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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第2話:クソコード・リライト

それから三年。

僕は、地獄のような「待機時間アイドルタイム」を過ごした。


三歳になるまでの間、僕はひたすら情報の収集クローリング解析アナリティクスに明け暮れた。

赤ん坊の体は不便だ。

一日の大半を寝て過ごさなければならないし、自由に移動もできない。

だから僕は、耳に入ってくる情報をすべて脳内のデータベースに蓄積していった。


まず言語だ。

この世界の言葉は、前世の英語に近い文法構造を持っていたが、単語の語源はラテン語やドイツ語が混ざったような独特なものだった。

僕はそれを「新しいプログラミング言語」を覚える感覚で習得した。

文法シンタックスを解析し、単語ライブラリを暗記する。

一歳半になる頃には、大人の会話の九割を理解できるようになっていた(もちろん、喋ることはできないが)。


次に魔法だ。

これが一番の問題だった。

この村で魔法を使えるのは、元冒険者だという母と、村の教会にいる司祭くらいだ。

彼らの魔法を観察するたびに、僕のストレスはマッハで加速した。

どいつもこいつも、非効率の極みのような使い方をしているのだ。


「ああ、まただ……そこでその変数を再代入するな……」

「詠唱が長い……もっと短縮できるだろ……」


心の中で何千回とツッコミを入れ、脳内で勝手に最適化されたコードを書き上げる。

だが、それを試す手段がない。

この「入力待ち」の状態は、ワーカーホリックだった前世の僕には拷問に等しかった。


そして三歳になり、ようやく言葉を話し、二足歩行ができるようになった頃。

僕はついに、最初のアクションを起こすことにした。


場所は自宅の裏庭。

ターゲットは、父が趣味で練習している「点火の魔法」だ。

父は魔法使いではないが、生活に役立つ程度の「生活魔法」は使えるらしい。


「よし、見てろよレイン。《イグニッション》! ……くっ、相変わらず渋いな」


父が杖を振るう。

杖の先から、ボッ、と小さな火種が生まれる。

ライターの火程度の、頼りない炎だ。

父の額には玉の汗が浮いている。たかが着火魔法一つで、全精力を使い果たしたような顔だ。


(……やっぱり、酷い)


父の魔法もまた、母と同じく「スパゲッティ・コード」の塊だった。

無駄な詠唱。非効率な魔力回路。

なにより、世界そのものの「OS(基本仕様)」が古すぎる。

この世界の魔法使い(プログラマー)たちは、数千年前に書かれたレガシーなライブラリを、中身も理解せずにコピペして使っているだけなのだ。

「なぜ火が出るのか」を理解せず、「こう唱えれば火が出る」という伝承ブラックボックスに頼っている。


「父さん、ぼくもやってみたい」


僕は幼児特有の上目遣いでねだった。

あざといことは分かっているが、これもソーシャル・エンジニアリングの一環だ。

父は豪快に笑い、わしゃわしゃと僕の頭を撫でた。


「ははは! まだ早いぞレイン。魔法を使うには、まず『魔力回路』を体の中に作らなきゃならん。これには十年はかかるんだ」


「十年?」


僕は素っ頓狂な声を上げそうになった。

たかが「Hello World」の表示環境を構築するのに十年?

冗談じゃない。

そんなスパンの長いプロジェクトに参加してたら、また過労死してしまう。

この世界の教育カリキュラムは、あまりにも進捗が遅すぎる。


「いいから、かして」

「おっと、危ないぞ」


僕は強引に父の手から杖を奪い取った。

ずしりと重い。

粗末な樫の木で作られた杖だが、中には微量な魔導触媒(おそらく魔石の欠片)が埋め込まれているのが「見える」。

杖というよりは、ただの「増幅回路付きの棒」だ。

伝導率スループットは最悪。ノイズだらけの通信回線のようなものだ。


(構造は把握した。入力デバイスとしては低スペックだが……まあ、初期テストくらいなら動くだろう)


僕は杖を構え、目を閉じた。

父が何か言っているが、意識のノイズキャンセリング機能でシャットアウトする。


詠唱? いらない。

あんなものは、コンパイラ(翻訳機)を通す前の冗長なソースコードだ。

システムと対話するのに、わざわざ人間語の詩を歌う必要なんてない。

僕は機械語アセンブラレベルで、直接、世界に命令を送る。


脳内の「イメージ」を、純粋な「論理式」へと変換する。

世界を構成するパラメータをハックする。


**Target:** Atmosphere (Oxygen conc. 21%)

**Action:** Molecular Vibration (Heat)

**Coordinate:** Wand Tip (X, Y, Z)

**Energy Source:** Mana Pool (Internal)

**Execute:** NOW.


カッッッ!!!!


