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陰キャ非モテの契約結婚  作者: 舞波風季


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18/21

第18話 璃々奈と菊菜

 菊菜との奇妙な同居生活が始まってから一週間が過ぎた。


 今日は休みの日なので、俺は朝食後に洗濯機をかけてのんびりと動画を観ていた。菊菜は午前中から面接に行っている。


(もしかしたらこれで決まるかもだよな、仕事……)


 奇妙だとはいえ菊菜との同居生活にもリズムのようなものができ始めてきた。

 そして、そんなリズムに馴染んできている自分がいた。

 

 たが、仕事が決まれば部屋もすぐに見つかるだろう。

 そして部屋が決まれば菊菜はここを出ていく。


(それって、捨てられたことにはならないよな……)


 気が付くとついそんなネガティブな考えが頭の中を支配している。


(いかんいかん!)


 俺は気を紛らすために体を動かした。ちょうど洗濯も終わったところだ。

 洗濯物を干し終えると、そろそろ十一時だ。


(今日の昼は……パスタにするか)


 冷凍シーフードとトマトジュースもある。

 菊菜は食べ物は何でも大丈夫と言っていたが、どちらかといえば肉よりも魚介が好きそうである。

 これからは魚介系の料理も覚えていかなければなどとぼんやり考えた。


(……って、何考えてんだ俺は!)


 あと数日したら菊菜は出ていってしまうかもしれないのだ。

 そうしたら、その後は同居どころか会うことすらなくなるのだ。


 出ていくときは、きっと菊菜はサラッとした態度で出ていくだろう。

 そして俺もサラッとした態度で菊菜を見送るのだ。


 お互いが「せいせいした」という気持ちで別れるのが最善の形だ。


 そうやって自分で自分を納得させながら、俺は昼食の準備に取りかかった。

 そろそろ菊菜が帰ってくる頃だろうかと思ったていたところに、呼び鈴が鳴った。


(あれ……呼び鈴鳴らしたっけ、緋之原さん?)


 俺は不思議に思いながら玄関の扉を開けた。


「おとうさん!!」


 大きな声で俺をそう呼ぶと、摩衣李が飛びつくように俺に抱きついてきた。


「摩衣李か!?」


 全く予想していなかった事態に俺は心の底から驚いた。


「びっくりした?」

 俺の腰にすがりながら、摩衣李が上を向いて聞いてきた。

「ああ、びっくりしたぞーー摩衣李」

 俺は正直に答えた。


「えへへーーさくせんせいこうーー」

 摩衣李はドヤ顔で嬉しそうにそう言った。


「突然ですみません、之々良さん」

 摩衣李の後ろからユウノが顔を出して、申し訳なさそうに言った。

「連絡してから伺うつもりだったんですけど、摩衣李ちゃんが……」

「おとうさんをびっくりさせたかったの!」

 ユウノの言葉を遮って摩衣李が答えた。


「そうかそうか!」

 そう言って俺は摩衣李を抱き上げた。

「びっくりしちゃったぞーー摩衣李の勝ちだな」

「うん、あたしのかちーー!」

「それとな、俺はもう摩衣李のお父さんじゃないんだぞ」

「ええーーーー!」


 そこに鞍人(くらひと)が顔を出した。

「こんにちは、之々良さん」

「あ、こんにちは」

「突然押しかけてすみません」

「いえいえ」


(鞍人さん、相変わらず爽やかイケメンだなぁーー羨ましい……)


「とりあえず上がってください。もうすぐ緋之原さんも帰ってくると思うので」

「え!?」

 何気なく言った俺の言葉にユウノが驚いて声を上げた。

「菊菜ちゃんが?」

「あ……」


(そうだった、知らせてなかったっけ)


「え、ええ少し前から……」

(やばいどう説明したらいいのか分からん!)

 俺は脂汗をかき始めた。

 すると意外なことに、

「そうだったんですねぇーー」

 と、ユウノが何やら含みがあるような言い方をした。


(え、なになに、その反応?)


 すぐにでも事情を聞きたかったが、とにかく中に入ってもらった。


「ねえねえ、ゆうのん、きくなちゃんてだれ?おともだち?」

 摩衣李は今でもユウノのことをゆうのんと呼んでいるようだ。

「ええ、そうよ、私の遠い親戚で大切なお友達よ」

「ふうん」


(仲良かったんだな、緋之原さんと)


