第35話:古代研究所(アーカイブ)への侵入
王都旧市街の廃墟。
雑草に覆われた崩れかけの建物の奥に、その扉はあった。
僕が震える手で鍵を差し込むと、重い金属音と共にロックが外れる。
ギギギギ……。
開かれた扉の先には、冷たい空気が漂う螺旋階段が、奈落の底へと続いていた。
「……ここが、古代の研究所?」
「ええ。父様も『あそこには近づくな』としか言わなかった場所よ。……まさか、旧市街の地下にこんなものが眠ってるなんて」
エララが身震いする。
当然だ。
ここから漂ってくるのは、カビ臭い地下室の臭いではない。
濃密な魔力の気配。
そして、微かな振動音。壁そのものが、低く唸っているような。
(……この感じ、サーバールームのハムノイズに似てる)
ここは普通の遺跡ではない。
明らかに異質な、「古代魔法文明」の心臓部だ。
「降りよう。……足元に気をつけて」
僕たちは階段を降り始めた。
壁は滑らかに磨かれた黒い石。
ところどころに刻まれたルーン文字が、淡く青白い光を放っている。
(配線みたいだな。あのルーン、魔力を通すためのバスラインだ)
数百段は降りただろうか。
気温が下がり、吐く息が白くなる。
不意に、階段の踊り場に刻まれた魔法陣が赤く発光した。
『——警告。未登録の侵入者を検知しました——』
壁に埋め込まれた石の像が、赤い双眸を灯して動き始める。
守護のゴーレムだ。
数百年前の遺物が、まだ生きているのか。
「きゃっ!? なにあれ!?」
「伏せろ!」
僕はリナとエララを庇って床に転がる。
ゴーレムの口から放たれた光弾が頭上を薙ぎ払い、壁を焦がした。
警備結界が生きてる。
(ファイアウォールが現役かよ……)
「ミオ、解析!」
「は、はい! ……これ、見たこともない古代の術式です! 通常の魔法陣とは構成が根本から違います!」
ミオが叫ぶ。
ミオが全体の構造(ハイレベル領域)を解析してくれたおかげで、未知のシステムを読み解く僕の脳の処理負荷は劇的に軽くなる。
僕は迷わず低レイヤー・ビジョンを展開し、ゴーレムの内部構造へ直接フォーカスした。
魔力回路が透けて見える。制御中枢は胸部の魔石。
(単純なif-else分岐の論理回路だ。セキュリティレベルは低い)
`connect to device...`
`override: target_recognition = false`
`shutdown`
魔力を指先に集中し、ゴーレムの制御回路に干渉する。
バチバチッ!
ゴーレムの瞳から光が消え、機能を停止して石塊に戻った。
「……ふぅ。驚かせやがって」
「レイン、今の魔法……?」
「いや、ただの『強制終了コマンド』だ。……やっぱり、ここの術式は僕向きだ」
ここの魔法体系は、今の世界で使われている「詠唱魔法」とは全く違う。
論理的で、構造的で、美しい。
(完全にプログラミング言語だ。古代の魔術師たちは、僕と同じ発想で魔法を組んでいたんだ)
僕たちはさらに奥へと進んだ。
最下層に辿り着くと、そこは巨大なドーム状の空間だった。
天井は高く、壁一面に無数の「水晶柱」が整然と並んでいる。
(サーバーラックだ)
その数は数千、いや数万。
ほとんどは光を失い埃を被っているが、いくつかだけが青や緑の光を明滅させ、まだ稼働していることを示している。
「うわぁ……なにこれ……」
「記録用の水晶、ですか? ものすごい量です……」
ミオが興味津々に水晶柱に触れようとする。
「触るな、魔力が暴発するぞ」と注意しつつ、僕は中央にある石の台座へと向かった。
台座の上には、巨大な魔法陣が刻まれている。
(コンソールだな。ここから全体を操作する端末だ)
エララは無言だった。
自分の家が代々管理していた場所に、こんな異質な遺跡があったという事実そのものが衝撃なのだろう。
白い手でドレスの裾を握りしめている。
「……レイン。これって、私たちの知ってる魔法じゃないのよね?」
「ああ。今の世界で使われてる魔法とは次元が違う。……もっと古い、もっと根源的な力の使い方だ」
「古代の魔術師たちが……こんなの作ってたの……?」
エララの声が震えている。
聡明な彼女は、直感で真実の輪郭を掴み始めているのかもしれない。
「答えはすぐに分かる。……行くぞ」
台座の魔法陣に手を触れ、魔力を流し込む。
(UIはシンプルだな。入力インターフェースに魔力を流すだけか)
僕の低レイヤー・ビジョンには、魔法陣の中を走る術式がコマンドラインのように見えた。
`> Wake up.`
`> ... System Booting...`
`> Welcome, Admin.`
台座の中心から、文字の羅列が光となって浮かび上がる。
古代文字だ。
生きてる。
数千年の時を超えて、この術式はまだ稼働している。
「レイン、見て」
リナが指差す。
台座の側面に、古びた石板が埋め込まれていた。
そこに刻まれた文字は、この世界のものではなかった。
`Project EDEN - Lab 01`
`Main Archive : Last Hope of Humanity`
「……プロジェクト・エデン?」
「レイン、読めるの? この文字……」
リナたちが首を傾げる。
この世界の住人には読めない文字。
だが、僕には痛いほど意味がわかる。