静寂。

鳥の声が止まった。

次の瞬間、杖の先から放たれたのは、父が出したような「揺らぐ種火」ではなかった。

青白く輝く、一直線の「熱線レーザー」だった。


ジュッ、と音がして、庭の太い木が一瞬で黒焦げになり、幹の真ん中に綺麗な風穴が開いた。

残り火すら発生しない。超高温による瞬時の炭化。

完全な燃焼(Complete Combustion)。


「…………は?」


父が口をあんぐりと開けて固まる。

持っていた手拭いが手から滑り落ちた。


「……あ」


僕もまた、冷や汗を流していた。

失敗した。

いや、計算は完璧だった。完璧すぎたのだ。

効率化しすぎて、威力が桁違いになってしまった。

「1」の入力で「100」の結果を出してしまった。


(やばい、出力調整のパラメータをミスった……! デバッグ用の `print` 関数でログを出そうとしたら、本番環境のデータベースを削除しちゃった気分だ)


だが、それ以上に深刻な問題が発生していた。

僕の体が、ガクガクと震え始めたのだ。

杖を取り落とす。膝から力が抜ける。


(熱い……! 体が、燃えるように熱い……!)


視界が赤く染まる。

内側から焼かれるような感覚。

鼻からツーッと生温かいものが流れる。拭うと、真っ赤な血だった。

頭痛が、ハンマーで殴られたようにガンガンと響く。


【Warning: System Overheat.】

【Error: Hardware limit exceeded.】


脳内の警告ログが真っ赤に点滅する。


(そうか、この体じゃ……耐えられないのか!)


僕の精神ソフトウェアは、高度な演算を処理できる大人シニアエンジニアのものだ。

だが、その命令を実行する肉体ハードウェアは、まだ未発達な三歳児なのだ。

最新のAAA級ゲームタイトルを、二十年前のノートPCで起動しようとしたようなもの。

あるいは、高性能なグラフィックボードを、旧世代の電源ユニットに無理やり繋いだようなものだ。

電力不足で、システム全体が落ちようとしている。


「レ、レイン!? おい、どうした! 鼻血が出てるぞ!」


父が慌てて駆け寄ってくる。

その声が、水底にいるように遠く聞こえる。

僕は霞む意識の中で、自分の小さく弱い手を握りしめた。


(分かってたはずだ……。魔法は、物理法則へのハックだ)

(今の僕のスペックじゃ、数行のコードを実行するだけで、オーバーフローする……!)


悔しい。

世界はこんなにもバグだらけで、修正したい個所は山ほどあるのに。

僕にはまだ、キーボードを叩くための「指」すら揃っていない。


「……父さん、ごめん。ちょっと、ねむい」


「レイン! おい、しっかりしろ! 母さん! おい、誰か!」


父の叫び声がフェードアウトしていく。

視界がブラックアウトする。


遠のく意識の中で、僕は誓った。

このクソみたいな世界の仕様レガシーシステムに負けてたまるか。

今は無理でも、必ず体を育てて、この世界の管理者権限(Root)を奪い取ってやる。

僕の理想の開発環境(世界)を作ってやるんだ。


そうして、僕の初めての「実装」は、強制シャットダウン(気絶)というほろ苦い結果で幕を閉じた。

これが、僕の最初のエラーログだった。

【今節の専門用語解説】


・スパゲッティ・コード(Spaghetti Code)

麺のように絡まりあった、読みづらく保守しづらいプログラムコードのこと。父の魔法は無駄な処理だらけの典型的なスパゲッティ・コードだった。


・ハードウェア・スペック不足

どれだけ賢い頭脳ソフトウェアを持っていても、命令を実行するハードウェアが貧弱だと、処理落ちしたり熱暴走したりすること。今のレインの悩み。


・オーバーフロー(Overflow)

処理する情報量が容量を超えてしまうこと。コップに水を注ぎすぎて溢れるようなもの。レインの三歳の体では、高度な魔法の演算に耐えられなかった。

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― 新着の感想 ―
34歳エンジニアです。やけに読みやすいアセンブリだなと思いました。良い世界ですね。
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