第17話:図書館の検索キー(ミオ・アーカイブ)
エララとの決闘から数日。
学園内での僕の評価は、奇妙な二極化を見せていた。
一つは、「FクラスのくせにSクラスを倒した『例外』」。
もう一つは、「エララ様の慈悲深い手加減を真に受けた勘違い野郎」。
大半は後者だ。
あの決闘で僕が何をしたのか、正確に理解できた生徒はほとんどいない。
「エララ様がわざと威力を弱めてあげたのに、それを自分の手柄にしている」
「やっぱり、ただの卑怯者なんじゃないか?」
そんな噂がまことしやかに囁かれている。
(……好都合だ)
僕は図書館への渡り廊下を歩きながら、内心でほくそ笑んだ。
目立ちたくない。
ヴァイスに目をつけられている以上、これ以上の「異常値」を出すのはリスクが高い。
「勘違い野郎」として軽蔑されているくらいが、隠密行動(バックグラウンド処理)には丁度いい。
リナは「もう、みんな分かってない!」と怒っていたが、僕はむしろこの状況を歓迎していた。
今日の目的地は、王立図書館。
入学式の日に「初期設定ログ(World_Init.log)」を見つけた場所だ。
あの時はヴァイスに邪魔されて中身を精査できなかった。
今日こそ、あのログの続き――「サクリファイス・ループ」の詳細を読み解く必要がある。
Sudo権限を持つIDカードをポケットに忍ばせ、僕は図書館の大扉を開けた。
「……あれ?」
図書館の入り口に着くと、妙な光景が目に入った。
カウンターの奥で、小柄な女子生徒が脚立に登り、猛烈な勢いで本を整理しているのだ。
バババババッ!
手元の未整理本の山が、恐ろしい速度で書棚に吸い込まれていく。
背表紙を見る。分類コードを確認する。棚の隙間に滑り込ませる。
その一連の動作に、一切の無駄がない。
まるで工場のアームロボットのような精密さだ。
(……すげえ。マルチスレッド処理かよ)
彼女は両手だけでなく、浮遊魔法を使って十冊以上の本を同時に制御している。
しかも、ただ並べているだけではない。
ジャンル、著者名、発行年数……それらを瞬時にソートし、最適な配置を構築しているのだ。
彼女の脳内では、この巨大な図書館のデータベースがリアルタイムで更新されているに違いない。
だが。
「……そこの、402番の本。あと2ミリ右にずらした方がいいですよ」
思わず口を挟んでしまった。
彼女の動きがあまりに美しかったので、つい「最適化」の助言をしたくなってしまったのだ。
職業病だ。
「えっ……?」
彼女がビクリと震え、本の山が崩れそうになる。
僕は慌てて魔法で支えた。
「あ、ありがとうございます……」
脚立から降りてきたのは、分厚い眼鏡をかけた少女だった。
黒髪のおかっぱ頭。制服のサイズが少し大きく、袖から指先だけがちょこんと出ている。
胸元には「図書委員」の腕章。
小動物のような怯えた目をしているが、その奥には強い知性(と、狂気)が宿っていた。
「……あの、さっきの。どうして分かったんですか? 2ミリのズレ」
彼女が眼鏡の奥から、上目遣いで僕を見てくる。
怯えているようだが、その瞳には強い探究心が宿っていた。
クリエイターの目だ。こだわりを理解された時の、あの目だ。
「棚の『空き』と、本の『厚み』を計算しました。今の配置だと、将来的に『帝国史』のシリーズが入荷した時、スペースが半端に余ってしまいます。今のうちに詰めておけば、後で並べ替える手間が省ける」
僕の説明に、彼女はポカンと口を開けた。
しまった。また専門用語を使ってしまったか。
「スペース効率」とか「拡張性」とか、この世界では通じない概念かもしれない。
「……すごい」
だが、彼女の反応は予想外だった。
顔をパッと輝かせ、僕の手をガシッと掴んだのだ。
その手は震えていた。感動で。
