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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第25話:エララのデバッグ依頼

週末。

僕とリナは、王都の一等地にあるヴァロス公爵邸の前に立っていた。


「……でかいな」


見上げるような高い塀。

門扉だけで、僕の実家(リファクト家)が丸ごと入りそうなサイズだ。

門番の兵士たちも、そこらの冒険者よりよっぽど強そうな装備をしている。


「レイン、本当に大丈夫? 私たち、場違いじゃない?」

「堂々としてろ。今日は『お客様』だぞ」


リナは借りてきた猫のように怯えている。

無理もない。

庶民にとって、公爵家なんて雲の上の存在だ。

だが、僕にとっては違う。

ここは今日、「攻略対象のサーバー」だ。


「お待ちしておりました、レイン様、リナ様。お嬢様がお待ちです」


執事の老人が、重厚な門を開ける。

手入れされた庭園を抜け、屋敷の玄関へ。

すると、中からバタバタと足音が聞こえ――


「お、遅いじゃない!」


ドレス姿のエララが現れた。

いつもの制服姿とは違い、フリルたっぷりの深紅のドレスを着こなしている。

可愛いというより、神々しい。


「招待ありがとう、エララ。……似合ってるよ、そのドレス」

「ふ、ふん! お世辞はいいわよ。……こっちに来なさい」


エララは顔を赤くして、僕たちを応接間へと案内した。

部屋に入ると、高級そうな紅茶とケーキが用意されていた。


「それで? 『古い魔導具を見たい』って言ってたけど、具体的には何を?」


エララが単刀直入に聞いてくる。

僕はケーキを一口食べ(美味い、さすが公爵家)、本題に入った。


「ずばり、この屋敷の地下にある『熱源制御システム』だ」

「……は?」

「最近、屋敷の温度管理がおかしくないか? 夜中に急に暑くなったり、逆に寒くなったり」


エララが目を見開いた。


「な、なんでそれを……!? まさに昨日から、ボイラー室の魔導具が暴走してて、父様も困ってたのよ!」


当たり前だ。

外から見たとき、屋敷の排気ダクトから異常な魔力熱(廃熱)が出ているのが見えた。

典型的な「熱暴走サーマル・ランナウェイ」の兆候だ。


「直せるよ、僕なら」

「本当!? 宮廷魔導士に見せても『原因不明』って言われて、買い換えるしかないって……」

「買い換えたら、この屋敷のセキュリティシステムごと再構築になるぞ。数億ゴールドは下らないな」


僕が脅すと、エララは蒼白になった。

システムの依存関係ディペンデンシーが複雑すぎるのだ。

古い魔導具は、往々にして屋敷の結界とハードコードで紐付いている。


「案内してくれ。……ああ、それと、報酬は後でもらうからな」

「報酬って……まだ直してもいないのに気が早いわね!」


   ◇


地下ボイラー室。

そこには、巨大な水晶の塊が鎮座していた。

表面には無数のルーン文字が刻まれ、赤黒い光を放っている。


「……うわ、これは酷い」


僕は思わず鼻をつまんだ。

焦げ臭い。

物理的に焦げているのもあるが、それ以上に「コードの腐臭」がすごい。


「どうなの、レイン?」

「魔力の澱みが溜まってる。……温度調節の術が動き終わっても、使った魔力を捨てずに次の術を動かしてる。汚れが溢れて、中が詰まって、結果として冷却命令が間に合わなくなってたんだ」


僕は水晶に手を触れ、『低レイヤー・ビジョン』を展開した。

内部のロジックが見える。

300年前に書かれたと思しき、スパゲッティコードの塊だ。

コメント一つない。

変数は全部 `a` とか `b` とか適当な名前。

作った奴を殴りたい。


「……掃除するぞ。リナ、魔力を貸してくれ。エララは冷却結界を!」

「わ、分かった!」

「任せなさい!」


リナが僕の背中に手を置き、高純度の魔力を流し込む。

それを僕が変換し、強制リセット信号として水晶に叩き込む。

同時にエララが氷の魔法で物理的な冷却を行う。


`Command: System.GC.Collect()`

`Target: Heating_Unit`

`Force: true`


バシュゥゥゥ……!


