表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

第27話:夏休みの最適化(サマー・チューニング)

【260:14:33:22】


夏休みに入って三日目。

学園は静まり返り、寮に残っている生徒はまばらだった。


「今日くらいは休みなさいよ。あなた、最近顔色悪いわよ?」


禁書庫に籠もる僕の前に、エララが仁王立ちしていた。

後ろにはリナとミオが並んでいる。

リナは申し訳なさそうに、ミオは涼しい顔で。


「今日は夏祭りです。レイン君も行きましょう」

「祭り? そんな暇は——」

「却下。行くわよ。これは命令よ」


エララが扇子で僕の額をぺちんと叩く。

いつから僕はこのお嬢様の部下になったんだ。


「レインも来てよ! せっかくの夏休みなのに、ずっと本ばっかり読んでたらもったいないよ!」


リナが僕の袖をグイッと引っ張る。

その顔は、夏の日差しよりも眩しい。


「……分かったよ。ちょっとだけな」

「やった!」


リナが飛び上がって喜ぶ。

ミオは僕の耳元で囁いた。


「『適度な休息クーリング』も管理者の義務ですよ。……魔力枯渇オーバーヒートで倒れたら、誰がリナさんの保護術式を維持するんですか」


返す言葉もなかった。


   ◇


王都の夏祭り。

旧市街のメインストリートには色とりどりの屋台が並び、人々の熱気で溢れ返っていた。

提灯の明かりが、夕暮れの街を琥珀色に染めている。


「わぁぁっ! すごい、すごいよレイン! 見て、あのお面! あっちにリンゴ飴もある!」


リナが人混みの中を泳ぐように走り回る。

その背中を追いかけながら、僕は呆れ半分、安堵半分だった。


「はしゃぎすぎよ、リナさん。公爵家の令嬢がお祭りで走り回るなんて、使用人に見られたら大騒ぎだわ」


エララが扇子で口元を隠しながら言う。

だが、その目は屋台の焼き鳥に釘付けだった。


「……食べたいなら食べればいいだろ」

「べ、別に食べたいなんて言ってないわ! ……でも、せっかくだし、社会勉強として味見くらいは」

「素直じゃないな」

「うるさいわね!」


僕が焼き鳥を二本買ってやると、エララは顔を赤くしながらも小さく「ありがと」と呟いた。

公爵家の令嬢が、割り箸で焼き鳥を頬張る姿は、なかなかシュールだった。


「レイン君、こちらを」


ミオが小さな手帳を広げて見せた。

彼女は祭りの屋台の配置図を記録していた。

完璧な縮尺で。


「……お前、祭りを楽しむ気あるのか」

「楽しんでいますよ。私の楽しみ方が記録なだけです」


それもそうか。


   ◇


金魚すくいの屋台。

リナが三枚目のポイを握りしめ、水面を睨んでいた。


「……よし。今度こそ」


彼女の目が真剣だ。

戦場に立つ騎士のような集中力。

ポイが水面に触れた瞬間、リナの手が閃いた。


「取った! あっ、破けた? いや、取れてる! ……取れてるよ!」


小さな金魚が一匹、ビニール袋の中で泳いでいる。

リナの歓声が夜空に響いた。

周囲の客までもらい笑いしている。


「名前つけなきゃ! レイン、何がいいと思う?」

「……金魚に名前つけるのか」

「当たり前でしょ。家族なんだから!」


金魚すくいに全力を注ぐ幼馴染。

こういう時の彼女は、本当に「ただの女の子」だ。

聖女でも、生贄でも、システムの消耗品でもない。

ただの、金魚に夢中な十五歳の少女。


……守りたいのは、この瞬間だ。


ふと、彼女の手に目が留まる。

金魚の入った袋を持つ指先が、水に濡れているはずなのに、妙に乾いている。

汗もかいていない。

真夏の人混みの中で、リナだけが涼しげだった。


それは、快適ではなく、異常だ。

彼女の身体が、少しずつ「最適化」されている証拠。

人間という非効率な器から、聖女という完璧なデバイスへ。


(……今日は見ない)


僕は意識的に『低レイヤー・ビジョン』の出力を絞った。

今日くらいは、ただの幼馴染でいさせてくれ。

数字じゃなく、笑顔を見ていたい。


「金ちゃんにする!」

「安直すぎるだろ」

「じゃあレイン二号!」

「なんで僕なんだよ」


リナがゲラゲラ笑う。

エララが「品がないわ」と口では言いつつ笑っている。

ミオが手帳に「金魚の命名論争:未決着」と書き込んでいる。


平和だ。

何でもない、ただの夏の一夜。


   ◇


「……綺麗」


花火が始まった。

王都の東の空に、大輪の光が次々と開いていく。

四人で河川敷の芝生に座り、空を見上げていた。


「おっきい……! いつも遠くから見てたけど、こんなに近くで見るの初めて!」

「ええ、王都の夏祭りの名物よ。宮廷魔導士が魔法で打ち上げてるから、近くで見ると迫力が違うわね」


エララが解説するが、リナはもう聞いていない。

口を半開きにして、ただ光を追っている。


ミオはいつの間にか花火のスケッチを始めていた。

彼女の手帳には、光の軌跡が正確に描かれている。


僕は三人の横顔を眺めた。

花火の光に照らされた、それぞれの表情。


ふと、リナの瞳に花火の光が映った時、虹彩の奥で微かな金色が瞬いた。

一瞬だけ。

誰にも気づかれないほど短く。


リナ自身も気づいていない。

彼女は夜空に手を伸ばし、「触れそう」と呟いただけだ。


僕だけが見ている。

彼女の中で、何かが静かに書き換わり続けていることを。


「ねえ、レイン」

「ん?」

「こういう日が、ずっと続くといいね」


リナが空を見上げたまま言う。

花火の残光が、彼女の頬を淡く照らしている。


「ああ。……続くさ」


僕は答えた。

それは願望であり、宣言だった。

この先、どれだけ厳しい戦いが待っていても、僕が守るのはこの時間だ。


花火の音が遠ざかっていく。

金魚の袋を大事そうに抱えたリナの隣を歩きながら、僕は肩の力を抜いた。


今日だけは、エンジニアじゃなくていい。

ただの、夏祭りを楽しんだ男の子でいさせてくれ。


……明日からは、また戦う。

【今節の専門用語解説】


・チューニング(Tuning)

システムの性能を最適な状態に調整すること。エンジンの調律にも使われる言葉。レインにとってこの夏祭りは、自分自身の精神状態をチューニング(調律)するための時間だった。


休息クーリング

システムを熱暴走から守るための冷却期間。前世のレインは「休む暇があるなら一行でもコードを書け」というブラック環境にいたため、ミオに強制的に休ませられるまで自制が利かなかった。


・ポイ

金魚すくいに使う紙製の道具。薄い和紙を枠に貼ったもので、水に長く浸けると破れる。技術的に言えば「耐久度デュラビリティ」が極めて低い使い捨てインターフェース。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