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第8話 ユウノ

『AGI搭載アンドロイドの不具合続出。各地で事故が発生している模様』


(ユウノさんに何かあったら……!)


 俺はすぐにユウノに電話をした。

 だが、呼び出し音は鳴らず『電波の届かない所にいるか……』とメッセージが流れてきた。


(くそっ、通信もイカれてるのか)


 運営会社にかけても同じだった。

 周囲を見ると、この状況に顔色を変えている者が多い。


 俺はすぐさま上司のところに行って、早退させてくれと頼んだ。

 すると、

「すまないが関連部署の状況を確認してからにしてくれ」

 と、言われてしまった。


 どうやら社内でも影響が出ているようだ。

「わかりました」

 俺は部署に戻り関係する内外の部署に連絡した。スマホとネット回線が繋がりにくいようだった。

 なので、電話回線を使った。不測の事態の電話の重要性を改めて感じた。


 確認作業が終わったのは午後三時近くだった。

 俺は上司に報告するとそれこそ猛ダッシュで会社を後にした。


 駅で待つ間にユウノと運営会社に電話をしてみたが(つなが)がらなかった。


 最寄り駅に着くと俺は直接保育園に向かった。

 ここ数年は摩衣李を連れて歩くことが増えたとはいえ、基本的に俺は運動らしきことはしていない。


 駅から保育園に小走りで向かうだけでも息切れして汗だくだ。

 おそらく髪も乱れ放題だろう。


 対応に出てくれた保育士さんのドン引き具合を見れば、いかに俺が酷い顔だったか分かるというものだ。


「あ、あの……ハァハァ……摩衣李は……之々良摩衣李は……ハァハァ」

「あ、ああ、摩衣李ちゃんのお父さん、でしたね……?」

 恐怖すら見え隠れする顔を笑顔に変えて対応してくれる保育士さん。


「は、はい、すみません……あの、摩衣李はいますか……?」

「ええ、勿論」

「ユウノさん……ウチのお手伝いさんはまだ、来てませんか?」

「ええ、まだ帰りの時間ではないですから」

「そうですか……」

ユウノさんは大丈夫だろうかと思っていたところ、

「おとうさん!」

 と、摩衣李が元気よく俺に激突してきた。


「どうしたの?」

「ああ、その、ユウノさんに用事があるんだよ」

「ふーーん、でもまだだよ」

「そうだな、ちょっとお(うち)を見てくるよ」

「ええーーおとうさんここにいてーー」

 そう言って摩衣李はガッチリと俺にしがみついた。


「また後で迎えに来るから、な?」

「むーーーー」

 ほっぺたを膨らます摩衣李をなんとか説得して、俺は自宅に向かった。


 俺は自宅に向かいながら頭の中を整理した。

 AGIアンドロイドは通信回線を通じて運営会社と繋がっており、WEBに接続する機能も持っていると聞いている。

 ニュースによれば一部のAGIがWEBからウイルスの攻撃を受けたらしい。


 ユウノは最新式AGIを搭載した有機アンドロイドだ。性能そのものは高いのだろう。

 だが、開発途中のプロトタイプでもある。高性能ゆえの脆弱性があったとしても不思議ではない.


 アパートの部屋に入ると、ユウノは夕飯の準備をしていた。

「之々良さん……?」

 こんな時間に帰ってきた俺にユウノは驚いている。


「あ、すみません、急に」

「い、いえ……」

「えっと、ユウノさん、具合は悪くないですか?」

「具合、ですか?いいえ、特には……」

 ユウノは俺の言わんとするところが理解できないようだ。


「えっとですね……」

 と、俺はニュースで知った情報をユウノに話した。

「そんなことが……」

 ユウノは明らかに動揺しているようだ。


「携帯通話も通じなくなってますし」

 今もかけてみたがまだ復旧していない。

「でも、よかった、ユウノさんに何事もなくて」

 俺はホッとしてダイニングの椅子に腰掛けた。


「私に何かあったら摩衣李ちゃんが……」

 ユウノも俺と同じことを考えたようだ。

「ご心配をおかけしました」

 そう言ってユウノは俺に深々と頭を下げた。

「いえ、とんでもないです。何事もなくてよかった。運営会社からはなにも?」

「はい、なにも連絡は……」

 ユウノはスマホを取り出して確認した。


「そうですか、俺がかけた時も繋がらなかった……」

 と言いかけて俺はあることに気がついた。

「そういえば、ユウノさんはスマホを使うんですね」

「はい、それがなにか……?」

「いや、AGIアンドロイドは通信機能を搭載しているって聞いていたので」

「……!」


(あれ?おれなんか変なこと言った?)


