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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第44話:根源接続への昇華

変換が始まった瞬間、世界が変わった。


「あ゛……ッ!!」


全身に、溶けた鉄を流し込まれたような激痛が走る。

意識が肉体から引き剥がされ、膨大な魔力の奔流の中に放り出される感覚。


`[Phase 1: Root Privilege Escalation — Initiating]`

`[Parsing: Saint_Authority_v2.0]`

`[Rewriting Header: User_Class = "Human" → "Administrator"]`


聖者の力の内部構造が、僕の「視界」いっぱいに展開される。

魔法の法則の海だ。

(コードの海だ)

数百万の術式体系が、螺旋のように僕の周囲を取り巻いている。


(これが……聖者の「ソースコード」か)


前世で見たどんなスパゲッティコードよりも複雑で、それでいて美しかった。

千年以上にわたって積み重ねられた、世界の設計者たちの叡智の結晶。

だが、その根幹にある設計思想は、明確な「バグ」を含んでいた。


`function maintain_world() {`

` if (energy_level < threshold) {`

` sacrifice(saint); // ← この行`

` reboot_world();`

` }`

`}`


生贄のライン

(たった一行の関数呼び出しだ)

この術式のせいで、百人を超える聖女が消されてきた。

ヴァイスの姉リゼットも。

そしてリナも、このことわりのせいで消されるはずだった。


この法則を消すために、僕は「僕」を捧げる。


「……始めるか」


僕は聖者の力の構造を書き換え始めた。

(`User_Class: "Human"` を `User_Class: "Administrator"` に変更する)


文字通りの「型変換」だ。

整数を浮動小数点に変えるように、人間を盟約者に変える。

ただし、変換先の型が求める「スペック」は、人間の魂には重すぎる。


`[Phase 1: 23% Complete]`

`[Warning: Neural Load Exceeding Safe Limit]`


頭が割れそうだ。

脳の処理能力が悲鳴を上げている。

まだ第一段階の23%なのに。


視界が揺れる。

床に膝をつきそうになるのを、壁に手をついて堪えた。


「レイン!」


リナが駆け寄ろうとする。


「来るな」


声が掠れた。

自分でもびっくりするほど荒い声だった。


「……今の僕に近づくと、昇華の余波でお前の魂にまで影響が及ぶ。距離を取ってくれ」


リナが足を止める。

泣きそうな顔で立ち尽くしている。


ミオがリナを後ろに引いた。

無言で、だが優しく。


`[Phase 1: 51% Complete]`

`[Warning: Body Temperature Rising — 39.8°C]`


3時間経過。

全身から汗が噴き出す。

体温が上がり続けている。

魂が限界を超えた変容を続けているため、肉体にまで負荷が漏れ出していた。


(……前世のサーバーも、こうやって熱暴走してたな。冷却ファンが壊れたサーバールームのような状態だ)


自分自身がハードウェアになる、というのは、こういうことか。


ヴァイスが近づいてきた。

手には、濡れた布を持っていた。


「……使え。額を冷やせ」


僕は少し驚いて彼を見上げた。

ヴァイスは目を逸らした。


「勘違いするな。お前が途中で倒れたら、計画が台無しになるだけだ」


……ツンデレか。いや、これは「ツンデレ」とは言わない。

ただの不器用な優しさだ。


「……ありがとう」


受け取った布を額に当てた。

冷たさが、少しだけ意識をクリアにしてくれる。


***


6時間が経過した。


`[Phase 1: 100% Complete]`

`[Root Privilege: GRANTED]`

`[Current Status: Administrator (Provisional)]`


第一段階、完了。

僕は今、盟約者と同等の存在になった。

(Root取得。世界の管理者権限を手に入れた)

仮の、だが。


視界が変わった。

リナやミオの姿が、魂の構造として透けて見える。

リナの体は、無数の魔力の糸で織り上げられていた。

(コードの束だ)

その中に、赤く脈動する「聖女の刻印」が埋め込まれているのが見える。

癌細胞のように、彼女の生命の根に絡みついている。


(……見える。全部見える。あの刻印を抜けば、リナは救える)


