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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第32話:聖女の覚醒(システム・コール)

【098:14:12:05】


四十日持つはずだった仮想マシン(VM)は、わずか五日で崩壊した。

その日、血相を変えたエララから「昼休みに教室でリナが急に倒れた」と通信が入った。彼女が人目も憚らずSクラスの棟から保健室へリナを担ぎ込み、僕とミオがそこに駆け込んだ時には――既に、手遅れだった。

「私が王宮の医務官を呼んでくるわ!」と嵐のように去っていったエララを見送り、僕は即座に保健室の鍵を閉じた。

システムが僕の偽装を「不具合」と認識し、管理者権限による強制アップデートを仕掛けてきたのだ。


保健室のベッドで、リナは荒い呼吸を繰り返していた。

高熱は下がらない。

いや、これは熱ではない。

肉体が、人間という器から「聖女」というデバイスへ作り変えられる際の発熱オーバーヒートだ。


「……レイン君。状況は?」

「最悪だ。……見てくれ」


駆けつけたミオに、僕は自分の視界を共有した。

リナの周囲には、何重もの複雑な幾何学模様――魔方陣が展開されている。

だが、それは彼女自身が発動しているものではない。

「世界」が、彼女に対して強制的にインストールを行っているのだ。


`Downloading: Divinity_Package_v9.0... [24%]`

`Overwriting: Personality_Driver... [Pending]`

`Memory_Check: OK.`


「人格ドライバの上書き……!?」

ミオが息を呑む。


「ああ。聖女になるってことは、リナという個人の人格を消して、神の声を降ろすための器に作り変えるってことらしい」


ふざけた仕様だ。

「生涯を祈りに捧げる」なんて綺麗な言葉で飾っているが、要するに「人間としての死」だ。

リナの自我をフォーマットし、都合のいい「生体端末」にする。

それが聖女システムの正体だった。


「……VMは? レイン君の隠蔽は!?」

「全部弾かれた。見てみろ」


リナの脳内コード。

僕が構築した仮想マシン(VM)は外殻ごと粉砕されていた。その下にあったパッチも、赤いノイズに侵食され、ズタズタに引き裂かれている。

システム側の権限(Authority)が強すぎる。

今の僕は「一般ユーザー」だ。対して向こうは「管理者(Root)」。

権限レベルが違いすぎて、僕の命令コマンドが通らない。


「う……あ……」


リナがうめき声を上げる。

その瞳がうっすらと開く。

だが、焦点が合っていない。

虹彩の色が、本来の茶色から、無機質な金色へと変わり始めていた。


「……Target... Identified...」

「リナ?」


彼女の口から紡がれたのは、いつもの愛らしい声ではない。

合成音声のような、感情のない響き。


「Error... Connection Unstable... Requesting... Buffer...」

「ッ! 意識がない……完全にシステムに乗っ取られてる!」


僕は彼女の方を掴み、魔力を流し込もうとした。

強制シャットダウンさせるしかない。

危険だが、このままインストールが完了するよりはマシだ。


「ごめん、リナ! ……少し痛いぞ!」

「やめてレイン君! 今干渉すると、彼女の脳が焼き切れます!」


ミオの悲鳴に、僕は寸前で手を止めた。

そうだ。

書き込み中のHDDを無理やり引っこ抜くようなものだ。

そんなことをすれば、リナの自我どころか、魂そのものが破損クラッシュする。


「クソッ……! じゃあどうすればいいんだよ! 指をくわえて見てろってのか!?」


僕は壁を殴った。

無力だ。

前世でも、今世でも。

結局、巨大なシステムの前では、一人のエンジニアなんてバグ以下の存在でしかないのか。


「……レイン、君?」


その時。

不意に、少女の声が聞こえた。

機械音声ではない。

弱々しい、でも確かな、リナの声。


「リナ! 分かるか!?」

「うん……なんか、夢を見てたの。……真っ白な部屋で、誰かが『その身体をよこせ』って……」

「渡すな! 絶対に『はい』って言うなよ!」


僕は彼女の手を握りしめた。

インストールが一時停止している。

リナの精神力ファイアウォールが、最後の抵抗をしているのだ。


「……怖いよ、レイン。私、私じゃなくなっちゃいそう……」

「大丈夫だ。僕がいる。絶対にお前を消させたりしない」

「……うん。なんだか、全部遠くに感じるけど……レインの手だけは、分かるよ……」


リナの瞳から金色が引き、いつもの色が戻ってくる。

インストール進捗バーが `[Stopped]` になった。

一時的な膠着状態。

だが、これも長くは続かない。


バァァァン!!


保健室のドアが乱暴に開かれた。


「――発見したぞ! 聖なる波動はこの部屋だ!」


白銀の鎧。

教会騎士団だ。

それも、以前街で会った一般兵ではない。

より豪奢な装飾を施された、精鋭部隊エリート

その背後には、冷ややかな目をした神官風の男が立っていた。


「……探知サーチが早すぎるだろ」


僕は舌打ちをし、リナを背に庇うように立った。

ミオも杖を構える。


「どけ、学生風情が。……そこにいる少女が『聖女』として覚醒したことは感知されている。神殿へ連行し、保護する」


神官が抑揚のない声で告げる。

保護?