 考えてみればそうだろう。だからこそ菊菜は摩衣李を預かることを決めたのだ。


 そして、まさにその時、扉を開ける音がした。

「ただいま」

 そう言いながら菊菜が入ってきた。そして靴を脱いで顔を上げたところで固まってしまった。


 ウチは玄関を入ればすぐにダイニングだ。

 菊菜は俺とユウノ、摩衣李、鞍人の注目を浴びることとなった。


「おかえり」

 俺が菊菜に答えたが、菊菜はまだ固まったままだ。

「…………え?」

 ようやく菊菜から声が出てきた。


「お帰りなさい、菊菜ちゃん。お邪魔してます」

 ユウノが穏やかに言った。

「……璃々奈、ちゃん?」

「うん、すごい久しぶりだね」

 ユウノは柔らかく微笑んでいる。


「あ、あの、私……」

 菊菜の顔がにわかに青ざめた。

 そこには幾つかの感情が混ざり合って現れていた。

 悔恨、罪悪感、そして恐怖が一度に押し寄せてきたようだった。


「とりあえず、靴を脱いで」

 俺は抱いていた摩衣李を降ろして、玄関に歩み寄りながら菊菜に言った。

「だめ、私は……ここに……ここにいちゃ」

 菊菜は震えながら靴を履き直そうとした。


「緋之原さん」

 俺は一瞬躊躇したが、菊菜を制止するように腕に手をかけた。

 菊菜は少し抵抗するような素振りを見せたが、拒絶はしなかった。


「ユウノさんと話をして」

 俺は菊名を見て言った。

 摩衣李を引き取る時にユウノと菊菜は顔を合わせていない。

 ユウノがそう言っていたのを俺は思い出した。

 つまり、話もしていないということだ。


 ならばここは、やはりきちんと話をしたほうがいいと俺は思った。

 というより、摩衣李のためにもするべきだ。


「きくなちゃん……?」

 大人たちの不穏な空気を感じて静かにしていた摩衣李が小さい声で聞いた。

「ええ、私の親戚の菊菜ちゃんよ。私たちが大怪我をした時に摩衣李ちゃんを引き取ってくれたのよ」

「ふうん、いいひとなんだね、きくなちゃん」

 という摩衣李の言葉に菊菜はハッとして顔を上げた。


「ええ、とっても良い人よ」

 ユウノが摩衣李に寄り添って肩をそっと抱き寄せながら言った。

「菊菜ちゃんが引き取ってくれたから摩衣李ちゃんは之々良さん、おとうさんに会えたのよ」

「ほんと!」

「ええ、ほんとよ」

 そう言ってユウノは菊菜に優しく微笑みかけた。


「璃々奈、ちゃん……」

 か細い声で菊菜が言うと、

「きくなちゃん」

 と言って摩衣李は、玄関で立ちすくんでいる菊菜に抱きついた。


「ありがとう、きくなちゃん、おとうさんにあわせてくれて」


 摩衣李は正直で素直な子だ。思った事をそのまま口にする。


 摩衣李の言葉は確実に菊菜の心のど真ん中を貫いたようだ。

「…………!」

 菊菜は手で口を覆いながら声を押し殺して嗚咽した。


 俺はと言えば、目から大量の汗が噴き出てきたので、床を濡らさないように天井を見上げた。


「と、とりあえず、上がって話をしようよ」

 俺は目の汗を拭きながら菊菜を部屋に上げた。菊菜もハンカチで目を拭っている。


 その後しばらくの間、ユウノと菊菜を中心に皆で雑談をした。

 菊菜はやはり、摩衣李を引き取ったとはいえ養育の殆どを俺に任せっきりにしていたことに罪悪感を持っているようだ。

 ユウノの前で菊菜が大人しいのはそのせいだろうと俺は思いながら話を聞いていた。


「菊菜ちゃんは私の一つ下で妹みたいに思ってました」

 と言うユウノの言葉に菊菜は恥ずかしそうな顔で返した。

「でも……でも、私……」

 摩衣李を放ったらかしにしたことの罪悪感が拭えないのであろう。


「そのことは、後でゆっくり話しましょう、ね?」

 まさにお姉さんの微笑みでユウノが菊菜に言うと、

「うん」

 と、菊菜は照れ笑いで答えた。


「ねえ、きくなちゃんとゆうのんなかよしになった?」

 摩衣李が菊菜とユウノを交互に見ながら聞いた。

「ええ、私と菊菜ちゃんは小さい頃から仲良しよ」

「よかった!」

 そう言って摩衣李は菊菜に縋りついて、

「あたしともなかよしになってね、きくなちゃん!」

 と、摩衣李お得意のパワー全開笑顔で言った。


「……うん、仲良くしてね、摩衣李ちゃん」

 菊菜も涙が滲む笑顔で答えた。


 菊菜にしても摩衣李とのことは気になっていたに違いない。

 ただ、あの時は自分の仕事を優先してしまったのだ。

 というより、都合よく俺という契約結婚相手がいたからこそ仕事を優先できた、とも言えるかもしれない。


 そういう意味では、俺みたいな陰キャ非モテのつまらない男でも、緋之原さんにとって存在意義があったということだ。


 そして、押し付けられたような形ではあったものの、摩衣李の存在が俺に生きる意味を与えてくれた。


(これ以上望むのは贅沢なのかなぁ……)


 などという思いが頭に浮かんだ。


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