その一瞬を捉えればいい。
僕は指を弾いた。
ゼノの次の光線が放たれた瞬間——着弾直前のコンマ001秒で、光線が世界の法則圏に「入る」その境界面を検出し、座標を虚無に書き換えた。
(null代入。着弾先が定義されていない。NullPointerException)
光線は「着弾先が存在しない」まま消滅した。
「ぐっ……!」
ゼノが膝をつく。
だが、その瞬間にも術式を展開しようとしている。
「ならば! これならどうだ!」
ゼノが叫ぶ。
教師陣とSクラスの生徒たちが、一斉に術式を展開した。
数十の魔法が同時に僕に向かって放たれる。
僕は片手を上げた。
`[Batch Process: Incoming_Attack — 47 instances]`
`[Action: Redirect_Pointer]`
`[All attack pointers: Redirected to NULL]`
47の魔法が、発動した瞬間に消滅した。
(発動アドレスをnullにリダイレクト。魔法は「どこにも発動しなかった」ことになった)
「ば、馬鹿な……!」
「無駄だ、ゼノ。君たちの魔法は全て、この世界の法則の上で動いている。法則の楔である僕が許可しなければ、何も起きない」
「……」
ゼノが杖を下ろした。
他の教師たちも、生徒たちも、もう戦意を失っていた。
これは戦闘ではない。
ただの「格の差」だ。
(権限の差だ。管理者に一般ユーザーが勝てるわけがない)
だが、ゼノは——笑った。
「……見事だ、レイン」
「……?」
「正直に言えば、お前が本物の楔になれるとは思っていなかった。だが、私の原理魔法すら対処してみせた。……お前なら、あるいは本当に、世界を変えられるかもしれんな」
ゼノの目に、穏やかな光が宿った。
それは、教え子を見守る師匠の目だった。
「……全員に告ぐ」
僕の声が、再び王都全域に響く。
「抵抗は無意味だ。僕はこの世界を破壊しに来たのではない。救いに来た。……そのために、これから生贄の仕組みを書き換える。全員、静かにしていろ」
静寂。
王都が、息を潜めた。
【今節の専門用語解説】
・Kill Signal
実行中のプロセスを強制終了させるための命令。UNIXシステムでは `kill` コマンドで送信する。レインは魔法省の全ての術式に一斉にこの命令を送り、国家の魔法機構そのものを停止させた。
・NullPointerException / NULL
プログラミングにおいて「何も存在しない」「値が定義されていない」状態を示す概念が「NULL」。存在しないデータやアドレス(NULL)にアクセスしようとすると発生する致命的なエラーが「NullPointerException(通称:ぬるぽ)」。レインは魔法の着弾先や発動先のアドレスを「存在しない場所」に書き換えることで、処理をエラーで強制終了(不発に)させた。
・原理魔法(プリミティブ魔法)
盟約の体系に依存しない、原始的な魔力操作。現代のプログラミング言語ではなく、マシン語やアセンブリ言語に相当する。ゼノの千年の知識が可能にした、楔の支配を部分的にすり抜ける古代の技術。




