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因習の胎動 ー「因習村」は、どのようにして生まれるのだろうかー  作者: 無機色


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8/10

お巷の自慢

お巷は井戸端で桶を置くのも忘れ、身振り手振りで隣人たちに語っていた。


「……そうなのよ。うちの弥平がね、一郎太さんに『どうしても』って頼まれて。あの人、太一ちゃんがああなっちゃってから、気が気じゃないんでしょう。でもね、うちの子は優しいから、断れなかったのよ」


「へぇ、三人で裏山へ。……でも、大丈夫なの? 太一ちゃんが何か化け物を見たなんて話もあるのに」


 隣人の不安げな問いに、おこうは鼻を鳴らした。


「大丈夫に決まってるじゃない。お弁当だって持たせたし、お参りもしてきたんだから。今頃は、怪物の正体でも突き止めて、英雄気取りで帰ってくるわよ」


「まあ、お巷さんったら。本当に親ばかなんだから」


 周囲の女たちは、いつも通りのお巷の盛られた話たちに、ふふふ、と笑って相槌を打っていた。


 ――


 洗濯と女たちへの話を一頻ひとしきりし終えたお巷が帰路についていると、辺りの畑から男たちの声が聞こえてきた。


「そういや一郎太のところ、今日は野良に出てないな」


 働き盛りの男が三人、朝から畑にいないというのは、この狭いコミュニティでは異常事態だ。

 しかし、お巷にとってそれは"好ましい"異常事態だった。


「ちょいと、アンタ。それはね、うちの弥平が一郎太さんに『どうしても』ってせがまれてね……」



 お巷が触れ回った言葉は、期待という名の毒となって村に広がった。

 夕餉の支度をする女たち、野良仕事から戻る男たち。彼らの話題は、裏山に向かった三人のことで持ち切りだった。



 しかし、日が傾く時分になっても、山道に人影は見えない。


『そろそろ戻る頃だろう』と、自然と広場や裏山の入り口に近い場所に人が集まり始める。


 ある者は農具を研ぐ振りをし、ある者は立ち話をし、お巷は落ち着かずに何度も村と裏山の入り口までを往復する。


 カラスの鳴き声も響き始めた。もう夕刻に近い。


 「遅いな……」 「まさか、あいつらにも何かあったんじゃ……」


 期待は、刻一刻と冷たい予感に形を変えていった。

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