 ユウノの様子が明らかにおかしい。

「えっと、ユウノさん?」

 初めて見るユウノの動揺した様子に、俺は心配になってきてしまった。


「あ、あの、すみません、そのことは……」

 と、言い(よど)むユウノに、

「いえいえ、ふと思っただけなので。きっと企業秘密なんですよね」

 俺は慌てて取り繕った。


 なんとも言えない空気になったところに呼び鈴がなった。

 ユウナが対応すると

高越(たかこし)です」

 と、言うのが聞こえた

 来たのは管理会社の高越(たかこし)さんのようだ。


 ユウノは扉を開き、

「あの、高越さん……」

 と言いかけたが、

「お迎えには少し早いですが、あの事故があったので来ました」

 被せるように高越さんが言った。


「そのことなんですけど……」

「今回の不具合はAGI関連なのでユウノさんは心配ないんですけどね」

 と明るい声で高越さんが言った。


「え?」

 高越さんの言葉を聞いて俺は思わず声が出てしまった。

(AGI関連だから心配ない?)


「あ……」

 その時初めて高越さんは俺がいることに気づいたようだ。

 当然だろう。時間はまだ夕方の五時前、普段なら俺はまだ会社にいる時間だ。


「お疲れ様です」

 俺は椅子から立って高越さんに挨拶をした。

「之々良さん……その、帰ってらしたんですね」

 俺がいることに、というか俺に話を聞かれたことに動揺しているようだ。


「ええ、例の不具合のニュースを見て、心配で早退してきたんです」

「そうですか……」

 高越さんは、明らかに俺には聞かれたくないことを言ってしまったようだ。

 青ざめた表情で俺とユウノの顔を交互に見ている。


「今のお話、AGIの不具合の件ですが、もう少し詳しく聞かせてくれますか?」

「あの……」

「技術的なことではありません。そのへんは企業秘密もあるでしょうから。俺が聞きたいのはユウノさんのことです」

「はい……」

「高越さんはさっき、AGI関連だからユウノさんは心配ない、と言いましたよね?」

「はい……」


「ということは、ユウノさんにはAGIが搭載されていないということですか?だから今回の不具合は心配ないということなんですか?」

「あ、あの、その件に、つきましては……」

「之々良さん……」


 脂汗をかいて言葉にも詰まりがちな高越さんを庇うように、ユウノが割って入ってきた。

 その時になって、俺がかなり詰問口調で越高さんに迫ったていたのだということに気がついた。


「あ、ごめんなさい!頭が混乱したものでつい」

 俺は慌てて謝った。

「い、いえ、とんでもありません!」

 高越さんも慌てて何度も頭を下げた。


「あの、之々良さん」

 ユウノが申し訳無さそうに、だが、しっかりと俺の目を見て言った。

「はい」

「このことは私からお話させていただこうと思います。高越さん、それでよろしいでしょうか?」


「え、ええ、すぐに社に連絡してみます!」

 そう言って高越さんは連絡のために外に出た。


「このことは、いずれ話すつもりでいたのです。本当に申し訳ありません」

 ユウノが深々と俺に頭を下げた。

「いえいえいえ!そんなに頭を下げないでください。俺も摩衣李のこととかで混乱してしまっていたので」

 そう言いながら、俺は思わずユウノの肩に手を載せてしまった。


「ああーー!ごめんなさい、つい手を……!」

 俺がパッと目を離すと、

「いえ、気になさらないでください」

 と、心持ち表情を緩めてユウノが言った。


「社に了解を取りました。ユウノさん、お願いします」

「分かりました。それともう一つ」

「はい」

「今夜は泊まり込み扱いにしてもらえますか?話が長くなるかもしれませんので」

「はい、大丈夫だと思います。それも話しておきます」

「ありがとうございます」


 その後、高越さんはユウノと幾つかの確認をして帰って行った。


「そろそろ摩衣李さんのお迎えに行かなくては……」

 ユウノが俺の顔色を(うかが)うように言った。

「それじゃ、俺も行きます。たまには二人でお迎えというのもいいですよね」

「はい」


 俺とユウノが二人揃ってお迎えに来たのを見て、摩衣李は文字通り跳び上がって喜んだ。


 帰り道で俺とユウノに挟まれて歩く摩衣李は、 

「たのしいね!たのしいね!!」

 と終始ご機嫌だった。


「あ……」

 そんな時、ユウノが何かを思い出したように声を上げた。

「何か?」

「お料理が途中のままだったのを忘れてました」

「ああ……」

 半分は俺が原因だ。だが摩衣李がいる前では話さないほうがいいだろう。今は。


「きょうはなぁに?」

 摩衣李がユウノを見上げながら聞いた。

「ハンバーグですよ」

「ハンバーグだいすき!あたしもてつだう!」

 ぴょんぴょん跳ねながら摩衣李が宣言した。


「摩衣李、お手伝いできるのか?」

「できるよ!こねこねしてぱんぱんするんだよね?」

「そうですね」

 聖母笑顔でユウノが答える。


「それじゃ、今夜は摩衣李の特製ハンバーグだな」

「うん、とくせいハンバーグつくる!」


 今この光景を見た人は、俺たちのことを平和で幸せな家族だと思うだろう。


 だが俺の頭の中では、複雑で未だ理解が追いついていない事柄が渦巻いていた。


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