第14話:仕様書の穴(クラス分け試験)
王立魔法学園、高等部。
そこに進学するための「クラス分け試験」は、シンプルかつ残酷なものだった。
筆記試験と、実技試験。
その合計点だけで、SからFまでのクラス編成が行われる。
会場となる第一闘技場は、熱気に包まれていた。
すり鉢状の観客席には、在校生や貴族の見物人たちが詰めかけ、新入生たちの実力を値踏みしようと目を光らせている。
僕たち受験生は、フィールドの中央で順番を待っていた。
「見て、あいつよ……」
「えっ、本当にいたの?」
「リナ様の『脳内彼氏』じゃなかったんだ……」
闘技場の待機列に並んでいると、周囲からヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
無理もない。
初等部から中等部までの十年間、僕は一度も登校せず、遠く離れた聖地からの「リモート受講」と「レポート提出」だけで単位を取得してきたからだ。
学園の七不思議の一つ。「姿なき天才」あるいは「リナ・メモリの妄想が生み出した架空の存在」。
それが僕、レイン・リファクトの通り名だった。
(……やりにくいこと、この上ない)
僕はフードを深く被り直した。
本来なら目立たずに過ごしたいところだが、リナの名前が出ている以上、そうもいかないらしい。
リナは既に中等部での成績優秀者としてSクラスが確定しており、貴賓席で試験を見守っている。
「聖女候補」という噂もあながち間違いではないかもしれない。
心配そうにこちらを見ているのが分かった。
「次! 受験番号401番!」
試験官の声と共に、一人の少年が前に出た。
標的となる巨大な岩塊に向かって、杖を構える。
「炎よ、我が敵を討て! 《ファイア・ボール》!」
標準的な詠唱。標準的な魔力制御。
放たれた火球は岩に当たり、表面を少し焦がして消えた。
「魔力値、30。Dクラス相当」
試験官が淡々と告げる。
少年は肩を落とし、すごすごと列に戻っていった。
その後も何人かが続いたが、大抵は似たり寄ったりだった。
派手な詠唱をして、見かけ倒しの魔法を放つ。
彼らにとって魔法とは「祈り」であり「イメージ」なのだ。
だが、僕の目には違うものが見えている。
(……効率が悪すぎる)
彼らの魔法には、無駄な記述が多すぎるのだ。
「炎よ」と呼びかける必要はない。
「我が敵を討て」なんてポエムもいらない。
必要なのは、「座標」「温度」「体積」「ベクトル」の定義だけだ。
彼らはWordでプログラムを書こうとしているようなものだ。装飾ばかりに気を取られて、ロジックが疎かになっている。
「次! 受験番号404番、エララ・フォン・ヴァロス!」
試験官の声とともに、真紅の髪の少女――エララが闘技場の中央に進み出た。
さっき、門前で会った彼女だ。
観客席からはどよめきが起こる。
ヴァロス公爵家の令嬢。その名は王都でも有名らしい。
「ふふ、見ていなさい。格の違いを教えてあげるわ」
エララは優雅に杖を構えると、標的である巨大な岩塊を見据えた。
そして、チラリと僕の方を見た。
『私の力、特等席で見せてあげる』とでも言いたげなドヤ顔だ。
「――我、炎の精霊王に乞う。汝、破壊の化身となりて、我が敵を焼き尽くせ! 爆ぜろ、荒れ狂え、紅蓮の劫火よ!」
長い。長すぎる。
僕なら `fireball(target)` で済ませるところを、彼女は五行以上ものコード(詠唱)を記述している。
しかも、その詠唱には「精霊王への賛美」とか「形容詞の羅列」とか、機能的に無意味なコメントアウトが大量に含まれている。
だが、その非効率さを力技でねじ伏せるだけの、圧倒的な魔力量があった。
(……無駄だらけだ。でも、出力はデカいな)
ドッゴォォォォォォォン!!
