第13話 摩衣李の気持ち
「明日の午後なんですけれど、夫を連れて来たいのですが、よろしいでしょうか……?」
摩衣李の五歳の誕生日から数日後の夜、ユウノが帰りがけに俺に言った。
どことなく俺の機嫌を伺うような表情をしている。
「あ、はい、大丈夫です」
とうとう来たか、と思いながら俺は答えた。
明日は日曜日、俺も休みで特に出かける予定はない。
「摩衣李には明日の朝に話しましょう」
「はい、お願いします」
(摩衣李にはどう話そう……)
ダイニングで一人、ビールを飲みながら俺は考えを巡らせた。
今の摩衣李にとっての親は俺だけだ。
摩衣李は、少し前から「おかあさん」と呼べる人がいないことを気にするようになった。
「お母さんは家を出て行っちゃったんだよ」
と俺が話すと、
「ふーーん」
と、不思議そうな顔をしたが、ショックを受けた様子はなかった。
これはユウノのおかげだろう。彼女の存在が摩衣李にとっての母親になっていたのだ。実際に母親だったわけだが。
明日は摩衣李に本当の両親がいるのだと伝えなければならない。
ユウノは問題ない。むしろ彼女が本当の母親だと知れば摩衣李は大喜びだろう。
問題は父親だ。
初対面でいきなりこの人が摩衣李の父親だよと言っていいものだろうか。
(少し時間をかけたほうがいいかな……)
だが、ユウノに早く決めたがっているような素振りが見えたのだ、何となくではあるが。
恐らく、ハーフアンドロイドとして復活した夫に一日でも早く摩衣李を会わせてやりたいのであろう。
そして摩衣李に「おとうさん」と呼ばせてやりたいのであろう。
(当然だよな、自分の娘なんだから)
摩衣李を引き取ってから四年、俺は父親として振る舞ってきた。
精一杯やってきたつもりだが、本当の父親にかなうわけがない。
と言うより、そもそも比べていいものではない。
摩衣李も最初は戸惑うだろう。
だが、本当の父親がいると分かれば喜んで受け入れるはずだ。
摩衣李にはそういう開放的な明るさがある。
俺のことなど程なくして忘れてしまうだろう。
「まあ、ちょっとは覚えていて欲しいけどな、はは……」
などと自虐的に呟いて、俺は残りのビールを飲み干した。
次の日の午後、ユウノの夫がやって来た。
「はじめまして、木綿野璃々奈の夫の木綿野鞍人です」
(うん、めっちゃイケメン!)
と言っても彼も身体はアンドロイドだ。今の顔が元の顔と同じなのかは分からないが。
「あの、摩衣李さんは……」
ユウノが心配そうに聞いた。
「それが……」
俺は摩衣李の部屋へ視線を投げた。
そうなのだ、摩衣李は部屋に引きこもってしまったのだ。
その日の朝のこと――――
「なあ、摩衣李」
「なあに?」
「あのな、ユウノさんが摩衣李のお母さんになってくれるって言ったらどう思う?」
「ゆうのんがおかあさん!?」
摩衣李はぴょんと席を立ち上がって驚いた。
そして、
「うれしいーーーー!」
と叫んでユウノに抱きついた。
「おかあさんだいすきーーーー!」
「摩衣李さん、まだ私はお母さんでは……」
抱きついて顔をスリスリする摩衣李に、困惑顔ながらも嬉しそうに微笑むユウノ。
(よし、第一関門は突破だ!)
とはいえここまでは想定内。問題はこれからだ。
「それでな、摩衣李……」
「そしたらゆうのんはあたしのおかあさんになっておとうさんとケッコンするんだよね!」
俺の言葉を遮って摩衣李が高らかに宣言した。
「ああ、そう……じゃなくて!」
「だってあかあさんとおとうさんはケッコンするんだっておともだちのゆいなちゃんがいってたもん」
「まあ、そうなんだが……」
(説明が難しいーー!)
