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因習の胎動 ー「因習村」は、どのようにして生まれるのだろうかー  作者: 無機色


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二. 心配、噂

 あの日、彼━太一が山から駆け戻ってきたとき、誰もが不思議に思った。いつも元気で反抗的な彼が、何かに怯えるような真っ青な顔で家に駆け込んだのだ。

 普段なら、畑仕事の手伝いを頼むとふてくされるほどの少年だというのに、その日から彼は部屋に閉じこもり、ろくに話をしようともしなくなった。


「どうしたのかしら、あの子……」


 太一の母親、トヨは心配そうに呟くが、何も答えは見つからない。夫も何度か彼に話しかけたが、まともな返事は返ってこなかった。夜になると、太一の部屋からくぐもった声が聞こえてくる。夢にうなされているのか、まるで何かに追われるように息を荒げている様子が、家族にまで伝わってきた。


「最近、あの子の様子が本当におかしいんですよ」


 母親が近所の人々にそう話すと、村の人々の間でも太一の変化は徐々に話題に上るようになった。


「やっぱりあの子、山で何かあったんじゃないの?」

「熊が出る、なんて話は聞いたことないけどねえ」


 この村は山間にあるが、ほとんど熊は出ず、いるとしてもイノシシを始めとして、キツネやタヌキ、ウサギ、シカ程度のはずだ。

 村の老人が、昔、山で怪物を見たと話していたことはあるが、大きなイノシシでも見間違えていたのだろう。


 しかし、あの元気だった太一の変わり果てた姿を見て、何もないとは考えにくい。皆の考えには、少しずつ変化が表れてきた。


「もしかしたら、本当に何かいるのかもしれないな」

「太一があんな風になるなんて、ただの見間違いで済む話じゃないだろう……」


 人々の間に不安が広がり始める。


 なんにせよ、被害が出るのであれば、この山の周辺で他の誰かが太一と同じ状態になる可能性もある。それは病で、移るものかもしれない。

 そんな噂が広まり、子供たちには山の奥に近づかないようにと厳しく言いつけが始まった。普段なら「怖がることはない」「夕餉の山菜を取りに行こう」などと言って山に連れ出していた大人たちも、次第に山を避けるようになり始める。


「すぐに収まればいいけれど……」


 不安そうな表情で人々は語り合い、集落全体には影が落ち始めていた。

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