表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

第21話:管理者権限の勧誘(ヘッドハンティング)

「――生徒会長のヴァイスだ。少し話がある」


翌日の放課後。

僕が教室を出ようとしたタイミングを見計らったように、銀髪の貴公子が現れた。

廊下の空気が一瞬で張り詰める。

取り巻きの女子生徒たちが黄色い声を上げるが、彼の氷のような眼差し一つで静まり返った。


「拒否権は?」

「ない。学園の秩序に関する重要事項だ」


問答無用か。

僕は小さくため息をつき、彼について行くことにした。

向かった先は、校舎の最上階にある「生徒会室」。

重厚な扉が開かれると、そこには異様な空間が広がっていた。


広い。

そして、何もない。

壁一面の窓から王都を一望できること以外、装飾と呼べるものが一切ないのだ。

机の上には書類一枚散らばっておらず、床には塵一つ落ちていない。

完璧に整理整頓デフラグされた空間。

人間味というノイズが徹底的に排除されている。


「茶は出ないぞ。長話をするつもりはない」


ヴァイスは革張りの椅子に深く腰掛け、指を組んで僕を見据えた。

まるで裁判官のような威圧感。


「単刀直入に言おう。レイン・リファクト。君を生徒会に迎え入れたい」


「……はい?」


予想外の言葉に、僕は間の抜けた声を出してしまった。

てっきり「退学処分」か「尋問」だと思っていたのだが。


「副会長のポストを用意する。権限は私と同等。学園内のあらゆる施設へのアクセス権、そして……『世界システム』の一部閲覧権限も与えよう」


破格の待遇だ。

普通の生徒なら泣いて喜ぶだろう。

だが、タダより高いものはない。


「随分と買い被りですね。僕はただのFクラスですよ」

「謙遜は不要だ。……君がダンジョンで行った『修正』、記録ログを確認させてもらった」


ヴァイスが空中に指を走らせると、ホログラムのようなウィンドウが出現した。

そこに映っていたのは、昨日のボス戦の映像リプレイだ。

ただし、通常の視点ではない。

魔力の流れやコードの改変履歴までが可視化された、管理者視点のログだ。


「無敵フラグの強制解除。パラメータの書き換え。……見事な手際だ。あれほどの『コード操作』ができる人間は、この学園には私と君しかいない」


彼は映像を消し、身を乗り出した。


「君も気づいているだろう? この世界が『歪んでいる』ことに。歪みだらけの理、枯渇する根源、形骸化した儀式……。限界は近い」


「……ええ、まあ。昨日のダンジョンの腐臭は酷かったですね」


「そうだ。だからこそ、我々のような『管理者』が必要なのだ。愚かな民衆に気づかれないよう、裏側で歪みを潰し、根源を管理し、この理を維持する。それが選ばれし者の義務だ」


彼の言葉には、一点の曇りもない正義があった。

だが、その正義は冷徹だ。


「延命、ですか。……そのために『生贄』が必要だとしても?」


僕が核心を突くと、ヴァイスの目が鋭く細められた。


「……知っているのか」


「図書館で拾ったログにありましたよ。『サクリファイス・ループ』。定期的に聖女を生贄にして、世界をリセットするシステムのことでしょう?」


沈黙が流れた。

肯定も否定もしない。それが答えだ。


「君は優秀だ、レイン。なら話は早い。……リナ・メモリは、次期聖女の最有力候補だ。彼女はいずれ、世界のいしずえとなる運命にある」


淡々と告げられた事実に、僕の体温が下がった。


「それを……黙って見ていろと?」


「世界を救うためだ。一人の犠牲で全人類が助かるなら、それは合理的な判断だ。……感情に流されるな。君には『資質』がある。個よりも全を優先できる、冷徹な理性が」


「買い被りですよ」


僕は立ち上がった。

これ以上、この部屋の空気を吸っていると吐き気がする。


「僕は、君が思うような立派な管理者じゃない。ただの『修理屋』だ。歪みを見つけたら直したいし、気に入らない理があれば書き換える。それだけだ」


「……何が言いたい?」


「リナを犠牲にする理なんて、僕にとっては『致命的な欠陥』だ。そんな仕組み、僕が認めない」


ヴァイスの表情が凍りついた。

部屋の温度が急激に下がる。

彼から放たれるプレッシャーが、物理的な重圧となってのしかかってくる。


「……つまり、我々(管理者)に逆らうというのか? 『異端』として排除されることになっても?」


「やってみればいい。異端も進化するんでね。……その程度の『守り』じゃ駆除できないよ」


僕は挑発的に笑ってみせた。

虚勢だ。

正面から戦えば、Sクラス筆頭の彼に勝てる見込みは薄い。

だが、ここで引くわけにはいかない。


「交渉決裂だな。残念だ」


ヴァイスが指を鳴らす。

背後の扉が開いた。退室を促す合図だ。


「警告しておこう。これ以上、学園の深部に立ち入るなら、次は容赦しない。聖女の覚醒は近い。邪魔立てするなら、君を『排除』する」


「……お手柔らかに頼むよ、生徒会長」


僕は生徒会室を後にした。

背中で閉まる扉の音が、まるで宣戦布告のゴングのように聞こえた。


廊下に出ると、どっと冷や汗が吹き出した。

手が震えている。

怖かった。

あいつは本気だ。

世界のためなら、リナを殺すことも、僕を殺すことも躊躇わない。

「正義」の反対は「悪」ではない。「別の正義」だ。

最も厄介な敵だ。


「……でも、やるしかない」


リナが聖女候補?

生贄?

ふざけるな。

僕が十年間、何のために必死でリハビリして、勉強して、ここまで来たと思っている。

リナと一緒に、平和に暮らすためだ。

その未来を奪うバグがあるなら、世界ごと書き換えてやる。


僕は廊下の窓から、夕暮れの学園を見下ろした。

平穏に見えるこの景色も、薄皮一枚下はドロドロのコードで出来ている。

僕の戦いは、ここからが本番だ。


「待ってろよ、リナ。……絶対、死なせたりしない」


決意と共に、僕は歩き出した。

まずはミオと合流して、石の解析を急ごう。

そして、このふざけた「サクリファイス・ループ」を止める方法を探すんだ。

たとえ、世界全員を敵に回しても。

【今節の専門用語解説】


・管理者(Administrator)

システム全体を管理する権限を持つユーザー。ヴァイスは自分をこれだと認識している。レインも技術的には管理者クラスだが、思想が異なる。


・延命処置

根本的な解決をせず、とりあえずシステムが止まらないように応急処置を繰り返すこと。多くの場合、問題は先送りされ、傷口は広がっていく。


・デリート(Delete)

削除。ヴァイスはレインを「排除する」というニュアンスで使ったが、コンピュータ用語としての「データ消去」の意味合いが強い。


・ノブレス・オブリージュ

「高貴なる者の義務」。力を持つ者は、それを行使して弱者を守る義務があるという思想。ヴァイスの行動原理だが、そのために「少数の犠牲」を容認してしまっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