お巷の自慢
お巷は井戸端で桶を置くのも忘れ、身振り手振りで隣人たちに語っていた。
「……そうなのよ。うちの弥平がね、一郎太さんに『どうしても』って頼まれて。あの人、太一ちゃんがああなっちゃってから、気が気じゃないんでしょう。でもね、うちの子は優しいから、断れなかったのよ」
「へぇ、三人で裏山へ。……でも、大丈夫なの? 太一ちゃんが何か化け物を見たなんて話もあるのに」
隣人の不安げな問いに、お巷は鼻を鳴らした。
「大丈夫に決まってるじゃない。お弁当だって持たせたし、お参りもしてきたんだから。今頃は、怪物の正体でも突き止めて、英雄気取りで帰ってくるわよ」
「まあ、お巷さんったら。本当に親ばかなんだから」
周囲の女たちは、いつも通りのお巷の盛られた話たちに、ふふふ、と笑って相槌を打っていた。
――
洗濯と女たちへの話を一頻りし終えたお巷が帰路についていると、辺りの畑から男たちの声が聞こえてきた。
「そういや一郎太のところ、今日は野良に出てないな」
働き盛りの男が三人、朝から畑にいないというのは、この狭いコミュニティでは異常事態だ。
しかし、お巷にとってそれは"好ましい"異常事態だった。
「ちょいと、アンタ。それはね、うちの弥平が一郎太さんに『どうしても』ってせがまれてね……」
お巷が触れ回った言葉は、期待という名の毒となって村に広がった。
夕餉の支度をする女たち、野良仕事から戻る男たち。彼らの話題は、裏山に向かった三人のことで持ち切りだった。
しかし、日が傾く時分になっても、山道に人影は見えない。
『そろそろ戻る頃だろう』と、自然と広場や裏山の入り口に近い場所に人が集まり始める。
ある者は農具を研ぐ振りをし、ある者は立ち話をし、お巷は落ち着かずに何度も村と裏山の入り口までを往復する。
カラスの鳴き声も響き始めた。もう夕刻に近い。
「遅いな……」 「まさか、あいつらにも何かあったんじゃ……」
期待は、刻一刻と冷たい予感に形を変えていった。




