第40話:開戦の狼煙(デプロイ)
学年末式典当日。
王立学園の大講堂は、厳粛な空気に包まれていた。
数百人の在校生たち。
そして来賓席には、魔法省の高官や、教会の大司教たちがずらりと並んでいる。
異様な光景だった。
ただの学園の行事に、国のトップ層が集結している。
全員の視線が、ある一点に集中していた。
最前列に座る、Sクラスの少女――リナだ。
彼女は今日、学年首席として表彰されることになっている。
……表向きは。
(エララの根回しで体調不良による欠席を装うはずだったが、教会の特命によって強引に壇上に引きずり出されてしまったのだ。最悪のエラー落ちだ)
実際は、壇上で「聖女認定」を行い、そのまま教会へ連行するための茶番だ。
「――これより、第102期学年末式典を執り行う」
学園長の声が響く。
退屈な式辞が続く中、僕は講堂の天井裏、キャットウォークの上に潜んでいた。
隣にはミオがいる。
エララは会場内で待機中だ。
「……レイン君、いつでもいけます」
「ああ。タイミングを待て」
眼下を見下ろす。
リナは背筋を伸ばして座っていた。
震えていない。
約束通り、彼女は前を向いている。
その周囲を、私服の騎士たちが取り囲んでいるのが見えた。
逃さないつもりだ。
「――では、学年代表。リナ・メモリ」
名前が呼ばれた。
ざわめきが起こる。
しかし聖女騒動で注目されていた彼女が総代に選ばれたことに、場内がざわついている。
リナが立ち上がり、壇上へと進む。
壇上には、学園長ではなく、大司教が待っていた。
手には「聖女の証」である錫杖を持っている。
「リナ・メモリよ。神の愛し子よ」
大司教が猫撫で声で語りかける。
「貴女には、この世界を救う崇高な使命がある。さあ、この杖を受け取り、我々と共に『エデン』の守護者となりなさい」
美しい言葉だ。
だが、その真意は「さあ、燃料になりなさい」だ。
リナは錫杖の前で立ち止まった。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「……お断りします」
静寂。
大司教の笑顔が凍りつく。
「な……何を言っている? たった一人の犠牲で世界が存続するのだ! これは最も神聖で合理的な救済であるぞ!」
「神様なんて知りません。……私は、もっと大事な人との約束を守ります」
リナが客席を振り返った。
僕のいる天井裏に向かって、にっこりと笑った気がした。
「この娘は神の調和を乱す異端だ! 捕らえろ! 今すぐ地下へ連行し、強制執行しろ!」
大司教が叫ぶ。
隠していた爪が露わになった。
周囲の騎士たちが一斉に壇上へ駆け上がる。
会場はパニックに陥る。
「今だ、ミオ!」
「はい! ……ジャック・イン!」
ミオがコンソールを叩く。
キィィィィン!!
講堂中のスピーカーから、強烈なハウリング音が鳴り響いた。
騎士たちが耳を抑えてうずくまる。
「な、なんだ!?」
「マイクが……!?」
次の瞬間、僕の声が会場中に轟いた。
『――よお、神様気取りの老害ども』
天井から、僕が飛び降りる。
強化魔法で着地衝撃を殺し、リナと大司教の間に割って入った。
ドスン、という重い音と共に、床にヒビが入る。
土煙の中から、僕はニヤリと笑って大司教を見上げた。
「その子は僕の連れなんでね。……リサイクルには出させないぜ」
「き、貴様は……レイン・リファクト!? Fクラスの!」
「有名になったもんだな」
僕は指を鳴らす。
瞬間、展開していた「広域遅延結界」を発動させた。
`Area_Effect: Network_Lag`
`Target: Enemy_Knights`
`Ping: 9999ms`
「う、動けん……!?」
「体が……重い……!」
壇上に駆け上がろうとしていた騎士たちが、スローモーションのように動きを止める。
彼らの脳から筋肉への命令伝達を、極端に遅延させたのだ。
現実世界でラグを起こす。
僕の得意技だ。
「レイン!」
リナが抱きついてくる。
僕は彼女の腰を抱き寄せ、マイクを奪い取った。
「テス、テス。……全校生徒に告ぐ!」
僕は会場を見渡した。
呆然とする生徒たち。
その中には、ヴァイスの姿もあった。彼は腕を組み、静かにこちらを見ている。
「よく聞け! この世界は崩壊しかけてる! 千年前の盟約で無理やり延命されてるだけだ!」
どよめきが広がる。
狂人の戯言だと思うだろう。
だが、僕は続ける。
「教会は! こいつらは! 盟約を維持するために、お前らの中から生贄を選んで殺してる! それが『聖女』の正体だ!」
「大義のための犠牲を否定するなど! 貴様は世界を破滅に導く厄災だ!」
大司教が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「この悪魔を排除しろ! 殺せ! そいつを殺せぇぇっ!」
遅延結界を破り、数人の精鋭騎士が突っ込んでくる。
速い。
さすがに幹部クラスにはラグが効きにくいか。
だが。
「……遅い」
僕はリナを抱えたまま、横にステップを踏む。
紙一重で剣をかわす。
同時に、騎士の足元に「摩擦係数ゼロ」のコード(Oil_Slick)を書き込む。
「ぬおっ!?」
騎士がツルンと滑って転倒し、後続の騎士を巻き込んで玉突き事故を起こす。
物理法則のハッキング。
今の僕にとって、この講堂はただの「プログラム実行環境」だ。
「エララ! 出口を確保しろ!」
「任せなさい! 《アイス・ウォール》!」
客席からエララが飛び出し、氷の壁を作って騎士団の増援を分断する。
見事な連携だ。
「行くぞリナ!」
「うん!」
僕たちは走り出す。
目指すは講堂の出口。
そこから地下研究所への直通ルートがある。
「逃がすな! 結界班、封鎖しろ!」
大司教の命令で、出口の扉が光の壁で覆われる。
教会の最高位結界。
物理攻撃も魔法も通さない、絶対防御の壁。
「……レイン、あれは壊せないよ!」
「壊すんじゃない。……こじ開けるんだ」
僕は走る速度を緩めない。
右手にありったけの魔力を集中させる。
僕の魔力特性は「解析」と「改変」。
相手の防御コードを読み取り、その脆弱性を突く。
`Scanning... Structure_Analysis: Complete.`
`Found Artifact: "Holy_Barrier_v5.4"`
`Exploit: Buffer_Overflow`
「開けごま(Open SSL)!!」
ドォォォォン!!