いいや、拉致だ。


「断る。彼女はただの風邪だ。連れて行くなら、僕を倒してからにしろ」

「……愚かな。神の意思に逆らうか」


神官が指を鳴らすと、騎士たちが抜剣した。

狭い保健室に、殺気が充満する。


「ミオ、リナを頼む。……僕が時間を稼ぐ」

「で、でもレイン君! 相手は『枢機卿直属』の近衛騎士ですよ!? さすがに多勢に無勢です!」

「知るかよ。……僕の『処理速度』についてこれるなら、やってみろ」


僕は全身の魔力回路をフルドライブさせた。

思考速度を極限まで加速オーバークロック

世界がスローモーションになる。


騎士の一人が踏み込む。

遅い。

あくびが出るほど遅い。

僕は最小限の動きで剣をかわし、相手の関節ジョイントの隙間に指を滑り込ませる。


「《Paralyze(麻痺)》」


神経伝達信号をカット。

騎士は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

次。右から二人。

ファイアボールの詠唱? 遅すぎる。

詠唱が完成する前に、術式構成の一部を書き換えて暴発させる。


「ぐわぁぁっ!?」


一瞬で三人が無力化された。

神官が目を見開く。


「な、なんだその動きは……! 魔法を使っていないだと!?」

「魔法だよ。……お前らの知ってる『亀のような魔法』とはOSが違うだけだ」


僕は息を乱すことなく言い放つ。

だが、内心は焦っていた。

数はまだ多い。

それに、ここで派手に暴れれば、学校中に知れ渡る。

そうなれば、教会の目を逸らしてきた『ただの未覚醒の候補生』という偽装は完全に破綻し、リナが真の聖女だと確信される。


(……どうする。このまま全員やるか? それとも脱出するか?)


デッドロック(手詰まり)。

その時だった。


「――そこまでだ」


凛とした声が、廊下に響いた。

騎士たちの動きが止まる。

現れたのは、銀髪の生徒会長――ヴァイスだった。

その後ろには、武装した生徒会役員たちが並んでいる。


「神聖な学園内での抜剣は、校則違反だ。……たとえ教会の方々であろうとも、私のテリトリーでの狼藉は看過できない」


ヴァイスが冷ややかに告げる。

神官が顔をしかめた。


「ヴァイス殿……。これは神の意思だ。聖女の保護を妨げるつもりか?」

「正規の手続きを踏んでいただきたいと言っている。令状もなしに生徒を連行するなど、法治国家のすることではない」


正論だ。

ぐうの音も出ない正論で、ヴァイスは教会側を牽制した。

神官はしばらくヴァイスを睨みつけていたが、やがてフンと鼻を鳴らした。


「……よかろう。今日のところは引く。だが忘れるな、その少女は神のものだ。いずれ必ず迎えに来る」


神官たちは、捨て台詞を残して去っていった。

嵐が去る。

僕は緊張を解き、その場にへたり込んだ。


「……助かったよ、会長」

「勘違いするな。学園の秩序を守っただけだ」


ヴァイスは冷たく言い放つと、僕ではなく、ベッドのリナを見つめた。


「……覚醒が始まったようだな」

「知ってたのか」

「当然だ。……レイン、君に猶予を与えよう」

「猶予?」

「学年末式典までだ。それまでに彼女の『処遇』が決まる。……無駄な足掻きはやめて、運命を受け入れろ」


それだけ言うと、ヴァイスも背を向けた。

敵か味方か。

相変わらず食えない男だ。

だが、これではっきりした。

デッドラインは漠然とした「いつか」じゃない。

「学年末式典」。

具体的な期限が切られた。

あと数ヶ月だ。


僕はリナの手を握り直す。

彼女の手はまだ温かい。

だが、その奥底では、冷酷なシステムコードが再起動の時を待っている。


(……絶対に書き換えてやる。このクソみたいな運命シナリオを)


戦いは、新たなフェーズへと移行した。

【今節の専門用語解説】


・ドライバ(Driver)

ハードウェア(肉体)を制御するためのソフトウェア。リナの人格が「聖女ドライバ」に上書きされるということは、彼女が彼女自身の体を動かせなくなり、システムのための操り人形になることを意味する。


・Root権限(Root Privileges)

システムにおける最高位の権限。あらゆるファイルの閲覧、変更、削除が可能。神や教会側はこの権限を持っているため、一般ユーザー(レイン)の干渉を弾くことができる。


・デッドロック(Deadlock)

二つの処理がお互いの終了待ちをしてしまい、どちらも進めなくなる状態。転じて、進むも引くもできない「手詰まり」の状態を指す。

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