轟音と共に、巨大な火球が岩塊に直撃した。
熱波が観客席まで届き、前列の生徒たちが悲鳴を上げて仰け反る。
煙が晴れた後には、赤熱し、半分以上が溶解した岩塊が残っていた。
「測定不能。……間違いなくSクラスだ」
試験官の声が裏返っている。
エララは満足げに髪を払い、勝ち誇った顔で僕を見下ろした。
会場中が拍手喝采に包まれる。
(……やれやれ。あんなに見せつけられたら、後の人がやりにくいじゃないか)
「次! 受験番号405番、レイン・リファクト!」
僕の名前が呼ばれた瞬間、会場がざわついた。
「おい、本当にいたぞ」「幽霊じゃなかったのか」「でも、実技なんてできるのか?」「どうせ座学だけの頭でっかちだろ」
好奇と侮蔑の入り混じった視線。
僕はため息をつきながら、闘技場の中央へと歩き出した。
視線の集中砲火を浴びるのは、あまり好きじゃない。
「ルールは知ってるな? 全力でこの岩を攻撃しろ。破壊規模と魔力出力を測定する」
試験官が事務的に告げる。
目の前には、新しい岩塊が魔法で生成されていた。
直径三メートルほどの花崗岩だ。
さっきのエララの魔法にも耐えられるよう、少し強度が上げられているらしい。
(全力、か)
正直、今の僕のスペックで全力を出したら、この闘技場ごと消し飛んでしまう可能性がある。
僕の魔法は、彼らのような「イメージ」ではなく「論理」だ。
物理法則を無視して結果だけを書き込む。
その威力は、通常の魔法の比ではない。
それに、前みたいに吐血して「また十年間休学」なんてことになったら、リナに殺される。
エコに行こう、エコに。
僕は杖(に見せかけたただの棒)を構えた。
岩の組成データを解析する。
**Target ID:** Rock_Granite_02
**Harcness:** 7.0
**Integrity:** 100%
花崗岩。硬度は高いが、ミクロレベルで見れば結晶構造の集合体だ。
その「結合」を維持している魔力(凝集力)のパラメータをいじればいい。
無理に破壊エネルギーをぶつける必要はない。
ただ、原子同士の結合の手を離させてやればいいだけだ。
(……結合解除(Unlink)。範囲、全域)
`target.unlink();`
詠唱はゼロ秒。消費MP、わずか5。
僕が指先を振った、その瞬間。
サラァ……。
巨大な岩塊が、音もなく崩れ去った。
爆発も、光も、熱もない。
ただ、岩を構成していた分子の結合が解かれ、さらさらとした砂の山に変わったのだ。
静寂。
試験官も、観客も、何が起きたのか分からずに固まっている。
さっきまでの派手な爆発を期待していた彼らにとって、この現象は理解の範疇を超えていた。
「……は?」
試験官が眼鏡をずり上げ、測定器を見る。
そこには、無情なエラーメッセージが表示されていた。
【Error: Value is NaN (Not a Number)】
【Mana Output: 0】
「……し、出力ゼロ? 故障か?」
試験官が測定器を叩く。
だが、数字は動かない。
当然だ。
僕は「破壊」したのではなく、「分解」したのだから。
熱量も衝撃波も発生していないため、従来の「物理破壊力」を測るセンサーには何も引っかからないのだ。
「おい、君。今、魔法を使ったのか?」
「使いましたよ。岩、なくなりましたよね?」
僕は砂の山を指差した。
だが、試験官は首を横に振った。
「馬鹿を言うな! 魔力反応がゼロだったぞ! 何かトリックを使ったんだろう! 化学薬品か何かで溶解させたのか?」
「いや、そんな一瞬で溶ける薬品があったら怖いでしょ」
「うるさい! 魔法使いなら、もっとこう、ドカンと派手なのを撃たんか!」
理不尽な要求だ。
プログラマーに向かって「派手にキーボードを叩け」と言っているようなものだ。
結果(岩の除去)は達成しているのに、プロセス(演出)が足りないから評価しないというのか。
これだから、仕様書のないプロジェクトは嫌なんだ。
「魔力測定不能。よって、Fクラス(底辺)!」
「……へいへい」
試験官は冷たく言い放ち、手元の書類にスタンプを押した。
観客席から嘲笑が漏れる。
「なんだあいつ、やっぱり口だけか」「幽霊部員の実力なんてこんなもんだろ」「薬品使いの詐欺師」という声が聞こえる。
僕は肩をすくめた。
本来なら、バルドの推薦――つまり「聖者枠」での入学だ。
彼からは「特待生扱い(Sクラス)になるはずだ」と聞かされていた。
