第33話:教会の強制捜査(監査)
翌日。
学園は文字通りの「戒厳令」下に置かれた。
「――これより、全生徒の魔力検査を行う! 拒否する者は異端の容疑ありとみなす!」
校内放送で、昨日の神官の声が響く。
全校生徒が講堂に強制的に集められ、校舎の出入り口は数百人の白い鎧――教会騎士団によって完全に封鎖されていた。
逃げ場はない。
生徒たちは怯え、あるいは憤りながら、硬い長椅子にすし詰めにされている。
「おい、ふざけんなよ……なんで俺たちが犯罪者みたいに……」
「聖女候補を探してるってマジかよ? それって名誉なことだろ。なんで騎士団が完全武装してんだよ」
「昨日、王都で異常な波長が出たらしい。教会は『隠してる奴』を血眼になって探してるんだ。非協力的なら即『異端』認定だってよ……」
周囲の生徒たちの不安な囁きが耳に痛い。
無理もない。学園は本来、教会から独立した自治組織だ。
そこに騎士団が土足で踏み込み、全生徒に魔力検査を強制している。
拒否すれば異端の容疑。応じても、基準値を超えれば連行。
誰も安全圏にいない。
この騒動の原因が、すぐ隣にいる少女だとは誰も知らない。
「レイン、どうしよう……怖いよ」
リナが青ざめた顔で僕の袖を掴む。
彼女の手は氷のように冷たい。
無理もない。
昨日、彼女の体は聖女プログラムに乗っ取られかけた。
意識が薄れ、「私じゃなくなっちゃいそう」と泣いたあの恐怖が、まだ体に残っているはずだ。
そして今、教会は「聖女」を名指しで探している。
リナ自身、昨日の異変と今日の捜索が無関係だとは思っていないだろう。
もしここでバレれば、今度こそ問答無用で連行され、二度と戻ってこられない。
「大丈夫だ。……想定の範囲内だ(嘘だけど)」
僕はリナの手を握り返し、精一杯の虚勢を張った。
本当は冷や汗で溺れそうだ。
教会の狙いは、リナから発せられる「聖女の波長」の特定だ。
昨日の強制インストール未遂で、彼女の魂の波長は完全に聖女のものに書き換わってしまっている。
もはや、以前から稼働させていたVM(仮想マシン)程度では誤魔化せない。
今のVMは魔力波長を偽装するだけの簡易版だ。
専用の測定器(監査ツール)を使われたら一発アウトだ。
なら、どうするか。
答えは一つ。
今のVMを超える、もっと過激な手段。
「リナの魂そのものを、この空間から完全に引き抜く」しかない。
「出席番号順に前に出ろ! 一人ずつ魔力水晶に触れること!」
講堂の壇上に、武装した騎士たちが並んでいる。
エララが壇上の神官に抗議して時間を稼いでくれているが、長くは持たない。
「レイン……?」
「リナ。今から少し変な感覚がするけど、絶対に暴れるなよ」
「え?」
「僕の精神世界に、お前を一時的に避難させる」
僕はリナの額に指を当てる。
周囲に気づかれないよう、背中で隠しながら。
「……信じてくれ」
「……うん。信じる」
リナが目を閉じる。
僕は全神経を集中させた。
脳内の演算領域をフル稼働させ、そこに「隔離された部屋」を構築する。
`Command: Create_VM (Virtual_Machine)`
`Alloc_Memory: 4096TB`
`Mount: Lina_Consciousness`
(……今までは波長を偽装するだけだった。今度は違う。魂ごと引き抜いて、僕の脳内に完全移植する!)