「ユウノさんはな、もう結婚してるんだ」
「ええーーもうおとうさんとケッコンしてるの?なんであたしにないしょにしてたの?」
とプンスカモードの摩衣李。
摩衣李はなまじ賢いだけにどんどん話が斜め上にいってしまう。
「そうじゃなくてな、ユウノさんは違う人と結婚してるんだ」
「ちがうひと?おとうさんじゃないひと?」
「そうだ。その人が今日のお昼すぎに摩衣李に会いに来るんだよ」
「なんで?」
「その人が摩衣李のお父さんになるからだよ」
「なんで?」
「その人がな、摩衣李の本当のお父さんなんだよ」
俺はできるだけさりげなく言ったつもりだった。
だが、俺の言葉を聞いた摩衣李の顔が見る見る青ざめていった。
「摩衣李?」
「やだ……」
「え?」
「やだっ!」
摩衣李はそう叫ぶと、ダッと部屋に駆けていってドアを閉めてしまった――――
「そうなんですね……」
ある程度は覚悟していたと思うが、やはり落胆の色が隠せない夫の鞍人。
「俺がなんとか話して聞かせますので」
俺はそう言って摩衣李の部屋の前に行き、扉越しに呼びかけた。
「摩衣李、入るぞ」
俺は静かに扉を開けた。部屋の真ん中にこんもりと盛り上がった布団がある。
「摩衣李……」
俺は布団の脇にしゃがんで上に手を載せた。
「摩衣李、聞いてくれ」
「……やだ」
「摩衣李のお父さんが会いに来てくれたぞ」
「あたしおとうさんいるもん……」
「昨日話しただろ、摩衣李の本当のお父さんが……」
「おとうさんはおとうさんだけだもんっ!」
(こんなことはしたくないが……)
俺は布団を掴んでめくり上げた。
摩衣李がうずくまるようにして丸まっている。
「やだーー!」
自分で身を守るように体を丸めて叫ぶ摩衣李。
「なあ、摩衣李、話を聞いてくれ」
俺は懇願するように言って丸まった摩衣李の背に手を載せた。
「やだやだ!」
摩衣李はより一層体をきつく丸めた。
そんな摩衣李の体を、俺はそっと包むように抱えた。
「じゃあ、抱っこしてやるから、な?一緒に行こう」
すると摩衣李はパッと顔を上げて俺を見た。
そして一瞬俺を睨みつけると、いきなり顔を歪ませて泣き出した。
「やだやだやだやだーーーーやだよーーーーおとうさんじゃなきゃやだよーーーーあぁああああーーーーん!」
摩衣李は俺の懐に顔を埋めて泣き叫び、絶叫した。
「摩衣李……」
「あぁああーーーーんあぁああーーーーん」
俺は摩衣李を抱きしめることしかできなかった。
俺はいかに自分が上辺のことしか考えていなかったのかを思い知った。
摩衣李をこんなにも悲しませ、苦しませるまで気づかないとは。
(俺はとんでもない大バカ野郎だ、こんちくしょうーーーー!)
俺は摩衣李が泣くに任せた。勿論、俺も泣いた。
しばらくして、摩衣李の泣き声が収まってきた。
「……摩衣李、行くぞ」
俺は摩衣李の耳元に静かに囁いた。
「……!」
摩衣李がギュッと体を固くした。
「大丈夫だ、俺も一緒だから、な?」
「……」
摩衣李は小さく頷いた。
しがみつく摩衣李を抱き上げながら、俺はダイニングに出た。
ユウノと夫の鞍人が座って待っていた。
「……お待たせして、すみません」
涙の名残が残る俺の声はくぐもってしまっていた。
「い、いえ、とんでもありません」
そう言って鞍人は俺にしがみついている摩衣李を、彼の実の娘を見つめた。
「摩衣李……」
俺は摩衣李にしか聞こえないような小さな声で呼びかけた。
だが摩衣李は顔を埋めたまま小さく首を振っただけだった。
鞍人の顔が落胆に沈んだ。ユウノがそんな鞍人の肩をそっと抱いた。
「すみません、もう少し時間をください。俺がゆっくりと話して聞かせますので」
俺はユウノと鞍人に頼んだ。
「はい」
「お願いします」
せっかく来てくれた鞍人をこのまま返すのも忍びない。
ユウノにお茶を入れてもらって、差し障りのない雑談をした。
鞍人は、ウチに来るようにった時のユウノと同じで、まだ長時間の外出は気をつけなくてはいけないらしい。
「将来的には運営会社でAGIアンドロイドのサポートの仕事につかせてもらう予定です」
とのことだった。
「私も……家庭の状況を見ていずれは同じ仕事をするつもりです」
ユウノは摩衣李を見ながら言った。
摩衣李の子育てが一段落したら本格的に仕事を、ということなのだろう。
そんな感じでしばらく雑談をした後、先に鞍人が帰った。
摩衣李を刺激しないように挨拶は控えめにした。
「摩衣李、そろそろ夕方だぞ。ユウノさんのお手伝いをするんじゃないのか?」
最近、保育園が休みの日はユウノの食事の支度を手伝うことが増えたのだ。
返事がないので見てみると、摩衣李は静かに寝息を立てていた。
頬についている涙の痕が切ない。
俺とユウノは顔を見合わせて小さく微笑み合った。
俺は摩衣李を起こさないよに気をつけて、部屋の布団に寝かした。
(また、たくさんお話ししような、摩衣李)
俺は心の中で呟いた。




