第9話 明かされた真実
摩衣李を交えてのハンバーグ作りは凄惨を極め……楽しく賑やかに繰り広げられた。
タネをこねこねするのが楽しくて仕方ない摩衣李は、もういいぞという俺の言葉も聞かずにいつまでも捏ね続けた。
やっとこねる作業から摩衣李を引き剥がすと、次は形作りだ。
勿論、ユウノは手際よく右手から左手へと放り投げるようにして、空気を抜きつつ形を整えていく。
その手際は見ていて惚れ惚れとしてしまう。
摩衣李には無理だと言ったのだが、最近の摩衣李は言い出したら聞かないことが増えてきた。
小さい手にたっぷりとタネをとって、ユウノの真似をする。
勿論、上手くいくわけもなく、狙いを外れたタネがあちこちに飛び散る悲惨な事態となった。
摩衣李が半べそをかき始めた。危険な兆候だ。
「一緒に作りましょうね」
とユウノが摩衣李の後ろに立った。
そして、両手で摩衣李の手を包むようにする。
変則的な二人羽織のような格好だ。
次に、摩衣李の手のひらに少なめにタネをとると、
「丸く平たくしましょうね」
と言ってぱんぱんと叩いて小判型にする。
「それじゃ、いきますよーー」
「うん」
失敗の記憶が生々しい摩衣李は不安そうに答えた。
そしてゆっくりと右手から左手にタネを移した。
ほとんど載せ替えたようなものだが、ほんの少しは宙を舞ったようだ。
「できたーー!」
泣きべそをかいてたのが嘘のようににこやかに摩衣李が叫んだ。
「ええ、できましたね」
後ろからそう言うユウノを見あげて、摩衣李はニコッと嬉しそうに笑った。
「じゃあ、あたしがおとうさんのぶんつくってあげる!」
すっかり調子が戻った摩衣李は楽しそうにタネをぱんぱんし続けた。
そして、微妙な形の摩衣李特製ハンバーグが俺の皿にどっさりと盛り付けられた。
摩衣李の皿にはユウノが作った綺麗な形のハンバーグが載っている。
「おとうさん、おいしい?」
摩衣李が俺をじっと見ながら聞いてきた。
「うん、美味しいよ」
俺が答えると摩衣李は嬉しそうに笑い、自分の分のハンバーグを頬張った。
(摩衣李の手料理は二回目だったかな……)
運動会の時のおにぎりも、俺の分は摩衣李が握ってくれた。
(あのおにぎりも形がバラバラだったなぁ)
これから先俺は、何回摩衣李の手料理を食べられるのだろうという考えが頭をよぎった。
ふとユウノを見ると、摩衣李が美味しそにハンバーグを食べるのを優しく微笑んで見ている。
「あ、そうだ、摩衣李。今日はユウノさん、お泊りするからな」
「ほんとーー!?」
口のまわりをハンバーグソースだらけにして摩衣李が叫んだ。
「たくさんお話をしなきゃならないからな」
「よろしくね、摩衣李さん」
「そしたら、おふろもいっしょ?」
「一緒にお風呂は入れないけど一緒のお布団で寝ましょうね」
「わぁああーーーーい」
ユウノはいつも通りに摩衣李と接している。
これから話すつもりの内容からすると、もう少し深刻な顔になってもおかしくないのだが。
(もしかしたら、俺が思っているほど深刻な話ではないのか?)
ずっとAGI搭載アンドロイドだと思っていたユウノが、そうではないかもしれない。
だとすると、どういうことになるのか。
もしかしたらユウノはアンドロイドのふりをした人間なのか?
