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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第23話:不可視のパッチ(隠蔽工作)

僕の視界には、常に赤い数字が点滅している。


【359:12:45:30】


残り一年を切った。

秒単位で減っていくこの数字は、世界の崩壊までのカウントダウンであり、同時にリナの命の期限でもある。

空を見上げれば、まるでドット落ちしたかのような「黒い穴」が、空のテクスチャの端に空いているのが見える。

一般生徒には見えない、世界のほころび。

だが、僕の『低レイヤー・ビジョン』には、そこから崩壊のノイズが垂れ流されているのがはっきりと見えていた。


「レイン、なにボーッとしてるの? ほら、購買のパン売り切れちゃうよ!」


昼休み。

リナが僕の腕をグイグイと引っ張る。

その無邪気な笑顔を見ていると、胸の奥が締め付けられるようだ。

彼女は知らない。

自分がこの世界を延命するための「消耗品」として設計され、あと一年で廃棄される運命にあることを。

世界中の人間が彼女の犠牲の上に生き延びようとしている中、僕だけがそのシステムの不正バグを知っている。


「……あ、悪い。考え事してた」

「もう、また難しい数式のこと? レインは本当に魔法オタクなんだから」

「否定はしないけどさ。……ほら、行くぞ。今日は焼きそばパン戦争、負けるわけにはいかないからな」


僕は無理やり口角を上げ、彼女の背中を押した。

日常を演じる。

それが今の僕にできる、精一杯の「守り」だった。


購買部での激戦――Fクラスの身体能力強化フィジカル・ブーストを無駄遣いして勝ち取った焼きそばパンを手に、僕たちは中庭のベンチに座った。

春の陽気が心地よい。

だが、この平和は薄氷の上に成り立っている。


「んー、美味しい! やっぱり購買のパンは最高だね!」

「よく食うなあ。……リナ、最近体調はどうだ? 変な夢見たりしないか?」


僕はパンを齧りながら、何気なさを装って聞いた。

リナの手がピタリと止まる。


「……あ、なんで分かったの? 実はね、最近ちょっと変なんだ」

「変って?」

「なんかね、身体が熱いの。風邪じゃないと思うんだけど、胸の奥がポカポカして……夜になると、誰かに呼ばれてるような声が聞こえるの。『祈れ』とか『捧げよ』とか」


(……やっぱりか)


僕は表情を凍りつかせないように必死で咀嚼した。

「聖女」としての覚醒が始まっている。

身体が熱いのは、急激に増大した魔力が肉体に負荷をかけているからだ。

幻聴は、システム側からの接続要求。

このまま放っておけば、数日以内に彼女の身体は「人間」から「聖女」――世界を延命するための生贄へと書き換わってしまうだろう。


「……そっか。まあ、季節の変わり目だしな。自律神経が乱れてるのかも」

「むー、レインってば適当! でも、そうかもね」


リナはあっけらかんと笑う。

その無防備な首筋を見ながら、僕は冷や汗を流していた。

急がなければ。

システムに完全にロックオンされる前に、彼女の存在を「隠蔽」する必要がある。


「リナ、ちょっと髪にゴミがついてる」

「え? 嘘、どこ?」

「じっとしてて。……とってあげるから」


僕は自然な動作を装い、リナの頭に手を伸ばした。

指先を彼女のこめかみに触れさせる。

同時に、左目の『ビジョン』を最大出力で展開した。


世界が一変する。

リナの可愛い笑顔が、緑色のワイヤーフレームと膨大なコードの塊に変わる。

彼女の頭上には、赤く点滅するステータスウィンドウが浮かんでいた。


`[Status: Awakening (34%)]`

`[System Alert: High Magic Density Detected.]`

`[Connecting to Central Dogma...]`


既に34%まで進行している。

中央システム(教会)への接続も確立寸前だ。

僕は奥歯を噛み締め、脳内で高速でコードを組み上げる。


(……割り込み処理インタラプト。通信ポートを遮断。識別IDを偽装!)


指先から、極小の魔力コードを彼女の脳内へ流し込む。

これは外科手術のようなものだ。

彼女の精神(OS)に気づかれないよう、バックグラウンドで処理を行う。


`Target: Lina_Memory`

`Action: Intercept_Connection`

`Set_Attribute: "Normal_Student"`

`Apply_Patch: "Stealth_Mode_v1.0"`


(……認識阻害パッチ、適用アプライ!)


僕が書き込んだのは、彼女の高まる魔力反応を外部から隠蔽マスキングし、ごく平凡な魔導士に見せかけるための偽装コードだ。

いわば、IPアドレスを偽装するVPNのようなものだ。

これでしばらくは、教会の探知レーダー(監査システム)を欺けるはずだ。


バチッ……!