僕の掌底が光の壁に直撃する。
瞬間、壁がノイズのように明滅し、ガラスが割れるような音と共に砕け散った。
バッファオーバーフロー。
認証バッファに限界以上の無意味なデータを一瞬で送り込み、溢れたデータで隣接する「結界維持」のフラグを「解放(Open)」に強制上書き(オーバーラン)したのだ。
「な……馬鹿な……! 神の結界を一撃で……!?」
大司教が腰を抜かす。
僕は振り返り、中指を立てた。
「神様に伝えとけ。……『セキュリティが甘いぞ』ってな」
僕たちは講堂を飛び出した。
背後から怒号と足音が追いかけてくる。
学校中が大騒ぎだ。
もう後戻りはできない。
僕は、世界に対して宣戦布告をしてしまった。
「はぁ、はぁ……やったね、レイン! かっこよかった!」
「まだだ。……これが始まりだ」
僕たちは地下への隠し通路へと滑り込む。
ここは学園から王都の旧市街まで真っ直ぐに繋がっている古い脱出路だ。
背後の喧騒が遠ざかり、冷たく淀んだ空気が肌を撫でる。
(ロード画面代わりの長いトンネルか……)
息を切らしながら薄暗い通路を駆け抜け、やがて視界が開けた。
旧市街の廃墟の地下。
ここからが本番だ。
僕たちは以前に侵入した古代研究所の外層を抜け、さらに奥へと下っていく。
そこには、守護者が待ち構えている。
そして、盟約の核がある。
「……見えたぞ。管理者専用区画(第3層)への入り口だ」
だが、そこで僕は足を止めた。
通路の先に、一人の男が立っていたからだ。
銀髪の生徒会長。
ヴァイスだ。
(講堂にいたはずの奴が、走って逃げた僕たちより先に着いている? ……いや、歩いてきたわけじゃない。空間転移か。管理者権限ならやりかねない)
「……通すわけにはいかないな」
「ヴァイス……。アンタ、まだ教会の言いなりになるのか」
「愚問だな。……私は、君たちとの『約束』を果たすためにここにいる」
ヴァイスが静かに剣を抜いた。
その刀身は、見たこともない黒い光を放っている。
管理者権限の象徴、神具「アドミニストレータ」。
システム上のあらゆるオブジェクトを「強制削除」できる武器だ。
「あの夜、私は言ったはずだ。何の成果も得られずに戻った時、私が君たちを処断すると。……式典をぶち壊し、世界を敵に回した君の『解答』。それがただの暴走なら、ここで私が終わらせる」
ヴァイスが剣を構える。
そのプレッシャーは、大司教や騎士団とは次元が違った。
彼は本気で僕を殺しに来ている。僕が本物の「システムの破壊者」に足る器かどうか、その命を懸けて試すために。
「証明してみせろ、レイン・リファクト! 君のその『バグ』が、私の管理者特権すら凌駕し、この世界の理不尽なシステムを壊せるということを……ッ!」
「……上等だ。アンタの絶望ごと、全部オーバーライドしてやる」
僕はリナを後ろに下がらせ、右手に魔力を集束させる。
交渉決裂。
最後の障害は、やはりこの男だった。
激突の瞬間。
僕の視界には、赤い警告文字が埋め尽くされていた。
`[Warning: System Critical]`
`[Admin Privileges: Requested]`
`[Kernel Mode: Activating...]`
僕は神の定めた理を壊すための、最初の一行を打ち込んだ。
【今節の専門用語解説】
・Ping(ピン/ピング)
ネットワークの応答速度を表す数値。これが大きいほど通信が遅れる(ラグい)。レインは騎士たちの神経伝達速度を意図的に遅らせることで、相手をスローモーション状態にした。
・Exploit
セキュリティの脆弱性を突く攻撃手法のこと。またはそのためのプログラム。レインは「神の結界」の構造上の欠陥を見抜き、そこを突いて破壊した。