だが、蓋を開けてみればこのザマだ。
理由は明白。この学園のクラス分けは、「測定器の数値」という「システム」が全てだからだ。
どれだけ教会の推薦があろうと、目の前の測定器が「0」と弾き出せば、それは「0」なのだ。
融通の利かないレガシーシステムそのものだ。
(……バルドが知ったら卒倒しそうだな)
「聖者がFクラスとは何事だ!」と抗議する彼の姿が目に浮かぶ。
だが、僕にとっては好都合だった。
Sクラスなんて目立つ場所にいたら、貴族様たちの派閥争いに巻き込まれるだけだ。
Fクラス(底辺)の影に隠れて、静かに過ごす。
その方が、学園のシステムをハッキング(調査)するのにも都合がいい。
最高のソリューションじゃないか。
そう思って引き上げようとした時。
すれ違いざまに、エララが僕を睨みつけてきた。
「……あなた、何をしたの?」
彼女の声は低く、怒りに震えていた。
さっきの余裕の笑みは消えている。
「ただの結合解除だよ。君のみたいに派手じゃないけど」
「ふざけないで! 私の目には見えたわよ! 岩の『定義』が一瞬で書き換えられたのを! ……あなた、本当に『あの』レイン・リファクトなの?」
「本人だよ。十年間、通信機越しに君の論文を添削してあげてた」
そう。
実は中等部の時、匿名でエララの魔法論文のミスを指摘したことがあるのだ。
彼女はその時の「名無しのレビュアー」をずっと探していたらしい。
「っ……! まさか、あの『名無し(NoName)』……!?」
「ご名答。それじゃ、また」
僕は呆然とするエララを残し、会場を後にした。
背後から「逃げるな!」という悲鳴のような声が聞こえたが、無視した。
こうして、僕の「リアル」な学園生活は、「Fクラスの落ちこぼれ」という、ある意味で最高のスタートを切ることになった。
リナとはクラスが離れてしまったが、まあ寮は一緒だし問題ないだろう。
……そう思っていたのだが。
「ちょっと、レイン!」
背後から、怒ったような声が聞こえた。
振り返る間もなく、甘い香りが鼻をくすぐる。
リナだ。彼女が頬を膨らませて、パタパタと走り寄ってきた。
「なによあれ! Fクラスだなんて納得いかないわ! 測定器が壊れてただけじゃない!」
「まあまあ、リナ。声が大きいって」
「だって! あの試験官、レインの『結合解除』の凄さを全く分かってなかったわよ! 私が文句言ってきてあげる!」
リナが今にも試験会場に殴り込みそうな勢いだ。
僕は慌てて彼女の肩を掴んで引き止めた。
「落ち着いて。僕はこれでいいんだよ」
「えっ? でも……」
「Sクラスなんて目立つ場所にいたら、僕の『本来の目的』……世界のバグ修正に支障が出る。Fクラスの影に隠れて動くのが一番都合がいいんだ」
僕が耳元で囁くと、リナはようやく怒りを収めた。
それでもまだ少し納得いかなそうに唇を尖らせている。
「……レインがそう言うなら、我慢する。でも、私の中ではレインが一番なんだからね」
「はいはい、ありがとう。……ほら、周りが見てるよ」
ハッとして周囲を見る。生徒たちが「え、リナ様が男と話してる?」「あいつ誰だ?」とざわつき始めていた。
だが、リナは構わず僕の腕に抱きついた。
「見られてもいいもん。私はレインの幼馴染なんだから」
「僕が良くないんだよ。目立ちたくないんだってば」
僕は溜め息をつき、無理やり腕を解いた。
ここでイチャイチャしてたら、Fクラスの隠密生活が初日で終わってしまう。
「……また寮でね、リナ」
「むぅ……ケチ。後で部屋に行くからね!」
リナは不満げに頬を膨らませながらも、手を振って去っていった。
まったく、僕の幼馴染は世話が焼ける。
世の中、そう上手くはいかないらしい。
【今節の専門用語解説】
・NaN(Not a Number)
「非数」。計算結果が数字として表現できない場合に表示されるエラー。レインの魔法は「魔力値なし(物理破壊力なし)」だったため、測定器がバグってこの表示を出した。
・オーバーフロー(Overflow)
数値があまりに大きすぎて、決められた桁数(器)に入りきらなくなること。エララの魔力は測定器の限界を超えていたため、測定不能となった。
・Unlink
ファイルの結合を解除(削除)するコマンド等のメタファー。レインは岩の分子結合を「解除」することで、破壊ではなく分解を行った。地味だが、結合エネルギーを計算する必要があるため高度な処理。