指先に静電気のような痛みが走る。

システム側からのファイアウォールが、僕の侵入を弾こうとしたのだ。

だが、僕は強引にコードを押し込んだ。


`[Authentication: Bypass Success.]`

`[Status: Normal (Masked)]`


ステータスの赤文字が、穏やかな緑色に変わる。

成功だ。


「……ん、取れたよ」

「あ、ありがとう。……レイン、なんか手が温かいね」

「そ、そうか? 焼きそばパン持ってたからかな」


僕は震える手を隠すように引っ込めた。

リナはくすぐったそうに笑っている。

彼女は気づいていない。

今、自分のデータに、僕という異物が混入したことに。


「……ねえ、レイン」


叩くのをやめて、リナが少し真面目な顔になった。

サンドイッチの包み紙を指でいじりながら、俯く。


「なんか最近、レインが遠くに行っちゃいそうで怖いよ。……いなくならないよね?」

「……は?」

「だって、レイン最近すごいんだもん。試験でも注目されてるし、生徒会長とか図書委員の子とも仲いいし……私なんか置いて、もっと凄いところに行っちゃいそう」


不安げな上目遣い。

僕は思わず苦笑した。

逆だ。

僕がここ(Fクラス)にいるのは、全部お前のためだというのに。


「……馬鹿だな。僕がリナを置いてどこに行くんだよ」

「本当?」

「ああ。僕はリナの『お世話係』だろ? 子供の頃から、お前の尻拭いは僕の仕事って決まってるんだ」

「むぅ! 尻拭いって言わないでよ!」

「事実だろ。……約束するよ。何があっても、僕はずっとリナの味方だ」


僕は彼女の頭をポンと撫でた。

リナの頬が赤らむ。

その体温を感じながら、僕は心の中で誓う。


(絶対に守る。……たとえ、この世界のルールを全て敵に回しても)


キーンコーンカーンコーン……。

予鈴が鳴る。


「あ、行かなきゃ! 次の授業、ゼノ先生だから遅れると怒られる!」

「ああ、行こうか」


僕たちは教室へと走り出す。

背中で揺れるリナの髪を見つめながら、僕は冷や汗を拭った。

パッチは成功したが、これは一時的な処置ワークアラウンドに過ぎない。

彼女の覚醒スピードは、僕の予想を超えて加速している。

偽装しきれなくなるのは時間の問題だ。


   ◇


放課後。

僕はリナを先に帰らせ、図書館の「禁書庫」へと向かった。

そこには、本の塔に埋もれるようにして作業をする小柄な少女――ミオの姿があった。


「……遅いです、レイン君」

「悪かったよ。ちょっと手間取ってな」

「リナさんへの偽装の仕込み、ですか?」


ミオは本から目を離さずに言った。

さすがは「情報」の魔女だ。僕の行動などお見通しか。


「ああ。覚醒率が30%を超えてた。かなり危険な状態だ」

「……そうですか。カウントダウンとも同期しているみたいですね」


ミオが羊皮紙のデータを指差す。

そこには、世界の魔力濃度の変化グラフと、リナのバイタルデータが並べられていた。

二つの波形は、不気味なほど一致している。


「世界の寿命が近づくほど、システムは焦って『新しい部品(聖女)』を求めている……燃料が尽きかけた炉が、最後の薪を自動で引き込もうとするように」

「笑えない例えだな」


僕はため息をつき、椅子に座った。


「それで? アタリはついたのか」

「はい。……『古代研究所(旧・開発室)』の場所、特定できました」


ミオが地図を広げる。

指差されたのは、王都旧市街の地下深く。

一般には「立入禁止の旧跡」とされ、王家の許可なく立ち入りが禁じられている封印区画だ。


「ここに、世界の初期設計図ソースコードのバックアップがあるはずです。そこにアクセスできれば、あるいは『生贄システム』自体の無効化コードが見つかるかもしれません」

「……なるほど。侵入難易度は?」

「Sクラスダンジョン並み、いえ、それ以上です。物理的な罠に加えて、強力な論理障壁ロジック・バリアが張り巡らされています」


上等だ。

普通の冒険者には手が出せないだろうが、僕には関係ない。

障壁がロジックで作られているなら、それは「解ける」ということだ。


「決行は?」

「まだです。まずはエララさんを巻き込みましょう」

「は? なんであいつが?」

「彼女の実家……ヴァロス公爵家は、かつてこの研究所を管理していた『管理者一族』の末裔です。彼女の実家には地下へのアクセスコードのスペアがあるはずです。それを借りれれば、封印区画への侵入が可能になります」


ミオの眼鏡がキラリと光る。

なるほど。

あの高飛車お嬢様が、まさかの「キーアイテム」になるとは。


「分かった。エララへの接触は僕がやる。……あいつ、最近うるさいしな」

「ふふ、モテモテですね」

「茶化すな」


僕は立ち上がる。

反撃のロードマップは見えてきた。

まずは手駒パーティーを揃える。

そして、このふざけたシステムの中枢へと攻め込む。


教室に向かう渡り廊下で、走り去るリナの笑い声が聞こえた。

あの笑い声を守るために、僕は何を差し出せるだろう。

答えはまだない。

でも、エンジニアにとって「未解決」は「不可能」じゃない。

ただ、まだ解法が見つかっていないだけだ。

【今節の専門用語解説】


・パッチ(Patch)

プログラムの一部分を修正・変更するための追加データ。レインはリナの魔力反応を書き換え、教会に見つからないようにするための「隠蔽パッチ」を当てた。しかし、これは本体のバグ(覚醒)を直すものではなく、あくまで隠すだけの対症療法である。


・ワークアラウンド(Workaround)

根本的な解決(修正)ではなく、とりあえず問題を回避するための一時的な対処法のこと。IT現場では「暫定対応」としてよく行われるが、長期的には負債となることが多い。


・VPN(Virtual Private Network)

通信元を隠蔽したり、安全に通信するための技術。レインはこれを魔法的に応用し、リナという存在(アクセス元)をシステムから隠し、教会への通信(探知)を誤魔化している。


・ハンドシェイク(Handshake)

通信を開始する際に、互いの確認を行う手続きのこと。リナに聞こえる「幻聴」は、世界システムが「お前は聖女か? 接続していいか?」と確認を求めている信号パケットのようなもの。

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