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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第11話:マルチスレッド演算

「GROOOOOOOOOOO……!!」


夜空を切り裂くような咆哮。

それはただの音波ではなかった。

指向性を持った魔力の波動――DDoS攻撃のような「情報嵐」だ。


「ぐ、あ……っ!」

「耳が、頭が割れるぅぅぅ!」


後方にいた騎士たちが、次々と膝をつき、耳を押さえてのたうち回る。

リナも悲鳴を上げてうずくまっている。

脳を直接揺さぶる精神攻撃。

並の人間なら、これだけで発狂して廃人コースだ。


(……うるさいな)


僕だけが、平然と立っていた。

脳内の「オーディオ・フィルタ」をオンにし、特定周波数のノイズを遮断カットしているからだ。

だが、油断はできない。

目の前にいる奴は、今まで処理してきた「雑魚バグ」とは格が違う。


体長十メートル。

三つの頭を持つ巨大な異形。

中央が狼、右が熊、左が大蛇のように見えるが、それぞれの境界線は曖昧だ。

複数の生物データが無理やり融合マージし、整合性が取れないまま実体化してしまった「キメラ・バグ」。


「グルァッ!」


中央の狼の頭が、巨大な顎を開けて迫る。

速い。

あの巨体で、新幹線並みの速度だ。


(……遅い)


だが、僕の意識クロックはさらに加速している。

敵の筋肉の動き、魔力の流れ、重心の移動。

すべてのパラメータを読み取り、数秒後の未来座標を予測プレディクトする。


ヒュッ。


僕は最小限の動きで、噛みつき攻撃を回避した。

風の刃が僕の頬を掠め、背後の大岩を粉砕する。


「……硬いな」


回避と当時に、僕は杖を振るい、不可視の「風の刃」を放っていた。

狙いは右の熊の頭の首元。

スパッと肉が裂け、首が落ちる――はずだった。


ブシュッ……ボコボコッ!


「……は?」


切断面から、赤黒い泡のようなものが噴き出したかと思うと、一瞬で首が再生したのだ。

元通り。傷跡一つない。


【Alert: Enemy Health Regenerated.】

【Error: Damage Value Negated.】


(……自動回復オートリジェネかよ。しかも、回復速度が異常だ)


何度か試してみる。

足を吹き飛ばしても、目を潰しても、コンマ数秒で元通りになる。

まるで、HPがつねに `100%` に固定されているチートキャラだ。

これでは、どれだけ高火力の魔法を叩き込んでも意味がない。


「……ふざけた仕様スペックだ」


僕は舌打ちした。

聖泉の無限に近い魔力を供給源にしている以上、持久戦になればこっちが負ける。

僕の魔力バッテリーも、肉体ハードウェアも、もう限界に近い。

鼻血が止まらないし、視界の端が黒く欠け始めている。


(……倒すには、一撃で「存在」ごと消すしかない)


だが、そんな大規模魔法を撃つリソースはない。

どうする?

力で勝てないなら、論理ロジックで勝つしかない。


敵の処理能力(CPUパワー)には限界があるはずだ。

再生能力に多くのリソースを割いているなら、思考や防御に使えるリソースは少ないはず。

なら――


「……パンクさせてやる」


僕は杖を構え直し、深く息を吸った。

一つや二つの魔法じゃ対処される。

なら、十個なら? 五十個なら?

同時に、別々の属性で、別々の箇所を攻撃されたら?

敵の演算処理が追いつかなくなり、システムがクラッシュするはずだ。


「マルチスレッド・プロセス、展開」


脳内の仮想領域に、複数のタスクを立ち上げる。


Process 1: Fireball (Target: Head A)

Process 2: Ice Lance (Target: Head B)

Process 3: Wind Cutter (Target: Leg R)

Process 4: Thunder Bolt (Target: Leg L)

...


