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過労死エンジニアの異世界リファクタリング ~孤独の管理者と不変の定数~  作者: 雨山識


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第9話:予兆(バグ・レポート)

王都への出発まで、あと三日。

村は、奇妙なほど穏やかな空気に包まれていた。

いや、「穏やか」というよりは「過剰に豊か」と言った方が正しいかもしれない。


「おい見ろよ、このカボチャ! 一晩で倍の大きさになっちまった!」

「こっちの小麦もだ! 茎が太すぎて、鎌が折れそうだぞ」


畑の方から、村人たちの驚きと歓喜の声が聞こえる。

聖泉が復活し、溢れ出した高純度の魔力が地下水脈を通じて村中に行き渡った結果だ。

作物の成長速度は通常の三倍。

野菜は丸々と太り、果物は蜜のように甘くなっている。

村はお祭り騒ぎだ。

「レイン様のおかげだ」「聖者様の奇跡だ」と、僕に対する信仰心も鰻登りである。


だが、僕は素直に喜べなかった。


(……異常だ)


村はずれの丘の上。

リナと一緒に夕日を見ながら、僕は冷や汗を拭った。

僕の『低レイヤー・ビジョン』には、この風景がまったく別の形で見えていたからだ。


空気が、歪んでいる。

極彩色のノイズが、風景の端々に走っている。

まるで、高負荷でグラフィックボードが悲鳴を上げている時の画面のようだ。


「レイン? どうしたの、怖い顔して」


リナが心配そうに覗き込んでくる。

彼女の手には、人の頭ほどもある巨大なリンゴが握られていた。


「……ううん、なんでもない。ただ、ちょっと眩しくて」


「そう? 夕日が綺麗だねぇ。王都に行ったら、もっと綺麗なのかな」


「さあね。……でも、この村の景色も忘れないよ」


リナには笑って見せたが、内心は焦りでいっぱいだった。

魔力濃度の上昇。生態系の異常検知。

原因は分かっている。

僕が修理し、拡張してしまった聖泉だ。

あそこで湧き出るマナの純度が高すぎて、周囲の環境に影響を与え始めているのだ。


良質な魔力は、土地を豊かにする。

だが、過ぎたるは及ばざるが如し。

栄養過多になった土壌は、通常の植物だけでなく、「招かれざる客」も育ててしまう。


昨日のことだ。

森の入り口で、奇妙なリスを見た。

目が四つあり、尻尾が二本に分かれていた。

それだけなら「変異種」で済むが、その動きがおかしかった。

木に登ろうとして、座標がズレたように空中で静止し、カクカクと不自然な挙動を繰り返していたのだ。


【Wait: Collision Error.】

【Error: Texture Mapping Failed.】


まるでバグったゲームのキャラクターだ。

過剰な魔力を取り込みすぎて、存在そのものの定義コードが壊れかけている。


(……まずい。これは『進行性のバグ』だ)


僕が直したコードは完璧だった。

だからこそ、完璧すぎたのだ。

効率化された魔力循環は、この辺境の村には過ぎた「蜜」となってしまった。

蜜には虫が集まる。それも、とびきり凶暴で、飢えた虫たちが。


「……帰ろう、リナ。今日はもう遅い」


「えー? まだ明るいよ?」


「いいから。……夜は、危ないかもしれない」


僕は無理やりリナを連れて家に帰った。

嫌な予感がする。

エンジニアの勘だ。

プロジェクトが順調に進んでいる時に限って、裏で致命的なバグが育っているあの感覚。「デプロイ直前の静けさ」に似ている。


その夜。

僕の予感は最悪の形で的中した。


真夜中。

ドスン、ドスン、という微かな地響きで目が覚めた。

枕元の時計(魔道式ではなく、日時計を改造した簡易的なもの)はおよそ午前二時を指している。


【Alert: Massive Hostile Reaction Approaching.】

【Estimate: 50+ Units.】

【Speed: High. Type: Unknown (Corrupted).】


脳内でけたたましい警報アラートが鳴り響く。

ただごとではない。

反応の数が多すぎる。それに、波形が乱れている。


僕は飛び起きて窓を開けた。

北の空――森の方角が、赤黒く染まっていた。

火事ではない。

無数の「赤い目」が、闇の中で光っているのだ。


「……嘘だろ」


その数は十や二十ではない。

狼のようなシルエットが見えるが、その輪郭は朧げで、時折ノイズのように明滅している。

通常の魔物ではない。

過剰な魔力を取り込み、自己進化の果てにバグ化した魔物の群れだ。

あるいは、聖泉の魔力に惹きつけられた「バグそのもの」かもしれない。


ウォオオオオオオオオオ……!


響き渡る遠吠え。

だが、それは獣の声ではなかった。

金属を擦り合わせたような、あるいは壊れたスピーカーから流れるノイズのような、不快な合成音シンセサイズ


「な、なんだ今の声は!?」

「魔物だ! 魔物が来たぞぉぉ!」


村の見張り番が鐘を鳴らす。

村中がパニックになる。

当然だ。こんな真夜中に、あんな大群が押し寄せるなんて前代未聞だ。


「……責任、取らなきゃな」


僕は震える手で杖を握りしめた。

あの時、父さんの杖を壊してから、こっそり作り直しておいた「杖(ジャンクMk-2)」だ。

素材は良くないが、使い捨て前提のチューニングをしてある。


まだ体は万全じゃない。

リナとの「同期」も、そう何度も使える手ではない。

でも、これを見過ごせば、村は一夜にして全滅する。

聖者認定も、王都行きも、全部パーだ。

なにより、リナも、父さんも、母さんも死ぬ。


(僕が持ち込んだ『効率化』が招いた災厄だ。僕がデバッグしなきゃならない)


「レイン!? 起きてるか!?」


ドンドンドン! とドアが叩かれる。父さんの声だ。


「父さん、僕も行く」


「バカ言え! お前は逃げるんだ! リナちゃんと一緒に、教会の馬車で……」


父さんが部屋に入ってきた。手にはくわではなく、錆びた剣を握っている。

その顔は真っ青だが、目は決意に燃えていた。

逃がすつもりだ。自分の命を捨ててでも。


「……ううん。僕がやったほうが早い」


「なっ……?」


僕は父さんの横をすり抜け、窓枠に足をかけた。

二階からは、村の入り口に押し寄せる「黒い波」がよく見えた。

防衛線ファイアウォールを構築するなら、あそこしかない。


「レイン! 戻れ!」


「ごめん父さん。ちょっと『残業』してくる」


僕は窓から飛び降りた。

着地ごとき、今の僕には造作もない。

風の魔力を足裏に展開し、音もなく地面に降り立つ。


例外処理エマージェンシー、開始」


僕は静かに呟き、夜の闇へと駆け出した。

これが、僕にとっての初めての「実戦」であり、最大の「障害対応インシデント・レスポンス」となるはずだった。

【今節の専門用語解説】


・予兆(Omen)

システム障害が起きる前には、必ず何らかのサインがある。処理が重くなったり、変なログが出たり。レインはそれを見逃さなかったが、対応するには時間が足りなかった。


・進行性のバグ(Progressive Bug)

放っておくとどんどん状況が悪化していくタイプの不具合。メモリリークなどがこれに当たる。今回は魔物の生態系がバグり、加速度的に増殖してしまった。


・インシデント・レスポンス(Incident Response)

セキュリティ事故やシステム障害が発生した際の、緊急対応のこと。エンジニアにとって最も胃が痛くなる業務の一つ。

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