第15話:聖者のドキュメント(Sudo権限)
「――聖者認定、おめでとう。レイン・リファクト君」
重々しい声が、高い天井の大講堂に響いた。
壇上に立っているのは、白髭を生やした老魔道士。
王都魔法省のトップにして、学園長でもある大導師ゼノ・レガシーだ。
彼は厳かな手つきで賞状を掲げているが、その目は笑っていなかった。
「ありがとうございます。光栄です」
僕は壇上で賞状を受け取り、型通りの礼をした。
Fクラスの落ちこぼれ(と判定された生徒)が、クラス分け試験の翌日、全校生徒の前で表彰される。
前代未聞の事態に、講堂はざわめきに包まれていた。
「あいつ、昨日のFクラスだろ? なんで?」
「聖者って、あの伝説の?」
「十年間引きこもってたって噂の……やっぱりコネ入学かよ」
陰口が聞こえる。
好奇と嫉妬、そして蔑みの視線。
居心地は最悪だ。
だが、ゼノ学園長は意に介さない様子で、僕の耳元に顔を寄せた。
「……ようやく巣穴から出てきたかね、モグラ君」
「おや、ご挨拶ですね」
「散々、私の講義を通信機越しに批判してくれた礼、たっぷりさせてもらうよ」
ゼノの声は低く、粘着質だった。
彼は覚えているのだ。
この十年間、僕が「暇つぶし」……もとい善意で、学園の講義内容や教科書の記述ミスを指摘し続けてきたことを。
特に、ゼノが執筆した『現代魔導理論』の矛盾を論理的に突き崩した時のことは、相当根に持っているらしい。
「……それはどうも。ご指摘がお役に立てて嬉しいです」
「ふん。生意気な口を。……君の『聖者』としての能力、期待しているよ。ただし、ここでは『伝統』に従ってもらう」
ゼノは意味深な言葉を残し、僕に一枚のカードを手渡した。
金色のチップが埋め込まれた、黒いカード。
「聖者の証(IDカード)」だ。
「この学園は歴史ある場所だ。数千年の叡智が詰まっている。それを君のような『新参者』に荒らされるのは、我慢ならないのだよ」
ゼノの言葉には、強烈な保守思想が滲み出ていた。
彼にとって、魔法とは「完成された芸術」。それを分析・改良しようとする僕の行為は「冒涜」に他ならないのだろう。
典型的な「変革を拒む管理者」だ。
「肝に銘じておきます」
僕は短く答え、壇上を降りた。
ゼノとの対話で分かったことが一つある。
この学園のトップは、世界の真実を知りながら、あえて目を逸らしている。
「伝統」という名の思考停止。
それがこの国を覆う停滞の原因だ。
だが、今はそれでいい。
僕の手には、求めていた「鍵」がある。
(……これでやっと、この世界の『仕様書』が読める)
僕は内心でガッツポーズをした。
式典が終わり、僕は早々に講堂を抜け出した。
向かう先は一つ。
王立図書館の「最深部」だ。
このIDカードには、特別な権限が付与されている。
『低レイヤー・ビジョン』で見れば一目瞭然だ。
【Access Key: Sudo / Root】
【Target: Restricted Library / System Log】
管理者権限(Sudo)。
一般生徒には閲覧不可能な「世界の裏側の情報」にアクセスできる鍵だ。
王立図書館は、学園の敷地内で最も古い建物だ。
石造りの重厚な回廊を抜けると、そこには本の森が広がっていた。
天井まで届く巨大な書架。
宙を舞う自動検索用の使い魔たち。
カビとインクの混じった、古書の匂い。
僕は迷わず奥へと進んだ。
一般開架エリアを抜け、教職員専用エリアも通り過ぎる。
突き当たりにある、重厚な鉄の扉。
そこには「立ち入り禁止」の札と、強力な物理結界が張られている。
「……解除(Open)」
IDカードをかざす。
結界が波打ち、音もなく扉が開いた。
中は完全な静寂だった。
空気が淀んでいる。何百年も人が入っていないような、死んだ時間の匂いがした。
ここが「禁書庫」。
歴史の闇に葬られた、不都合な真実が眠る場所。
僕は棚の一つに向かい、一冊の本を手に取った。
タイトルはない。
ただ、背表紙に奇妙な記号が書かれていた。
`System/Config/World_Init.log`
(……初期設定ログ?)