脳が焼き切れるような熱さを感じる。

普段なら三つ(スリー・スレッド)並列させるのが限界だ。

だが、今の僕はリミッターを外している。


「……展開、20……30……」


僕の周囲に、無数の魔法陣が浮かび上がる。

赤、青、緑、黄。

色とりどりの輝きが夜空を埋め尽くす。

その光景に、騎士たちが息を呑むのが分かった。


「な、なんだあれは……!?」

「一人で……軍隊規模の魔法を……!?」


かまうものか。

まだ足りない。

奴の再生速度を上回るには、もっと負荷ロードをかけなきゃいけない。


「……展開、53」


限界だ。

脳の血管が何本か切れた音がした。

目から血の涙が流れる。

だが、ロックオンは完了した。


視界に映るすべての部位を「ターゲット」として補足。

五十三個の赤いマーカーが脳内に浮かぶ。


(……僕が蒔いたバグだ。僕が刈り取る)


「レイン、だめぇぇぇ!」


背後でリナの叫び声が聞こえた。

ごめん、これが一番手っ取り早いんだ。

後で死ぬほど説教されるだろうけど、生きて帰ればなんとかなる。


「……全スレッド、実行(Execute)」


ドォォォォォォォォォォォッ!!


五十三発の魔法が、一斉に解き放たれた。

炎が焼き、氷が凍らせ、雷が穿つ。

時間差攻撃タイムラグなしの同時着弾。


「GROOOOOOO……ガ、ア……!?」


キメラが悲鳴を上げる。

右足が燃えながら凍りつき、首が飛びながら石化していく。

「熱い」と「寒い」と「痛い」と「痺れる」が同時に襲ってくる。

奴の脳内処理(CPU)はパニック状態だ。


【Warning: System Overload.】

【Error: Comparison Failure.】


「再生しろ」という命令と、「防御しろ」という命令と、「攻撃しろ」という命令が競合コンフリクトし、処理が止まる。

フリーズした。

今だ。


「……消え去れ。《Null_Pointer_Exception(存在否定)》」


僕は、動きの止まったキメラに向かって、最後の命令とどめを叩きつけた。

物理攻撃ではない。

「お前の存在定義ポインタは無効(Null)だ」という、世界法則への改竄命令。


瞬間。

世界がホワイトアウトした。


音も、光も、重力さえも消えた空白の時間。

キメラの体が、ポリゴンが崩れるようにバラバラになり、そして光の粒子となって霧散していく。

再生する間もなく、データそのものが消去デリートされたのだ。


それが過ぎ去った後。


「…………な?」


騎士の呆然とした声が響く。

荒野には、魔物は一匹もいなかった。

肉片すら残っていない。

ただ、キラキラと輝く魔石だけが、砂利のように転がっていた。


「き、奇跡だ……! 一瞬で、魔物の群れが……!」

「聖者様万歳! レイン様万歳!」


歓喜の声。

勝利の雄叫び。

村人たちも家から出てきて、涙を流して抱き合っている。


だが、僕にはそれらを聞く余裕はなかった。


ブツン。


脳内で、ブレーカーが落ちる音がした。

視界が急激に狭まる。

手足の感覚がない。

杖が手から滑り落ちる音が、やけに遠く聞こえた。


(ああ……やっぱり、オーバーフローか……)


限界突破の代償。

ショートした神経が、遅れてやってきた激痛信号を脳に送りつける。


「ガ、ハッ……!」


口から大量の血が溢れた。

膝から崩れ落ちる。

地面が近づいてくる。


「レイン!!」


リナが駆け寄ってきて、僕を抱きとめた。

彼女の服が、僕の血で赤く染まる。


「嫌だ! 死なないで! レイン、レイン!!」


リナの泣き顔。

ああ、泣かせちゃったな。

約束したのに。守るって言ったのに。


「……へいき、だよ……リナ……」


嘘だ。平気じゃない。

意識が遠のく。

寒い。暗い。

OSがシャットダウンしていく。


(……くそ。ここで死んだら、何のために転生したんだ……)


最後に見たのは、泣きじゃくるリナの顔と、何事か叫びながら走り寄ってくるバルドの姿だった。

聖者認定、確定だな。

そんなどうでもいいことを考えながら、僕のシステムは強制停止した。


【System Error: Critical Failure. Initiating Emergency Sleep Mode.】

【今節の専門用語解説】


・マルチスレッド(Multi-thread)

「並列処理」のこと。普通の人は一度に一つのことしか考えられない(シングルスレッド)が、レインは脳内で53個の計算を同時に行って魔物を殲滅した。PCで言うと、動画を見ながらゲームをして、裏でウイルススキャンをするようなもの。


・Null_Pointer_Exception

プログラミングで最も有名なエラーの一つ。「何もない場所(Null)を参照した」という意味。レインはこれを逆手に取り、敵を「最初から存在しなかったこと」にして消滅させた。

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