第21話:管理者権限の勧誘(ヘッドハンティング)
「――生徒会長のヴァイスだ。少し話がある」
翌日の放課後。
僕が教室を出ようとしたタイミングを見計らったように、銀髪の貴公子が現れた。
廊下の空気が一瞬で張り詰める。
取り巻きの女子生徒たちが黄色い声を上げるが、彼の氷のような眼差し一つで静まり返った。
「拒否権は?」
「ない。学園の秩序に関する重要事項だ」
問答無用か。
僕は小さくため息をつき、彼について行くことにした。
向かった先は、校舎の最上階にある「生徒会室」。
重厚な扉が開かれると、そこには異様な空間が広がっていた。
広い。
そして、何もない。
壁一面の窓から王都を一望できること以外、装飾と呼べるものが一切ないのだ。
机の上には書類一枚散らばっておらず、床には塵一つ落ちていない。
完璧に整理整頓された空間。
人間味というノイズが徹底的に排除されている。
「茶は出ないぞ。長話をするつもりはない」
ヴァイスは革張りの椅子に深く腰掛け、指を組んで僕を見据えた。
まるで裁判官のような威圧感。
「単刀直入に言おう。レイン・リファクト。君を生徒会に迎え入れたい」
「……はい?」
予想外の言葉に、僕は間の抜けた声を出してしまった。
てっきり「退学処分」か「尋問」だと思っていたのだが。
「副会長のポストを用意する。権限は私と同等。学園内のあらゆる施設へのアクセス権、そして……『世界システム』の一部閲覧権限も与えよう」
破格の待遇だ。
普通の生徒なら泣いて喜ぶだろう。
だが、タダより高いものはない。
「随分と買い被りですね。僕はただのFクラスですよ」
「謙遜は不要だ。……君がダンジョンで行った『修正』、記録を確認させてもらった」
ヴァイスが空中に指を走らせると、ホログラムのようなウィンドウが出現した。
そこに映っていたのは、昨日のボス戦の映像リプレイだ。
ただし、通常の視点ではない。
魔力の流れやコードの改変履歴までが可視化された、管理者視点のログだ。
「無敵フラグの強制解除。パラメータの書き換え。……見事な手際だ。あれほどの『コード操作』ができる人間は、この学園には私と君しかいない」
彼は映像を消し、身を乗り出した。
「君も気づいているだろう? この世界が『歪んでいる』ことに。歪みだらけの理、枯渇する根源、形骸化した儀式……。限界は近い」
「……ええ、まあ。昨日のダンジョンの腐臭は酷かったですね」
「そうだ。だからこそ、我々のような『管理者』が必要なのだ。愚かな民衆に気づかれないよう、裏側で歪みを潰し、根源を管理し、この理を維持する。それが選ばれし者の義務だ」
彼の言葉には、一点の曇りもない正義があった。
だが、その正義は冷徹だ。
「延命、ですか。……そのために『生贄』が必要だとしても?」
僕が核心を突くと、ヴァイスの目が鋭く細められた。
「……知っているのか」
「図書館で拾ったログにありましたよ。『サクリファイス・ループ』。定期的に聖女を生贄にして、世界をリセットするシステムのことでしょう?」
沈黙が流れた。
肯定も否定もしない。それが答えだ。
「君は優秀だ、レイン。なら話は早い。……リナ・メモリは、次期聖女の最有力候補だ。彼女はいずれ、世界の礎となる運命にある」
淡々と告げられた事実に、僕の体温が下がった。
「それを……黙って見ていろと?」
「世界を救うためだ。一人の犠牲で全人類が助かるなら、それは合理的な判断だ。……感情に流されるな。君には『資質』がある。個よりも全を優先できる、冷徹な理性が」
「買い被りですよ」
僕は立ち上がった。
これ以上、この部屋の空気を吸っていると吐き気がする。
「僕は、君が思うような立派な管理者じゃない。ただの『修理屋』だ。歪みを見つけたら直したいし、気に入らない理があれば書き換える。それだけだ」
「……何が言いたい?」
「リナを犠牲にする理なんて、僕にとっては『致命的な欠陥』だ。そんな仕組み、僕が認めない」
ヴァイスの表情が凍りついた。
部屋の温度が急激に下がる。
彼から放たれるプレッシャーが、物理的な重圧となってのしかかってくる。
「……つまり、我々(管理者)に逆らうというのか? 『異端』として排除されることになっても?」
「やってみればいい。異端も進化するんでね。……その程度の『守り』じゃ駆除できないよ」
僕は挑発的に笑ってみせた。
虚勢だ。
正面から戦えば、Sクラス筆頭の彼に勝てる見込みは薄い。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「交渉決裂だな。残念だ」
ヴァイスが指を鳴らす。
背後の扉が開いた。退室を促す合図だ。
「警告しておこう。これ以上、学園の深部に立ち入るなら、次は容赦しない。聖女の覚醒は近い。邪魔立てするなら、君を『排除』する」
「……お手柔らかに頼むよ、生徒会長」
僕は生徒会室を後にした。
背中で閉まる扉の音が、まるで宣戦布告のゴングのように聞こえた。
廊下に出ると、どっと冷や汗が吹き出した。
手が震えている。
怖かった。
あいつは本気だ。
世界のためなら、リナを殺すことも、僕を殺すことも躊躇わない。
「正義」の反対は「悪」ではない。「別の正義」だ。
最も厄介な敵だ。
「……でも、やるしかない」
リナが聖女候補?
生贄?
ふざけるな。
僕が十年間、何のために必死でリハビリして、勉強して、ここまで来たと思っている。
リナと一緒に、平和に暮らすためだ。
その未来を奪うバグがあるなら、世界ごと書き換えてやる。
僕は廊下の窓から、夕暮れの学園を見下ろした。
平穏に見えるこの景色も、薄皮一枚下はドロドロのコードで出来ている。
僕の戦いは、ここからが本番だ。
「待ってろよ、リナ。……絶対、死なせたりしない」
決意と共に、僕は歩き出した。
まずはミオと合流して、石の解析を急ごう。
そして、このふざけた「サクリファイス・ループ」を止める方法を探すんだ。
たとえ、世界全員を敵に回しても。
【今節の専門用語解説】
・管理者(Administrator)
システム全体を管理する権限を持つユーザー。ヴァイスは自分をこれだと認識している。レインも技術的には管理者クラスだが、思想が異なる。
・延命処置
根本的な解決をせず、とりあえずシステムが止まらないように応急処置を繰り返すこと。多くの場合、問題は先送りされ、傷口は広がっていく。
・デリート(Delete)
削除。ヴァイスはレインを「排除する」というニュアンスで使ったが、コンピュータ用語としての「データ消去」の意味合いが強い。
・ノブレス・オブリージュ
「高貴なる者の義務」。力を持つ者は、それを行使して弱者を守る義務があるという思想。ヴァイスの行動原理だが、そのために「少数の犠牲」を容認してしまっている。