震える手でページをめくる。
そこには、この世界の人間には読めないはずの文字が並んでいた。
古代語ではない。
僕のよく知る「言語」――プログラミング言語だ。
```
// Auto-Generated by Founder
// Date: ???
// Warning: Resource depletion predicted in 3000 cycles.
// Suggested Action: Implement "Sacrifice" loop for sustainability.
```
「……サクリファイス・ループ?」
生贄の循環。
リソース枯渇。
そして、このログが書かれた日付は――精査してみると、ちょうど三千年前だった。
(……おいおい。まさか、この世界)
寿命か?
メモリ不足で、強制終了(サ終)しようとしているのか?
背筋が凍るような感覚。
この世界は、最初から「終わる」ことを前提に作られていた?
あるいは、設計ミスでリソースが枯渇しそうになっているのを、誰かが無理やり延命させているのか?
「生贄」という不穏な単語が、その答えを暗示しているようで気分が悪くなる。
その時、不意に背後から声をかけられた。
「……やはり、君か」
心臓が跳ねる。
僕はバタンと本を閉じ、振り返った。
誰もいないはずの禁書庫に、一人の少年が立っていた。
銀色の髪。
氷のように冷たい青い瞳。
完璧に整えられた制服には、埃一つついていない。
左腕には「生徒会長」の腕章が輝いている。
ヴァイス。
学園の秩序を守る、最強の規律委員長が、僕を見下ろしていた。
「ここは許可なき者の立ち入りを禁じている。……聖者とはいえ、入学初日のFクラス生徒が入っていい場所ではない」
声に感情がない。
ただ事実を述べるだけの、機械のような口調。
「許可ならありますよ。学園長からもらったIDです」
僕は悪びれずにカードを見せた。
だが、ヴァイスの表情は動かない。
「ああ、知っている。だが、私が聞きたいのはそこではない」
彼は一歩、僕に近づいた。
その足音すら、計算されたように静かだ。
「過去十年間。学園内の『聖域』に対し、執拗に干渉を試み、講義内容や研究記録を閲覧していた『未確認の侵入者』が存在する」
「……へえ、怖いですね」
「とぼけるな。その通信記録の送信元は、聖地の隔離棟……つまり、君の部屋だ」
(……なんと)
僕は心の中で舌を巻いた。
僕のハッキング(という名の勉強)は、完全に隠蔽していたつもりだった。
プロキシを何重にも通し、痕跡は全て消去していたはずだ。
だが、この男は気づいていたのか。
膨大なアクセスログの中から、僕というわずかな「ノイズ」を特定していたというのか。
「君の行いは、学園の秩序を乱す行為だ。……目障りなんだよ、レイン・リファクト」
僕の持つ本に向けられた視線には、明らかな敵意が混じっていた。
彼は知っている。
この本に何が書かれているのかを。
そして、それを僕が「読めてしまう」人間であることも。
彼は「何か」を守ろうとしている。
この世界の不都合な真実を隠す、セキュリティ・ソフトのように。
(……なるほど。役者が揃ってきたな)
僕は本を閉じ、不敵に笑いかけた。
ここで引いたら、エンジニアの名折れだ。
「褒め言葉として受け取っておくよ。……でも、歪みを見つけたら修正するのが僕の性分なんでね」
「その傲慢さが、いつか君自身を破滅させるだろう」
火花が散る。
会話は平行線だ。
彼は秩序を守る側。
僕は変化をもたらす側。
相容れるはずがない。
僕の学園生活は、初日からまさかの「管理者 vs セキュリティ」の全面戦争になりそうだった。
やれやれ、平穏な生活からは程遠い。
だが、バグを見つけてしまった以上、無視はできない。
それがエンジニアの性というやつだ。
【今節の専門用語解説】
・Sudo(スードゥー/須藤さん)
「SuperUser DO」の略。一般ユーザーが、一時的に管理者の権限で命令を実行するためのコマンド。なんでもできてしまうため、取り扱い注意。レインの「聖者の証」はこれに相当する。
・Root
システムの管理者権限そのもの。あらゆるファイルにアクセスし、システムの設定を書き換えることができる神のような権限。
・ファイアウォール(Firewall)
防火壁。外部からの不正なアクセスや攻撃を防ぐためのセキュリティシステム。ヴァイスは学園の秩序を守る「壁」として、レインという「不正侵入者」を排除しようとしている。




