第22話:終了までのカウントダウン(サービス・エンド)
ヴァイスとの決裂から数日。
学園は何事もなかったかのように平穏だった。
生徒たちは試験の結果に一喜一憂し、恋に悩み、青春を謳歌している。
だが、僕の目には「それ」が見えていた。
空を見上げると、巨大な数字が浮かんでいるのだ。
【364:23:59:10】
カウントダウン。
一日ごとに確実に減っていく数字。
これは間違いなく、この世界の「残り時間」だ。
ミオの解析によれば、リセット(グランド・フォーマット)が実行される「Xデー」まで、あと一年(約365日)。
「……見えますか、レイン君」
「ああ。嫌になるくらいハッキリとな」
学園の中庭。ベンチに座って空を見上げる僕の隣で、ミオがサンドイッチを齧りながら呟く。
彼女にも見えているらしい。
「情報の流れ」に敏感な彼女は、僕の視覚共有を受けてから、自力でこのカウントダウンを知覚できるようになった。
「一年……。短いですね」
「ああ。修正の期間としては短すぎる。でも、終わりの見えない『地獄』よりはマシかもな」
「レイン君の基準、ちょっとおかしいですよ」
ミオが苦笑する。
僕たちの周りには、目に見えない結界を張ってある。
会話の内容が他人に漏れないための「プライベート・ルーム」だ。
「リナさんには?」
「まだ話してない。……余計な不安を与えたくないし、彼女が『自覚』することで、システム側の監視が厳しくなるリスクがある」
リナが自分が「生贄」だと知ってしまったら、どうなるか。
恐怖で押しつぶされるか、あるいは「みんなのために」と自ら犠牲を受け入れてしまうかもしれない。
リナは、無駄に責任感が強いからな。
だから、僕が裏で解決するしかない。
「作戦会議をしましょう。……名付けて『プロジェクト・バックアップ』!」
「ネーミングセンス皆無だな。……まあいい、現状の確認だ」
僕たちはノートを広げた。
**【現在のタスク一覧】**
1. **「サクリファイス・ループ」の阻止:** 聖女の生贄儀式を止める。
2. **「グリッチ・ストーン」の解析:** 世界システムの全貌を把握する。
3. **ヴァイス(生徒会)の妨害:** 秩序派からの干渉を防ぐ。
4. **戦力の増強:** バグに対抗できる仲間を増やす。
「エララさんはどうします? 彼女、戦力としては優秀ですけど」
「保留だ。彼女は実家が公爵家だし、体制側の人間だ。巻き込むと厄介なことになる」
エララはあれから、執拗に僕に再戦を申し込んでくる。
「次は負けないわよ!」と突っかかってくるが、本気で敵対しているわけではなさそうだ。
まあ、手駒として使える時が来れば利用させてもらおう。
「問題は、このカウントダウンが進むにつれて起こる『予兆』だ」
「予兆?」
「ああ。世界崩壊直前には、様々な不具合が頻発する。ダンジョンの異変もその一つだ。これからは街中でも歪みが発生するだろう。魔獣の暴走、天候異常、魔法の暴発……」
人々はパニックになるだろう。
「終末思想」が広まり、暴動が起きるかもしれない。
それを抑え込みつつ、リナを守り、システムの根幹を修正する。
難易度ナイトメアだ。
「……でも、やるしかないですよね」
「ああ。僕はこの世界を気に入ってるんだ。……不便で、非効率で、バグだらけだけど」
僕は遠くを見る。
木陰で談笑する生徒たち。
噴水の周りで本を読んでいる少女。
そして、渡り廊下を楽しそうに歩いているリナの姿が見えた。
友人と笑い合っている。あの笑顔を守りたいと思う。
こんな「レガシー」な世界にも、守る価値はある。
合理性だけじゃ割り切れないものが、ここにはあるんだ。
「決まりですね。……私、ついていきますよ。レイン君となら、世界の終わりだってハッキングできそうな気がします」
「買い被りすぎだよ。……まあ、全力を尽くす」
僕は拳を突き出した。
ミオがおずおずと、自分の小さな拳を合わせてくる。
フィスト・バンプ。
これもまた、契約の成立だ。
『緊急クエスト:世界の終わり(サービス・エンド)を阻止せよ』
『制限時間:365日』
『報酬:リナとの平穏な日常』
「……上等だ。やってやるよ」
「はい! ……あ、そういえばレイン君。図書委員の仕事、手伝ってくれるって話まだ有効ですよね?」
「えっ、今から?」
「当然です! 禁書庫の整理、終わってませんよ!」
「……へいへい」
僕たちは立ち上がった。
カウントダウンは止まらない。
でも、僕たちの足も止まらない。
「Fクラスの英雄」と「引きこもりの管理者」。
凸凹コンビの、世界を賭けたデバッグ作業が、今ここから始まる。
(見てろよ、神様。お前の書いたクソコード、全部リファクタリングしてやるからな)
僕は空に浮かぶ巨大な数字に向かって、中指を立てて笑った。
【今節の専門用語解説】
・サービス・エンド(Service End)
通称「サ終」。オンラインゲームなどの運営が終了すること。すべてのデータは消え、プレイヤーはログインできなくなる。この世界においては「世界の消滅」を意味する。
・カウントダウン(Countdown)
終了までの残り時間。レインにはこれが見えている。焦りと絶望の象徴だが、同時に「まだ時間が残されている」という希望(猶予)でもある。
・リファクタリング(Refactoring)
プログラムの外部動作を変えずに、内部構造を整理・改善すること。レインの目的は、世界そのものを壊す(革命)ことではなく、みんなが気づかないうちに内部を修正して、平和な日常を維持すること。まさにリファクタリング。