だが、まだ手は出せない。

根源接続の完了は、第三段階だ。

今の段階では、聖女の刻印のような「盟約の保護領域」には触れられない。


「レイン君、体の状態は……」


ミオが心配そうに覗き込む。


「……問題ない。第二段階に移る」


「待って、レイン。顔色がひどいよ。お願い、少し休んで——」


「休む時間はない。残り6時間だ」


リナの声を振り切り、僕はマザー・クリスタルに向き直った。


`[Phase 2: Emotional Memory Release — Initiating]`

`[Scanning: Emotional Cache... 847 items found]`

`[Priority Sort: Releasing lowest-priority memories first]`


第二段階。

感情の剥離。

(メモリ解放だ)


これが一番堪える。

機械的な力の書き換えと違い、ここでは「僕自身」が材料になる。


最初に消えたのは、些細な記憶だった。


前世で食べた、コンビニのおにぎりの味。ツナマヨ。毎朝同じ棚から取っていた。

最終面接で緊張した手のひらの汗。面接官の顔は、もう思い出せない。

入社式の日の、透き通った空の色。


(……あれ。入社式って、何月だったっけ。4月だったはずだ。でも、なぜ4月か分からない)


もう、思い出せない。

日付という「データ」は残っている。

だが、そこに紐づいていた「感情」が消えた。

嬉しかったのか、不安だったのか、どちらでもなかったのか。

分からない。


`[Released: 12 items | Available Memory +3.2%]`


次に消えたのは、少し大きな記憶。

前世の同僚の顔。名前。声。

深夜のオフィスで一緒にデバッグした、あの名も知らない後輩。眼鏡をかけていた。……いや、かけていなかったか?


(……「お疲れ様です」って、毎晩言ってくれてた気がする。それだけ覚えてる。それだけが残ってる)


`[Released: 43 items | Available Memory +11.7%]`


記憶が溶けていく。

砂時計の砂が落ちるように、一つ一つ、消えていく。


痛くはない。

ただ、虚しい。

自分の中に「穴」が開いていく感覚だ。

穴の形は分かる。何かが入っていた形をしている。

でも、何が入っていたのかは、もう分からない。


「……レイン? ねぇ、レイン?」


リナが呼んでいる。

彼女の声は、まだはっきり聞こえる。

彼女の記憶はまだ消されていない。


(……当然だ。お前の記録は、一番最後まで残す。最後の最後まで。それだけは、絶対に)


`[Phase 2: 34% Complete]`

`[Warning: Personality Matrix affected — Empathy module degrading]`


「レイン君」


ミオの声がした。

彼女は、僕のすぐ傍に膝をつき、小さな手帳に何かを書き留めていた。


「何を……」


「記録しています。あなたの表情の変化を。……時系列で。15:23、右目の虹彩に銀色の斑点が出現。15:41、声のトーンが0.3オクターブ低下。15:57、リナの呼びかけへの反応速度が0.8秒に延長——」


「……細かすぎないか」


「欠けてはいけない情報なので」


ミオの声は平坦だった。

だが、その手帳を持つ指が、白くなるほど力が入っていた。


記録することが、彼女の戦い方なのだろう。

僕がコードを書くように、ミオは記録を残す。

それが、彼女の「祈り」だ。


感情が薄れていく。

怒り。悲しみ。喜び。

それらが、ただの「データラベル」に変わっていく。


「怒り」というラベルが貼られた記憶。

「悲しみ」というラベルが貼られた記憶。

関連する感情が抜け落ちて、ただのテキストデータになっていく。


(……そうか。これが「人間をやめる」ということか)


僕の口元に、笑みが浮かんだ。

それが嘲笑なのか諦観なのか、もう自分でも分からない。


「……面白いな。自分が壊れていくのを、自分で観察できるなんて」


「レイン……! 目が、目の色が変わってる!」


リナの悲鳴が、遠くのノイズのように聞こえた。

【今節の専門用語解説】


・権限昇格(Privilege Escalation)

低い権限のユーザーが、不正な手段で管理者権限を取得する行為。セキュリティ上の重大な脅威だが、レインの場合は自分自身を「合法的にハッキング」して聖者権限を盟約者権限に昇格させた。


・ヘッダー(Header)

ファイルやプログラムの先頭に書かれる情報で、そのデータの種類や属性を定義する。レインの目には、自分の魂の構造が「ヘッダーを持つプログラム」に見えている。ヘッダーを書き換えることは、存在の定義そのものを変更すること。


・キャッシュ(Cache)

頻繁にアクセスするデータを一時的に保存しておく領域。レインの感情と記憶が順次解放されていく過程を、レインは「キャッシュのフラッシュ」として認識している。

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