イメージするのは、何もない白い箱。
外部からの干渉を一切受け付けない、完全な密室。
そこへ、リナの意識そのものを転送する。
「んっ……?」
リナの身体が小さく跳ね、瞳から光が消える。
気絶したのではない。
彼女の「中身(魂)」が、僕の脳内へと移動したのだ。
今、目の前にあるリナの肉体は、中身のない「抜け殻」状態。
そこへ、予め用意しておいた「リナ専用のダミーOS」をロードする。
昨日までの彼女の魔力波長と受け答えのパターンを学習させた、精巧な自動応答プログラム(bot)だ。
`Load: Dummy_OS_v2.0`
`Set_Param: "Lina_Profile (Pre-Awakening)"`
`Start`
「……あ、あれ? 私、何を……?」
リナ(ダミー)が目を覚ます。
完璧だ。
表情に少し違和感があるが、怯えているように見えるので問題ない。
中身は昨日までの純粋な「Sクラス生徒のリナ」の精神データ。覚醒した神性の欠片もない。
「リナ・メモリ! 前に出ろ!」
「は、はい!」
騎士に名前を呼ばれ、リナ(ダミー)がオドオドと前に出る。
神官がギラついた目で水晶を彼女の胸に押し当てた。
昨日の騒ぎの中心人物だ。
当然、マークされている。
「……判定開始」
水晶がブゥンと唸る。
講堂中の視線が集まる。
僕は拳を握りしめ、爪が食い込む痛みで意識を保った。
今、僕の脳内では、本物のリナの意識を維持するために猛烈な演算が行われている。
脳が焼き切れそうだ。
こめかみの血管がドクドクと脈打つ。
視界の端がチカチカと明滅している。
前世で三日間徹夜してサーバーの復旧作業をやった時よりも遥かに辛い。
あの時は栄養ドリンクという文明の利器があったが、今は気力だけが頼りだ。
(……持て。あと少しだ。リナのためだ……!)
隣に座るミオが、さりげなく僕の膝に手を置いた。
微かな魔力の流れ。
彼女の「情報統合」能力を使って、僕の脳への負荷を分散してくれているのだ。
さすがは頼れる参謀。ありがたい。
だが、絶対に悟られてはいけない。
水晶が光る。
色は――澄んだ青。
極めて純度の高い魔力反応。だが、そこに教会が血眼になって探している『神性(覚醒のサイン)』は一切含まれていない。ただの、優秀な一人の生徒としての波長だ。
「……なんだ、これは」
神官が眉をひそめる。
水晶を叩き、もう一度押し当てる。
だが、結果は同じだ。
「故障か? ……いや、他の生徒は正常に反応している」
「どういうことだ……昨日の反応は誤検知だったのか?」
騎士たちがざわめく。
僕は心の中でほくそ笑んだ。
当り前だ。
本物のリナ(聖女OS)は、今頃僕の脳内のセキュアな領域で、退屈して昼寝でもしているだろう。
物理的な肉体と、魔力的な魂を切り離す「仮想化技術」。
心と体が「密結合」しているこの世界の常識では、絶対に思いつかない裏技だ。
「……ふん。間違いだったか」
神官は忌々しげに水晶を離した。
リナ(ダミー)がペコペコと頭を下げて戻ってくる。
その動きは少しぎこちないが、恐怖で震えているようにしか見えない。
「……合格だ。次!」
神官が次の生徒を呼ぶ。
パスした。
最大の山場を越えた。
検査は続いたが、当然、誰も引っかからない。
数時間後、騎士団は「誤検知だった」という結論を下し、不満げに撤収していった。
去り際、神官が僕の方をじろりと睨んだ気がしたが、僕は涼しい顔で受け流した。
◇
放課後。
人気のなくなった屋上で、僕はリナの意識を元に戻した(リストア)。
ダミーOSをアンロードし、本物の魂を肉体へ書き戻す。
「……ふわぁ。なんか、すごく長い夢を見てた気がする」
リナが目をパチパチさせる。
彼女には、自分が仮想化されていた記憶はない。
真っ白な部屋でボーッとしていたら、いつの間にか時間が過ぎていた、という感覚だろう。
「お疲れ。完璧な演技だったぞ」
「えっ、私なにか演技したっけ?」
「無自覚ってのが一番の才能だよ」
きょとんとするリナの頭を撫でる。
幸せな奴だ。
だが、僕の方は限界だった。
「ッ……!」
ズキリと、脳の奥に激痛が走る。
視界が歪み、鼻から温かいものが垂れてくる。
「レイン!? 血、鼻血が出てるよ!」
「平気だ……ちょっと魔力を使いすぎただけだ……」
僕はふらつきながら、手すりに寄りかかる。
他人の魂を脳内でエミュレートする負荷は凄まじかった。
