表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/43

第35話:古代研究所(アーカイブ)への侵入

王都旧市街の廃墟。

雑草に覆われた崩れかけの建物の奥に、その扉はあった。

僕が震える手で鍵を差し込むと、重い金属音と共にロックが外れる。


ギギギギ……。


開かれた扉の先には、冷たい空気が漂う螺旋階段が、奈落の底へと続いていた。


「……ここが、古代の研究所?」

「ええ。父様も『あそこには近づくな』としか言わなかった場所よ。……まさか、旧市街の地下にこんなものが眠ってるなんて」


エララが身震いする。

当然だ。

ここから漂ってくるのは、カビ臭い地下室の臭いではない。

濃密な魔力の気配。

そして、微かな振動音。壁そのものが、低く唸っているような。

(……この感じ、サーバールームのハムノイズに似てる)


ここは普通の遺跡ではない。

明らかに異質な、「古代魔法文明」の心臓部だ。


「降りよう。……足元に気をつけて」


僕たちは階段を降り始めた。

壁は滑らかに磨かれた黒い石。

ところどころに刻まれたルーン文字が、淡く青白い光を放っている。

(配線みたいだな。あのルーン、魔力を通すためのバスラインだ)

数百段は降りただろうか。

気温が下がり、吐く息が白くなる。


不意に、階段の踊り場に刻まれた魔法陣が赤く発光した。


『——警告。未登録の侵入者を検知しました——』


壁に埋め込まれた石の像が、赤い双眸を灯して動き始める。

守護のゴーレムだ。

数百年前の遺物が、まだ生きているのか。


「きゃっ!? なにあれ!?」

「伏せろ!」


僕はリナとエララを庇って床に転がる。

ゴーレムの口から放たれた光弾が頭上を薙ぎ払い、壁を焦がした。

警備結界セキュリティが生きてる。

(ファイアウォールが現役かよ……)


「ミオ、解析!」

「は、はい! ……これ、見たこともない古代の術式です! 通常の魔法陣とは構成が根本から違います!」


ミオが叫ぶ。

ミオが全体の構造(ハイレベル領域)を解析してくれたおかげで、未知のシステムを読み解く僕の脳の処理負荷リソースは劇的に軽くなる。

僕は迷わず低レイヤー・ビジョンを展開し、ゴーレムの内部構造ソースコードへ直接フォーカスした。

魔力回路が透けて見える。制御中枢は胸部の魔石。

(単純なif-else分岐の論理回路だ。セキュリティレベルは低い)


`connect to device...`

`override: target_recognition = false`

`shutdown`


魔力を指先に集中し、ゴーレムの制御回路に干渉する。


バチバチッ!

ゴーレムの瞳から光が消え、機能を停止して石塊に戻った。


「……ふぅ。驚かせやがって」

「レイン、今の魔法……?」

「いや、ただの『強制終了コマンド』だ。……やっぱり、ここの術式は僕向きだ」


ここの魔法体系は、今の世界で使われている「詠唱魔法」とは全く違う。

論理的で、構造的で、美しい。

(完全にプログラミング言語だ。古代の魔術師たちは、僕と同じ発想で魔法を組んでいたんだ)

僕たちはさらに奥へと進んだ。


最下層に辿り着くと、そこは巨大なドーム状の空間だった。

天井は高く、壁一面に無数の「水晶柱」が整然と並んでいる。

(サーバーラックだ)

その数は数千、いや数万。

ほとんどは光を失い埃を被っているが、いくつかだけが青や緑の光を明滅させ、まだ稼働していることを示している。


「うわぁ……なにこれ……」

「記録用の水晶、ですか? ものすごい量です……」


ミオが興味津々に水晶柱に触れようとする。

「触るな、魔力が暴発するぞ」と注意しつつ、僕は中央にある石の台座へと向かった。

台座の上には、巨大な魔法陣が刻まれている。

(コンソールだな。ここから全体を操作する端末だ)


エララは無言だった。

自分の家が代々管理していた場所に、こんな異質な遺跡があったという事実そのものが衝撃なのだろう。

白い手でドレスの裾を握りしめている。


「……レイン。これって、私たちの知ってる魔法じゃないのよね?」

「ああ。今の世界で使われてる魔法とは次元が違う。……もっと古い、もっと根源的な力の使い方だ」

「古代の魔術師たちが……こんなの作ってたの……?」


エララの声が震えている。

聡明な彼女は、直感で真実の輪郭を掴み始めているのかもしれない。


「答えはすぐに分かる。……行くぞ」


台座の魔法陣に手を触れ、魔力を流し込む。

(UIはシンプルだな。入力インターフェースに魔力を流すだけか)

僕の低レイヤー・ビジョンには、魔法陣の中を走る術式がコマンドラインのように見えた。


`> Wake up.`

`> ... System Booting...`

`> Welcome, Admin.`


台座の中心から、文字の羅列が光となって浮かび上がる。

古代文字だ。

生きてる。

数千年の時を超えて、この術式はまだ稼働している。


「レイン、見て」


リナが指差す。

台座の側面に、古びた石板が埋め込まれていた。

そこに刻まれた文字は、この世界のものではなかった。


`Project EDEN - Lab 01`

`Main Archive : Last Hope of Humanity`


「……プロジェクト・エデン?」

「レイン、読めるの? この文字……」


リナたちが首を傾げる。

この世界の住人には読めない文字。

だが、僕には痛いほど意味がわかる。

「人類最後の希望」。

それが、こんな地下の墓場で朽ち果てているなんて。


「さて、真実を暴いてやるか……」


僕は台座の術式を操作し、記録の検索を開始した。

(データベース検索と同じだ。キーワードを魔力パターンで指定する)