水晶から黒い煙が吹き出し、溜まっていたゴミデータが霧散していく。

赤黒い光が、徐々に澄んだ青色へと落ち着いていった。


「……よし、安定した」


僕は額の汗を拭った。

屋敷の振動も収まっている。


「す、すごい……本当に直しちゃった……」


エララが呆然としている。

宮廷魔導士がサジを投げた案件を、Fクラスが数分で解決したのだ。

常識崩壊だろう。


「ね、ねえレイン。あなたって本当に何者なの?」


エララが真剣な眼差しで僕を見つめていた。

いつもの高飛車な態度はどこへやら、その目には純粋な驚嘆と、少しの畏怖が宿っている。


「ただの便利屋だよ。壊れたものを直すのが得意なだけだ」

「嘘。……宮廷魔導士ですら理解できない術式を、あなたは一目見ただけで看破した。Fクラスにいること自体が異常だわ」


図星だ。

だが、全てを明かすわけにはいかない。


「僕はこの世界の『魔法』とは少し違う視点で物を見てるだけさ。……それより」


僕は大げさに咳払いした。


「さて、報酬をもらおうか」


僕はニヤリと笑った。


「ヴァロス家が代々管理してきた『古代研究所』へのアクセスコード。それを借りたい」

「……っ!」


エララが息を呑む。

彼女も馬鹿ではない。

僕の目的が、屋敷の修理ではないことは気づいていただろう。


「……何をする気? あそこは、王家の許可がないと入れない『禁足地』よ」

「知ってる。……クリティカルなバグがあるんだ。世界を救うために必要な」


僕は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

嘘はつかない。

ただし、全てを話すわけでもない。


「リナさんのためなの?」

「……そうだ」と、リナに聞こえないよう声を落とした。


エララは僕とリナを交互に見た。

そして、ふう、と大きなため息をついた。


「あなたって、本当にリナさんのことしか頭にないのね」

「悪いか」

「悪くはないけど……シャクだわ」


エララは懐から、一枚の古いカードキー(石板)を取り出した。

家紋が刻まれた、重厚な鍵。


「父様の書斎からくすねてきたわ。……予備の鍵よ」

「エララ……!」

「勘違いしないでよ! 私はただ、あなたが捕まった時に『私が手引きしました』なんて言いたくないだけ! ……こっそり行って、こっそり戻しなさい」


そう言って、彼女は顔を背けた。

ツンデレの極みだ。

だが、その手は震えていた。

彼女なりに、家名を汚すリスクを背負って協力してくれたのだ。


「ありがとう。……恩に着る」

「借りは高いわよ。……今度、勉強教えなさいよね」

「ああ、いくらでも」


鍵を受け取る。

これで、ラスボス(システム中枢)への裏口ルートが開いた。


   ◇


帰り道。

夕焼けに染まる王都を歩きながら、リナが嬉しそうに言った。


「エララさん、いい人だね!」

「ああ。手間のかかるお嬢様だけどな」

「レインも、なんだかんだ楽しそうだったよ?」


リナがニマニマと笑う。

平和だ。

屋敷の修理も成功し、重要アイテムも入手した。

全てが順調に進んでいる――ように見えた。


だが。

バグは、もっとも油断した瞬間に発生する。


「あ……」


突然、リナが立ち止まった。

その顔から、急速に血の気が引いていく。


「リナ?」

「なんか……苦しい……息が……」


彼女が胸を押さえてうずくまる。

その身体から、バチバチッという不穏な音が響いた。

静電気ではない。

魔力のショート音だ。


「おい、しっかりしろ!」


駆け寄って彼女を抱き留める。

熱い。

火傷しそうなほどの高熱だ。

そして僕の視界には、最悪のエラーログが表示されていた。


`[Warning: Patch Broken.]`

`[System Override: Active.]`

`[Saint_Program.exe: Launching...]`


「あ、が……レイン……助け……」


リナの瞳のハイライトが消える。

僕が当てた「隠蔽パッチ」が、内側から食い破られたのだ。

システムが、彼女を見つけた。


「クソッ……! 早すぎるだろ……!」


僕はリナを抱きかかえ、叫んだ。

穏やかな週末は、唐突なシステムコールによって強制終了した。

【今節の専門用語解説】


・ガベージコレクション(Garbage Collection)

メモリ管理の機能の一つ。使い終わった不要なメモリ領域ゴミを自動的に探し出し、解放する処理のこと。これが動かないとメモリリークが起きる。レインは魔法で強制的にゴミ掃除を行った。


・依存関係(Dependency)

あるシステムやプログラムが、他のプログラムを利用している関係のこと。「ボイラーを直すとセキュリティが止まる」というのは、「ボイラーの制御コードが、なぜかセキュリティのコードを参照している」という最悪のスパゲッティ状態(密結合)を意味する。


・ハードコード(Hard Coding)

パスワードや設定値などを、プログラムの中に直接書き込んでしまうこと。変更するにはプログラム自体を書き直す必要があり、柔軟性がない。古いシステムの「あるある」。

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