自分のOSと他人のOSを同時に動かすようなものだ。
CPU(脳)への負担は計り知れない。
あと数分長引いていたら、僕の自我の方が崩壊していただろう。
「レイン……私のために……」
「気にするな。……それより、これで時間を稼げた」
僕は血を拭い、学園を見下ろした。
騎士団が去っていくのが見える。
だが、これで終わりじゃない。
彼らは必ず戻ってくる。
次はもっと確実な手段で、リナを狩りに来るだろう。
「……ねえ、レイン」
リナの声が、妙に静かだった。
振り向くと、彼女は夕日に照らされた自分の手を見つめていた。
「昨日、私の体がおかしくなったこと。……それと、今日の騎士たちが探してた『聖女』のこと」
心臓が跳ねた。
「教会の人たち、私を見つけに来たんでしょ? ……私が、聖女なんでしょ?」
リナの瞳は真っ直ぐだった。
怯えはある。だが、それ以上に「知りたい」という意思が勝っている。
聡明な子だ。
昨日の覚醒と今日の捜索。
それを結びつけられないほど鈍くはない。
「……ああ。教会が探してるのは、お前だ」
隠し通せないと悟った。
半端な嘘は、むしろ危険だ。
「お前の魔力密度は桁外れに高い。教会はそれを『聖女の資質』と呼んでいる。……今日の検査は、お前を見つけ出すためのものだった」
リナの唇が微かに震えた。
だが、泣かなかった。
「……そっか。やっぱり、そうなんだ」
「リナ……」
「大丈夫。なんとなく、分かってた。最近、味がしなくなったり、触られてもよく分からなかったりして……自分の身体が、自分じゃなくなっていくみたいだったし」
彼女は、震える両手を強く握りしめた。
「……聖女に選ばれるのは名誉なことだって、ずっと教えられてきたのに。昨日あんなことになって、今日あれだけ武装した人たちが来て……レインが、あんなに血を流してまで必死に私を隠そうとしてる」
リナが、泣き笑いのような顔で僕を見た。
「……ちっとも、良いことなんかじゃないんだね。聖女になったら……私、どうなるの?」
答えに詰まった。
本当のことは言えない。
「生贄になる」なんて、今ここで告げられるわけがない。
僕自身、まだ全容を掴めていないのだ。
「……正直、まだ分からない。だから調べに行く」
「調べに?」
「手がかりがある。今夜、確かめに行きたい場所がある。……付き合ってくれるか」
リナは少しだけ黙った。
夕風が、彼女の髪を揺らす。
「……うん。行く」
「怖くないのか」
「怖いよ。でも、知らないままの方がもっと怖い。……それに」
リナが、泣き笑いのような顔で僕を見た。
「レインが一緒なら、大丈夫だから」
……ずるい。
その言葉一つで、僕の覚悟は全部固まってしまう。
「分かった。夜になったら迎えに行く。……ミオにも声をかけてある」
僕はポケットの中で、エララから受け取った「地下への鍵」を握りしめた。
研究所の深層部分には、現地でしか解除できない強固な物理ロックがかかっている。あれを突破するハッキング技術が自分にはまだ足りないかもしれないと、これまでリモート解析での準備を優先してきた。
だが、もうそんな悠長なことは言っていられない。もはや猶予はない。
守りに入っているだけでは、いつか確実にリナを奪われる。想定が不完全でも、物理レイヤー(現地)から直接アタックを仕掛けるしかない。
日が沈みかけていた。
王都の空には、相変わらず赤いカウントダウンが不気味に浮かんでいる。
だが、今の僕には、その数字が挑発しているようにしか見えなかった。
「待ってろよ、管理者。……今からバグを届けに行ってやる」
【今節の専門用語解説】
・仮想マシン(Virtual Machine / VM)
コンピュータの中に、ソフトウェア的に再現された「もう一台のコンピュータ」のこと。レインは自分の脳の中に、リナ用の隔離スペース(ゲスト)を作り、そこに彼女の魂を避難させた。
・サンドボックス(Sandbox)
外部へ影響を与えないように隔離された領域。「砂場」。ここで何が起きても外の世界(監査役の水晶)には感知されないセキュリティ技術。
・ダミーOS
本物のOS(人格)の代わりに動かす、自動応答プログラム。レインが用意した「未覚醒状態のリナ」のダミーは、彼女の普段の思考や波長を再現した精巧なカモフラージュ用。リナの肉体を空っぽにしないための詰め物。




