第12話 曲がり角
(夫……?)
俺は混乱の極みにある頭を一度リセットしようとした。
なのに、
「あ、あの、夫とは……夫のことですよね?」
なんて、トンチンカンな返答をしてしまった。
「はい、夫です」
「あの、夫、いやユウノさんの旦那さんは亡くなったのでは……」
「いえ……事故に遭って植物状態になってしまったのです」
「そうなんですか……緋之原さんからは両親共に……て、そういえばユウノさんは生きてますもんね」
「はい、と言ってもハーフアンドロイドですが」
「うーーん、なんだか頭が……」
俺は頭をスッキリさせようと、髪の毛をかきむしった。
「緋之原さんからは二人とも亡くなったと聞いたんです」
「私も直接緋之原さんと会って話しはできなかったのですが」
「すると誰が?」
「お医者さんだそうです。私たち夫婦は助かったとしても植物状態のままの可能性が高いと伝えたそうです」
「となると、子育てなどとてもできないですね」
「はい、なので緋之原さんが引き取ってくださったのだと」
(そういうことか……)
俺が聞いていたことと少し違ってはいるが、菊菜の判断は正しかったと言っていい。
(まあ、全部俺にやらせるつもりだったからだろうけど……)
「之々良さん?」
ユウノが考え込んでしまっていた俺に呼びかけた。
「あ、すみません!えっと、旦那さんのことですよね」
「はい」
ユウノは改めて話し始めた。
「私は病院に運ばれた時にはまだ意識がありましたが、夫は意識がありませんでした。
そしてお医者さんから、身体をアンドロイドにすることで二人とも生存できる可能性があると言われたのです」
「ということは旦那さんも身体をアンドロイドに?」
「はい、私の後に手術を受けたそうです」
どうやら助かる可能性が高かったユウノを優先したようだ。
「私は手術後しばらくして意識が戻りましたが、夫は植物状態が続いていました。それが……」
「それが……?」
「一週間ほど前に意識が戻ったのです」
「お、おおーー!それはよかったですね、うんうん!」
俺は意識して大げさに言った。
ユウノの話を聞いているうちに結末が分かりかけてきた。
(先にユウノさんに話してもらってよかったぁああーー!)
もし俺が先に話してたりしたらと思うと、恐ろしくて背筋が凍ってしまいそうだ。
「そうすると、お二人はいずれまたご一緒に生活できるようになりそうなんですね」
「はい、夫がアンドロイドの身体に慣れるのにはしばらくかかりますが」
摩衣李の養育のためにユウノと契約結婚をという俺の計画は実行不可能になってしまった。
だが、ユウノの夫が復活できたことはめでたいことだ。
ハーフアンドロイド同士ならお互いに助け合っていけるだろう。
「そういえば、之々良さんも何かお話があったんですよね?」
ユウノが聞いてくれた。
「あ、いや、その話はとりあえず大丈夫です。いずれまたそのうちに、ははは」
そのうちがやって来るかは怪しいものだが。
「そうですか……」
やや、訝しそうにユウノが言う。
「そうしたら、今後のことでお願いがあるのですけど……」
「今後のこと、ですか?」
(一体なんだろう……はっ。まさか……!)
「もしかしてウチに働きに来れなくなるってことですか?」
それは非常に困る。俺は勿論、摩衣李もユウノがいてくれることがごく自然のことになっている。
特に摩衣李にとってユウノは、絶対にいてくれなければならない存在だ。
「いえ、来られなくなるというわけではありません」
「ということは来てくれる日が減ってしまうと?そうなると摩衣李が寂しがってしまいます。摩衣李はユウノさんが大好きですので」
「ありがとうございます。でもそうではありません」
それを聞いてとりあえず俺は安心した。
短期間ではあったがユウノが来る前の数日間、俺は頭がスパークしっぱなしだったのだ。
今思えば懐かしい思い出だが。
「お願いというのは、摩衣李さんを私たち夫婦で引き取らせていただきたい、ということなのです」
(え…………)
俺はこの日二度目の絶句に陥った――――
ユウノが帰った後も、俺はダイニングで呆然としていた。
様々なことが頭の中で渦巻いている。
摩衣李のためにとユウノとの契約結婚を考えた。
だがユウノの夫がハーフアンドロイドとなって復活した。
そして、夫婦で摩衣李を引き取りたいと言っている。
(当然だよなぁ、本当の親子なんだから)
そうだ、摩衣李はユウノの、木綿野璃々奈と夫の子なのだから。