だとしたら何故わざわざアンドロイドのふりをしていたのか。
始めから人間だと言っても何ら差し支えないと思うのだが。
ユウノに体を洗ってもらって風呂から出た摩衣李は、
「ねるまえにほんをよんで!」
と言って棚にある絵本を枕元にどっさりと積み上げた。
(解放されるまでしばらくはかかるな)
そう思って俺は動画配信サイトを立ち上げた。
特に観たいものがあったわけではないのでニュースやスポーツ、アニメなどをぼんやりと眺めて時間をつぶした。
一時間ほどするとユウノが部屋から出てきた。
「摩衣李は寝ましたか?」
「ええ」
そう言ってユウノはその場で立ち止まった。
俺はテーブルの反対側を指して、座るように促した。
「色々と聞きたいことはあるんですが、どこから聞けばいいのか……」
場の空気が固くなりすぎないようにと、俺はさりげないふうを装って聞いた。
「はい、私からお話をします……」
そこで、ユウノは間をとってゆっくりと話し始めた。
「高越さんがAGI関連なので私は心配ないと言ったのは、私がAGIを搭載していないからなんです」
「ということはユウノさんは、人間ということですか?」
そうでなければ家事や育児などの様々なことを自律的にできるわけがない。
「私を人間と定義できるのか分からないのですけど……」
「定義……?」
「はい。私は有機アンドロイドの体を持っていますが、AGI搭載型ではなくて人間の脳を移植しているのです」
「脳を、移植ぅ!?」
あまりにも予想外の話に俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「私は三年前に事故に遭って重傷を負いました。身体の損傷が激しくて、このままでは死ぬのも時間の問題でした。
その時に医師から問われたのです、アンドロイドの体になる意志はないか、と。
幸い頭部はほとんど損傷が無かったのです」
ユウノは淡々と話しているが、俺は震える思いで聞いていた。
「私には子供がいました。聞くと奇跡的にほぼ無傷で助かったとのことでした。ですので子供のためにも生き延びなければと思い、アンドロイドの身体になることを承諾しました」
「お子さんがいるんですね。そうすると……」
当然夫もいるはずだが。
「はい、夫もいましたが事故で……」
ユウノは俯いてしまい、その先を続けられなかった。
「ああ、ご、ごめんなさい!」
まずいことを聞いてしまったと俺は思い慌てて謝った。
「い、いいえ、そんなことはありません。むしろ今まで話さなかった私が悪いのです」
顔を上げて目を潤ませながらも笑みを見せるユウノ。
なんとかして気まずくなった空気を変えようと俺がオロオロしていると、部屋の扉が開いて摩衣李が出てきた。
「あら、摩衣李さん、どうしたの?」
ユウノはいつもの聖母笑顔になって立ち上がり、摩衣李の両肩をそっと抱いた。
「おとうさんの、こえがきこえたの……」
目をこすりながら摩衣李が答えた。
「あ、そうか、ごめんな、大きい声を出して」
俺は慌てて謝った。
「大丈夫ですよ、お父さんは怒ってませんから、さあ寝ましょうね」
「うーーん……おしっこする」
「あ、そうね、おしっこしたら寝ましょうね」
ユウノは寝ぼけ眼の摩衣李をトイレに行かせると、部屋に戻った。
俺がダイニングで待っていると、小さな歌声が聞こえてきた。
(聖母の子守唄か……いいなぁ)
俺の子守唄なんぞを聴かされたら、きっと摩衣李は悪夢にうなされてしまうだろう。
しばらくするとユウノが部屋から出てきた。
「寝ましたか?」
「はい」
穏やかに微笑んでユウノはダイニングの席に着いた。
「どこまで話しましたっけ?」
「えっと、事故で……」
さすがに俺は言い淀んだ。
「ああ、夫のことでしたね」
さっきとは違い穏やかな表情でユウノが言った。
俺は話題を変えたくて子供のことを聞いてみた。
「お子さんは助かったんですよね?」
「はい」
「ということは、今はご自宅で誰かが見てくれてるんですね」
ほぼ毎日朝から夜まで俺のところで働いてくれているのだ。
「なんか申し訳ないですね、ほとんどウチで働いてもらってばかりで」
「いえ、今私は管理会社から通っています」
「あ、そうなんですね」
「はい、子供は預かってもらってます」
「なるほど、親御さんが見てくれてるんですね」
「……いいえ、私も夫も施設の出身で、両親は既に……」
(うわぁーーまた地雷踏んだーー!)
「す、すすすみません……!」
摩衣李を起こさないように囁き声で謝った。
「いいえ、大丈夫です。両親はいないのですが、私に一人だけ連絡が取れる親戚がいました。それでその方が娘を引き取ってくれたんです」
「娘さんなんですね、ウチと同じだ。お幾つですか?」
「……四歳です」
「四歳の娘さん!摩衣李と同じじゃないですか。しかも親戚の人に引き取ら……れ、て……」
感の悪さには自信がある俺の頭でも、さすがにあることに思いが至った。
(まさか、な……)
俺とユウノはしばらくの間無言で見つめ合ってしまった。
「あの……もしかして……」
やっとのことで俺は言葉を出すことができた。
ユウノは姿勢を正して俺を真っ直ぐ見た。
そして、凛とした表情で言った。
「はい、私は摩衣李さんの母親です」