第20話:世界のゴミ箱(コア・ダンプ)
夜の王立図書館。
閉館時間を過ぎた静寂の中で、僕とミオは「禁書庫」の奥にある作業テーブルに向き合っていた。
テーブルの上には、昼間のダンジョンで回収した「グリッチ・ストーン」が置かれている。
七色に明滅するその石は、不気味なほど美しかった。
「……解析結果が出ました」
ミオが分厚い眼鏡の位置を直しながら、羊皮紙に書き出したデータを指差した。
彼女の固有能力『完全記憶』と、僕の『低レイヤー・ビジョン』を組み合わせた共同作業だ。
「この石、ただのエラーの塊じゃありません。……記録です。それも、とてつもなく古い時代の」
「ログ? 具体的には?」
「『廃棄データ』です。削除されたはずの歴史、消されたはずの人物、なかったことにされた魔法……。そういった『世界のゴミ』が、完全に消去されずに圧縮されて残ったもの。言ってみれば、世界のゴミ箱の底に溜まったヘドロです」
ミオの表現はいつも的確で、残酷だ。
ゴミ箱。
そう、あのダンジョンは、この世界の「ゴミ箱」だったのだ。
正規の処理で削除しきれなかったバグデータや、不要になったオブジェクトを投げ捨てる場所。
それが容量オーバーして、逆流し始めている。
今日の「無限湧き」や「バグモンスター」は、その前兆に過ぎない。
「中身を読み出せますか?」
「やってみます。……レイン君、魔力供給をお願いします。私一人じゃ、情報量に押し潰されそうです」
「了解。直結する」
僕はミオの背中に手を当て、魔力を流し込んだ。
僕の『低レイヤー・ビジョン』の解読コードを、彼女の脳内ディスプレイに強制同期させる。
本来なら僕にしか見えないはずの「世界の裏側」の文字列が、彼女の視界にも投影される。
視界が暗転し、緑色の文字列が滝のように流れ出した。
```
> Read/Dump_File_0X99...
> Loading...
[Log Date: -3000 Years]
Project EDEN - Phase 1 Complete.
Old World Data: Deleted.
New World Construction: Stable.
Sacrifice Module: Active.
```
「プロジェクト・エデン……?」
見慣れない単語だ。
だが、その下の行を見て、息が止まった。
```
[Warning]
Memory Leak Detected in Sector 9 via "Saint" System.
Auto-Repair Failed.
Estimated Time to System Crash: 3000 Years.
```
3000年前のログで、あと3000年でクラッシュすると予言されている。
つまり――今だ。
「今」が、その限界の時間だ。
「……嘘でしょ」
ミオが震える声で呟く。
さらにログを読み進めると、もっと恐ろしい記述があった。
`To prevent crash: Reset required.`
`Execute "Grand Format".`
`Target: All Organic Lifeforms.`
「グランド・フォーマット……完全初期化?」
世界の崩壊を防ぐための最終手段。
それは、現在この世界で生きている全ての生命体を消去し、世界を真っ白な状態に戻すこと。
人類絶滅。
それが、この世界の「仕様」として組み込まれている。
「そんな……。じゃあ、私たちは、ただ消されるために生きているんですか? エララさんも、リナさんも、私も……?」
ミオが涙目で僕を見る。
彼女のような「記録者」にとって、情報の消失は死以上の恐怖だろう。
積み上げてきた歴史、文化、想い。
それら全てが「容量不足解消のため」にあっけなく削除される。
「……ふざけるな」
怒りが湧いてきた。
誰が決めた仕様だ。
神か? 管理者か?
どこの誰だか知らないが、エンジニアとして言わせてもらえば、そんな設計は「クソ」だ。
メモリリークを放置して、最後はユーザーごと全消去?
ふざけるな。そんな運用が許されてたまるか。
「……レイン君?」
「対策を考える。まだ時間はあるはずだ」
僕はグリッチ・ストーンを握りしめた。
石が熱を帯びる。
まるで、僕の怒りに呼応するかのように。
「ミオさん。この石のデータを、君の脳内ライブラリに隔離保存できるか? 僕の手元に置いておくのは危険だ。ヴァイスに嗅ぎつけられる」
「! ……はい、できます。私の頭の中なら、絶対に誰にも見つかりません」
「頼む。これは『証拠』だ。いつか管理者を告発するための」
ミオは深く頷き、石に触れた。
光が彼女の指先から吸い込まれていく。
データの移行完了。
彼女は少し眩暈を起こしたようにふらついたが、気丈に立ち上がった。
「……レイン君。私、協力します。この世界を『初期化』なんてさせません。私の大好きな本たちを、燃やさせたりしません!」
「ああ、頼もしいな」
オタクは強い。
自分の「好き」を守るためなら、神にだって噛み付く。
最強のアライアンスだ。
「さて……次はリナだ」
「えっ? リナさんがどうかしたんですか?」
僕は作業テーブルの上のもう一つのもの――小さなペンダントを手に取った。
ダンジョンのボスが落としたドロップアイテムの一部を加工して作ったものだ。
見た目は綺麗な宝石だが、中には僕が書き込んだ「アンチウイルス・コード」が埋め込まれている。
「リナは『聖女候補』だ。ログにあった『Saint System』……これが何を意味するかは分からないが、彼女がシステムの中枢に関わっている(巻き込まれる)可能性が高い」
おそらく、聖女とは「生贄」のことだ。
世界を以前の状態で延命させるための、人柱。
リナをそんな目に合わせるわけにはいかない。
「これをリナに渡す。彼女の身を守るための、最強の防壁だ」
「……レイン君、やっぱりリナさんのこと、大好きなんですね」
「……幼馴染だからな。バグで消されたら寝覚めが悪い」
素直じゃない返答に、ミオはクスリと笑った。
「分かりました。ログ解析、続けておきます。何か分かったらすぐに脳内通信しますね!」
「ああ、頼む」
図書館を出ると、夜空には満天の星が輝いていた。
だが今の僕には、その星々さえも、スクリーンセーバーのドットのように見えてしまう。
虚構の空。
期限付きの世界。
(……待ってろよ、ポンコツ管理者)
この世界のソースコード、僕が全部書き換えてやる。
サービス終了(サ終)なんてさせてたまるか。
意地でも「継続課金」させてやる。
僕はペンダントを握りしめ、女子寮の方角へと歩き出した。
リナにこれを渡さなきゃいけない。
そして、少しだけ顔が見たいと思った。
……あくまで、生存確認のために。
【今節の専門用語解説】
・コア・ダンプ(Core Dump)
プログラムが異常終了した時に、その瞬間のメモリの内容をそのままファイルに吐き出すこと。死因解明のための重要な手がかりになる。今回は「グリッチ・ストーン」がそれにあたる。
・フォーマット(Format)
初期化。ハードディスクの中身を全て綺麗さっぱり消して、使える状態に戻すこと。世界のリセット。人類にとっては滅亡を意味する。
・メモリリーク(Memory Leak)
使い終わったメモリを開放し忘れて、どんどん使えるメモリが減っていくバグ。放置するとシステム全体の動作が重くなり、最終的にクラッシュ(停止)する。世界の魔力が枯渇しかけている原因。