「私の言いたいこと、分かってくれる人が初めていました! そうなんです! あの2ミリが美しくないんです! 将来の拡張性を無視した配置なんて、許せないですよね!? なのに、誰も分かってくれなくて!」
「え、あ、はい。……分かります」
「本の背表紙は、並べた時にただの列じゃないんです。あれは情報の地層なんです! 1ミリのズレが、100年後の検索効率に影響するんです! ああ、なんて素晴らしい視点を持った方なんですか!」
「……はあ」
彼女は堰を切ったように話し始めた。
どうやら彼女、見た目に反して「語り出すと止まらない」タイプらしい。
いわゆるオタクだ。
しかも、かなり重度の。
一気に親近感が湧いた。
「私はミオ。ミオ・アーカイブです! Cクラスの図書委員です。あなたは?」
「……レイン。Fクラスのレイン・リファクト」
「レイン君! お友達になりましょう! 私、この図書館の『検索手順』にずっと不満があって……!」
ミオは僕の手を握ったまま、キラキラした目で訴えてくる。
そこには「Fクラス」や「悪い噂」に対する偏見は一切なかった。
ただ「同じ言語を話せる仲間」を見つけた喜びだけがあった。
話を聞けば、彼女はこの図書館の本の配置、分類、貸出履歴に至るまで、全てを頭に入れているという。
特技は「完全記憶」。
一度見た情報へのアクセス時間はゼロ秒。
歩くデーターベースだ。
(……使える)
僕の脳内で、打算的な計算式が弾き出された。
ヴァイスの目を盗んで「禁書庫」の情報を探るには、この図書館の管理者(図書委員)である彼女の協力が必要不可欠だ。
Sudo権限だけでは、物理的に隠された本は見つけられないかもしれない。
だが、この「図書館の主」が味方になれば、検索速度は飛躍的に上がる。
「ミオさん。実は僕も、この図書館の『検索魔術』には改善の余地があると思っていました」
「本当ですか!?」
「ええ。特に『禁書庫』周りの防犯と、古い文献の目録化が進んでいません。……手伝いましょうか? 書庫の整理」
僕の提案に、ミオは眼鏡を光らせた。
「ぜひ! お願いします! 特別に、一般生徒禁止エリアにもこっそり入れてあげます!」
「……それは助かります」
ミオは食い気味に頷いた。
チョロい。いや、純粋だ。
知識欲の塊のような彼女にとって、禁書庫の整理はご褒美でしかないのだろう。
こうして僕は、新たな協力者(検索エンジン)を手に入れた。
これで「世界の謎」へのアクセス速度が、劇的に向上するはずだ。
……もっとも、彼女の「マシンガントーク」に付き合うという、新たなコストが発生することになったが。
「あ、レイン君! この分類法についてはどう思いますか? 私はこっちの方が美しいと思うんですけど、歴史的な経緯を考えると……」
「うん、後で聞くよ。……まずは片付けようか」
僕は苦笑いしながら、彼女と共に本の森へと足を踏み入れた。
なんとなく、彼女とは長い付き合いになりそうな気がしていた。
【今節の専門用語解説】
・マルチスレッド(Multi-thread)
複数の処理を平行して行うこと。ミオは魔法で複数の本を同時に整理していた。レインにはそれが、CPUが複数の命令を同時にこなしているように見えた。
・インデックス(Index)
索引。データベースにおいて、目的のデータを素早く見つけるための目次のようなもの。図書館で言えば、本の分類ラベルや配置ルールのこと。
・フラグメンテーション(Fragmentation)
断片化。データが飛び飛びの場所に保存されてしまい、読み書きが遅くなる現象。本棚で言えば、バラバラの隙間が空いていて、シリーズ物をまとめて置けない状態。これを整理することを「デフラグ」と呼ぶ。
・完全記憶(Perfect Memory / Database)
ミオの固有能力。一度見聞きした情報を脳内に保存し、いつでも引き出せる。レインにとっては「検索エンジン」そのもの。




