第43話:禁忌のキャスト(型変換)
残り12時間。
僕は守護者の前に立ち、静かに告げた。
「権限を開け。……根源接続を起動する」
(Kernel Modeの起動シーケンス。……やるしかない)
マザー・クリスタルが赤く明滅し、警告音が鳴り響く。
`[WARNING: Unauthorized Access Attempt]`
`[Root_Link requires Administrator Privilege]`
「うるさいぞ。僕の『聖者』クラスは、既に盟約の最深部に届く構造を持っているはずだ。認証を通せ」
僕はマザー・クリスタルに直接魔力を叩き込んだ。
強引なアクセス要求。
(パスワードクラック。力技でシステムのセキュリティホールを突く)
`[Processing... Authentication overridden]`
`[Root_Link Sequence Initiated]`
クリスタルの光がルーン文字を描き、三段階の実行プロセスが空中に展開された。
(仮想コンソールのログ出力。僕がこの24時間で解析した通りの手順が並んでいる)
`[Phase 1: Privilege Escalation (Estimated Time: 6 hours)]`
`[Phase 2: Memory/Emotion Flush (Estimated Time: 3 hours)]`
`[Phase 3: Root Fusion (Estimated Time: Instant)]`
「……確認しますが、本当によろしいのですか?」
守護者が、事務的な声で問うてきた。
「このプロセスのPhase 2において、あなたの人格データの大部分はシステムの稼働リソースとして解放(削除)されます。さらにPhase 3完了後、元の状態に戻った前例はありません」
「……あらかじめ持ち帰ったデータで、全部解析済みだ。警告はスキップしろ」
僕は深く息を吐いた。
前世で、こんな案件があった。
レガシーシステムの全面刷新。
古い基盤を捨てて、新しいアーキテクチャに移行する大規模プロジェクト。
成功率は低い。
失敗すればシステム全体が停止する。
だが、やらなければ、いずれシステムは老朽化して崩壊する。
あの時のプロマネは言った。
「一番怖いのは失敗じゃない。やらなかった後悔だ」
その人は、三徹の末にマイグレーションを成功させ、翌週に過労で入院した。
あの時と同じだ。
違うのは、今回は「システム」の一部になるのが僕自身だということ。
「一つ、条件がある」
「何でしょう」
「Phase 3の融合完了後、最初に実行するコマンドを受け付けろ。……対象は、リナ・メモリの『聖女の刻印』の解除処理だ」
(聖女プログラムの強制終了。これが最優先タスクだ)
「可能です。根源に接続すれば、あらゆる術式の書き換え権限を持ちます」
「よし。Phase 1〜2の実行で計9時間。残り時間は3時間か」
タイムリミットまで、ギリギリだが不可能ではない。
前世で炎上プロジェクトのデスマーチは何度もやった。
……まあ、それで最後は過労死したんだが。
「……やろう」
***
リナとミオに、話をしなければならなかった。
研究所の休憩室。
古いソファに三人で座る。
ヴァイスは通路の壁にもたれて、距離を置きながら聞いていた。
「……作戦を説明する」
僕は、できるだけ冷静に話した。
根源接続のこと。
僕が世界の楔になること。
そして——僕が「僕」でなくなること。
ミオは黙って聞いていた。
彼女の完全記憶は、僕の言葉を一字一句漏らさず記録しているだろう。
その瞳は微かに揺れていたが、声は揺れなかった。
リナは違った。
「……やだ」
小さく、だが明確に言った。
「やだよ、レイン。そんなの。……私を助けるために、レインがレインじゃなくなるなんて」
「リナ——」
「私が死ねばいいんでしょ!? それで世界が救えるなら、私が——」
「それは許さない」
僕の声が、思ったより鋭くなった。
リナの目が潤む。
「……なんで。なんでレインばっかり犠牲になるの。村にいた頃からずっと。わたしのせいで、わたしが聖女だってだけで、レインはいつも——」
「お前のせいなんかじゃない」
僕はリナの目をまっすぐ見た。
「リナ。僕は前世で、過労死した。二十七歳で。……毎日十六時間働いて、休みもなくて、それでも『仕方ない』って思って生きてた。自分の人生に、何の意味もなかった」
リナが息を呑む。
この話は、リナにしたことがなかった。
「この世界に来て、初めて分かったんだ。人のために技術を使うってこういうことなのかって。お前が笑ってくれるたびに、僕のコードには意味があるって思えた。……それが、僕が生まれ直した理由だ」
「レイン……」
「だから、お前を犠牲にして世界を救うなんて選択肢は、最初からないんだよ。それじゃ僕が生まれ直した意味がなくなる」
リナが泣き出した。
声を上げて、子供のように泣いた。
ミオが静かにハンカチを差し出す。
その手も、微かに震えていた。
「……ミオ。お前はどう思う」
「……私は、レイン君の判断を信じます」
ミオが静かに言った。
彼女の声は平坦だったが、普段よりも少しだけ、低かった。
「ただし、一つだけ」
ミオが僕の前に立った。
あの小さな体で、僕をまっすぐ見上げる。
「全てが終わった後、私はあなたの記録を残します。レイン・リファクトという人間が何を考え、何を感じ、何のために戦ったのか。……一文字も漏らさず。一バイトも欠けなく」
「……データベース管理者としての誓いか?」
「いいえ。友人としての約束です」
一瞬、ミオの完璧な無表情が崩れた。
唇が僅かに震え、瞳に薄い水膜が張った。
だがそれは、まばたき一つで消えた。
「……頼む」
ミオは小さく頷いた。
彼女の完全記憶能力なら、僕の全てを記録し、保存できるだろう。
僕が「僕」でなくなった後も、「僕だったもの」の記録は残る。
それだけで、十分だ。
壁際では、ヴァイスが微かに目を伏せていた。
彼は何も言わなかった。
姉リゼットの時、自分は何もできなかった。
今、別の男が同じ犠牲を払おうとしている。
彼の拳が、白くなるほど握られていた。
「じゃあ、始めるぞ」
僕はマザー・クリスタルの前に戻る。
台座に手を触れ、魔力を注ぎ込む。
(起動シーケンス、入力開始)
`> sudo -i`
`> Password: ********`
`> Initiating Class_Cast: [Saint] → [Administrator]`
`> WARNING: This action is IRREVERSIBLE.`
`> Continue? [Y/N]`
指が止まる。
一瞬だけ。
背後で、リナの泣き声が聞こえた。
ミオが彼女を抱きしめている。
「……Y」
(Enter)
【今節の専門用語解説】
・キャスト(Cast / 型変換)
プログラミングにおいて、あるデータ型を別のデータ型に変換する操作。例えば「整数」を「文字列」に変換するなど。レインの場合は「人間」というクラスを「管理者」というクラスに無理やり変換する「禁忌のキャスト」であり、元に戻せない不可逆変換。