(俺なんてたまたま縁があっただけの、通りすがりのオッサンみたいなもんだ)
俺は立ち上がって、摩衣李の部屋の扉をそっと開けた。
摩衣李は静かに眠っている。
そばに行きたくて、足を踏み出しそうになった。
たが、摩衣李を起こしてしまったら可哀想だ。俺は思い踏みとどまった。
「考えさせてほしい」と言えなかった。
俺にそんな権利は無い。一時的に預かっているだけの男に摩衣李の未来を左右するような重大なことに口出しをする権利など無いのだ。
そう、何よりも大事なのは摩衣李の未来だ。
摩衣李の未来には母親が必要だ。木綿野璃々奈という本当の母親が。
俺が出しゃばってはいけない。
俺は摩衣李にとって、せいぜいが面白いおじさんといったところで十分だ。
(そうそう、ただの陰キャ非モテのオッサンだ)
俺は缶ビールを冷蔵庫から出して一気に飲み干した。
(これでいいんだ……)
翌日も表面上はいつもどおりの時間が流れていった。
次の日も、そのまた次の日も。
あの事を摩衣李に話すのは、転居の日などの具体的なことが決まってからのほうがいいだろう、ということにしたと記憶している。
正直なところ、ユウノが摩衣李を引き取りたいと打ち明けた後のことは記憶が曖昧なのだ。
その直前までは、俺が摩衣李をどう育てていくかということで頭がいっぱいだったのだから。
「……さんおとうさん」
気がつくとすぐ横に摩衣李がいて俺を呼んでいた。
「……ん、なんだ、摩衣李?」
「おとうさんおこってる?」
「怒ってなんかいないぞ、なんでだ?」
「こわいかおしてる」
そう言って摩衣李は俺の腕に縋り付いてきた。
どうやら、あれこれ思い悩んでいる気持ちがそのまま顔に出てしまっていたらしい。
「おとうさんあたしのこときらいじゃない?」
「何言ってるんだ、嫌いなわけないだろ?」
「ほんと?」
「本当だ!俺は摩衣李のことが大好きだぞーー」
そう言って俺は摩衣李を抱き上げて、久しぶりに高い高いをした。
「きゃははは!」
黄色い笑い声を上げる摩衣李。
「ん?摩衣李は少し大きくなったか?」
以前より確実に重くなっている。
「だってもうすぐ五さいだもん」
「そうか、そうだったな。よし、楽しいお誕生会をやろうな」
「うん!」
もしかしたら俺がしてやれる最後のお誕生会かもしれない、という思いが頭をよぎった。
ちらっと横を見ると、ユウノがなんとも言えない顔で俺を見ていた。
「あたし五さいになるからじぶんでケーキつくる!」
と、摩衣李が宣言した。今年の誕生日のテーマは自作ケーキのようだ。
「それは楽しみだな」
俺が言うと、
「うん!あたしのうたをききながらケーキをたくさんたべてね!」
今年の誕生日プレゼントはキッズコスメセットだ。
歌姫衣装に身を包み、ユウノに手伝ってもらって綺麗にメイクした摩衣李を見たときは、嬉しいような何故か照れくさいような複雑な気持ちになった。
そして摩衣李は一段と上手くなった歌を披露してくれた。
メイクのせいか、それとも今までにない真剣な表情のせいか、とても五歳には見えなかった。
気がついたら俺は涙を流していた。
「おとうさんまだないちゃだめーーケーキをたべてからなくのーー」
と摩衣李がほっぺたを膨らませて抗議した。
「そうだな、ごめんごめん」
俺は涙を拭いて照れ笑いをしながら摩衣李特製ケーキを食べた。
「おとうさんおいしい?」
「ああ、美味しいぞ」
俺の言葉に、ニカッと笑う摩衣李。
「摩衣李さん、ケーキはお化粧を落としてからですよ」
そう言いながらユウノがおしぼりで摩衣李の顔を拭いてあげている。
口のまわりをクリームだらけにしてケーキを食べる姿は、さっきまでの歌姫とは打って変わって、いつもどおりの摩衣李だった。
今年も賑やかで楽しい誕生会だった。勿論、動画と写真をしっかり撮った。
どうしようか迷ったが、菊菜にも動画と写真を送った。
今年が最後になるかもしれないのだから。
ところが、
(あれ……?)
動画も写真も送れなかった。
メッセージを送ってみた。
『摩衣李が五歳になりました』
だが、メッセージも送れなかった。
もしかしたらと思い、するなと言われている電話をしてみた。
『おかけになった番号は現在使われておりません』
(とうとう番号を変えられちゃったか……)
今までは返信こそないものの、メッセージも、写真や動画も受け取ってもらえていた。
(今日が俺の人生のピークなのかな……)
そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。