「人類最後の希望」。
それが、こんな地下の墓場で朽ち果てているなんて。
「さて、真実を暴いてやるか……」
僕は台座の術式を操作し、記録の検索を開始した。
(データベース検索と同じだ。キーワードを魔力パターンで指定する)
`> Searching...`
`> 3 records found.`
ヒットした。
浮かび上がった光の文字を、僕の目が自動的に翻訳する。
記録1:創世の書
「根源のマナが枯渇しつつある。我々は『エデンの盟約』を以て、世界の魔力循環を永続させる契約を結んだ。……12の泉を核とし、世界を繋ぎ止める」
記録2:障害報告
「盟約から500年。マナの泉が大戦で破壊され、循環が崩壊。……外部からの魔力供給が絶たれた今、世界は自壊を始めている」
記録3:聖女の儀式
「緊急措置として『犠牲の儀式』を導入する。高密度の魔力を持つ個体(聖女)を周期的に奉じ、その魔力で盟約を延命させる。……これはあくまで一時的な処置である」
「……ははっ、やっぱりな」
僕は乾いた笑いを漏らした。
予想通りだ。
(この世界は、レガシーシステムの延命措置をやってるだけだ)
(マナの泉がぶっ壊れて電源が落ちたから、中の人間を燃料にして無理やりエンジンを回している)
自転車操業もいいところだ。
新しい魂を燃やして、古い世界を維持する。
それが「神の教え」の正体か。
「レイン君、これ……」
ミオが青ざめている。
光の文字は読めなくても、一緒に浮かび上がった図解で理解できたのだろう。
少女が祭壇に捧げられ、光となって消えていく絵。
「……嘘よ。そんなの、信じないわ」
エララが震えている。
「私たちが……生贄で世界を延命してただなんて……父様も、母様も、そんなこと知ってたの……?」
「知ってたかどうかは分からない。だが、事実は変わらない」
僕はエララの肩を掴んだ。
「大事なのは過去じゃない。これからどうするかだ。……僕は、このクソシステムをぶっ壊す」
これで敵の正体ははっきりした。
倒すべきは「魔王」でも「悪い神様」でもない。
この研究所の奥にある「盟約の核」。
(メインフレームだ)
それが、リナを食い物にしている元凶だ。
「……レイン」
リナが、台座の奥にある巨大な扉を見つめていた。
重厚な石の門扉。
(核シェルター並みの封印だ)
表面には複雑に絡み合う魔法陣が何重にも刻まれている。
その前に立つと、リナの目が再び金色に輝き始めた。
「……呼んでる。ここを開けてって言ってる」
「リナ!?」
扉の魔法陣が、リナの存在に反応して脈動を始めた。
聖女の魔力波長を検知しているのだ。
`> Saint Detected.`
`> Access Granted.`
ゴゴゴゴゴ……!
地響きと共に、巨大な扉が開き始めた。
僕の操作では開かなかった扉が、聖女の波長であっさり開いたのだ。
(生体認証か。皮肉だな)
生贄だけが、神の寝室に入ることができる。
「行こう。……この奥に、全ての決着をつける場所がある」
僕たちは開かれた扉の向こうへ足を踏み入れた。
そこは、青白い光に満ちた円形の広間だった。
中央に、天井まで届く巨大な水晶柱――「マザー・クリスタル」が鎮座している。
世界の全ての魔力がここに集まり、ここから放出されている。
(世界の心臓部。メインフレームそのものだ)
そして、リナの処刑台。
――ふと、視界の隅でノイズが走った。
低レイヤー・ビジョンが、何年も前から蓄積された『管理者(Admin)』権限のアクセスログを捉える。
(……誰かが、何度もここに来てデータを漁っていた?)
検索キーワードの履歴が、その人物の執着を物語っている。
『盟約の代替手段』
『魔力供給の自己完結』
『……聖女システムの解体』
(全部「アクセス拒否(Access Denied)」で弾かれてるじゃないか)
管理者権限を持ちながら、エラーを吐き続けるログの山。
きっとその人物は、何年もかけてたった一人で「犠牲の連鎖」を止める方法を探し続け、そして絶望して折れたのだろう。
その悲痛な痕跡に、僕は小さく息を吐いた。
「ようこそ、盟約の破壊者たち」
不意に、部屋中に声が響いた。
マザー・クリスタルから溢れる光が凝縮し、人の形を取る。
流暢な、しかし感情のない男の声。
「お待ちしていましたよ。……均衡を乱す者たち」
光の幻影が姿を現した。
古代の魔術師を模した姿。
盟約の番人――守護者。
(管理AIか。感情のない、ただのシステムプロセスだ)
そいつが、無機質な瞳で僕たちを見下ろしていた。
ラスボスのお出ましだ。
【今節の専門用語解説】
・メインフレーム(Mainframe)
企業の基幹業務などに使われる、超高性能な大型コンピュータ。レインがマザー・クリスタルを見て連想したのがこれ。世界中の魔力の制御と循環を一手に担う「中核」が、古代のIT技術者から見ればメインフレームに相当する。
・ポンジ・スキーム(Ponzi Scheme)
投資詐欺の手口。新しい出資者から集めた金を、古い出資者への配当に回すことで、利益が出ているように見せかける自転車操業のこと。この世界の「生贄システム」は、まさに「新しい魂を燃やして、古い世界を維持する」という構造であり、レインはこれを「ポンジ・スキーム」と認識した。