`> Searching...`

`> 3 records found.`


ヒットした。

浮かび上がった光の文字を、僕の目が自動的に翻訳する。


記録1:創世の書

「根源のマナが枯渇しつつある。我々は『エデンの盟約』を以て、世界の魔力循環を永続させる契約を結んだ。……12の泉を核とし、世界を繋ぎ止める」


記録2:障害報告

「盟約から500年。マナの泉が大戦で破壊され、循環が崩壊。……外部からの魔力供給が絶たれた今、世界は自壊を始めている」


記録3:聖女の儀式

「緊急措置として『犠牲の儀式』を導入する。高密度の魔力を持つ個体(聖女)を周期的に奉じ、その魔力で盟約を延命させる。……これはあくまで一時的な処置である」


「……ははっ、やっぱりな」


僕は乾いた笑いを漏らした。

予想通りだ。

(この世界は、レガシーシステムの延命措置をやってるだけだ)

(マナの泉がぶっ壊れて電源が落ちたから、中の人間を燃料にして無理やりエンジンを回している)

自転車操業ポンジ・スキームもいいところだ。

新しい魂を燃やして、古い世界を維持する。

それが「神の教え」の正体か。


「レイン君、これ……」


ミオが青ざめている。

光の文字は読めなくても、一緒に浮かび上がった図解で理解できたのだろう。

少女が祭壇に捧げられ、光となって消えていく絵。


「……嘘よ。そんなの、信じないわ」


エララが震えている。

「私たちが……生贄で世界を延命してただなんて……父様も、母様も、そんなこと知ってたの……?」

「知ってたかどうかは分からない。だが、事実は変わらない」


僕はエララの肩を掴んだ。

「大事なのは過去じゃない。これからどうするかだ。……僕は、このクソシステムをぶっ壊す」


これで敵の正体ははっきりした。

倒すべきは「魔王」でも「悪い神様」でもない。

この研究所の奥にある「盟約の核」。

(メインフレームだ)

それが、リナを食い物にしている元凶だ。


「……レイン」


リナが、台座の奥にある巨大な扉を見つめていた。

重厚な石の門扉。

(核シェルター並みの封印だ)

表面には複雑に絡み合う魔法陣が何重にも刻まれている。

その前に立つと、リナの目が再び金色に輝き始めた。


「……呼んでる。ここを開けてって言ってる」

「リナ!?」


扉の魔法陣が、リナの存在に反応して脈動を始めた。

聖女の魔力波長を検知しているのだ。


`> Saint Detected.`

`> Access Granted.`


ゴゴゴゴゴ……!

地響きと共に、巨大な扉が開き始めた。

僕の操作では開かなかった扉が、聖女の波長であっさり開いたのだ。

(生体認証か。皮肉だな)

生贄だけが、神の寝室に入ることができる。


「行こう。……この奥に、全ての決着をつける場所がある」


僕たちは開かれた扉の向こうへ足を踏み入れた。

そこは、青白い光に満ちた円形の広間だった。

中央に、天井まで届く巨大な水晶柱――「マザー・クリスタル」が鎮座している。

世界の全ての魔力がここに集まり、ここから放出されている。

(世界の心臓部。メインフレームそのものだ)

そして、リナの処刑台。


――ふと、視界の隅でノイズが走った。

低レイヤー・ビジョンが、何年も前から蓄積された『管理者(Admin)』権限のアクセスログを捉える。

(……誰かが、何度もここに来てデータを漁っていた?)

検索キーワードの履歴が、その人物の執着を物語っている。


『盟約の代替手段』

『魔力供給の自己完結』

『……聖女システムの解体』


(全部「アクセス拒否(Access Denied)」で弾かれてるじゃないか)


管理者権限を持ちながら、エラーを吐き続けるログの山。

きっとその人物は、何年もかけてたった一人で「犠牲の連鎖」を止める方法を探し続け、そして絶望して折れたのだろう。

その悲痛な痕跡に、僕は小さく息を吐いた。


「ようこそ、盟約の破壊者たち」


不意に、部屋中に声が響いた。

マザー・クリスタルから溢れる光が凝縮し、人の形を取る。

流暢な、しかし感情のない男の声。


「お待ちしていましたよ。……均衡を乱すイレギュラーたち」


光の幻影が姿を現した。

古代の魔術師を模した姿。

盟約の番人――守護者ガーディアン

(管理AIか。感情のない、ただのシステムプロセスだ)

そいつが、無機質な瞳で僕たちを見下ろしていた。


ラスボスのお出ましだ。

【今節の専門用語解説】


・メインフレーム(Mainframe)

企業の基幹業務などに使われる、超高性能な大型コンピュータ。レインがマザー・クリスタルを見て連想したのがこれ。世界中の魔力の制御と循環を一手に担う「中核」が、古代のIT技術者から見ればメインフレームに相当する。


・ポンジ・スキーム(Ponzi Scheme)

投資詐欺の手口。新しい出資者から集めた金を、古い出資者への配当に回すことで、利益が出ているように見せかける自転車操業のこと。この世界の「生贄システム」は、まさに「新しいリナを燃やして、古い世界を維持する」という構造であり、レインはこれを「ポンジ・スキーム」と認識した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